第53話 学園の姫は取り残される
「茜さん、俺もうそろそろ帰らないと……」
「あら、どうしたの。何か用があるの?」
健人が言った言葉に、茜は不思議そうな顔をしている。
―――ここは、早めに帰った方がよさそうだ。
―――そして、神楽坂とまきを二人きりにさせてあげよう。
気を利かせたつもりだった。
「俺ちょっと用があって、じゃあ、先に帰るよ」
一人で帰ると言い出した健人を、茜はあっけに取られて見ている。自分を置いて、先に帰ってしまうなど今だかつてないことだった。そんなことがあるなど、考えたこともなかった。安心しきっていたといえる。その健人が、一人で帰ろうとしている。急に不安に駆られ、茜はいった。
「健人帰っちゃうの……あの、あたしも帰ろうかな……」
すると、案の定、神楽坂がそれを止めようとした。
「茜さんは、もう少しここにいてよ。あいつだけ用があるんだから、仕方ないだろう」
「……で、でも」
健人は、少し突き放したようにいった。
「茜さんは……どっちでもいいけど」
「……そ、そんなこと……」
いつも自分の事を第一に動いていた健人の、突然の発言に戸惑っている。茜の気持ちは、揺れ動いていた。
―――これはどういうことなの。
―――今まで、こんなことはなかったのに……。
そして、きっと健人の目を見据えていった。
「あたしは、まだここにいるわ」
「……あ、そうなの」
今度は、健人の方があっけにとられた。この状況では、茜は一緒に帰ると言い出すと思い込んでいたからだ。神楽坂だけがこの状況を楽しんでいるように見える。
「じゃあな、健人」
「……う、うん」
茜さんにちょっかい出すなよ、という言葉を飲み込んだ。神楽坂を好きなまきちゃん、茜さんを好きな神楽坂。そして一人残された茜さん。どんな会話をするというのだろうか。自分だけが帰ると言い出したのに、不安で一杯になった。
帰り道で急いでスマホを取り出し、茜にメールを送った。神楽坂とまきちゃん、意外といい雰囲気だと思って帰ったんだ、と。
―――俺は本心から茜さんを突き放すことなんてできない。
―――このメールにすぐ気がついてくれれば、事態が呑み込めるだろう。
しかし、話に夢中になっている茜はまったく気がつかなかった。
「茜はいいわねえ、いつも健人がそばにいてくれて。まるで忠実な僕みたいじゃない」
「僕?」
「うん、何をいっても怒らないし、いつも傍にいてくれる。それでいて束縛はしない。理想の彼氏じゃない?」
「ふ~ん、そうかな……」
先ほどの態度が気になって仕方ない茜は、返事が出来なかった。実際に僕の様に始まった二人の関係を、話すわけにはいかない。
「まきちゃんは、ああいうやつが好きなの?」
「ああいうって……」
「健人みたいなやつ」
「あたしは、面白くて、情熱的で、物知りで、自分の心をしっかりつかんでいてくれる人が好きなんだ」
「へ~、そんな奴いるの?」
「まっ、まあ。目下片思いだけど」
茜の目が輝いた。
「きっと素敵な人なんでしょうね。物知りな所だけは、神楽坂にそっくりね」
「何をいうんだ! 俺は全部当てはまる、情熱的で、面白くて、素晴らしい男だぞ! 健人よりずっと魅力的だ。茜さんも早く俺の魅力に気付いてほしいよな」
目の前にいないので、言いたい放題だ。するとまきがいった。
「そうね、あんたは自分が思っているよりずっと凄い人かもね。茜は、神楽坂の事はよくわかってないのね。思い込んだら、猪突猛進、情熱の塊だから」
「へえ、随分褒めるわね。私の知らない魅力に気付いてるみたい」
―――まきちゃん、ひょっとして、神楽坂の事が好きなんじゃないの?
そんな気がしてきた茜は、神楽坂にいった。
「神楽坂、まきちゃんはあなたの事をよ~く見ているわ。それにちゃ~んと、認めてくれている。まきちゃんが味方になってくれれば、鬼に金棒よ」
「まあ、褒められて嫌な気はしないがな。ちょっと照れるなあ」
彼もまんざらではなさそうだ。神楽坂だけが、いまだにまきの気持ちに気付いていない。まあ、それは黙っていることにしよう。まきは空になった皿を見ていった。
「きょうは、美味しかったわねえ。神楽坂まで、おごってくれるなんてうれしい~」
「本当ね、神楽坂も優しい所があるよね。また奢ってね!」
茜も、神楽坂を褒めた。すると、二人の女子を見ながら、ちょっと自慢気にいった。
「そうたびたび来るんじゃ大変だけど、たまにはいいよ」
「私と健人の分まで奢ると大変だけど、パフェの好きなまきちゃんの分だけだったらいいんじゃないの。神楽坂はあんみつを注文すればいいんだから」
「そ、そうかあ。でも、やっぱり四人そろった方が楽しいだろ」
茜は、こういった。
「一人で皆の分を出すのは金額が多くて大変ね。あたしは健人におごってもらうから……それならもっと来られそうだし」
「そうかあ。まあ、どうでもいいや」
分かったような、分からないような顔をしている。まきは、これからも来られることがわかり、嬉しそうだ。
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな。二人とももっとゆっくりしていくんだったら、どうぞ」
茜が言い出した。
「いや、もう出よう。いいよねまきちゃんも」
「うん、充分長居したもん」
そう言って三人はフルーツパーラーを出た。神楽坂が女子二人にいった。
「俺、本屋さんによっていくから」
「あら、あたしも本見たかったんだ」
まきが、いった。
「じゃあ、一緒に見ていく?」
「うん」
二人は、並んで書店の方へ向かっていた。
―――あら、あら、いい雰囲気気じゃない。
茜は彼らの後ろ姿を見ながら、スマホを取り出した。そこには、健人からのメッセージがあった。
―――まあ、あたしったら、やっとまきちゃんの気持ちに気がついた。
それから、学校の裏山の洞窟の話は、神楽坂がかなり誇張していっていたことがわかった。健人がパソコンで調べ、メールで送ってくれたのだった。
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