#03 弓と光線銃

狙いすまされる光線銃

「ビョウブ!」


 出し抜けにカモイが大声を出したので、ビョウブは飛び起きた。

 鋭い風切り音がして、それまでビョウブの頭のあった位置に矢が突き刺さった。

 ビョウブは急いで寝袋から這い出ると、召喚書を持って術式を唱えた。


 右手に光線銃をしっかり握ると

「どこから?」

と尋ねた。背中に冷や汗が流れる。

「わからん」

 カモイは投げやりに答えた。

「この暗闇でここまで正確な射撃をしてくるなど、相当の手練れじゃ」

「どうすれば・・」

 この状況下では文字通り手も足も出ない。

 ビョウブは全速力で駆けていたが、自分のいた位置に次々と矢が刺さっている。

 射手はまさに息もつかせぬ素早さで矢を射ている。


 ビョウブは目の前にあった茂みの中に飛び込むと地面に伏せて身を隠した。

 さすがに茂みの中までは、と期待したが、次々と矢が飛来してくる。

 ビョウブは匍匐前進で茂みの中を移動するしかなかった。頭を上げたらその瞬間に射抜かれそうだ。


 匍匐前進で50メートルほど移動したところで、息が上がってしまった。

 荷物を置いてきたとはいえ、右手に光線銃、左手に召喚書を持ったままでの匍匐前進は体力的にかなり厳しい。


「なんじゃい、だらしないのう」

 カモイが小声で言った。

 そんな配慮があるなら、発言も控えてくれたらいいのにとビョウブは思ったが、年長者をおもんばかって黙っておいた。


「こうなったら持久戦じゃ。あやつも茂みの中の正確な位置まではわかるまい。動き続けるぞい」

 ビョウブは簡単に言わないでほしいと思ったが、現状はそれしかなさそうだった。

 とりあえず、動き続けること。それが現状で生き延びる唯一の術だった。


 ビョウブは匍匐前進と休憩を繰り返し、同じ茂みの中をぐるぐると回った。

 相手がこちらの位置をどうやって把握しているのかはわからなかったが、矢はビョウブの半径3メートル以内には射られていたので、こちらのおおよその位置をつかむ方法はあるらしい。


 そうこうしている内に、空が白んできた。

 かれこれ4時間以上、相手の見えない追いかけっこを続けていたことになる。


 大きなあくびをしたビョウブを見てカモイは

「緊張感がないのう」

と言った。

 まだ顔が笑っている。さすが睡眠欲と無縁な存在になっただけあり、体力的な問題は無いようだ。


 ビョウブは意を決したように、表情をひきしめると、

「じいちゃん、オレ行くよ」と言った。


「なんと?」

 カモイの問いかけにも答えず、ビョウブは膝立ちになると、ポンチョについた汚れをはたいて落とした。

 そして立ち上がると、一気に駆けだした。

 茂みの外へ向かっている。


「おいおい、どうしようというんじゃ」

 左手に握られたままの状態でカモイが叫ぶ。

 ビョウブは茂みから抜け出すと召喚書を地面に丁寧に置いた。


「勝負は三分」

 ビョウブは独り言のように呟いた。

 実際、召喚書無しで三分保つかどうかはギリギリのところだったが、相手の力量を考えれば、その時間以内に自分は射殺いころされていそうだった。


 ビョウブは光線銃を両手持ちし、照星をのぞき込んだ。

 今すぐその場から逃げ出したい衝動に駆られる。

 人間が生きるために発揮する生存本能というやつだ。

 ビョウブはその欲求を理性で押さえつける。

 今逃げても先は無い。ここで勝負を仕掛けねば、道は開けない。


 ビョウブが、本能を押さえ込む理性の戦いを続けていたのは、ほんの数十秒のことであったが、ビョウブにはそれが永遠のように長く思えた。


 そして、その永遠は、鋭い風切り音で終末を迎えた。

 ビョウブの顔めがけて、矢が真っ直ぐに飛んでくる。


 ビョウブは矢に向けて、三度引き金をひいた。


 自身が射撃の訓練をして体得したことだが、射撃後、射手は必ず残身を残す。

 つまり、一瞬だが硬直時間が生じる。

 残身は必中を志すものにとって、必要不可欠条件であり、上級者であればあるほど、その時間は短くなるが、決してゼロにはならない。

 残身がゼロの射撃は決して的中しないことを身をもって知っているからだ。


 ビョウブの放った三発の光線のうち、一発は矢じりを、二発目は矢そのものを破壊した。

 そして、三発目はその直線上にいたであろう射手に命中したように思えた。

 ビョウブとしては手応えのあった射撃であったが、相手に致命傷を与えていないことを想定した場合、それ以上その場にいることはできなかったので、再度茂みに逃げ込んだ。

 そうしてさらに30分が経過した。


 先ほどの射撃以来、相手方からの発射は無い。

「やった・・のかな」

「わからんのう」

 カモイは本の中であごをさすっている。

「見に行くしかあるまいて」

 気乗りはしなかったが、これ以上の持久戦も不可能と判断し、さきほど射撃したあたりをおそるおそる探ってみた。


 日はもう完全に上っている。

 茂みの中では、虫達が起きてきて、今日一日の食料採集に精を出し始めていた。

 ほぼ一晩中動き続けている体がだるい。

 服はべたつき、ズボンが少し破れている。どこかでひっかけただろうか。


「お、あれは・・」

 本の中で双眼鏡を使っているカモイが言った。実体的な効果があるのかは別として、見つけるのは早かった。


 近寄ってみると、茂みのそばに、弦の切れた弓が落ちている。

 またその周囲には数滴の血の跡が残っていた。相手が手傷を負ったということだろうか。

 弓使いが弓を置いていくとなると、相当な怪我であったのかもしれない。

 いずれにせよ、もうこのあたりにはいそうになかった。いや、いてほしくなかった。


 ビョウブはそこまで考えると、

「もう無理だあああ」

 と言って、大の字になって倒れた。


 召喚書と光線銃を手放している。

 即座に光線銃が消えた。

 緊張の切れない状況下で夜通し召喚し続けたのだ。魔力が限界を迎えたのであろう。

 ビョウブは大の字のまま寝息を立て始めた。


「困った孫じゃ」

 カモイは少し困った顔をしていたが、すぐに満足そうな表情に変わった。

「戦士の休息じゃな」

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