第15話 学園の姫と間接キスをする

「私たちの短冊はこれで完成!」

「見られてどうかなっ、て言うのもあるけど、まあいいよ」

「それにしても塁、遅いわね。まだ書けないのかしら……」

「たくさんありすぎて迷ってるのかもしれないね」

「子供の頃程お願いごとが多いもんだわ。冷たいものでも飲んで休憩しようか?」

「賛成! 僕がキッチンへ行って取ってくるよ」

「お願いしますね。執事さん」


―――茜さんに言われるといやな気がしないから不思議だ。


 健人は厨房へ入って行って冷蔵庫の中を覗いた。オレンジ、キウィ、バナナなどの果物が数種類と炭酸水が入っていた。


―――おっ、これでオレンジスカッシュを作ろう。


 健人はオレンジ果汁を絞って三つのグラスに入れ、氷と炭酸水を入れた。仕上げにオレンジの輪切りを飾った。自家製オレンジスカッシュの出来上がりだ。三人分を御盆にのせて部屋へ戻った。


「ジャ、ジャ~~ン! オレンジスカッシュの出来上がり!」

「ウァオ~~! おいしそ~う。見た目も爽やか~~」


―――茜さんは、立ち上がって両手を振っている。


―――まるで縄なしで、縄跳びをしているような仕草だ。


―――これは嬉しい時の動作だろうか。


 数秒間ジャンプした後でグラスを取ると、ストローで、クーっと一息飲み込んだ。


「う~~っ、冷たくておいしい!」

「そうでしょう。僕も頂きます」


 健人も一口飲んだ。作りながら味見をしたので、今さら飲んで驚くことはなかったが、持ってくる間に氷が解けたのでさらに冷たくなっていた。


「うっ、冷た~い」

「キンキンに冷えてる~~~!」

「塁君も呼んでくるよ」

「そうお」


 健人は塁の部屋へ行きドアをノックした。


「塁君! 僕だよ、健人。開けて」

「ああ、ちょっと待ってね」

「お願い事は書けた?」

「うん。持って行くよ」


 塁は短冊を持って健人の後に着いていった。


「塁、遅かったじゃない」

「もうとっくにできてたんだけど、二人が楽しそうにイチャイチャしてたから、部屋に戻っちゃったの」

「イチャイチャなんかしてないからね」


 茜は必死で手を振って否定している。


「そうだよ、二人はそんな関係じゃないんだからね」


 健人も否定したが、信じられないというふうに二人の様子を観察している。


「塁君、考えすぎだよ。子供なのに考えすぎるのは良くないよ。冷蔵庫の中にオレンジがあったから、オレンジスカッシュを作ったんだ。飲んでみて」

「レモンスカッシュというのは聞いたことがあるけど、オレンジスカッシュは初めてだ。これも美味しそうだね。飲んでみる」


 塁は一口飲んで、ふ~っと息を吐き言った。


「うんっ、うまいっ! 健人君何でもできるんだね~。流石、茜お姉ちゃんの執事だけある~っ」

「どういたしまして」

「この間のパンケーキもおいしかったし、料理が上手なんだね。料理上手な男っていいよね~、茜お姉ちゃん!」

「全く、何を言ってるのかしら、塁は。飲み終わったら、直子さんに手伝ってもらって飾りつけをするから、呼んできてね」

「は~い」


 塁は飲み終わると、直子さんを呼びに行った。その間再び二人きりになった。

茜はちらちらと健人の方を見ている。先ほどの塁の言葉で、健人の事を意識しているようだ。健人は、そ知らぬふりをしてストローを口にくわえていた。


「イチャイチャなんてしてないよね」

「そんな覚えはない」

「塁君の考えすぎだ」

「そうよ。美味しかったわ~」

「あれ、茜さん。もういいの。少し残っている」

「もうお腹一杯だから。残りは健人が飲む?」

「それじゃあ……もらおうかな」

「は~い」


 健人は、自分のグラスに入ったオレンジスカッシュを飲み干してから、茜からグラスを受け取った。


 先ほどまで茜が口にくわえていたストローに口を付けた。それから、ごくりと一口。


―――あれ、あれ、あれ!


―――これじゃあ間接キス! 


―――もういいや、飲み始めたんだ、最後までのんじゃおう。


 ごくごくごくごく、チュウチュウ……。


―――茜さんの、可笑しいものを見た時の笑いが起こった。


 クックッ、クックッ……。


「全部飲んだ! ふ~っ」

「お見事!」


―――茜さんは恥ずかしがる風でもなく、嫌がる風でもなかった。


―――この空気は何だろう。


―――学園の姫にもてあそばれているのか、可愛がられているのかよくわからない。


―――でもこの自然な空気感。


―――自分がその中に溶け込んでしまっているようなふわふわした世界。

 

 そして最後にはどうでもよくなってしまう。まあいいじゃないか、と自分自身が納得してしまう。


「あのうこれって……」

「同じストローで飲んじゃったでしょう」


 茜はジト目で健人を見ている。


「私の執事だから許してあげる」

「そ、そうお。ど、どうも」


―――茜さんは、あくまでも姫のように振る舞うのだった。

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