第19話 健人お化け屋敷にビビりまくる
「ちょっと休んでいこう」
健人が言ったが、この時とばかりにマコトは先へ進んでいく。平衡感覚がおかしく、歩くのが辛くなりひとみと共にベンチに腰かけた。
「あたしもちょっと休憩したい。まだ足元がふらふらする。御免先に行ってて……」
「俺もここで少し休んでからにするよ……」
―――まだ体が回転しているような気分で、もう少し時間が必要なようだ。
「茜さんどうする?」
マコトは茜さんのご機嫌をうかがいつつ、座っている健人とひとみを交互に見ている。
―――また足手まといになってしまった。茜さんに悪いと思い、気を遣ったつもりで言った。
「いいよ、先に行ってて……引き止めちゃ悪いから」
―――気持ちは悪いし、足元はふらふらしているしで、とてもエスコートどころではない。
茜は仕方がないわね、という表情でマコトにいった。
「じゃあ、ちょっとだけ先に行ってるね。ゆっくり歩いているから、気分が良くなったら来てね」
「うん、そうして。御免」
マコトは、してやったりという顔で茜さんと歩き始めた。少し遅れた位置で茜が歩いて行く。相変わらずひとみはベンチに腰掛け下を向いている。ハンカチで涙と冷や汗をぬぐってそのまま顔を隠していた。茜たちはゆっくり歩いてはいたが、次第に座っている二人からは離れて行った。
「ひとみちゃん。今日は大変なことになっちゃったね」
「うん。でも、初めてジェットコースターに乗れて、チョット吹っ切れた。あたし絶対に無理だと思ってたんだもの」
「そうか。たかがジェットコースター。されどジェットコースターだね。これをきっかけに、他の事にも挑戦できるかもしれないよ」
「そうそう、そんな気持ちかな」
「冷たいものでも飲むと、すっきりするかもしれない」
ベンチの傍には売店があり飲み物やスナック類を販売していた。
「俺、飲み物買ってくるよ」
「そうお。ありがとう」
健人はクリームソーダを二つ買い求め、一つをひとみに差し出した。
「あら、懐かしい。クリームソーダなんて久し振り」
ようやく顔を上げて、ストローでごくりと飲んだ。
「……う~ん、美味し~い」
「そう、どれどれ。うん。美味しいや。小学生以来かな」
「う~~~ん、生き返った。健人君いいもの見つけたね。ふ~~っ」
「は~~あ、二人は行っちゃった……」
「メールしてみたら?」
「う~ん」
健人はごくごく飲みながら体が元に戻っていくのを感じた。
「な、何だって! もう……二人でお化け屋敷に入るって……」
「えええっ、今度はお化け屋敷に入るのっ! あああ、あたしそれも苦手……」
「ひとみちゃんは入らなくてもいいよ。飲み終わったら、そっちへ向かおう」
「あのさ、健人君ていつも茜さんの傍にいるけど、いつも彼女に気を遣ってばかりのような気がする。なんか対等じゃないっていうか、うまく言えないんだけど。本当に彼氏なのかな、って気がするんだけど……あたしの勘違い?」
「そ、そんな風に見えたの? 彼氏……のつもりだったんだけど」
「そうなの? 付き合ってる人たちって、大抵他の人が入り込めないような雰囲気があるじゃない? あんまり、そう言う雰囲気を感じないの……気に障ったらごめんね」
「いや……いいんだ……」
―――僕と茜さんて本当は一体どういう関係なのかな。
―――言われてみると、心に引っかかり、気になって仕方がなくなった。
「今日は茜さんマコトと仲良くしてるみたいだから、二人で行こうか?」
「え……二人でって?」
「別に深い意味はないよ。一緒に行ってみようって思っただけだから」
小柄であまり目立たないと思っていたひとみが、今日は私服なので少しだけメイクしている。目がいつもよりもぱっちりとして見える。ひざ丈より少し上のスカートがよく似合っていて、スカートに合わせたスニーカーもなぜかとてもお洒落に見える。
「そうなのか……ふ~っ」
「飲み終わったよ。そろそろ行ってみよう。あまり遅くなるとあの二人が次のところに行っちゃうから」
「じゃあ、お化け屋敷へ行こう」
飲み終わるころには、かなり頭もしっかりしてきて、階段も坂道も普通に歩けそうだった。だけど、行くまでには、二人はお化け屋敷を見終わってるかもしれないな。
お化け屋敷の前に着くと、すでに茜と健人が出口付近で話をしていた。
「俺たちもう見てきたんだ。楽しかったな、茜さん!」
「怖かったけど、ストーリー性があって楽しかったわ」
ここのお化け屋敷は、テーマに沿った展示がされていて数か月ごとに変わっているのでいつ来ても楽しめる、といった嗜好が凝らされているらしい。今回は『ゾンビの館』というのをやっていた。
―――そのネーミングだけで、何が出てくるかわかるが、暗いところで突然出てくれば怖いに決まっている。
茜さんが僕たちに言った。
「健人も見てくるといいわ」
「いい……の?」
勿論、ひとみと一緒に入っていいか聞いたつもりだった。
「あら、あら、怖いの?」
「いいや、これは大丈夫」
「本当に?」
「ジェットコースターに比べればね。じゃあ入ってみるよ。それじゃあ」
健人はひとみの方をちらりと見た。先ほどは見たくないと言っていたので、来ないものと思っていた。
「健人君が行くんだったら、私も入ってみる!」
「えっ、えええ! 大丈夫かなあ!」
「これも挑戦してみる」
「そ、そう。 ま、まあ。じゃあ、一緒に行こう」
ここも健人はひとみと一緒に入ることになった。後ろからマコトがカチンとくることを言った。
「二人ともお似合いだな。頑張れよ」
「ひとみちゃんに変なこと言うなっ!」
「俺たちはここで待ってるから、ねっ茜さん」
「お化け屋敷位平気だ。行こうぜ、ひとみちゃん」
「うん、頼りにしてる、健人君」
―――茜さんは困り顔だ。
―――ああ、あいつがいると喧嘩になってしまう。
―――しかし、『ゾンビの館』とはしゃれた名前を付けたものだ。
健人は平然として入って行った。ところがもう入口を過ぎたところから不気味な雰囲気が漂い、怖がらせようという志向が凝らされていた。青っぽい照明は不安にさせるし、聞こえてくるうめき声はどこから響いているのかわからず、不安はエスカレートしていく。
「あ~~~っ、やっぱり怖い~~~っ、健人君~~」
ひとみはちっとも前へ進めず、足踏みしている。これじゃあ、どれだけ時間がかかるかわからない。
「怖いよ~~、怖いよ~~~」
ひとみは遂に健人の腕を掴んでしがみついてしまった。
「まったくしかたないなあ。その状態でいいからついてきて」
かくいう健人もなにかが突然現れそうで、前に進むのが怖い。
「うう、うぉ~~っ!!!」
「でっ、出た~~~っ」
「ゾ、ゾ、ゾ、ゾ、ゾンビだ~~~っ」
「ギャア~~~、ギャ~~~」
ひとみはジェットコースターに乗った時以上の声で叫び、健人の腕をぎゅうぎゅう掴んで離さない。完全に体を密着させてしまった。
―――この状況の方がまずいんじゃないか。
それでも体をがくがく震わせ、しまいには顔まで健人にくっつけている。
―――ひょっとして茜さんとマコトもこんな状況だったのかあっ!!
―――篠塚っ! 許せないっ!
と思っているうちにも、ひとみはどんどんくっついてくる。
―――もうこうなったら仕方がない。
「ひとみちゃん、手をしっかり握っていて、目をつぶっていても大丈夫なように」
「あああ~~~ん、怖い~~~」
お化け屋敷ったって、しょせん人間が化けているか、CGか何かで映像を作り出しているだけなんだ。そう自分に言い聞かせて進む。
「健人君っ! ゾンビに襲われたら、自分もゾンビになってしまうって聞いたことがあるわよっ!」
「大丈夫だ。襲われない!」
―――っていうか、ゾンビって実在しないだろう。
―――自分がゾンビになるなんて物語の中での話だけで、実際にはありえない。
「絶対に助けてね、ゾンビになりたくないっ!」
ひとみは真に迫っている。本気で言っているところが怖い。健人はしっかりと手を握っていてあげた。それでいくらか安心したのか、ひとみは悲鳴を上げないで一歩一歩進めるようになった。
それでも何かが現れる度に悲鳴を上げた。
「大丈夫だよ。手を繋いでるから、ゾンビにならないよ」
「そうだよね。健人君がついててよかった」
結局、出口まで二人は手を繋いで歩くことになった。最後になってひとみが決まり悪そうに言った。
「ずっと手を繋いでてくれて……どうも……ありがと……」
「僕も二人一緒で心強かった」
「健人君、楽しかったな……」
最期の言葉が、健人の胸に響いた。ひとみは健人に対してすっかり連帯感を強めていた。明るいところに出ると、健人のシャツにひとみのマスカラがついていた。
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