第31話 学園の姫対神楽坂
―――神楽坂と茜さんは試合さながらの緊迫感でボールを打ち合っていた。
サーブをするときは卓球台の下に左手を持って行き、ボールを手の平に置き高く放ってから、落下する瞬間にラケットに当てる。その時ボールは面白いように回転し、コースを変える。みんなの手がしばし止まってしまっている。
「遠慮しないで、どんどん打って!」
「さあ、これはどうだ。いくぞっ!」
―――神楽坂も本気モードになっている。
二人は前後左右に動き回る。茜さんがスマッシュを打つ。
―――決まった!
と思いきや、後ろへ大きく下がった神楽坂は地面すれすれでボールを受け遠くからコートに返球した。
「よしっ!」
ここは茜さんのチャンスだ。もう一発決めてやれ!
とさらにスマッシュを打つ。
前進したと思ったら、再び神楽坂は後ろへ下がりレシーブする。こうなったら根競べだな。神楽坂のやつ、茜さんに負けてあげればいいのに、と健人は思いながら見ていたが彼は試合に夢中になっているので、そこまで気が回らない。
「どうだっ!」
今度は神楽坂が攻撃に転じた。茜さんは左右に振られてボールを受けて返球することに集中している。スマッシュを打つのは神楽坂の番だ。
「あっ」
と思った瞬間、茜さんの打ったボールは相手のコートを出てしまった。茜さんは、ラケットを自分の太ももに当てて悔しがる。
「しまった……」
実力が拮抗しているのか、なかなか点数が動かない。しかし、長いラリーの末、茜さんの打ったボールの方がコートからはみ出すことが多くなった。一点取られるたびに、茜さんはラケットで自分の太ももを叩く。
―――ああ、痛そうだ。
その試合は十点先取で神楽坂の勝ちとなった。
「今回は負けちゃった。もっと練習したらまた試合をしましょう」
茜さんはすがすがしそうに言った。神楽坂は手を差し伸べ握手を求めている。
茜さんは、すっと美しい右手を出して彼の手を握った。
―――妬けるなあ。
「久しぶりの対戦で楽しかった。体育の時間が楽しみだな。また練習できるかと思うと、嬉しい」
「これで嫌にならないで、対戦してね」
二人は青春を謳歌する若者たちのように、すがすがしそうな表情をしている。神楽坂は健人の方を見て、得意げな顔をしている。お前にこんなことはできないだろう、という顔だ。健人はひどくジェラシーを感じたが、あまりひがんでいるところを見せると惨めになるので、その気持ちを隠して涼しい顔をした。
「茜さんこんなに上手だったなんて、凄いね!」
健人は称賛の言葉を送った。茜さんの太ももは、負けた時に叩いたせいか、赤くなっている。そんな短パン姿を見ていると、心臓がドキドキしてしまった。神楽坂も同じ気持ちだろう、と想像がつく。
すっと伸びた脚の線は美しく、体育の時間なので二つに束ねた長い髪も素敵だ。
チャイムが鳴り、体育の時間は終わった。
挨拶をすると、再び神楽坂は茜さんの傍へ近寄っている。
「ラケット見せて」
「うん」
「ラバーを変えた方がいいな。俺が付け直してあげるよ」
「えっ、いいの。手間がかかるじゃない」
「任せといてよ。こう見えても上手なんだから。いいラバーを使わないと、回転がかからないよ」
「そうね。ありがとう。お願いするね」
「じゃあ、これ預かっとくよ。付け替えたらクラスに持って行くね」
神楽坂はこんなチャンスも逃さずに、茜さんに接近してきた。これで茜さんに会うチャンスをものにしたということだ。まあ、自分が何でもできるわけじゃないから仕方ないけど、ものすごく悔しい。
「茜さん、神楽坂がラバーを取り替えてくれるんだね」
「敵に親切にするなんて、彼もいいとこあるわね」
「あ、ああ。そうだね。競争相手に親切にしてくれたんだ」
「ちょっと見直したかな……」
―――ああ、一本取られてしまった。
神楽坂は自分のクラスに帰って行ったが、彼の視線が茜さんの太ももに視線が注がれていることを健人は見逃さなかった。元々敵が多いことは分かっていたけど、こんなに美しい生脚を見せてしまったんだから、仕方のないことだ。
「茜さん、足がすらっとして、スタイルいい……」
「健人、そんなこと言うと、照れるじゃないの」
「ホント、卓球やってるとすごくかっこよかった」
「卓球やってる女の子って、足が綺麗に見えるもんなのよ」
「へえ、そうなの」
「私もやってみて思ったんだけど……えへへ」
―――茜さんはみんなのアイドルだ。
自分だけが独り占めしちゃいけないんだ、と健人は少しだけ寂しくなった。
「茜さん、僕に基礎から指導してくれない?」
「ああ、いいわよ。マイラケットを用意してね。いつでも素振りができるように」
「分かった。買ってくるよ」
「いいわ、一緒に買いに行って選んであげるわ」
「おお、やった! アドバイスしてね」
素直に初心者として教えを乞うことにしたら、優しくアドバイスしてくれることになった。神楽坂とは全く対応は違うが、健人はたまらなく幸せな気持ちになった。
「茜さんは優しい」
「まあ、健人は私の彼氏だから」
―――そうだったんだ。自分は彼氏だったんじゃないか……。
健人は一人にんまりした。
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