第26話 健人謎の男の正体を探るため探偵の真似をする
真行寺龍が去った後、茜の手には一枚の名刺が握られていた。去り際に龍が手渡したものだ。そこには龍の住所と電話番号やメールアドレスが書かれていた。
「茜さんの電話番号も聞かれたでしょう?」
「そうなの」
「ひょっとして、教えちゃったの?」
「ええ、まあ」
「あ~っ、教えちゃったの! これからしょっちゅう連絡してくるつもりだよ」
「そうかしら」
―――あいつのいやらしい顔を見れば、そんなことは一目瞭然だ。
―――俺が考えすぎかなあ。
「ちょっとその名刺見せて」
「ああ、これね」
「ふ~ん。隣の市に住んでるんだよな。それほど遠くはない。こいつの事調べてみようか」
「え―っ、そんな探偵みたいなことするの?」
「茜さんはこいつの家に入ったことがあるの?」
「どうだったかな。覚えていないのよ」
「じゃあ、俺が行って観察してくる。それと、丘の上学園は中学校時代の友達が通っている。学園での噂も聞いてみることにするよ」
「健人ったら、凄いわね。探偵顔負けじゃない。調べちゃいけないことはないでしょうからやってみて。だけで危ないマネだけはしないでね。でもこれって執事の仕事じゃないから、バイト代が出ないわよ」
「それなら心配しないで、俺が言い出したことだ。無料でいいよ」
ということで、健人は龍の身辺調査をすることになった。住所は分かっているのでまずはグーグルマップで場所を確かめ、最寄り駅や行く方法を調べた。敷地はかなり広かった。茜さんの家と同じぐらいだろうか。周囲の家に比べるとかなり広く、敷地の中では家よりも庭の面積の方がかなり広い。
予備知識を得てから早速現地に向かうことにした。彼の家までは電車やバスに乗り継ぎ約一時間ほどかかりそうだ。服装は、手持ちのジーンズに紺のTシャツにキャップを深めにかぶった。ありふれた服装なので、人目を引くことはないだろう、と選んだ服だ。
―――俺はなぜこんなことをしているのか。
―――まあ、いいだろう。言い出したのは自分だ。
―――見つからないとは思うが、最悪見つかってしまったら、この辺に知り合いがいて尋ねたのだと言えばいい。
グーグルマップを見ながら家のそばまで来ると、周囲には生け垣を巡らしていた。中をちらりと覗くと剪定された樹木が生い茂っていて、庭には池があった。池には鯉がいるんだろうか。ぐるりと生け垣を歩くと立派な門が現れた。木の門だったが、厳重に施錠されていて、人を寄せ付けない雰囲気だ。表札には立派な文字で真行寺と書かれていた。
生け垣の外から中を覗くと、大きな二階建ての家が見えた。二階の部屋のカーテンが揺れたのがわかり、見えないように生け垣に体を隠した。ほんの小さな隙間から上を見上げると龍の姿が見えた。外を向いていたが、この日の服装はTシャツというラフな格好だった。
ここまで来て大きな屋敷に住んでいるお坊ちゃんだ、ということを確認しただけだった。
家へ帰ってから丘の上学園に通う友達に電話してみた。友人の西城琢磨に電話すると陽気な声が返ってきた。
「おお、健人。久しぶりだな。元気でやってるか」
「まあ、まあ元気だ。今日はある人物について聞きたいことがあるんだが」
「誰の事だ?」
「お前の学校の真行寺龍の事だ」
「あの真行寺か」
「どんな奴か知りたいんだ」
「スポーツは何でもできるし、勉強はかなりできるほうだ」
「じゃあ、女性関係は? 付き合ってる彼女とかはいるの?」
「いないな。特別には。だけど女子には相当もてる。女子と付き合っていない時期がない程だ。いつも長続きはしないけどね」
「どういうことだ?」
「もてるから付き合う相手はいくらでもいるけど、すぐ終わってしまうらしい。付き合ったことのある女子はうちの学校だけで何人もいる」
「他の学校にもいるのか?」
「噂によるといるらしい。だけど俺は知らないけど」
「なんだかすごいやつらしいな」
「まあ、俺たちとはスケールが違うみたいだ」
「そうなのか……」
健人はこれ以上聞く気がしなくなってしまった。全てにおいて凄い奴、というのが丘の上学園での評判らしいのだ。そんな奴が茜さんに興味を持ち始めた。要注意人物だ。
「色々教えてくれてありがとう」
「いや、別に。だけどあいつのこと聞いてどうするつもりなんだ?」
「ちょっとな。俺が聞いてたって事はあいつには言わないでくれよな」
「勿論黙ってるよ。それからあいつの親父は相当の金持ちで、学園にもかなりの金額を寄付しているらしい。余談だったけどね」
「そうなのか。色々とありがとう」
「また何か聞きたいことがあったら訊いてくれ。じゃあな」
―――凄いやつが現れたものだ。
―――しかも茜さんにちょっかいを出そうとしてる。
―――違うか、堂々と付き合おうとしているのか……。
そんなことで、友達への聞き込みも終わった。調査結果を茜にしてみると、思いがけない答えが返ってきた。
「ふ~ん。しょっちゅういろいろな相手と付き合って、すぐに終わっちゃうんだ。どうしてなんだろう。何を考えているのかちょっと興味があるわねえ」
「茜さん、あいつはスポーツ万能、学業成績優秀だけど、かなりな女たらしだよ。興味本位で近づくと火傷してしまうよ」
「う~ん、私の周りにはいなかったタイプ。興味あるわあ」
「茜さんたら、気を付けなきゃだめだよ。執事見習いとしては聞き捨てならない台詞だよ。お嬢様が傷つくのを指をくわえて見ているなんて出来ないよ」
「あら、ら、ら、らららら……。え~~っ! 健人、うちの学校にはいないような男子にヤキモチ妬いてる?」
「いやいや、う~ん、そうかなあ。そうかもしれない」
健人は口ごもってしまった。
そして、数日後茜に真行寺龍から電話が来た。思った通りデートの誘いだった。デートは映画館で、日曜日の午前中映画を見て、二人でランチをしようと言ってきた。
「あたし行ってみようと思うんだけど、健人、どう思う?」
「う~ん、あまりお勧めできる相手じゃないけど、僕には止められない。茜さんが決めなければね」
「あれ、そんな言い方するんだ」
「おや? 行っちゃだめって言ってほしかった?」
「それはまあ……どうかな。相手の正体を知るためには、まず相手の懐に飛び込んでみなければわからないわ。心配しないで、私の事は」
「じゃあ、一人で行ってみる?」
「それは心配だわ、どこかで見張っていてくれないと」
―――どこかでって言っても、もう俺の事は知られてしまっているしなあ。
「そうだ、映画館の中なら暗くてわからないから、離れた席で見張っていることにする」
「そうしてくれると心強いわ。じゃあ、座席がわかったらメールで連絡するから、見つからない席を取ってね」
「分かった。まあ、後ろの端の方だったら見つからないと思うけど、こっそり様子を窺がうことにする」
変なことをしないように見張る、ということなのだが、変なことをしたら出て行ってどうすればいいのかということは打ち合わせにはなかった。
そしてやって来たデートの日、健人は茜よりも早く会場へ行き、後ろの隅の方の席を取った。どうやら龍は真ん中あたりの席を取っているようだった。茜からメールが来たが、その時にはすでに映画館の中に入り座っていた。家に偵察に行った時と同じ地味な服装でキャップを目深にかぶり顔を隠した。二人は駅で待ち合わせてから映画館へ入って来た。龍はポップコーンと飲み物を持ってきた。
映画は動物とドクターが主人公の映画らしく、休日ということもあり子供からお年寄りまで幅広い年代の客層がまばらに座っていた。
―――これなら見つからないだろう。
少し前の席が空いていたので、開始直前になりそっと二人が見えるぐらい前の席に移動した。茜もそれに気づいだようで、ちらりとこちらを見た。
ばれないように祈りながら映画が始まるのを待ったが、ばれた時には執事として命じられたからだと弁解することになっていた。
―――さて、二人のデートはどうなるんだろうか。
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