第13話 学園の姫に教室で壁ドンする
茜さんの部屋での壁ドンの練習も無事に終わり、いよいよ学校で実行する日になった。スマホには本日壁ドン決行と書かれている。人には見せられないが、健人は自分だけでにんまりとした。うまくいくかどうか緊張はするし、その後の事を考えると気が気ではないのだが、一人で浮き浮きしている。
(今日、学校で壁ドン決行してね)
―――このシンプルなお言葉。茜さんらしい。
―――返事もシンプルにしよう。
(了解しました。僕にお任せあれ!)
―――後はチャンスを逃さないようにするだけだ。
できるだけ観客が多い時がいいだろう。篠塚と神楽坂二人ともいる時を狙おう。茜さんの事をライバル視している七星まりんもいる時がいい。そうなってくると難しいぞ。昼休み、あるいは下校時刻しかない。場所は教室か廊下かな。
昼休みがやってきたので、茜と健人は教室で弁当を食べていた。二人共弁当持参だったので、食堂へ行く必要は無く、三分の一ぐらいの生徒たちと共に教室で過ごしていた。茜の席の前にある椅子を借りて向かい合って食事をする。同じクラスなので、一緒にいても注目されることはない。お互いの弁当のおかずを見比べてみると、だいぶ違っていた。健人は、それを見て言った。
「今日のおかずは唐揚げと卵焼きだね。それと野菜の付け合わせ」
「よくあるパターンよね。健人は焼き魚と煮物ね。和風のおかずね」
「こういうの割と好きなんだ」
「煮物とから揚げ取り換えようよ」
「いいよ。はい」
健人はかぼちゃの煮物を茜さんのお弁当箱に一つつまんで入れた。すると茜は唐揚げを摘み健人の口のところへ持って行った。
―――これひょっとして口を開けろということなのか?
―――茜さんはそのまま待っている。
「はい、あ~んして」
「あ~ん」
健人が口を大きく開けるとその中に唐揚げを入れた。パクリと口に入れると箸を抜きとった。
―――誰も見ていなければいいが。
―――なはずがなかった!
「うぉ―――っ! 今の見たぞ―――っ!」
―――あの声は、篠塚マコト。
―――同じ教室にいたとは、気がつかなかった。いつの間に人の行動を監視していたんだ。
声がした方向を見ると、篠塚のゆでだこのように赤くなった顔が見えた。
―――あいつを怒らせるためにしたわけじゃなかったんだが、仕方がない。
「何か、用かな?」
「い、い、い、今、あ~ん、て食べさせてもらっただろう?」
「だから、何だ。悪いか!」
「悪い!」
「はあ。茜さんがやったことにケチをつける気か」
「口を開けたお前が悪い」
―――こいつには理屈が通じないんだった。屁理屈のオンパレードだ。
―――茜さんも黙っていなかった。
「おかずを取り換えっこしたのよ。それで口の中に入れてあげたの」
「茜さん、こんな奴の口に……」
「どうせ食べちゃうんだからいいじゃない」
「そんな……」
それ以上言い返せないマコトは、俯いて手をぎゅっと握って悔しさをこらえた。そんなことをしていると、様子を聞きつけたのかいつの間にか神楽坂が廊下の向こうから教室の中を覗いている。噂が広まるのは早い。都合よく、七星まりんも中を覗いている。二人が本当に仲がいいのか見に来たのだろう。健人は茜に手を差し出した。まるで騎士が姫にするような手つきだ。
「茜さん立って」
「何なの、健人」
茜はその手の平にそっと自分の指先を乗せた。神楽坂がじっと二人の動きを見ている。健人は茜の手をぎゅっと掴んだ。神楽坂は二人の手が繋がれているのが気が気ではないようだ。
健人は茜の手をしっかり握ったまま、教室の一番後ろまでエスコートした。それでも茜はこれから何が起こるのか分からない様子だ。きょとんとした瞳で健人を見ている。
「茜さんは唐揚げが好きですか?」
「好きよ」
「ではどうして僕に唐揚げをくれたんですか?!」
ドンっ!
と健人は壁際に立っている茜の顔の後ろに手を着いた。まだ茜は訳が分からず目をぱちくりさせている。
あれ、こんな質問をして壁ドンをしたんだわ。という意外そうな表情だ。でも質問には答えなければ。
「交換したから……」
「それだけですか?」
―――こんな質問をして困らせちゃったかな、と思ったがじろじろ見られているので後へは引けない。
「健人が……好きだから」
「そうですよね。やっぱり」
健人の頭の中では、くす玉が割れて様々な色の折り紙が飛び散っていた。壁ドンをする目的をすっかり忘れていた。
―――だって、こういうことを言わせるためにするものじゃないだろう。
―――完全にやり方を間違えたし、質問の内容もバカだった。
でも茜から返って来た言葉は健人を舞い上がらせた。篠塚マコトと神楽坂文吾の失望ぶりは半端ではなかった。まりんはプイと向こうを向いて去っていった。
健人はこれでよかったのだろうかと、茜の方を見た。茜はしめしめという表情で健人にめくばせした。これでよかったのよ、と受け取った。取り巻き連中をがっかりさせる、という目的は達成できた。
―――だけど壁ドンは見世物じゃない。
健人は、彼らの事を考えてみた。取り巻きの男子たちがことごとく失敗していたのはなぜなのだろうか。茜さんは好きだといってくっついてくる連中の、見えすいた態度が嫌いなのではないだろうか。そうなのか? それじゃあ、好きだという言葉を使わないほうがいいということだ。そんな素振りを見せず、気持ちを伝えるのはなかなか難しいものだ。相当な恋愛上級者じゃないとできない。
ただ壁ドンをされて単純に喜んでいる茜さんの天真爛漫な顔を見ていると、あまり深く考えるのはやめようと健人は思っていた。
―――茜さんの楽しそうな顔を見ていると、こちらまでふわふわした気持ちになるんだから。
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