第59話 学園の姫に会いに空港へ行き姫と涙の再会をする
出発の日時は、茜さんの父親から聞いていた。その日が近づくにつれて、健人の気持ちは、次第に暗くやるせなくなっていった。学校では明るく振る舞う茜の姿を見るにつけ、彼女も結構無理をしているんじゃないかと勘繰ってしまっていた。彼女はいたって自然に振る舞っているようだった。
「茜さん、僕に何か言いたいことはない?」
「……なに、健人」
「……だって……」
―――もうすぐ会えなくなってしまうんだから。と、口に出して言うのも苦しかった。
「特に無いの?」
「……いいえ、別に」
「それならいいんだ」
「変な人ねえ。健人は、時々何を考えているのか、わからなくなるわ」
「そうだろうな」
「……そうよ」
―――こんなに平然としていられる茜さんの方こそ、何を考えているのかわからないよ。
―――僕の気持ちを、僕の気持ちを、少しは察してくれたっていいのに!
健人が、悶々とした気持ちで毎日を過ごしているうちに、いよいよ明日は出発という日がやってきた。最後の夜に茜さんと二人で会いたいという気持ちを込めて、メールを送った。
すると、今日は頭が痛いから会えない、という素っ気ない返信が帰って来た。
―――どうしてなんだ、そんなの彼氏として最悪じゃないか!
―――いや、人間として認められてないんじゃないのか!
健人は一睡もできずに、布団の中で転げまわっていた。
―――う~~っ!
―――今までの日々は何だったんだああ!!!
そしてやって来た別れの日。今日茜は、羽田空港からロンドン行きの飛行機に乗り、一か月間の留学に出発する。
―――見知らぬ国で、見知らぬ人たちに囲まれて、独りぼっちでやって行けるのだろうか。
―――いやいや、心配はいらないだろう。
―――魅力的な彼女の事だから、すぐにイギリス人の友達ができ、楽しく生活することができるだろう。
―――うん、待てよ。友達だけじゃなくて、彼氏が出来てしまう恐れもあるんだ。
―――そこは気がつかなかった。
―――迂闊だった。
―――とにかく心配の種は尽きない。
学校へ行ってみると、茜は案の定休んでいた。それはそうだ。きょう出発なのに、来られるはずがない。彼女の父親からは、彼女が自分で言うから、黙っていてくれと口止めされていた。午後二時出発の、ヒースロー空港行きの飛行機だった。ああ、午前中授業なんか受けていられない。とうとう、健人は耐えられなり、保健室へ行った。
「あのう、僕今日気分が悪くて、ちょっと休ませてください」
「熱を測ってみる」
「はい」
「……あら、全然ないわよ」
「そうですか、でも気分がとっても悪くて我慢できないんです」
「そう、そんなに具合が悪いんじゃあ、早退した方がいいかしら」
「そうします」
健人は、早退届を手に入れると担任のところへ走り、そのまま駅へ全速力で向かい、羽田空港行きの列車に飛び乗った。
―――ああ、早くついてくれ!
―――いっそのこと、ずっと空港で待っていればよかった。
―――でも、まだ、手続き前の彼女に会えるかもしれない!
列車が空港駅に着くと、健人は一目散に走った。駅の係員の人も、空港の警備員もそのあまりの速さに驚き、振り返った。
健人は走りに走った。ガラス越しに中を覗いても、向こうに茜の姿はない!
滑走路が見渡せる場所に急いだ。出発までは三十分ぐらいはある。搭乗ゲートから乗り込むところが見えるかもしれない。
―――あった!
―――目的の飛行機には、既に搭乗口が接続され乗客たちが乗り込んでいる様子だ。
―――せめて、窓に座った茜さんの姿が見えないだろうか。
健人は、スマホにメールを送った。
―――茜さん、僕の姿が見えたら手を振って、と。
返事はまたもや来なかった。
―――ああ、なんてこった!
三十分があっという間に過ぎた。何もするすべもなく、健人は飛行機を見送った。飛行機は一筋の線を描いて、大空へ飛び立ち、いつしか見えなくなった。
―――ああああ、茜さ~~~~ん!
―――さようなら~~~っ!
―――-年間離れていても、絶対に僕の事を忘れないで!!!
健人は、その場で泣き崩れた。そして、すぐには立ち上がることが出来ずにいた。ベンチを見つけて、じっとうつむき座っていた。
どのくらいの時間が過ぎただろうか。三十分が過ぎ、一時間が過ぎようとした。
―――ああ、ここにずっといてももう茜さんが戻ってくることはないんだ。
健人は、力なく立ち上がった。すると、健人を呼ぶ声がした。
「あら、健人こんなところで何してるの?」
「はあ、茜さん。本当に茜さんなの? 今の飛行機でイギリスに行ったんじゃ……」
「なかったの」
「え、どういうこと?」
健人は、ぽかんとして茜の顔を見つめていた。本当に茜がここにいるのだろうか。もしや、自分の可笑しな精神状態が、幻を生み出したのではないだろうか。
「何よ、ぼんやりして」
「だって、イギリスに留学するんじゃなかったの?」
「あれは、両親が勝手に考えていただけ。留学するように言われたんだけど、私にはまだ早いわよ。こっちでやらなきゃいけないことが、まだまだたくさんあるような気がするし、英会話はオンラインでやるからいいわ」
「……ああ」
よかった、と言いかけた。
「留学するときは、執事も一緒よ。そうじゃないと、何かと困るから。だから、卒業したら留学する。執事を連れて。いいかしら?」
「あ、あかね、さん。勿論!」
健人の目から、再び涙が溢れだした。健人は両手を茜の肩に回し、思い切り抱きしめていた。
「あ、茜さん。熱い……熱が……」
「そりゃそうよ、昨日から熱があって、家で寝てたんだもの」
「それなのに、ここに」
「だって、ずっと健人が変だったし、変なメールが来るから、もしやここにいるんじゃないかと思って来てみたら、やっぱりここにいるんだもの……」
「ご、御免。すぐ家に帰ろう」
「うん」
健人は、熱を出してふらふらになっている茜を支えながら、空港を後にした。
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