第41話 学園の姫にプールへ行こうと誘われる

 執事のバイトで森ノ宮家へ行った時の事だった。食事の合間に、茜がいった。


「ねえ、健人。今度プールへ行かない?」


―――唐突に何を聞いて来るんだろう。


「プールか。いいねえ」


 考えるふりをしながらも、心の中では踊りだしている。


「じゃあ、さ来週の日曜日、次の次の日曜日ってことだけど、開けといてね」

「分かった。で、どこのプールへ行くの?」


 茜は、ちょっといいにくそうに答えた。


「○○○ホテルのプールなのよ」

「えっ。ホテルのプール!」


―――そんなところで泳いだことがないっ!


―――泳ぐどころか、そんなホテルへ入ったこともない!


―――ホテルのプールで泳いで、その後、その後、何をするんだろうか……。


―――茜さん、俺をそんなところに誘って、正気でいられると思ってるのか!


「この前パティーの時に来た人たちと一緒だけど、いいかしら?」

「ああ……、あの人たちか」


 あからさまにがっかりしてしまった。


「あれ、嬉しくないの?」

「いや、とっても嬉しい」


 大学生一年生の植松さんと真行寺龍と妹のくららかあ。そういえば、パーティーの時、みんなで遊びに行こうって言ってたよな。


「誘ってきたのも植松さんなのよ。彼の知り合いのホテルだから都合がついたみたいで、限定二十名なんですって。一日に入るのが二十名だから、ほぼ貸切状態よ。凄いわねえ」

「そいつは、凄いや」


―――凄すぎて、ジェラシーを感じる。


 あいつ、若干大学一年生で、どんな伝手を持っているんだろう。


「ということなのよ。彼が私たちに声を掛けてくれたってわけ。じゃあ、日曜日はよろしくね」

「僕は勿論、その時は執事としてついて行くんでしょう?」

「いいえ、あの時友達として参加してたんだから、友達としてよ」

「ああ、有難う」


―――友達としてなら、新堂さんや、篠塚だって誘ってもいいだろうが、敢えて俺を誘ってくれたのか。


 友達の中でも選んでもらえたのは嬉しい。


「くららちゃんが、健人の事を熱い目で見てたから、植松さんが気を聞かせて、健人君も一緒に誘ってくださいって言ってたのよね」

「ああ、そう言うことかあ」

「何だ、楽しそうじゃないわね。行きたくなくなっちゃったの?」

「そういうわけじゃない。楽しみにしてるよ」


―――どんなにこぶがたくさんついていても、茜さんと一緒にプールに入れるんだから、行きたくないわけがない。


―――っていうか、茜さんの水着姿が見られるなんて、こんなチャンスは二度とないだろう。


―――どんな苦難があっても、行かなければならない。


―――行かないと、茜さんが植松と真行寺龍の餌食になってしまう。





 健人は家に帰ってから、○○○ホテルのホームページにアクセスして、プールについて調べてみた。写真が掲載されていて、学校などによくある長方形のプールと、ひょうたん型の子供用の水深の浅いプールがある、室内型の温水プールだった。周りには、デッキチェアとテーブルが置かれている。白を基調としていて、プール水の青さがひときわ映えている。


―――う~ん、いいなあ。


―――ここで泳げるんだ。


 小学校のプールや、市民プールもいいが、こういう所を独り占めして泳ぐのも気持ちがいいだろうな。


―――あっ、待てよっ。


 健人は、水着を取り出した。紺色の体にフィットする、いわゆるスクール水着というやつだ。競泳用ともいうが、こういう所でも、この水着で泳ぐものなんだろうか。これで寝転がっていたら、露出部分が多すぎて、隣の人は目のやり場に困るだろう。

茜さんに相談するのも恥ずかしい。


―――茜さんは、どうするんだろうか。


―――こういう所で、紺色のスクール水着は着ないだろう。ビキニを着るんだろうか。


 健人は、恥を忍んで電話した。


「ああ、茜さん。大した用じゃないんだけど、ちょっと相談があって……」

「な~に」

「プールで着る水着って、どんなのがいいのかなあ」

「う~ん、何でもいいんじゃないの。ほとんど貸切なんだし」

「茜さんは、どんなのを着るの?」

「あたし? あたしは、ビキニかなあ。スクール水着じゃあねえ」

「そ、そうだよね」

「相談って何?」

「いや、別に。それだけ」

「あら、そうなの。じゃあね」


 健人は次の休日に、水着を買いに行くことにした。


 ゆったりとしたトランクス型の水着を見つけそれを購入した。南国風の柄で、これならバカンスを楽しむのに丁度いい。ついでに、バスタオルもプールに合うようなものを揃えた。


―――これで、衣装はそろった。


―――執事としても、友達としても完ぺきだ。


 健人は、その足で市民プールへ急ぎ、泳ぎの練習をした。スリムな体でクロールの泳ぎで水を掻くと、すいすいと進んだ。ターンをしては、何往復もした。小学校時代にクラブへ入って練習した水泳の技が、こんな時に役に立つとは思わなかった。

泳ぎながら、目を開けると小学生たちが熱い視線を向けている。


「キャああ、あのお兄さん凄~い」

「あんなにかっこよく泳げるなんて、いいなあ」


 健人は優越感に浸りながら、何度も何度も泳いだ。太ももにまとわりつく水着の感触はあまりよくはなかったが、気分は上々だった。


―――本気で泳ぐには、競泳用の方がいいんだけど、まあいいや。


―――来週が楽しみだ。


健人は、充分に練習してから、市民プールを後にした。

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