第51話 学園の姫いわくつきの裏山に怯える

「ちょっとした冒険だった」

「あんなところがあるなんて、初めて知った。あんな不気味な洞窟があるのも知らなかったわ。あ~、怖かったあ……」


――茜さんの怖がりようは、尋常ではなかった。


「あれはコウモリだった」

「へえ、そうだったの。もしかして、鉄格子の奥に、死んだ人の骨が埋まってるのかと思った。その人たちの霊が、まださまよっているんじゃないかと思って……」

「違うよ!」


――茜さんはまだ震えている。


「いえ、そうに違いないわ。コウモリは彼らの化身……」

「茜さん、そんな現象起こるはずないよ!」

「だって……。相当霊気があったわよ」

「茜さんたら、いつから霊感が備わったの?」

「いえ、べつに……」


 それから、二人は暫く黙って歩いた。


「やっぱりあそこは、ただの洞窟じゃない」

「全く……もう」

「健人は何も感じなかったの?」

「まあ、確かに気味は悪かったけど……別に霊が出るとか、そんな感じはしなかったよ」

「そう、私だけね」


 さらに二人は、坂道を下って行った。もう、学校までは目と鼻の先だった。


「ああ、あんなところに夜行ったら、相当怖いでしょうね?」

「それはそうだろうな。電気もほとんどないし、懐中電灯の灯りだけを頼りに歩くのは大変だし、結構怖い」

「そうよね」


 だからといって、夜再び行ってみようとは思わない。ああ、良かった。やっと元の世界へ戻って来られたような気分だ。


 しかしあの洞窟が何のために作られて、なぜ鉄格子がはまっているのかはいまだに謎だった。


「ふ~っ、ようやく学校に戻ってきた」

「よかった、無事で。あたし本当に怖くて、もう戻って来られないんじゃないかと思ったの」

「オーバーだな、茜さん。さあ、家へ帰ろう」

「うん」


 二人は、更に学校の前を通り過ぎて歩いた。すると後ろから呼び声がした。


「あっ、茜さん! 今帰るの?」


―――その声は……もしかして、神楽坂……。


「ええ、そうなの」

「じゃあ、一緒に帰ろう。丁度良かった、まきちゃんもいるから、今日は僕が奢るよ」


―――やっぱり神楽坂だった。


―――全くこいつ、いつも都合よく現れるなあ。


「あら、まきちゃんも一緒なの、偶然ね」

「まっ、まあね」


―――あれ、まきちゃん、ちょっと焦っている。


―――どうしたんだろう。


―――偶然じゃないような……。気のせいか?


「じゃあ、いいよね、茜さん」

「そうね、今かなり怖い思いしちゃったから、気分直しに美味しいものを食べましょうか」

「怖い思いだって! どうしたんだ、茜さん。こいつと一緒にいたのに、何かあったのか!」


 神楽坂の顔が、怒りに燃えた。


「……う、うん、まあ。ちょっと」

「話してみて、僕に! 力になるよ」

「あのね、裏山に上ってみたんだけど、ちょっと怖いところがあって……」

「裏山だって! あんなところに行ったのかっ」

「……ええ」

「あんなとこ、行かないほうがいいよ!」

「えっ、どうして? 何か怖いことがあったの?」

「まあ、そんなところだ」

「なに?」


 神楽坂は、茜の怯えた表情を見て、言うか言うまいか逡巡した。


「知らないほうがいいこともある」

「何よ、その言い方。教えてよ」

「どうしようかな」

「もう、言い出しといて止めるなんて、最低よ! 何かあったの?」


 最低と言われたら、言わないわけにいかない。神楽坂は覚悟を決めて話し始めた。


「あの裏山には、かつて旧日本軍の研究施設があったんだ」

「研究施設って?」

「僕もあまり詳しいことは知らないけど、外部とは隔てられて、秘密の研究が行われていたと言われている。一説には、化学薬品の研究が行われていたのではないかとか、生物を使った実験が行われていた、とも言われている。外部に妙なにおいが漏れたり、動物の声が聞こえたりすることがあったらしい。今となっては闇の中だが……終戦の混乱で忘れ去られていったらしいが」


 茜の顔が恐怖でひきつった。


「えええ~~~っ! そうなの~~~っ! そんな恐ろしい所なの?」

「まあ、詳しいことは、いまだに解明されてないけどね」

「だから、鉄格子がはまっていたの!」

「へえ、鉄格子がはまってるんだ。僕も行った事はないのでわからないけど」

「ええ、やだ、やだ、やだ、怖いよ~~っ。もし行ったら、呪われることもあるかしら?」

「そんなことはないと思うけど、あまり気持ちのいい場所ではないよな」


 健人は、その話を聞いて焦っていた。何の気なしに踏み込んだ場所が、そんないわくつきのところだったなんて、しかも茜をつれて行ってしまった。


「今の話は、本当なんだろうな、神楽坂?」

「ああ、本当だ。まさか、お前が行こうって言い出したんじゃ……」


 そのまさかだった。


「でも、化学薬品が未だに漏れてきたりはしてないだろう? それに、呪いなんてないだろう?」

「もう、その恐れはないだろう。だけど、呪いに関してはどうかな。俺は無いとは断言できない」


―――嘘だろう、こいつ。


―――嘘でも、ないと言ってほしかった。


「呪いなんて言うのは、気持ちの問題だから、大丈夫だ、茜さんっ!」

「そうだな。そうだといいけど」


―――全くこいつ。茜さんが怖がってるのに。


「あ~ん、健人! あたし呪われたらどうしよう」

「大丈夫だ! 悪霊なんか、俺が追い払ってやる! っていうか、呪われないよ! そんなこと、あるはずがないし、たとえあっても、俺がやっつける!」


 神楽坂は、涼しい顔をしていった。


「気持ちを取り直して、今日は俺のおごりで、さあ行こうよ! フルーツパーラーまで、悪霊は追いかけてこない」

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