第11話 学園の姫とパンケーキを作る

 土曜日に、森ノ宮家に午前中に来て欲しいと言われて自転車に飛び乗り向かった。着いて時計を見ると、約束の時刻の十時少し前だった。


―――ー体何をするのだろう。


 平日の夕方だけのアルバイトで土日は完全休日の予定だったのだが、特別出勤を命じられた。エプロンを用意するようにも言われていた。


「こんにちは、茜さん」

「休日まで来てもらっちゃって悪いね」

「別にいいですよ」


 茜さんはいつもの様にジャージ姿だ。今日のジャージは地味な紺の上下だ。髪の毛は当然のことのように結んでいる。


―――ジャージ姿も似合っていて可愛い。


「あら、あら、最近敬語になってるわよ、健人。ここで敬語を使うから、学校でも敬語になってしまうのね。二人でいる時は普通に話すことにして」

「……ああ、そう言えばそうだね。気を付ける。ところで、今日は何をするの?」

「えへへ、今日の昼は厨房の人がいないからパンケーキを作ってみようと思ったの。そんな時しか、自由に使えないから」

「大変なんだね。一緒に作ろうってことだね」

「そうなの」


―――分かっていれば、家で練習してきたのにな。久しぶりだからうまくいくといいけどな。


 二人でキッチンで話をしていると、弟の塁が様子を見に来た。


「茜お姉ちゃん、大丈夫?」

「任せといて。今度はうまく作って見せるわ」

「この前はひどかったもんな。粉はだまになってるし、焼きすぎて焦げちゃったし。今日は健人お兄ちゃんに手伝ってもらって、うまく作ってね」

「ええ、今日はうまくいきそう。上手に出来たらあげるから、楽しみにしてて」

「じゃあ、僕は部屋で待ってるからよろしくね」


 塁は、そう言うと小さな手を振って部屋を出て行った。


「上手に作って塁君を二もご馳走しよう」

「そうね。ところで、健人は作ったことあるの?」

「家で何度か作ったことあるよ。火加減とひっくり返し方にコツがあるんだ。それさえうまくいけば上手に出来る」

「ああ、よかったなあ。楽しみねえ。生クリームとイチゴとバナナも用意してあるのよ」

「おお! 豪華なパンケーキが出来そうだ」

「昨日材料を買っておいたの」

「それじゃあ、厨房に移動しよう」


 厨房は、健人の家の台所に比べるとかなり広かった。茜さんにフライパンとボール、計量カップなどを出してもらい材料を計った。


「茜さん、ボールに粉と卵を入れて」

「は、はいっ」

「だまにならないように混ぜるのがコツなんだ」

「へ、へえ。そうなの」

「生地が均等に混ざったらフライパンに火をつけて、油を馴染ませるようにして、少し待って」

「焦っちゃいけないのね」

「焦りは禁物」


 程よく加熱したフライパンに生地を垂らした。弱火で加熱して、数分待ち端をちらりと見ると、まだあまり色が変わっていなかった。


「もう少し待って」

「慌てるのは禁物ってわけね」

「そう、そう」

「おっ、もういいかな」


 健人はフライ返しをすっと生地の下に滑り込ませ、くるりとひっくり返した。同じ場所にぺたんとさかさまになり、数分焼くと黄金色のパンケーキが焼きあがった。


「わあ、良く焼けてる! おいしそうに出来たねえ」

「うまくできたよかった」


 久し振りに作ったが、うまくいった。皿に盛りつけ同じようにもう一枚を焼き上げた。


「さて、次は茜さんが焼いてみて」

「よ~し、頑張るわ! 見ててね!」

「生地はそうっと流して……その調子」

「やったーっ」

「上手だね」

「そう?」

「もう何もしないで待ってて」


 茜さんは生地をつつこうと手を出すので、その手をちょっとだけ握って引っ込めた。


―――また手に触れてしまった。けれども、それは気にならないようだ。


「焦るからいけないんだよね」

「そうっとしておくのが一番」

「だから、綺麗に出来なかったのね」


 ぽつぽつと泡が出て来ても、じっと待ち焼き加減を見てひっくり返した。パタンとひっくり返したが、少しだけずれた。


―――それもご愛敬だ。


「またじっと待っていましょう」

「そうです。手を出さないで」


 また手を出そうとするので、健人は掴んでしまった。


―――手に触れるのは構わないんだった。


「もうお皿に盛ってもいいよ」

「よいしょっ。うぉっ、うまくいった~~!」

「綺麗な焼き加減だ。フルーツを切っておいて、生クリームを最後に絞ろう」


 二人並んで、健人がバナナを向き茜が包丁でスライスした。茜さんはとても楽しげで、それを見ている健人の方も楽しくなってくる。バイトしに来ているなんてすっかり忘れてしまっていた。


―――仕事をしているわけじゃないから、お金をもらうのは悪い。


「では、盛り付けよう」

「なんかプロみたいね」


 仕上げにフルーツソースをかけると、見た目の美しくおいしそうに仕上がった。


「塁を呼んでくる」


 茜さんは、塁を呼びに行き、彼は喜び勇んでやってきた。


「上手に出来たの。お姉ちゃん?」

「凄いぞ!」

「ええええ~~~っ、本当に二人で作ったの? びっくりだな」 

「だろう?」

「健人お兄ちゃん上手だね」

「ちょっと、私も作ったからね」

「じゃ、三人で食べよう」

「その前に写真撮っておこう」


 茜さんはスマホを取り出し、写真を撮った。健人も嬉しくなって同じように写真を撮った。


「二人一緒に写真を撮ってあげるよ」


 塁が気を利かせたのか、パンケーキを入れて二人の写真を撮ってくれた。健人は打ち解けた気分になり、仕事できたことなどすっかり忘れていた。


―――こんな楽しい土曜日になるなんて、思いもしなかった。


―――パンケーキを頬張る茜さんが浮き浮きしているように見えるのは自分の思い過ごしだろうか。


「パンケーキ作り、楽しかったな」

「あたしも楽しかった。休日出勤してもらって悪かったね。ありがとう」

「僕は構わないから、休みの日でも呼んでね」


 キッチンには甘~い香りが漂い、健人の気持ちも甘~くなっていた。

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