第10話 学園の姫と初めて手をつなぐ
「茜さん、ただいま」
「食堂はどうだった」
「混雑していました。大月君と新堂さんに会ったんだけど、二人とも僕たちの事を疑っていました」
「どういう風に?」
「本当に付き合ってるのかだとか、いつから付き合い始めたんだとか、そんな気配はなかっただとか、いろいろ言われてしまって」
「本当に付き合ってるように見えないってことなのね……。それじゃあ作戦を変更しましょう」
「どの様に?」
「本当に付き合ってしまえばいいんだわ。今日から健人には偽装彼氏ではなく、本物の彼氏になってもらうの」
「はあ?」
「何が変わるんだろう?」
―――呼び名が変わるだけで、俺には何も変わらないと思うんだが。
「ルールを変更して、少しぐらい触ってもいいことにするわ。そうすれば本物らしく見える」
「より本物らしく見せるってこと?」
「そうよ、健人」
―――何だ、そう言うことか。違いは触れてもいいということだ。
「これから健人は本物の彼氏だから、私の事は本物の彼女だと思って接するの!」
「本物だと思えば、気持ちも変わってくるかもしれないってことですね。じゃあ、今からそうします!」
二人で傍へ寄り秘密の打ち合わせをしていると、篠塚が食堂から戻ってきた。休み時間はあとわずかで終わりだったが、珍しく別々に食事していたので冷やかしに来たようだ。
「今日は、別々に食事してたんだね」
「ええ、寂しかったわ。健人君と一緒に食べられなくて……」
「喧嘩でもしたのかと思った」
「そんなことはないわ。ねえ、健人」
茜さんは健人の手をぎゅっと握って、篠塚に見せつけた。彼は驚いたように、その手を見つめている。内心は悔しくて仕方がないのだろう。健人も茜さんの手をそっと触った。
―――手に触れたのは初めてだった。
―――柔らかい手だ。
―――ごつごつした手に出触られて嫌じゃないのだろうか。
―――茜さんの顔を見るが、嫌がってはいないようだ。
―――こんなことを堂々としていると優越感で舞い上がってしまいそうだ。
―――昼休みがもっと続いてほしいが、もうすぐ終わってしまう。
「休み時間が終わるまで、繋いでいるからね」
「そんなずっと……。でもいいけど」
―――あれ、何だろうこの気持ちは。
―――ふわふわしてとても気分がいい。
時間が来て無情にもチャイムの音がした。初めて触れた手の温もりが、いつまでも健人の手に残っていた。
―――突然茜さんの心境が変わったのはどうしてだろう。
―――本物の彼氏らしく見せるためには、多少のリスクを取るつもりなのか。
―――それとも自分に気持ちを許したのか。それとも、ひょっとすると自分の事が好きなのでは?
考え出すときりがないし、考えても事態は変わらない。だったらこの状況を楽しむことにしようと、健人は考えた。
―――触れていいのは手だけなのだろう。他の部分には触れないように気を付けよう。
―――ああ、それにしても可愛い手だった。
授業が終わり、放課後のゆったりした時間がやってきた。健人は茜さんの隣に座り、話し込んでいた。
「手を触れていいのは学校にいる時だけでしょう?」
「どうしようかな。それは又後で考えることにする」
―――茜さんは、俺の事をどれだけ知っているのだろうか。
成り行き上彼氏になっているが、本気で茜さんの彼氏になんて慣れないんだろうなと思うと、少し悲しくなった。
―――まるでピエロみたいだな。
―――俺が執事のアルバイトをしていなかったら、今でもずっと他人のままだったんだろうな。
つい言葉が出てしまった。
「茜さんは、僕が執事見習いをしていなかったら、僕を彼氏になんてしなかったんでしょ?」
「……う~ん、そうね。健人君の事同じクラスにいるのにずっと気付かないままだったでしょうね」
「そうだよな……僕って本当はそんな存在だよな」
「健人、いじけてるの」
「いじけてません」
溜息が出てしまった。その様子を茜さんは見逃さなかった。
「健人、拗ねているの? この状況が嫌なの?」
「ううん。嫌じゃない。自分でもどうして悲しいのかわからない」
「変な健人。嫌だったらやめるしかないけど、嫌じゃないのよね。だったらいいじゃない」
「……あ、ああ。全然嫌じゃないから、止めないよ。俺って変な奴なんだ」
二人で話し込んでいると、新堂まきが入って来た。
「茜、いつの間にか彼氏ができたんだね。水臭いじゃない、教えてくれればいいのに」
「言うほどの事はないと思ってね」
「あらあら、いつも言い寄ってくる人はいるけど、自分のタイプは一人もいないって言ってたくせに……」
「そうだったわね」
「しかも意外な人物」
―――意外な人物で悪かったな。
―――髪型を変えて少しかっこよくなったと思ってたんだが。
「大人しい人が好きだったんだ……」
「そうなのよ」
「健人君も茜の自然体なところが好きだって言ってたもんね。そのままの茜が好きだなんて素敵ねえ。羨ましいわ」
「そんなこと言ってたの?」
「うん。食堂で聞いたわ」
―――噂通りの広告塔だ。この人にうっかりしたことは言えない。これ以上言わないでくれと思ってもおしゃべりは止まらない。早く止めなければ。
「新堂さん、部活に行く時間なんじゃないの?」
「少しぐらい遅れたって大丈夫よ。久しぶりに話がしたくなったのよ」
「茜は健人君のどんなところが好きなの?」
「そ、それは……一言でいうのは難しいわね」
「そうでしょうね。色々ありすぎて迷うでしょう?」
「そうなのよ。あえて言えば……」
「ふ~む。どこ?」
「飾り気がない所かしら。それと、とても真っ直ぐな所……かな」
「へ~~~っ。二人ともそのままの君が好きってことか。いいわねえ。あたしも頑張ろうっと」
新堂さんはようやく納得してくれたのか、部活へ行ってくれた。
「健人。あれは本当なの?」
「あれ?」
「さっきの話……」
「本当です。茜さんは自然体が一番いいです」
「よかったわ」
「茜さんこそさっきの話は、本当ですか?」
「……まあ、本当よ。そうでしょ」
「そうなんだ。ありがとう」
偽装なのか偽装じゃないのかもわからなくなってしまったが、心はほっこり温かくなってきた。
―――このまま続けるのも悪くない。というより、最高の気分だった。
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