第10話 最強の妹、存在を示す

 昼休みを知らせるチャイムにより、ようやくこの場から解放される……そう思っていたのに!


「……誰か来ちゃったかな? 昼休みに生徒会室に来るなんて、面目じめ~!」

「と、とと、とりあえず立っ、立った方が! そうじゃないと……」

「鍵をかけないはずの生徒会室で、男女がふたりきり~なんて、誤解されるから?」

「誤解も何も、何もしてないわけだし、俺は君に連れて来られただけで……」

「何も? 触れられたのにそれも無かったことにするなんて、さっすがハーレムリーダーだね!」

「ち、ちが――」


 扉の向こう側に誰かが、それも女子が来ていることが分かっているのに、ヒナはまるで焦りを見せていない。

 せめて四つん這いをやめて、立ってさえしてくれれば……そう思っていたら、ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえて来る。


「ええぇっ!? か、鍵を開けようとしている!?」

「ふむぅ……鍵を手にしているってことは、彼女かな? っと、彼女が入って来るなら、整えないと~だね!」

「へっ? え、誰が入って来るって?」

「リーダーは安心しなよ。彼女はすっごく真面目だけど、ヒナと通じてる仲だから心配いらないよ」

「そんなこと言われても、扉を開けられるわけにはっ――」


 扉の向こうの鍵を持つ彼女が誰であれ、ヒナの傍に立っているのはまずい。

 そう思ったら、扉に向かって駆け寄っていた。


 扉が開けられたと同時に、見つからずに廊下に飛び出せば大丈夫……そう信じながら息をひそめて開くのを待つと、その瞬間ときはすぐにやって来た。


「失礼しま~……っ!?」

 今だ! そう確信して身をかがめながら、タックルに近い形で廊下に向かって突進した。


 このままの勢いで廊下に出れば壁に衝突するかもしれないし、バランスを崩して転んでしまう恐れがあるとばかり思っていた。


 それなのにどういうわけか俺の頭は廊下に出るどころか、部屋の中で止められているじゃないか。

 しかもゴッドハンドばりの強力な力で、完全に抑え込まれている。


『無駄ですよ? 逃げようとしたって、わたしから逃げることなんて不可能なのです! ここで何をしていたかは後で聞くとして、顔をあげてもらえますか?』

 こ、この声は……というか、この握力はどういうことなんだ。


 ヒナが何も言わずに成り行きを見守っているとすると、がそうなのか。

 もう片方の手には何かの資料を持っているのに、何たる力だよ。


「よ、よぉ……げ、元気? 委員長」

「ミキちゃ!? んんっ、小野瀬くん!?」

「すんごい力だな、マジで……隠された最強の力とか、全然知らなかったぞ」


 押さえつけられたままの俺が顔を上げた途端、イツキは仰け反って手を離した。

 鍵を持つ委員長は限られているとヒナが言っていたが、その内の一人がイツキだったとか何たる偶然。


「どうして小野瀬くんがここにいるの!? だって、具合が悪くて保健室にって聞いてたのに……」

「どうしてだろうな~気づいたら生徒会室に……」


 実際は無理やり連れて来られたというのが正しい。


「……小野瀬くん、奥に座っている子は誰?」

 そうだよなぁ、気付くよなあ。


『すみません、わたし古城こじょう一樹いつきですけど、ここは生徒会室ですよ? 勝手に鍵をかけて、ここで何をしていたんですか!』

 うわー何でフルネームで叫ぶかな!  


「……鍵をかけたのは緋奈ひなじゃなくて、そこの男の子がしたことだよ。でも怒らないであげてね? 何にもされていないから」

「え、ちょっ……」

「――! 緋奈ちゃんっ!? え、嘘っ! 帰って来てたの!?」


 ん? 帰って来た……? そして随分と親し気だな。


「たっだいま~! いっちゃん! 元気してたぁ?」

「うんっ! 見ての通りだよ!!」


 啞然とする俺を通り過ぎ、イツキはヒナに抱きついて喜びを露わにしている。

 愛称で呼んでいるということは、かなり前からの知り合いなのか。


「ふ、ふたりとも知り合い……?」

 俺の存在を忘れているんじゃないくらい、彼女たちは感慨に浸っている。


「そういえば、小野瀬くんは何で生徒会室にいたの? 具合はもういいの? 保健室にいないし戻って来なかったから、どうしたのかなって思っていた所だったの」

「い、いやぁ……お腹はすぐおさまったんだけど……というか、彼女とはどういう?」

「あっ、うん。緋奈ちゃんとは同じ仲間なの! それでね緋奈ちゃんは研修でしばらく留学してて、それで……」


 研修留学か。

 それだと確かに見ない顔だと言えるし、変な時間にウロウロしてても納得出来るな。


「仲間……? な、何の?」

「……いっちゃんの力はどうだったかな、リー……ミキくん?」

「力って頭を押さえつけたあれ? え、委員長って何か習ってたのか?」


 同じ家で暮らしていてもMMOにハマっていた時の俺は部屋に籠っていたし、一樹が義妹として紹介された時も構うことなく過ごしていたが、道場か何かに通っていたのだろうか。


 今みたくイツキとよく話したり顔を合わせることが増えたのは、俺がLORを引退してからだ。

 それだけに籠っていた時に彼女が何をしていたのかなんて、俺に分かるはずも無いわけで。


「え~? 恥ずかしいよ……痛かった?」

「痛くは無かったけど、凄い力だったな……」

「いっちゃん……イツキちゃんはヒナといっつも組んでてね。それが縁でよく連絡してたんだ~。ぼっちくんは外のこととかこの子のことは、気にしていなかったのかな?」


 組んでたっていうと、空手か何かの組手ってところか。

 全く言い返せないけどぼっちなのは事実だったし、外に出歩くことが無かったから仕方ないな。


「していなかった。けど、驚いた。強いんだな、委員長って」

「こんなわたし、嫌いになった? でも小野瀬くんが攻撃して来たのが悪いんだよ? だからさっきのは、わたしの正当防衛なの。どうしてここにいたのかは、帰ってから聞かせてね? 約束!」

「や、約束シマス……」

「いっちゃん、お昼ここで食べる~?」

「うんうん! そんなわけなので、小野瀬くんは教室にきちんと戻ってから、学食に行くこと! いい?」

「ハイ、委員長」

「もう~! 名前で呼んでいいのに」

「人前だから遠慮しとくよ。じゃあ」

「小野瀬ミキくん、また後でね?」

「え、あ……まぁ」


 多分または無いだろうけど、フィーネことヒナと妹のイツキとか、意外な組み合わせすぎた。

 それにしてもイツキにあんな力があったとは、その相方ということは、ヒナも強いのだろうか。


 とにかく昼休み中は大人しくして、放課後はリンに絡まれる前に家に帰らねば。

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