罵声と称賛と光線銃

 放心状態から気を取り戻したビョウブは召喚書を拾い上げた。


「・・よくやったな、ビョウブ」

 どうやらビョウブの目からは涙がこぼれていたらしい。

 カモイの声のトーンでそれに気付いたビョウブは、服の袖で涙をぬぐった。


「ほぅ、俺の部下のために泣いてくれるか」

 サンジョウだ。路地の出口に立って、こちらを見ている。


「コーエンから話は聞いていたが、相当に使うようだな」

 弓使いがサンジョウの脇に立っている。ビョウブがそちらを見やると視線をそらした。コーエンというのはこの女性弓使いのことのようだ。


「名を聞いてなかったな」

 サンジョウは先ほどと同じように地面に両手剣を突き立て、尊大な様子で言った。


「・・ビョウブと言います」

「そうか、ビョウブか」

 サンジョウは噛みしめるようにその名前を反芻すると


「そなたを犯罪者扱いし、多数の兵士をけしかけたことを、ここに詫びる。兵のために泣ける者に悪い者はおらん」

 サンジョウは独自の理論を展開すると、「すまん」と言って、頭を下げた。

 だが、尊大な様子はちっとも変わらない。


「部下をこれだけ死なせてしまったのは私の失態だ。貴様がこれだけ使えるのであれば、はじめからこうすべきであった」

 と言うとサンジョウは両手剣を抜くと、高々と掲げた。


「騎士団長の名において貴様に告げる。我サンジョウは、一対一の決闘を申し込むものである」

 誰が見ているわけでもないのに、サンジョウは声高らかに宣言した。

 そして、剣を持ったまま大通りへ出ていった。連いてこいということであろう。


「本当は逃げたいところじゃのう」

 カモイは言外に、この戦いが不可避であると告げている。

 ビョウブにもそれはわかる。

 すでに一個小隊を全滅させているのだ。勝つにせよ負けるにせよ、この場の決着をつけなければならない。

 ビョウブは光線銃を握り直すと、通りへ向かって歩き出した。


 今は召喚書が左手にあるので、安定はしているが、さきほどの連続召喚で相当魔力が削られていた。

 光線銃を出していられるのは、せいぜい半時間くらいだろう。この決闘の間、保つか否かだ。

 通りに出ると、すでに人だかりができており、その中心にはサンジョウが立っていた。

 コーエンと呼ばれた女性は円上にできあがった人だかりの先頭に立ち、状況を見守っているようだ。


 ビョウブはサンジョウから5メートルほど離れた位置に立つと

「僕は飛び道具を使います。決闘中は危険ですから、周りの人は離れていてください。射線には絶対入らないでください」

と周囲へ注意を発した。


「殊勝な心がけだ。民よ!この者の言うとおりだ。死にたくなくば、すぐに離れるがよい」

 サンジョウが両手剣を右正面に構えながら言った。左足を大きく前に出している。


 そもそも、光線銃は決闘向きではない。

 お互いが飛び道具であれば、五分五分の戦いができる。

 しかし、10メートル以内の近距離で戦う場合、相手が近接武器だと、狙いを付ける前に肉薄されて攻撃を受けてしまう。

 サンジョウがそこまで考えてこの決闘を申し込んだのかどうかは不明だったが、これを受けた時点で形勢は初めから不利だった。


 周囲の人だかりがはけてきたのを確認すると、ビョウブは光線銃を構えようと腕を動かした。

 その瞬間、

「参る!」

というサンジョウの律儀な大声が発せられた。


 サンジョウの巨体が5メートルの空間など無かったかのように、瞬時に迫ってくる。


 ビョウブはとんぼ返りで後ろへ避け、再びサンジョウへ向き直ると、引き金をひいた。


 銃口から赤い光線が吐き出される。


 ほぼノールックで放たれた光線は、サンジョウの左肩をかすめた。

 いや正確には、サンジョウが半身を翻していたために、かすっただけとなった。


「太刀男といい、とんでもない反射神経じゃのう」

 カモイがぐちる。

 ビョウブがカモイに応答する前に、さらにサンジョウが迫ってきた。


 両手剣を上段に構えて、今まさに振り下ろさんとしている。


「いかんっ」

 カモイが叫ぶ。


 周囲の者は、ビョウブが再度後方へ下がるかと想像したが、それは実現されなかった。


 ビョウブはしゃがみこむと、サンジョウの股下へ滑り込んだ。

 相手の背後まで滑り抜けたビョウブは、光線銃を二連射。


 そしてハンドスプリングの要領で、跳ね上がると、身をよじって、さらに引き金をひいた。


 刹那の間に放たれた三筋の赤い光線。

 サンジョウは、驚くべき反射神経で背後からの射撃に対応し、一発はその剣、二発目は左腕の小手で受けた。


 しかし、頭部めがけて真っ直ぐに飛んでくる三発目を、サンジョウは完全には避けきれなかった。


 赤い光線が、サンジョウの左目付近をかすった。


 かすっただけであったが、生身の部位を焼くにはそれで十分だった。


 サンジョウの左顔面から白い煙があがっている。肉の焼けた匂いがした。

 さしものサンジョウも、片膝をつくと、折れた剣を地面に刺して体重を支えた。


 そしてため息を吐くと

「不甲斐ねぇことだな」

 と小さく言った。


「俺の敗けだ」

 サンジョウはビョウブを見やると

「とどめをさせ」

と言った。

 その声は投げやりでも悲観的でもなかった。決闘の精神を重んじる騎士の言葉だった。


 ビョウブは、その申し出を断ろうと思ったが、それを口にする前に

「いけません。この勝負、私が引き取ります」

 コーエンが歩み出てきて言った。


「おいおい、決闘を汚そうってのか」

 サンジョウは不服そうだ。

「いえ、私が引き取ると言ったのです」

「いや、ちょっと意味が」

 サンジョウの言葉を継がせないためにか、コーエンはサンジョウに無理矢理肩を貸すと、立ち上がらせた。


「私とて、王国の兵士。騎士の名誉は重んじています。しかし、今日死んだ15人の兵士の弔い、そして仇。これを取るのがあなたの役目です。サンジョウ」

「・・厳しいねぇ。生き恥を晒せってのか」

「生きて恥を晒してください。そして職務を全うしてください。それが上に立つ者の役目です。」

「はいはい、わかったよ」


「それに相手の方も、あなたの命を取ろうとは思っていなかったようです。ちがう?」

 最後の言葉はビョウブに向けられていた。


 ビョウブは黙ってうなづくと、光線銃を消した。

「・・なんだよ、熱くなってたのは俺だけか。かーっ、だめだだめだ。帰って鍛え直しだ」

 サンジョウはがっくりとうなだれていたが、

「・・続きはまた今度だ。またな」

と言うと、コーエンと共にその場を離れて行った。


「終わったのかのう」

 左手の召喚書からカモイの声が聞こえる。

 ビョウブはその場にへたりこみ、空を仰いだ。


 周囲の野次馬たちから、声があがっている。王国兵を叩きのめしたというのに、ビョウブへの称賛の声が多いようだ。

 それはビョウブの抜群の戦いに対するものだったのか、それとも、王国に対する不満の現れからだったのか。


 とりあえず、ビョウブにはどちらでも良かった。しばらくは空を眺めていようと思った。

 今ある生を噛みしめて、空を眺めていようと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る