第57話 学園の姫とディナーを頂く

―――秘密を抱えて学校生活を続けるのは、ある意味大変なことだが、それはそれでスリルがあって楽しい。


―――僕と茜さんは、これからもそんな生活を続けて行こうと誓いあった。


「ねえ、健人。今日の夕食は何なの?」


 茜と二人きりになり、健人にとっては甘い時間に思えたが、相変わらず彼女はそんなことには無頓着だ。


「コンソメスープと、シュリンプサラダ、それにメインディッシュはヒラメのムニエルと、ローストチキン、デザートはバニラアイスクリームブルーベリーソース添えだよ」

「えっ、随分豪華なのねえ!」

「だって、今日は特別な日だから」

「ふ~ん、何の日だったっけ? 誰かの誕生日? もしかして健人の誕生日!」

「ううん、外れ」

「じゃあ、何の日なの?」

「教えてあげない」

「ええ~~っ、私に秘密なの? そんなのずるい! 意地悪う! 教えて、教えて、健人く~~ん、お願い~~っ!」

「茜さんは知らなくていいの。何でもありませんから」

「なんだ、何でもないのね」


―――茜さんは、食事が始まってもきょとんとしている。


 この日は、旦那様が僕がここで働き続けることのプレゼントにと、一緒に食事をするように、ちょっとしたディナーを計画してくれたのだ。


「あれ、パパまで今日は一緒にいるのね。珍しい。仕事はもう終わったの? 帰ってきちゃっていいの?」

「たまには、お前たちと食事がしたくなってな」

「そうなの、まあ、いいわ。一緒に食べても」

「随分な言い方だな。さあ、健人君も一緒に食事しようじゃないか」

「あ、ああ。ありがとうございます」

「あれ、健人も一緒に食べるの?」

「……まあね」

「何なの、二人とも。今日は何の日なのよ。ずるい、教えてよ!」

「何でもありません、お嬢様」

「もう健人ったら、誤魔化しちゃって」


 健人は、茜の隣に座って食事を始めたが、どんな順で何を食べたのか、さっぱりわからなかった。珍しく緊張して、フォークを落としそうになった。


 隣の席をちらちら見ると、茜のぱっちりとした瞳や、ふっくらした口元が見える。髪の毛もさらりとして美しい。かぐわしい香りが漂って着そうだ。こんなに近くで見ながら、食事することなどめったにない。

 同じ空気を吸って、同じ部屋の中にいることだけでうっとりと幸せな気持ちに包まれてしまう。やっぱり彼女は、自分にとっては王女様のような存在だ。教室に居ても、家の中に居ても。


「健人」

「……ん?」


 健人は、口の中に入れたものを噛みながら、素っ頓狂な声で返事をした。


「今日の健人変ねえ」

「何が?」


 健人は食べ物を飲み込みながら答えた。


「随分と無口じゃない?」

「口の中に、美味しいものが入ってるからだ」

「そうか……そうだよね」

「それに、今日はちょっとしたき記念日だからね」

「何の?」

「……それは」

「また、秘密なの? もういいわよ! 私に言えないんだったら、言わなくてもっ!」


―――そう、今日は二人が本当に対等に付き合えることになった記念日だ。


 茜さんのお父さんからお墨付きをもらった。だから、今までよりは心の蓋を緩めて、茜さんと付き合うことができる。


「やっぱり今日の健人は変ねえ。にやにやしちゃって、可笑しい……」

「そうか」


 やっぱり、顔に出てしまう。


「この魚美味しいなあ。チキンも最高! 味付けがいいんだな」

「そうね、どんどん食べようね」


 茜のお父さんは、そんな彼女の様子を見て、嬉しそうに微笑んだ。


「高校生はいいなあ、若くて。楽しそうだな」

「あら、これでもいろいろ大変なのよ、学校では」


 そう、色々と大変だ。彼女を狙うライバルはいるし、からんでくる奴もいる。


「茜さん、これからも誰かが絡んできたら、僕が守るからね」

「健人、頼もしいわね、今日は。じゃあ、私の分も食べて」


 茜は自分のお皿から一切れ、チキンを取り、健人の皿に載せた。それを健人はパクリと食べた。


「旨いっ!」


 健人は、思わず口元を押さえた。


「あっ、すいません。下品な言い方をして」

「まあ、まあ、高校生じゃないか。楽しく食事してくれればいい」


 お父さんが、それを見て笑っている。


―――こんな日々が続けばいいなあ。


 健人は、デザートのアイスクリームを食べながら、しみじみ思った。


 美味しい食事だった。それ以上に、彼女の美しい横顔を見ながら、座っていられたことが最高のご褒美だった。時間が止まってしまえばいいのに、健人は真剣にそう思っていた。

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