第18話 学園の姫とジェットコースターに乗りビビりまくる

 案内図を見ると、約四十ほどのアトラクションがあった。敷地もかなり広く、うまく選んで効率よく回る必要がありそうだ。健人と茜はマップを眺めながら考えた。


「子供用の鉄道やゴーカート、足踏み式のサイクル、ティーカップや観覧車、メリーゴーランドもあるよ」

「可愛いわねえ。折角来たんだからジェットコースターに乗ってみたいなあ。ほらほら、眺めがいいって書いてあるわよ」

「ジェットコースタ―か。楽しそうじゃないなあ」

「あれ、健人苦手だった?」

「……実は……絶叫系は苦手なんだ」

「ああ~、残念」


 悔しい気持ちをこらえていった。


「一人で乗って来てもいいんじゃない? 下で見てるから」

「ああいうのは、誰かと乗らないと盛り上がらないんだよねえ……」


 茜の少し前に同じクラスの目黒ひとみが歩いていた。数人のグループで歩いているようだが、小柄で皆とは数歩遅れて後ろの方を歩いていた。


「ひとみちゃん?」

「え、な~に?」

「一緒にジェットコースターに乗らない?」

「二人で?」

「うん。ダメかな?」

「実は私高い所苦手なんだ……」


 誘ってみたが、彼女もしり込みしている。ところが、後方で二人の様子を窺がっていたのか、篠塚マコトがすかさず声を掛けてきた。


「俺と乗ろうよ、茜さん」

「え、篠塚君……と?」

「せっかくのチャンスなのに、乗れない奴なんか相手にしないで、俺と乗ろう!」

「う~ん。どうしよう……」


―――自分が乗れないせいで茜さんが乗れなくてつまらない思いをすると思うと、断ることなどできない。


―――ああ、俺のせいで茜さんは篠塚と二人並んでジェットコースターに乗るのか。


―――悔しい。がどうにもならない。


―――しかしそれでいいのか。心の中は千々に乱れていた。


―――でもいつまでもぐずぐず入って言うのは格好良くない。


「どうぞ。二人で乗ってきて」

「あら、あららら……」

「ほら、こいつもいいって言ってるんだ、決まりだね!」

「それじゃあ、マコトと乗ってくる。悪いけど」

「うん。楽しんできて……」


 三人は、ジェットコースター目指して歩いた。その後方から先ほど怖くて乗れないと言っていたひとみもついてきていた。小柄なので目立たないのだが、そっと後ろの方から歩いて来るのが見える。


「ひとみちゃんも一緒について行こうか」


 気になって健人が声を掛けると、声を掛けられたことが嬉しかったのかにっこり微笑んでついてきた。一緒にいた女子のグループから離れている。


「ひとみちゃんこっちに着ちゃって大丈夫?」

「いいのよ。あの子たちと特に仲がいいわけじゃないから」

「そうなの。僕も高いところは苦手なんだ」

「茜さんが乗りたがってたから残念ね、健人君」

「ま、まあね」


 四人でどんどん乗り場に近づいていく。茜のテンションはどんどん上がっていく。


―――今日の唯一の目的がきっとこれに乗ることだったんだろう。


―――きっと楽しみにしていたんだろうな。


 乗り場には数人しか並んでいなかった。今動いているコースターが戻ってきたら、もう乗れそうだ。その時には、一緒には並んでいたが、下で見物しようと思っていた。


 いよいよコースターが地上に戻ってきて、乗っていた人たちが興奮して出て来た。それと入れ替わりに係員がチケットをチェックし始めた。入り口で先生から受け取ったワンデーチケットを見せて乗り場に移動している。


 健人はそれまでは見物するつもりだったのが、突然決意した。


―――そうだ、茜さんの後ろで乗ってみよう!


 我ながら驚いた。そして、隣にいた瞳に伝えた。


「俺……怖いんだけど……思い切って乗ってみようかと思って……」

「へっ、嘘でしょう! だ、だ、だ、大丈夫なの~~!」


 ひとみは自分の事のように焦り、心配している。


「怖いよ~~!」

「案外大丈夫かもしれない。乗ったことがないから怖いのかもしれない。だから……乗ってみようかな……」

「えっ、えっ、えっ、えっ、えっ……」


 ひとみは焦りまくっている。早く乗ってしまわないと決心が鈍りそうだ。そうこうしている間に列はどんどん短くなった。決断するなら今しかない、という場所まで来て何たることか、ひとみが一緒に入って来た。


「あたしも乗ってみようかな……」

「え~~~~っ! 嘘、嘘でしょう! 怖いって言ってたのに! 止めた方がいいんじゃないの~~!」


 健人の方が焦った。自分が言い出したから、雰囲気で乗る気になってしまったのではないだろうか。


―――後でどうなっても知らないぞ。


「気分が悪くなっちゃうかもしれないぞ~~」

「そうかな……でも、乗ってみる。健人君が勇気を出して乗るんだったら」

「あ~ん。もう、どうなっても知らないぞ!」


 そんなことを言い合っている間に、茜とマコトはどんどん進み、間が空いてしまった。


「お客さんどうなさいますか?」

「の、乗りますよっ!」

「あっ、あたしも!」


 ということになり、健人とひとみは、茜とマコトの後ろの席に乗り込んだ。マコトが振り返っていった。


「おい、おい、大丈夫なのか、二人とも。後でひっくり返るなよ」

「健人、ひとみちゃんまで。怖くなったら下を向いてて!」

健人はもうどうなっても知らないぞ。終わるまでは止まらないんだからな、と覚悟を決めた。


 ジェットコースターは静かにゆっくりと上昇を始めた。これでもかというほど登って行き、それとともに健人の恐怖は最高潮に達した。そしてある一点でぴたりと止まった、と思った次の瞬間急降下を始めた。健人は振り落とされまいとぎゅっとバーを握りしめる。下降している時に振り落とされることは物理的にあり得ないとわかってはいても、必死に外側に出ないようにと体が硬直している。


「うわっ、ギャ~~~~~ッ! と大きな悲鳴を上げた」


 茜の悲鳴も聞こえたが、怖がっているような悲鳴ではない。


「わっ、キャ~~~~ッ、キャ~~~~」


 声の調子は、喜んでいるようだ。遥かに余裕が感じられる。隣からも悲鳴が聞こえる。


「うわあ~~~ん、怖い~~~っ、助けて~~~」


 真に迫っている。


 再び上昇したかと思うと、今度は斜めに回転している。地面も斜めに傾いている。こんな体験は普段できるものではない。今度こそ体が投げ射されてしまうかもしれない。


「ギャ、ギャ、ギャ~~~ッ」


 下降したり回転するたびに悲鳴が止まらない。


―――こんなに怖いものだとは……。


―――後悔しても止まるまで降りられないのだ。


「ワ、ワ、ワ、ワ、ワワワワ~~~」


 自分の叫び声だけが聞こえる。もう限界かもしれない、とあきらめかけた時にようやくゴールが見えた。ガタンガタンと最後の音がして止まった。


「う~~~ん、やっと止まったか……」


―――すぐには立ち上がれそうもない。


 脚に力を入れて立ってみる。


―――はあ、立てた。ひとみちゃんもフラフラになっている。


「あ~~ん、怖かったよう……」


 彼女は引きつった顔をして、目には涙をたたえている。その涙が、ぽろぽろと頬に流れている。


「俺も……怖かった。死ぬかと思った」


 健人はひとみの頭を撫でた。いつしか二人は仲間意識が芽生えていて、健闘をたたえ合っていた。


「健人とひとみちゃんも勇気を出して乗ったんだね。お疲れさま」


 茜も二人の健闘をたたえてくれたが、マコトは健人を馬鹿にしたような態度で優越感に浸っていた。


「お前らオーバーだな。このくらいでビビるなんて」


―――何を言われても仕方がない。


 ジェットコースターに初挑戦した二人はふらふらになっていた。自分の足で歩いているのかわからないような気分で、地上を歩いていても地面が動いているような気分だった。

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