第14話 学園の姫と七夕飾りを作る

 健人は執事見習いのバイトで、茜の家に行って仕事をしていた。仕事を終え食堂でお茶を飲んでいる時茜と塁がやって来た。二人ともニコニコしている。


―――こういう時は何か企んでいるんだよな。


「ちょっと、健人こっちへ来て」

「何の御用ですか?」


 二人は、楽しそうに手招きして、後を付いてくるように促した。急いでお茶をもう一口飲み、茶碗を返して二人について行った。


 茜の部屋へ入るとテーブルの上に健人の身長ほどの長さの竹の枝が一本乗っていた。その周りには折り紙やペン、はさみなどが無造作に置かれている。


「は、は~ん。七夕の飾りを作っていたんですね?」

「そうなんだ。健人君も一緒にやろうよ。ね、いいでしょ?」


 小学校二年生の塁が遊び相手を見つけたように言った。子供にとってこういうことは楽しみな行事の一つなんだろう。


「毎年お手伝いの直子さんが庭から採ってくるくるんだ」

「そうだね。仕事が終わったところだから、いいよ」


―――流石森ノ宮家、広い庭から竹の枝を取ってきたのだろう。


 普通都会では、竹や笹を花屋で買わないと手に入らない。自然豊かな場所なら外に生えているものを調達してくることも可能だが。


 直子さんは六十代の女性だが、長年この家の家政婦として働いているのだという。そんな彼女がちらりと部屋に顔を出した。


「塁さんにももう一人遊び相手が出来たみたいですね。今年は三人で飾り付けをしてくださいね。飾りが足りなかったらお手伝いしますが、先ずは三人で仲良く飾ってくださいな」

「僕もう慣れたから、自分でやってみるよ。折り紙で飾りを作るから、終わったら下げてね」


 塁は直子さんに手を振り、彼女もそれならばと部屋を出て行った。


「直子さんが作ればあっという間に終わっちゃうけど、それじゃあつまらないでしょ」


 塁は自信を持って行ったが、健人は何を作ってよい物やら思いつかなかった。七夕の飾りを作るのは幼稚園の時以来だ。スマホで作り方を検索してみた。


「あたしも大体わかってるから、二人に任せとけば大丈夫よ」

「そうなの。安心した」

「心配することないって。ほら、こうやって折り紙を二回三角形に折って、切込みを左右から入れて、頂点を引っ張って延ばせば……」

「……おお、お見事だ! 網になってる!」

「ね、簡単でしょ」

「教えて!」


―――昔作ったことはあったんだと思うけど、すっかり忘れていたようだ。


「僕も今のを作ってみよう。どれどれ……」


 健人は、綺麗なブルーの折り紙を選び三角形に折り、先ほど見たように切り込みを入れて開いてみた。


「うぁーっ、何で、何で、できるんだ! 不思議だあ!」

「健人お兄ちゃん、不思議でも何でもないよ。僕は提灯を作ってみるからね。見ててね」


 塁は紫色の折り紙を二つ折りにして、折った輪の側へ等間隔で切込みを入れていく。もう一枚黄色の折り紙を取り出し、紙の端を平行に切り取ってから長い方の折り紙を輪にして糊で張り合わせた。先ほど切り込みを入れた紫色の折り紙を、黄色い筒へ巻いていくと、それは提灯になった。内側が黄色になっているので、中に明かりが灯っているように見える。


「うぉーっ! 凄い! そんなものも作れるのかあ!」

「お兄ちゃん、そんなに驚くことじゃないよ」


 茜は、健人の驚きぶりを見て、大笑いしている。


―――これじゃあ全然執事になってないや。


―――二人で、どんどん作って終わってしまいそうだ。


「何かできることあったら言って」

「じゃあ、健人はいろいろな色の折り紙を切って輪っかを作って」

「ああ、それなら簡単だ」


 健人は何色かを選び、数回折り曲げて等間隔に印がついた折り紙を切り取り、丸くして輪っかを繋げていった。


 それを作っている間にも、二人は貝飾りや星や流れ星などの飾りを作っていった。切り取った星を、切込みを入れて細長くなった流れ星に張り付けると、それらしい飾りになった。


 飾りがかなりできたので、短冊に願い事を書こうということになった。


「じゃあ、短冊も切ったことだし、願い事を書こうよ」


 塁が何枚か細長く切った色紙とペンを持っていった。


「これは自分の部屋で描いてくる」

「あたしも、一人で書こう。健人も願い事を書いてね」

「僕は執事だけど……書くの?」

「いいじゃないの。同級生なんだから。各自考えよう」


 健人は茜から渡された五枚の短冊を見て考えた。茜も自分の机に向かって考えている。健人は一人テーブルで考えた。


「これって勿論、竹にぶら下げるんだよね」

「そうよ」

「じゃあ、みんなに見えるわけだよね」

「……まあ、そうだけど。恥ずかしかったら類の部屋に飾っておいてもいいけど……」


 それでも、他の人の目には触れるということだ。それを考えて書かなければ。塁君も部屋で考えているのだろう、すぐには戻って来なかった。二人とも十分以上経過したが、なかなかお互いに声を掛けることができない。まだ考え続けている。


 先に声を上げたのは茜だった。


「できたわよっ!」

「早いなあ。僕はあと一つ。ちょっと待って」


 更に待つこと数分、ようやく健人も五枚の短冊に願いを書き終えた。


「それじゃあ、飾る前に一枚ずつ願い事を披露しよう」

「は、恥ずかしいけど。まあいいや」

「では一枚目、緑には何が書いてあるの」


 二人は同時に緑色の短冊を見せ合った。


(茜: 二歳年上にみられますように)

(健人:執事と高校生の両立が出来ますように)


「今は二歳年上でもいいけど、ずっとそれだと後になると老けて見えちゃうよ」

「いいのよ、これは今年のお願いだから」

「次は赤の短冊」


(茜: パンケーキだけじゃなく、クッキーも作れるようになりますように)

(健人:茜さんと塁君と仲良くなれますように)


「健人、ありがとう」

「クッキーだけじゃなくて、もっと作れるようになるよ」

「黄色の短冊、オープン!」


(茜: この家にいる人みんなが健康で長生きできますように)

(健人:姫が好きな人に一年にたった一度じゃなくて毎日会えますように)


「わあ、ロマンチスト。優しいじゃない」

「茜さんも、優しいですね」


―――姫というのは織姫じゃなくて、茜の事なのだがそれは内緒だ。


「家族だけじゃないところがいいでしょ。それでは白い短冊は」

(茜 :ジャージの似合うお洒落なレディーに慣れますように)

(健人:姫に変な虫が寄り付きませんように)


「アハハ! おかしい」

「すでにジャージはお似合いです」

「では、最後の紫は」


(茜 :もっと賢くなって、人の心が読めるようになりますように)

(健人:もっと数学ができるようになって、もっと塁君に教えられますように)


「数学は十分できるじゃない」

「そうでもないよ。人の心が読めたらいいね。随分気持ちが楽になる。でも嫌なことも増えちゃいそうだけど」

「あっ、マイナス面もあるわねえ」


 二人は短冊に書いた内容を披露しあうと、思わず吹き出して、しまいには笑いが止まらなくなった。

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