第9話 黒きウサギの挑発と狙い撃ち

 静かな生徒会室の奥の一角。

 黒くて長い髪を揺らし、部屋の端まで追い詰めながら、彼女は四つん這いの姿勢で迫って来る。


「ね、思い出さない?」

「……な、何が?」

「それも記憶から消したのかな? でもヒナは覚えてるんだよ? 中層で傷を癒していたあの時、イツキは『綺麗な色だね』って褒めてくれて、『黒ウサギも好きだな』なんて言って、和ませてくれたよね」

「――えっ? そ、そんなこと言ってたの?」

「リーダーって、いっつも白色ネコばかり見ていたけど、全身真っ黒なウサギのヒナのことも褒めてくれて嬉しかったんだ」


 まるで覚えがない。


 記憶から抹消した当時のことをふと思い返すと、LORでは狂戦士のリンだけでなく、ハンターをしていた子たちも積極的な攻勢をかけていた。


 引退して忘れかけていたが、一癖も二癖もありそうな連中を引き連れていた気がする。

 MMOだけの関係で中の人はどうせ違うだろ的な認識で、ハーレムパーティしていたのを思い出す。


 それがまさかリアルで再会、それも中の人は同級生の女子なんて、そんなのを気にしてダンジョンに潜っていたことは無かっただけに、嬉しいのと同時に恐れも感じている。


 ダンジョン攻略で大事なことは、誰一人欠くことなく生還することだった。

 ハーレムパーティだったとはいえ、一人一人を鼓舞するようなことを言っていたような気がしないでもない。


 ハンターをする種族は機敏な動きをするウサギが有利で、フィーネを含む他のキャラも、ウサギを選ぶことが多かった。

 もちろんオスメスの違いは無く、中の人のことを知ることも無い。


 しかし聞けば聞くほどリーダーとして、俺はどれだけ黒歴史を重ねて来たのだろうかと心配になる。


「黒ウサギのフィーネ……確かに黒のウサギは珍しかったから、声をかけたような……だけど、そんなことで――」

「そんなことぉ? イツキっていつも白のネコばかり褒めてた! どれだけ白を優遇するんだ! って見てた。これって黒ウサギに対する挑発行動だー! って思っていたんだよ? 言ってることが分かるかな?」


 それが真実だとしたら、何て痛々しいリーダーだったんだろうか。

 ハーレムパーティを組んでおきながら、思い入れが平等じゃないとか、挑発と思われても仕方が無い。


「そ、それはまぁ、うん……」

「で、ヒナの今の姿勢。あの時のウサギみたいだよね?」


 四つん這いで部屋の端に追い詰めるとか、そんなことをされた覚えがまるで無い。

 思い出すとすれば、獲物を追い詰めた時の雰囲気のようなものだけは再現出来ている感じだ。


「俺がひざまずくんじゃなかったのかな?」

「え~? イツキは女子を膝元に置いて、マウントを取りたいリーダーだったよ? それなのに、リアルでは実は女子が苦手? それとも、近寄られると怖いとか~?」

「そ……んなこと、ない……けど」

「じゃあ、こんな姿勢で迫るヒナに、何をしてくれるかなぁ?」

「な、何を……とは?」

「ハーレムパーティのリーダーとして、願望があったはずだしぃ……密室でふたりきりなんだよ? いいよ? リーダーが望むなら――」


 全くの想定外。


 密室でふたりきりって言っても、いつ誰が入って来てもおかしくない生徒会室。

 鍵をかけられたとはいえ、そもそもここでヒナが思っていることをするような、そんな大それたことなんて出来るはずも無い。


「で、出来ないって! ヒナは生徒会の人間なんだろ? だとしたら、まずいことになるのは君の方だと思うんだけど……」

「……誰も来ないよ? 鍵を持ってる人間は委員長とかで限られているから、安心していいよ」

「――って、な、何をして、してるの!?」

「エルフの中の人は、リアルでも鍛えているのかなって。走り込みくらいはしてたり?」

「だ、だだ、だからって足を触るのは……」

「それも駄目なの~? はは~ん? ミキくんって、女子が苦手とかじゃなくて……最近までぼっちだっただろ? 図星かな?」

「うっ……」

「やっぱりね! 足っていうか、自分に触れて来る人間を作ろうとしていなかった感じだし、そっかぁ……リアルではNPCに徹するタイプだったんだ~?」


 それはそうだろ! と心の中で突っ込んでみた。


 現実でハーレムなんてそんなのはよほど成績が優秀な奴か、モテる要素が備わっているか、母性本能をくすぐるような奴にしか縁がないだろうと思うしか無く、NPCといったモブに徹するのが楽は楽だった。

 

 しかしかつての攻略組メンバーが転校して来て、身バレしていた挙句、さらに同級生にメンバーがいて俺のことを狙い撃ち。


 そんなことになった時点で、ぼっちとしての生活は終止符を打たれた。

 こんな逃げようのない状況にどうするべきなんだと悩んでいると、救いのチャイムが鳴り響く。

 

「ひ、昼休みのチャイムが鳴ったし、俺を解放してくれると……」

「うんうん、そっかぁ……リーダーは、攻略のし甲斐がありそうだよね」

「……こ、攻略!?」

「足を触られて嫌だったかもだけど、な~んか不公平」

「え、あの……でも」

「あっ! じゃあさ、せっかくの再会を祝してと、お詫びに……ヒナに触れていいよ?」

「ふ、触れ……」


 どうやらそれをしないと、部屋からというかこの場から解放させてくれないようだ。

 中から鍵をかけているし、誰に見られるでもないので、ここは無難な対応をすることにする。


 四つん這いをキープしているフィーネことヒナは、俺をジッと見つめている。

 そんな状況下で今の俺が出来ることといえば……。


「はひゃん……イツキの指先が伝わって来る……来るんだよ」

「そ、そこまで忠実にウサギっぽさを再現しなくても……」

「ウサギじゃなくても、女子は髪を触れられることにも敏感なんだよ? それを覚えてくれるかな」


 女子の髪に触れる……もちろん、そんなことはしたことが無い。

 時間にして数秒か、即席ラーメンが出来るくらいの時間だったのだが、恐れた事態が発生する。


『あれっ? 鍵がかかってる。もしも~し? 中で誰か作業してます~?』

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