第32話 健人ゲームの後で学園の姫のピンチを救う
卓球の練習では慣れない部分を動かし、かなり疲れてしまった健人だったが、一方の茜は久しぶりに思い切り体を動かしたせいか、すっきりしていた。
隣のクラスから茜さんの事を見つめていた神楽坂も、久しぶりに茜さんと卓球が出来充実した表情をしていた。
―――茜さん、神楽坂と一緒にいて楽しそうだった。
―――偽装彼氏なんて、本当は解消した方がいいのだろうか。
帰りに茜と一緒に歩きながら訊いてみた。
「茜さん、偽装彼氏を続けた方がいいのかな。それとも、解消してしまった方がいいんじゃないのかな?」
茜さんは、じっと考え込んでいる。
「健人はもうやめようと思う?」
「僕は……」
「そうなの?」
自分の考えを聞かれると、はっきり言ってやめたくないと思っていた。最初は自分が執事のアルバイトをしているのを隠しておきたいがために、条件を飲んで彼氏ということにした。だが、今は本当に彼氏だったらいいのに、と切に願う自分がいる。
「いいや、止めたくはない」
「じゃあ、いいでしょ。健人がいいなら、このままで」
茜さんの心の中がわからなくなってしまう。
「あんまり神楽坂と楽しそうだったんで……」
「ああ、健人。卓球が出来なかったから……」
「いや、そう言うわけでは……」
―――図星だなんてみっともなくて言えない。
「神楽坂は幼馴染。一緒に卓球クラブで練習したから、体を動かしてたらすかっとしただけ」
「そうだと思うよ。僕も」
―――これ以上言うのは止めよう。見苦しすぎる。
「そうだ! 今日はゲームでもやってみようよ」
「えっ。茜さん寄り道して大丈夫?」
「たまにはね」
二人は、駅から少し奥まったところにある商店街の中へ潜り込んだ。種々雑多な店が軒を連ねる商店街にはパチンコ店やゲームセンター、カラオケ店などが立ち並んでいる。一歩裏通りへ入ると居酒屋などもたくさんある場所だ。
「じゃあ、なにかスカッとするゲームでもやってみる」
「そうしようか!」
ゲームセンターの中には、お決まりのクレーンゲームや、太鼓叩きモグラたたきなどがあった。
「モグラたたきやろう!」
「いいね!」
健人は百円玉を滑り込ませた。
「おっ、どうだ」
「わあ、素早い、素早い!」
健人は、モグラが出始めたと同時にどんどんたたいていく。それとともに、点数はどんどん増える。卓球とは全然違うようで、これはかなり上手だった。
次は茜の番だった。
「うまくいくかなあ」
「動体視力がいいから、上手だよ、きっと」
「おっ、あっ、あれあれ」
意外にも、卓球と同じわけにはいかず、健人の方がポイントが良かった。
「茜さん、手加減してない?」
「う~ん、思い切りやったんだけどなあ」
―――多分これは本当だろう。
こういう所で手加減する人ではない。
「健人、モグラたたきは上手だね」
「うん、やったね」
「ストレス発散にいいね、これは」
「ほんと、スカッとしたよ」
健人にとってもいいストレス発散になった。茜さんに慰められた形で、ゲームセンターを出た。
「近道だから、こっちから行こう」
「そこ、裏道だから通らないほうがいい」
「そう? 近道だけど」
「人通りは大いいけど、こっちの方が安全だ」
「そう? じゃあ、執事の健人君に従う」
良かった。裏道を通ると、客引きがいるし、下手をすると店の店員として茜さんがスカウトされてしまう。
「人通り多いね」
「大通りだから……」
前からは数人の集団が歩いて来たかと思うと、二人連れが通り過ぎたりする。それを交わしながら二人で歩くのはちょっとしたテクニックがいる。時折、前後にならないとぶつかってしまいそうになる。
集団で歩いて来る男性がいたので、健人が前に、茜が後ろで歩いていた。
すると、健人が交わした男性が、茜にぶつかってしまった。
「あっ、茜さん」
声を発したと同時に、大男のだみ声が聞こえた。男は低い声で茜に近寄りいった。
「おお、姉ちゃん、可愛い顔してるね」
「御免なさい。ぶつかるつもりじゃあ……」
「ぶつかったやつは、みんなそういうんだよ」
―――茜さんが、からまれている!
―――やくざかもしれない!
すぐには体が動かない。
「まあいいや。お金持ちのお嬢さんなんだろ。ちょっと金を出せば許してやるよ」
―――揺すりか!
すると、茜さんは財布を出そうと鞄に手を入れた。
―――何で金を出さなきゃならないんだ、こんな奴に!
そう思った健人は、とっさに大男に体当たりした。体を横向きにして肩の骨を相手の胸元に入れた。男はバランスを崩し後ろ向きに倒れ、地面に頭を打ち付けた。
「う~~~ん、いてててて」
―――まずい、仲間がいるんじゃないのか!
周囲の男たちは、興味深げに健人を見ている。
その隙に、茜の腕を掴み健人は先ほどの店に飛び込んだ。
ひっくり返った男は、悔しそうに健人を見ていたが、意識はあったから大丈夫だろう。
二人は店の反対側の入り口から逃げた。
「茜さん、大通りも危なかった」
「まあ、色んな人がいるもんよ。健人のせいじゃない。でもあの体当たり凄かったよ」
「あれしかやりようがなかった。助かってよかった」
「暫くこの辺りを歩くのはやめておこう」
「そうね」
茜は、嬉しそうに健人の腕を掴んで歩いた。
「やっぱり私には、優しい執事が必要。いつもそばにいてね」
「御用と有らば、いつでも駆けつけるよ」
「うれしい……」
茜さんの頬は、ほんのり赤らんだ。
―――執事だから体が動いたんじゃなかった。
―――大切な人を傷つけられるのが許せないから、とっさに体が動いていたんだ。
肩には物凄い痛みがあったが、健人は気にならなかった。
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