第20話 バーベキューは賑やかに
「あら、こんなところに……」
「……うわっ、これひょっとして……」
「マスカラみたい……つけるつもりはなかったんだけど」
―――そりゃわざと付けるつもりでくっつけたわけじゃないだろうけど、まずいよ。
ひとみはティッシュを取り出してこすっているが、なかなか取れない。
「あ~あ、あまりよく取れないよ……」
「ほ、ほんとだね……。こすっても、こすっても、余計沁み込んじゃって……」
ひとみは数回こすったが、無駄だということがわかり諦めてしまった。
「もういいよ」
「ごめんね。本当に今日は」
「気にしないで」
二人が出口の辺りでそんなことをしているので、篠塚が大声で呼んだ。
「お~い! どうだった? 怖かっただろう?」
「そうでもなかったよ。俺はゾンビなんて怖くない」
「そうなのか? 本当はどこかにいるって信じてるんじゃないのか? 夜一人になったら窓から入ってくるかもしれないぞ」
「そんなはずないだろ」
―――ようやく茜と合流できた。
ここで二人で何をしていたのだろうか。篠塚はひとみがハンカチを握りしめているのを見てからかった。
「相当怖かったようだね。ひとみちゃん。二人で怖かったんだろうね」
「怖かったけど、健人君がついててくれたからよかった。一人じゃ出てこられなかったかもしれない」
「ふ~ん、健人でも頼りになったってわけか」
「うん。凄く頼りになった。ずっと手を握っててくれて……」
「へえ! そうだったんだ」
――こいつ、俺を茜さんから引きはがすつもりなのか。
―――つくづく嫌な奴だな。
茜はそんな場の雰囲気を察していった。
「ねえ、ねえ、マコト。そんなにムキになっていないで今度はみなんなで可愛い乗り物に乗ろう」
「茜さんが乗りたいんだったら、行ってみようか。ふ~む、どこがいいかな」
「メリーゴーランドとか、ミニ列車に乗らない? 健人とひとみちゃんもそこだったらいいよね」
―――篠塚だけが不服そうだったが、茜さんの提案だから素直に従うだろう。
―――俺もほっとした。
「いいよ、じゃあそこへ行こう」
―――篠塚の強引なやり方で、今日は無理やりカップルが変わってしまっていたが、ここでようやく四人がばらばらになった。
最初にメリーゴーランドを見つけ、歓声を上げたのはひとみだった。
「わあ、可愛い。動物の顔をしているわ」
メリーゴーランドは馬ではなく、犬や猫のような顔をしていて、形もコロンと丸っこい。ファンタジーの世界へ迷い込んでみたいで、うきうきしてくる。ここならペアになる必要は無い。健人は茜にいった。
「四人一緒に乗ろう」
「そうね」
小さな子供を連れた家族連れが多く、彼らと一緒に乗ることになった。回っているのを見ている時はただ回転している人たちが見えるだけなのだが、乗っていると周囲の景色がぐるぐる回転していて思った以上に刺激的だ。
「やっほ――っ!」
「わ~~いっ!」
「キャ――っ!」
四人は思い思いに歓声を上げた。ひとみはこの時ばかりは笑顔になってはしゃぎ、マコトはただただ大騒ぎをしている。茜は長い髪を風になびかせて気持ちよさそうに揺れている。
健人は、小さな子供たちを見ながら安堵感に浸った。
これなら何周しても楽しめそうだと思ったが、二分ほど回転するとゆっくりと止まった。子供たちの明るい話声とともに四人は外へ出た。
次に子供用の汽車の乗り場に移動した。ここにも子供ばかりが並んでいたが、その後ろについて並んだ。ここもあまり待たずに順番が回ってきて、二人ずつ並んで乗り込んだ。
ここまでの成り行きで、マコトと茜、健人とひとみが並んで座ることになった。それでも四人一緒だから、かなり気持ちは楽になった。
動き出すとゆっくりと遊園地の中を移動していった。下にいる生徒たちの様子が手に取るようにわかった。誰と誰が一緒にいるかが一目でわかったし、他の乗り物の位置関係なども掴みやすかった。
ひとみは健人の隣で少し恥ずかしそうに、だが嬉しそうにしている。スカートの下から見えている膝小僧をくっつけてもじもじしている。
「健人君、今日はバーベキューの時も一緒ね」
「あ、そうだったの……」
―――休んでいる間に決まったから、他に誰と一緒なのか考えていなかった。
「決まってから、楽しみだったのよ」
「は、そうなの」
健人は気のない返事をしてしまったが、ひとみは健人と一緒の班になったのが嬉しかったようなのだ。
「他には誰が一緒なの?」
「茜さんと、マコト君と、大月君と、新堂さん」
―――茜さんと仲がいい新堂さんが一緒なのもわかるし、自分がいたから大月が一緒なのも分かった。篠塚は茜さんにくっついてきたおまけで、ひとみさんが来た理由だけはわからない。
―――普段あまり話したことがないし、最初に一緒にいた女子たちとよく一緒にいたような気がするし、もしや……もしや……。
―――自分と一緒にいたいからなのでは……。
―――そんなはずはないだろう。
――いや、分からない。人間の気持ちというのは分からないものなのだ。
―――でも、考えるのはやめよう。
「休んでいる間に決まってたんだよね」
「そうなのよ。なんか寄せ集めみたいな班になっちゃったけど……」
「いや、充分楽しいよ」
―――この後のランチタイムは、お喋りな大月と新堂さんが加わるんだ。凄いメンバーだ。
すると前に座っているマコトが何かを発見したようで、そちらへ向かって叫んだ。
「お~い、神楽坂じゃないかあ!」
―――神楽坂だって!
―――振り向いて列車の方を見ると嫌なものを見た、というような表情をした。本当にわかりやすいやつだ。
「そんなのに乗ってたのか。子供みたいだな」
「おお、楽しいぞ」
隣にいる茜にすぐに気がついたのか、悔しがっている。なぜおまえが一緒にいるんだ、という顔だ。
「じゃあな!」
「くそうっ!」
汽車は次第に離れて行き彼の姿は見えなくなった。四人はぐるりと遊園地の中を回り、元の場所に戻ってきた。茜さんは立ち上がっていった。
「わ~い、楽しかったね」
「最高の気分だった」
マコトが嬉しそうに返事をした。
「そろそろ食事場所へ行った方がよさそうだ。バーベキュー会場へ向かおう」
バーベキュー会場へ着くとクラスごとにあらかじめ場所が決められていていて、その中で集まった班から好きな場所を取っていた。大勢の生徒たちが屋根付きの会場の中で肉や野菜などを焼いて食事をする。大方の生徒が集まると学食のような賑やかさになった。
「時間になったから集まった班から始めていいぞ!」
担任の彦山先生の声が聞こえた。
「ハーイ!」
女子数人が返事をした。係の人たちが不足しているものが無いか見て回っている。グラスが置いてあり、自分たちで冷たい水を注いで飲む様に、とピッチャーが置かれていた。
「私たちも始めようよ」
「そうだね。張り切って焼くね」
健人は執事の時のスイッチが入り、トングを握った。するとひとみもトングを片手に野菜を乗せ始めた。図体のでかい大月ハジメは肉が乗った皿を眺め落ち着かない様子だ。焼けたら真っ先に食べ始めそうな勢いだ。新堂真紀と茜がおしゃべりを始めた。
「ねえ、茜。今日はずっと四人で遊んでたの?」
「大体そうよ」
「喧嘩にならなかった?」
「もうっ。マコトと健人が一緒だからって、いつも喧嘩してるわけじゃないのよ」
「そうなの。ひとみちゃん、楽しかった? このメンバーじゃ大変だったでしょ、気を遣っちゃって……」
「う~うん。そんなことなかった。健人君とジェットコースターに乗ったり、お化け屋敷に入ったり……楽しかったわ」
「へえ、そうだったの」
―――あ~あ、また下町の叔母さんみたいな噂話が始まっちゃうよ。
―――これじゃあ篠塚マコトが図に乗ってしまう。
「そうなんだよ。健人とひとみちゃんってお似合いだよな」
「そんなあ。恥ずかしいわ……」
と言っているひとみもまんざらではない様子なのだ。
ハジメがその間に割って入った。
「おしゃべりはそのくらいにして、肉が焼けちゃうよ。お前らちゃんとひっくり返さなきゃ」
「あ、御免。トングを独り占めしちゃってたね。頑張りま~す」
ひとみがせっせと肉や野菜をひっくり返していく。じゅうじゅうといい音がして、肉の焼ける匂いが空腹に沁みていく。
「ああ、お腹空いたなあ。これそろそろ焼けたかな」
ハジメが焼けたばかりの肉を、箸でつまんで自分のお皿に取り出した。健人もひとみに負けじと焼き加減を確認してはひっくり返していく。
「あら、手つきがいいわねえ、健人。慣れてるみたいよ、ねえ茜」
真紀は心底感心したように健人の手つきをじっと見つめている。
「ちょうどいい焼き加減だ、茜さん。ハイお肉と野菜、どうぞ」
「ありがとう、健人」
「やっ、二人のやり取り、すっごい自然。慣れてる感じがするんだけど」
「そんなことないってば、真紀さん。はい真紀さんにも、どうぞ」
「ありがとう。健人も食べてよ」
「はい、じゃあ俺の分もね」
一通り行き渡ったので、トングを置いて健人も食べ始めた。賑やかな中で学園のランチタイムが過ぎていった。
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