第44話 今日からは、偽装彼氏から本物彼氏
皆が甘酸っぱい恋心を抱いたまま、着替えを済ませ、プールで解散した。
「植松さん、ありがとう」
茜は、彼にお礼を言って手を振った。植松も嬉しそうに手を振っている。
「大変なこともあったけど、又このメンバーで集まれるといいね」
「はい、今日はとっても楽しかった。家でパーティーがあったら、ぜひ来てくださいね」
真行寺兄妹も、はにかみながらプールを後にした。今日は、健人の独壇場だったが、次は見てろよ、という気持ちもあったのだろう。
「健人君、又別の事で勝負しよう。いいね!」
勝気な彼の気持ちが現れた一言だった。。
「お兄ちゃん、命の恩人に、意地悪言わないでね」
くららの方は、健人にぞっこんだから、健人の肩を持っている。兄弟で、大変な状況だ。健人も彼らに、挨拶した。
「くららちゃん、気を付けてね。龍君、今日はありがとう」
「健人さん、今度は泳ぎ教えてくださいね!」
「うん、そのうちね。じゃあ、また」
健人と茜は、彼らと別れて電車に乗った。健人の心の中には、茜に伝えたい気持ちがあり、どうしてもこの日に打ち明けておきたくなった。
「ねえ、駅でちょっとカフェに寄って行こう。いいよね」
「うん、いいわよ。時間もそんなに遅いわけじゃないし……」
二人で向き合って座ると、茜は喉が渇いていたのか、ごくごくとカフェオレを飲み始めた。普段と変わらない様子に、健人は言おうか言うまいか迷った。
「ねえ、茜さん。今日は一緒にプールに行けて、楽しかったな」
「そうね。健人があんなに水泳が上手だとは知らなかったから、驚いたわ。それに感心した」
「卓球では、惨めだったけど、今日は名誉挽回できてよかったよ」
―――こんな話をするために、わざわざ誘ったわけではないんだった。
「あのね……真剣な話なんだけど……」
茜は、もう一口飲み、じっと健人の方を見つめた。
「あのう……僕と、付き合ってほしいんだ」
「……はあ?」
茜は、何のことかと、ぽかんと口を開けたまま健人の顔を見ている。
「僕は……茜さんが……本気で、好きなんだ!」
「……」
「だから……付き合ってほしい!」
「……」
―――この沈黙は何だ!
茜は、ぽかんとしたまま、止まってしまった。
―――そりゃそうだろう、茜さんが不思議に思うのも無理はない。
―――装彼氏として今まで付き合ってきたんだから、何が変わるというのだろう。
しかし、健人が強調したかったのは、本気で好きだということと、その気持ちを分かってほしいということだ。
「今までと変わらないかもしれないかもしれないけど……これからは、本気で……」
「……ちょ、ちょっと待って!」
「……だから、僕は、茜さんが好きだから!」
「……あのう、声が大きいよ」
「ごめん」
茜は、腕組みをして、今度は下を向いてじっと考え込んでいる。この時間のなんと長いことか。
「……茜さん、驚いてるの……」
「健人、私の返事は……」
「ああ、御免。別にいいよ、困らせるつもりはなかったんだ」
「そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて……」
「……いいわよ」
「……へっ、いいの?」
健人は、素っ頓狂な声を出した。そして、腰が抜けそうになった。
―――いい、ということは、本気で付き合うってことだぞ!
「茜さんっ!」
「じゃあ、今日から、健人は偽装彼氏から、本物彼氏に変更する。だから付き合いも本気、ということ」
「そうだよ。それでいいんだよね」
「もう、今返事したでしょ。何度も言うのは、恥ずかしいわ」
健人は、体がふわふわとして、ソファに座っているのか、ここがカフェなのかわからなくなってしまった。
―――それにしても、茜さんは、返事をしてからもそれほど変わったように見えないのは、なぜだろう。
―――自分だけが独り相撲してるわけじゃないんだろうな。
「茜さん、今日のビキニ可愛かったな……」
チョット、健人はデレデレしてみた。
―――本物の彼氏なんだから、いいだろう。
「ありがと、健人もあの水着似合ってたよ」
―――良かった。
―――買ってきたかいがあった。
―――こういうのが、本物彼氏の会話なのかな。
「泳ぐには、ちょっと水の抵抗があるんだけど、あの方がいいかなと思って」
―――買ってきたことは、秘密にしておこう。
これからは本気の付き合いだと、認めてくれたせいか、心の中には彼女の心がポッと灯ったようになった。
―――これからもっとかっこよくなって、愛される人になって、彼女の心を自分の事で一杯にしよう、とわくわくしてきた。
店を出る時にも、健人はさっとカップの乗ったトレイを持って立ちあがった。
「茜さん、これは僕が返してくるから、任せといて!」
「ありがとう、健人」
「これくらい、当たり前だ」
「優しいね、うふふ」
茜は、少し苦笑いして、健人と一緒に歩きだした。
―――今日から偽装彼氏から、本物彼氏に変更だ!
―――やったぜ!
―――浮き浮きして、健人はスキップしそうになっていた。
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