第43話 健人くららを救助する

「さあ、みんな一緒に泳ごうぜ!」


 植松さんが、みんなに声を掛けた。意気消沈していた龍も気を取り直して、輪の中に入って来た。水の中でビーチボールを取り合ったり、お互いに水の掛け合いをしたり、誰ともなくはしゃいでいた。ビーチボールの取り合いをしていた時の事だ。茜が龍にボールを投げた。それを、今度はくららの方へ投げた。


「こっちよ、ほら!」

「えいっ!」

「あ~ん、あんなに遠くまで飛ばして!」

「取れるだろう、くらら」


 泳げる、泳げないにかかわらず、水の中で自由に動き回っていた。


「あ~ん、取れない~」

「しっかりとれよ」


 龍のはじいたボールがくららの方へ飛んでいき、彼女の上を通り遠くへ飛んでいった。くららは必死に手を伸ばすが、手をかすめてしまった。


「もう、お兄ちゃんたら。手加減してよ! 取れないじゃない!」

「アハハ、しょうがないな。取って来いよ」


 くららは、必死でボールに手を伸ばして、両手を動かしながら、近づいて行く。


「あっ!」

「くららちゃん」

「そんなに深い方へ行っちゃ……」


 みな、ボールに気を取られていて、彼女が泳げないことなど、考えもしなかった。くららはボールを追いかけて、深い方へとどんどん進んでしまっていた。


「うぐっ! あっ」

「くららちゃん! 大丈夫か!」


 ボールに手を伸ばした時に、彼女の体が深く沈みこんだ。


「足がっ!」


 一瞬、水面に顔を出し、息を吸い込んだのも束の間、再び顔が水の中に沈み込んでしまった。そこは水深百六十センチの地点だった。彼女の身長は百五十五センチぐらいしかない。つま先立ちして、やっと顔を出して呼吸ができるぐらいの深さだろう。


―――大変だ、足がつってしまったら、この位の深さでも溺れてしまう!


 そう思うと健人は、自然に体が動いていた。


「健人!」

「健人君!」


 後ろで、健人を呼ぶ声がしたが、そんなことには構っていられなかった。一直線にくららの方へ泳いだ。クロールで進めがそれほどの距離ではなかった。

 ようやく異変に気づいた監視員が、梯子から降りてきて、浮き輪をもってプールサイドを走ってきた。

 しかし、健人が駆け寄る方が早かった。健人は彼女の体を引き寄せ、顔を水面から出した。くららは、健人に抱えられたまま浅い方へ連れてこられた。


―――くららは、大丈夫だろうか。


―――呼吸はしているだろうか。


「ゲホゲホ、苦しかった」


 声がしたので、皆ほっとした。


「くららちゃん、足がつったんだね」

「うん、怖かったよ、健人さんが助けてくれなかったら……」


 くららは、健人につかまったまま、プールの端に寄り、げほげほと水を吐いた。


「くらら、御免。あんな方にボールを飛ばすつもりはなかったんだ」

「もうお兄ちゃんたら……」


 それを聞いた健人は、いった。


「くららちゃん、お兄さんが悪かったわけじゃない。夢中になりすぎていて、水深の事を忘れてしまったんだ。僕が取りに行けばよかった……」

「あたしが悪いのよ。泳げないから、こんなことになっちゃって……」

「練習すれば、今からでも泳げるようになるよ」

「そう? そうなるといいな」


 くららちゃんは、何度も深呼吸を繰り返し、ようやく元通りになってきた。


「優しいね、健人さんは」

「そんなことはないよ。さあ、元気出してね」


 植松さんが、みんなにいった。


「さて、ちょっと休憩しようか」

「そうしよう、くらら。水から上がろう」


 龍は、くららの肩を抱いた。みな、プールサイドのデッキチェアに座った。タオルをかけて体を横にしていると、体が温まってきて心地よい。植松が茜とくららに飲み物を持ってきた。


「わあ、ありがとう」

「くららちゃん、遠慮なく浮き輪を使って泳いでね」

「はい、そうします」


 みんなに迷惑をかけてしまったことを気にしているのか、くららちゃんはとても素直だ。


「健人さん、今日は迷惑を掛けちゃったけど、健人さんに会えてうれしくて、はしゃいでました」

「もう気にしなくていいから、タオルをかけて体を温めた方がいいよ」

「そうします」


 くららは、飲み物をごくりと飲んでから、体を横にしてタオルを首まで掛けた。今度は、植松が茜の隣の席に座り、熱心に話しかけている。


「今日は、この前のみんなを誘ったけど、次は二人で会いたいな」

「……それは……」


 茜は返事に困っている。即答できない。


「すぐに答えてくれないんだね。まあ、いいよ」

「御免なさい。ちょっと迷っただけです」

「また、こんな形でも会えれば……」


―――これ以上、茜さんを悩ませないでくれ。


 健人は、間に割って入った。


「植松さん、こんな素敵なプールで泳げて、茜さんも感激してるんですよ」

「そうかな?」

「そうです」


 植松は、ふっと小さく笑った。


「今日の健人君は、格好良かった。女性陣の目は、君に釘付けになってるよ」

「そ、そ、そんなことはないですよ!」


 健人は、バスタオルの下からこちらを見ているくららの視線に気付いた。


―――今日は、張り切りすぎたかな。


―――いや、たまには自分が得意なことを見てもらいたい。


 心の中では、二人に対して闘志が燃えていた。

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