第48話 神楽坂の野望

「う~ん、美味しいわあ」

「本当、美味しい!」


 茜とまきは、アイスクリームを一匙口に入れる度に、感激の言葉を漏らしている。


「旨いっ! この寒天が、甘味によっくマッチしてるんだよなあ。あんみつは最高だ!」


 神楽坂も、感動している。彼が甘党だということを、初めて知った。タダで食べている三人は、純粋においしさを堪能しているが、健人だけは、お金の事を考え、頭が痛くなってきている。冷たさも、頭にキーンと沁みる。


「美味しいかったわあ。みんなでこんなにおいしいパフェが食べられて、良かったわ!」


 まきは、最後の一匙まで味わった。彼女が一番喜んでいるように見える。茜も満足そうにふ~っと、息を吐いた。アイスクリームの上に、山盛りのフルーツと生クリームがたっぷり乗っていて、かなりお腹いっぱいになったようだ。


「大満足ね! 健人、有難う!」


―――茜さんが喜んでいるのは許せるが、神楽坂も満面の笑みを浮かべているのが悔しい。


「あんみつ、俺大好きなんだ。これは、あんこの味が甘すぎず、美味しかった。ご馳走さん」

「ああ、みんな美味しかったね。俺もおいしかったよ」


 さあ、もう帰ろうかなと思っていた健人だったが、皆名残惜しそうで、一向に立ち上がろうとしない。神楽坂は、茜にしきりに話しかけている。


「また茜さん、一緒に食べに来ようよ~」

「う~ん、どうしようかな?」

「勉強の帰りでもいいし、他の日でもいいよ」

「そうお?」

「ああ、健人の事を気にしてるんでしょ? 彼氏と言っても、いつもいつも一緒にいることはない。いろんな人と、いろんな話をした方が、茜さんの世界も広がるよ」

「そうかしら?」

「そうだよ。また、学校の帰りに一緒に来よう。今度は俺が奢るから」

「へえ、神楽坂君が?」


 乗り気じゃなかった茜の瞳が、一瞬輝いた。茜にとっては、パフェを奢ってもらうことぐらい、大したことじゃないんだろうが、おごってもらえるということ自体が嬉しいようだ。悔しいから健人は、話に割って入った。


「おう、今度は神楽坂のおごりで来ようぜ。いいだろう?」


 すると、彼は待ってましたとばかりに応えた。


「いいよ。今度は俺が三人分奢るから、一緒に来ようぜ」


 彼は、茜さんと二人きりじゃなくても、とにかく一緒に来られればいいみたいだ。茜もそれならと、気兼ねなく答えた。


「じゃあ、またみんなで来ようね」

「わあ、嬉しい~~いっ。今度は神楽坂のおごりだなんて、二回もおごってもらえるなんて、ラッキー!」


 まきが、喜んでいる。ここへ来たいと言っていたのも、まきだった。


「なかなか、自分のお金じゃあ、しょっちゅう来られないもんね。嬉しいなあ。ありがとう神楽坂。二人とも優しいね」


 優しいというよりは、茜さんに言いかっこを見せたくて、二人で意地を張り合っているみたいだ。まきは、それに便乗しているだけなのだが、うまいことやっている。


「あたしもね、この間の遠足以来、又、このメンバーで集まれたら楽しいなって思ってたんだ」

「そうだったんだ、まきちゃん。じゃあ、これからしょっちゅう集まろうよ。いいよな、茜さん、それに健人も?」


 神楽坂も、この時とばかりに、これから集まる機会を作ろうと必死だ。


「茜さん、色々と忙しいんじゃないのか?」


 健人は、何とか彼の野望を食い止めようとした。


「まあ、忙しいと言えば忙しいけど……」

「そんな、しょっちゅう集まるわけじゃないし、都合のいい時だけでいいんだ。無理強いはしないよ」


 神楽坂は、食い下がらなかった。健人は、茜の方をちらりと見て言った。


「そうか。俺は、茜さんさえよければいいけど」


 すると、茜はちょっと迷ってから答えた。


「そうね。いいかもね。あたしもクラスの友達と放課後まで付き合うことってあまりなかったから、楽しいかもしれない」

「わあ、良かった。じゃあ、またどこかで集まろうね。それから,今度ここに来る時は俺のおごりだから」


 茜の答えを聞き、健人はちょっぴり寂しくなったが、彼女だって自分一人だけと付き合っていては、世界が狭くなってしまう。友達が欲しい気持ちはよくわかる。


 次の約束をし、四人はフルーツパーラーを後にした。



 まきと神楽坂と別れ、健人は茜と二人だけで歩いていた。


 健人は茜の手をそっと握った。


「ちょっとだけだから、いいよね」

「……うん、まあ、いいよ」


 茜の手は、健人の手のひらに包まれた。細い指や、ふっくらとした手の平の感触が、健人の先ほどまでのイライラした気持ちを静めてくれた。


「どうしたのかな、健人君? やきもちやいてる?」

「いいや、別に」

「そうお。じゃあ、良かったけど」


 この柔らかい手の平を独占できるのは、自分だけだと思うと、何とか平静を保つことができた。西の空が真っ赤に染まり、一つになった二人の影は長く伸びていた。

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