第54話 学園の姫と約束する

 健人は茜を一人残して帰ったことで、彼女の事が心配でたまらなくなった。少しでも離れていると不安で胸が押しつぶされそうになる。彼女も、ちっとも自分の事を気にかけてないようなそぶりをするが、そのくせいつもいなくなると不安な目で自分の姿を追っている。そんな彼女を片時も一人にしてはおけなかった。


―――ああ、離れてると心配だ。


―――というか、気になって寂しくて仕方がない。


―――さっき別れたばかりなのに、もう会いたくてしょうがない。


―――自分は全く余裕がなくなってしまった。


―――彼女に振り回されているんだろうか。


 遠くから、茜がこちらへ歩いて来る。何をしているの、というような怪訝な目つきで健人を見ながら、すまして歩いて来る。


「あ、茜さん。御免、一人残して帰っちゃって……」

「な~に、健人、こんなところで、何をしてたの? あたし大丈夫だったわよ」

「そうか……よかった」


―――俺は何を心配していたんだ。


―――茜さんは子供じゃない。


―――自分の事は自分で判断できる、高校生なんだ。


 健人は、茜のきょとんとした顔を見ると、体の力が抜けていった。彼女は珍しい物でも見るように、健人を見ている。


「でも、そんなに心配だったんだ」

「あっ、いや、いや、別に。なんか先に帰っちゃったから、悪かったなと思って、つい来ちゃったんだ」


―――そう、俺は彼女の事が気になって、彼女の家の前まで来てしまったのだ。


「もう~、健人ったら、あたし子供じゃないんだから」

「茜さん、だって、俺、心配で……」


 健人は、茜の傍に近寄った。あろうことか、彼女を思いきり自分の方へ引き寄せ、思わず抱きしめてしまった。自分で自分の行動に驚いた。こんな大胆なことを、しかも家の前でするなんて、執事として許されるんだろうか……。


「御免、心配だったから」

「ん……」


 健人の目は潤んでいた。


―――何だ、この気持ちは! 


―――茜さん怒ってるだろうか。


 彼女の顔をちらりと見る。美しい顔は、愁いを含んで、少しだけ怒ったように見える。


―――ああ~~~~っ! 怒らせてしまったんだろうか!


―――まずい、まずい、まずいよ~~~っ!


 健人は、茜に腕を回したまま、彼女の表情をじっと見ていた。


―――何か言ってくれ! 怒ってもいいからあ~~!


「茜さん、あのさあ」

「……」


―――何で、どうして言わないんだ。


―――怖いよっ! 怒らないでよ!


「茜さんが、可愛いから……心配だった」

「ん……」


―――茜さんの目は潤んでいる。


―――怒ってはいないようだ。


「だって、心配だし」

「……ん、心配だし? 他に理由は?」


―――まだ言わなきゃいけないのかよ。


―――来た理由を! 


―――あああ~~~!


「どうしてもう会いに来たのかなあ? さっき別れたばかりなのに……」

「……それは、えと……」


―――まだ言わせる気か。


「なぜかしら?」

「う~ん」

「はっきり言わないの」


―――茜さんの頬が少し膨らんでいる。


―――やっぱり、少し怒っているのだろうか。


「だって」

「だって、な~に?」


―――あれ、今度は怒ってない。


―――それどころか、茜さんは僕の胸に顔を押しつけて、まるで猫の様に擦り寄っている。


―――これって、これって……。


「だって、好きなんだもん」

「……」

「茜さん……」

「……うれしいよ、健人。帰っちゃったから、あたし振られちゃったのかと思って、悲しくなった」


―――茜さんは、僕の胸に頬を寄せている。


―――瞬きするたびに、まつげが揺れる。


 可愛い口元は僕の胸にくっついたままだ。


―――このまま時間が止まってしまえばいいのに。


―――茜さんも、この状況を嫌がってはいないようだ。


 健人は、心の中でひらひらと踊りまわっていた。そんな気分だった。


 健人は、茜のさらさらした髪に手を持って行った。ああ、まるでシルクのように光沢があり、すべすべと滑らかな髪だ。健人は、その髪に無性に触れたくなった。


「髪の毛が乱れてるから、僕が梳かしてあげる」

「……ん、そうお」


 健人は、骨ばった細い指を茜の髪の毛の中へ入れ、上から櫛のようにさらさらと梳かした。


―――うわ~~っ、柔らかい。


―――その動作を何回か繰り返した。いつまででもこうしていたい。


「もう、そのくらいでいいんじゃないの?」

「あっ、そうだね。もう、さらさらになった」


 そして、その手が手持無沙汰になると、今度は頬を撫でた。


―――おっ、ここも嫌がってはいないようだ。


「あの、健人」

「……なに?」

「ここ家の前だし、これ以上は……」

「……そうだね」


―――あ~~~っ、そうだった。残念だ! 


「健人……」

「なに?」

「嬉しかったよ。会いに来てくれて」

「あ、僕も……」

「これからもあたしの傍にいてくれるの?」

「おう、当たり前だ! どんなことがあっても離れない!」

「約束よ!」


 二人は指切りをした。その手を健人は名残惜しそうに握った。茜との距離がぐんと縮まったことが嬉しくて仕方がなかった。健人の胸のは茜の言葉と、髪の毛の良い香りで満たされていた。いつまでもそばにいて欲しい、という彼女の願いが伝わり、心の中はとろけていった。



―――・―――・―――・―――・―――・―――


「学校一の美少女と付き合う方法」が「ファミ通文庫大賞の中間結果」を通過しました。よろしかったら、こちらもお読み頂けると幸いです。

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