第33話 健人学園の姫の家のパーティーに招待される
男に体当たりしたとき、肩に物凄い衝撃を受けた。しかし、走ってくることはできたし、幸い骨には異常はなく治療の必要は無いようだ。
「はあ……、はあ……、ここまでくれば、もう大丈夫ね……」
「ようやく家に到着したよ。もう一安心だ。一時はどうなることかと思った」
「健人! 肩は! あの時ものすごい勢いでぶつかったけど?」
「まあ、何とか……」
肩や腕を回したりしたが、問題なく動いた。
繁華街を素早く抜け、いちゃもんを付けた奴らからできるだけ早く離れようと必死で振り切ってここまでたどり着いた。
家が見えた時には、安堵のため息が出た。辺りの様子を窺がいながらバスに乗ったり、できるだけ顔を隠して速足で歩き遠回りをしてきた。
―――帰りが遅くなってしまった。
―――直子さんも心配しているだろうなあ。
送り届けてほっとして、玄関の前で茜さんと挨拶をして帰ろうとした。すると、後ろから見知らぬ男性が近寄ってきた。
健人はぎくりとした。
―――誰だろう。
―――まさか、奴らの仲間が先回りしてここで待ち伏せしてたんじゃないだろうな!
「ちょっと君」
「な、何ですか!」
「君はひょっとして、家へ来ている執事見習いの……」
「桜坂健人ですが……。何か?」
「ああ、やはりそうでしたか。私は茜の父の森ノ宮良介です」
―――ああ、良かった……。
初めて会うその人は、温厚な微笑みを健人に注いだ。先代からの会社を引き継ぎ、現在は四十代で社長として経営のトップに立っているのだ、と執事をしている父から聞いていた。仕事が忙しいということで、今まで一度も家で会うことがなかった。だが、こうして直接会ってみると、きりっとして人を近寄らせないような、仕事のできる男というイメージを持っている。ただし、茜を前にしていると優しい表情を見せている。
「あっ、そうでしたか。はじめてお目にかかります。いつも茜さんにはお世話になっています」
「お転婆な娘ですが、よろしくお願いしますね」
「いえ、いえ、そんなことはありません。茜さんとは学校でも同じクラスなんです」
「ほう、そうだったのか。家でも学校でも一緒にいるんじゃ大変だな。君も忙しいだろうが、気を引き締めてやってくだだい。学校の用がある時は、無理しなくてもいいからね」
「いえ、大丈夫です。仕事を早く覚えたいんで、できるだけ来ることにします。ご迷惑でなければ」
「おお、感心な若者だ」
彼は茜さんの方をちらりと見て言った。
「茜、学校でも家でも迷惑をかけてるんじゃないのか?」
茜はすまして答えた。
「まあ、色々手伝ってもらってるけど、迷惑はかけてないわよね、健人?」
「迷惑だなんて、そんなことありません」
茜の父は、健人を頭の先からつま先までじっと見た。なんだか面接試験をされてるみたいだ。それから彼は健人に行った。
「今度家でパーティーがあるんだが、君も来てみるかい?」
「パーティーですか! 緊張します」
「そんな堅苦しい会じゃないんだ。友人や仕事関係の仲間など、種々雑多な人々が集まるパーティーだ。子供たちも出席しているんだ」
「へえ、僕は、友人の誕生日パーティーしか出たことがないのですが……」
「まあ、親睦会のようなもんだから、茜と一緒に出てみないか。執事としてではなく茜の友人として……」
「えっ、執事ではなく、友人として……ですか」
―――偉いことになった!
―――執事としてでも大変なのに、茜さんの友人として招待してくれるなんて!
―――ここはやはり出席するべきだろうか。
「僕でよければ、喜んで出席させていただきます」
健人は自分が格上げされたような気持で、舞い上がっていた。一歩大人に近づいたような気分だ。
―――でも、どんな服装で来ればいいんだろう。
「あのう、服装はどんなものを着用すればいいんですか?」
「健人! 普段着でいいのよ。ほんとにパーティーといっても親睦会みたいなもんなんだから」
茜が言った。
「普段着って言うと、僕の場合はジーンズにトレーナーやTシャツになっちゃうんだ。畏まった席に来ていく服は制服しかない」
―――困ったな。
―――お洒落な服を買った方がいいんだろうな。
「おお、そうだ。こういう席もこれからあるだろうから、お前が見繕って買っておいで」
「め、滅相もありません!」
―――買ってもらっちゃっていいのか。
―――お金は誰が出すというのだろう。
「遠慮しなくていい。さあ、今度の休みに茜が一緒に行って買ってきなさい」
「もう、健人。お父さんもこういってるんだから、遠慮しないで」
そしてやって来た休日。健人は茜と一緒にデパートの男性用服飾品売り場に来ていた。若者向きの服が多いフロアだが、ジャケットに、ネクタイなどのお洒落な服が所狭しと並べられている。店舗の前には、長身のマネキンにトータルコーディネートされた服が着せられ置かれている。その中の一体を指さして言った。
「おお、これかっこいいわね。こんな感じでコーディネートするといいわね」
「ええ、ここ?」
―――とっても、高そうな店だ。
「似合わないよ、きっと」
「私が見繕ってあげる」
茜は店の奥へ行き、様々な色や形のジャケットを出しては健人に当ててみる。
「ねえ、ねえ、これなんかどう?」
「う~ん、色が派手すぎる」
「じゃあ、こっちは?」
「形がどうかなあ」
何着も健人の体に当てては、考え込んでいる。健人も順番に羽織ってみては、値札を見て首をひねる。何着も来てみた末、茜さんからOKが出た服を一上から下まで一そろい買い、おまけに靴までもそろえた。
ざっと計算しても数万円になってしまった。
―――こういうシーンは、ドラマでよくあるよな。
―――ただし男女が反対のシーンだ。
―――着せ替え人形みたいに着せてもらうのが女子で、お金を払うのは男だ。
―――茜さんこれで本当にいいんだろうか。
「どう、これは?」
「健人! わあ~~~」
「どうなの?」
「ほ、ほ、ほんとうに健人なの! みんな驚くわ!」
茜は健人の姿を見て息をのんでいる。両手を合わせて、胸の前で握りしめている。好きなタレントに会ったようなポーズだ。
「こんなに買ってもらっちゃって、当日はかっこよく振る舞うよ」
「これを着たら正真正銘の紳士に見えるよ」
「茜さん、紳士というのは服装ではなくて心意気の問題だよ。大変なことがあっても、逃げずに立ち向かっていくのが紳士だと思う」
「じゃあ、健人は合格じゃないの。この間チンピラをやっつけたもん」
―――茜さん随分能天気なことを言ってるなあ。
こうして、着せ替え人形のようにばっちりと決めた健人が出来上がった。髪型も変えて魅力的になった健人は、服装までトータルコーディネートすると、はっとするようなハンサムな男に変身した。
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