第9話 学園の昼休み

 昼食を持参しなかった健人は久しぶりに食堂で食べることにした。茜も弁当を持って食べに行くか誘ってみよう。大勢の生徒の目に触れる場所へ敢えていくかどうかはわからなかったが。


「今日は弁当を持ってこなかったから、食堂へ行って食べる?」

「あたしはいいわ。何か言われると面倒くさいから」

「悪いね」

「たまには一人で息抜きしてきて」

「ありがとう。でも、一緒にいて疲れたわけじゃないから、気にしないで」

「それは分かってるわ」

「食べたらすぐ戻ってくる」


 そう言い残して食堂へ急いだ。早くいかないと列がどんどん長くなるし、そうなると休み時間一杯食堂にいることになってしまう。


 急いで来たつもりだったが、既に食券売り場にも配膳コーナーにも列ができていた。列の一番後ろにつくと、すぐ前にクラスメイトの大月ハジメが並んでいた。彼はすぐに健人がいることに気付き、まん丸の顔を彼に向けてきた。体格もよく大食漢だ。


「よう、珍しいね」

「ああ、最近お弁当を持ってくることが多いから、教室で食べてたんだ」

「茜と付き合ってるからだろ。彼女いつもお弁当持参だから、ほとんどここでは見かけないもんな」

「まあ、そんなところだ」


 ハジメは悪いやつではないのだが、お節介な性格で、何にでも首を突っ込みたがるのが玉に瑕だ。これ以上何か聞いてこないようにすましていたのだが、質問はこれだけでは済まなかった。


「お前本当に茜と付き合ってるの?」

「本当だよ。この間彼女が皆に言っただろ。あの話は本当だ」

「信じられないんだよな。だって、その前まで、全くそんなそぶりを見せたことがなかったから」

「こんなこと嘘を言って何になるんだ。信じてくれ」


 ようやく食券期の前にたどり着き二人とも定食の券を入手することができた。そのまま配膳台へ駆け寄り定食を受け取ると、開いている席を探した。グループで陣取っていたり、同じクラスの仲間同士で座ったりしていて、賑やかだ。健人は知り合いのいない席に一人で座りたかったのだが、ハジメは一緒に座るつもりになっていて、あそこが空いているからへ行こうと誘っている。仕方なく彼について行き横並びに二つ空いている席へ座ると、すぐ前には同学年の新堂真紀がかつ丼を食べていた。バレー部に所属する体育会系の女子で、がっしりとした体つきをしているが、下町のおばさんのようなタイプで、話し好きでいつも誰かとおしゃべりをしているような女子だ。


―――悪い席に座ってしまった。茜とも仲が良い。


「あら、健人君じゃない。久しぶりねえ。あたし驚いちゃったあ。だって、茜と付き合ってるなんて、初耳よ」


ハジメもその話題に食いついてきた。

「新堂さんも気になるだろう? 俺も不思議でしょうがなかったんだ。だって同じクラスなのに、こいつそんな素振り全く見せなかったんだから。密かに告白したのか?」

「ねえ、ハジメ君もそう思うでしょ。茜とは割とよく話をするんだけど、好きな人がいるなんて一度も聞いたことがなかったし。ねえ、ねえ、健人君。真相が知りたいわ」


―――ああ、何たることだ。おしゃべり娘と、お節介男の板挟みになっている。


 健人は急いで頭の中を整理した。真相は決して言ってはならない。そして真紀が、学年の広告塔だということを肝に銘じて答えることにした。


「いつ、どのように告白したかは二人だけの秘密なんだ。だけど、周りの男子があまりにもしつこいんで、二人で相談してあのタイミングで皆に報告してしまうことにしたんだ」

「へえ、じゃあ、もう少し前から付き合ってたってことなんだ」

「まあ、いつからとは言えないけどね。それも秘密だから」

「ふ~ん。で、茜のどんなところが好きなの。言い寄る男子は多いけど、外見や雰囲気にひかれてる人が多いいじゃない」

「それは……なかなか難しい質問だな。ありのままの彼女は自然体でとても魅力があるんだ」

「うわ~、ご馳走さまあ。すべてを受け入れてるってわけね。羨ましい~~~。あたしもいい人見つけようっと」


―――この辺で許してほしいな。


 ところが、ハジメもなにかに言いたそうだ。


「だけどさあ。今まで誰も相手にしなかった茜さんが、健人とこんなにすんなり付き合うなんて、羨ましすぎる。俺だって健人には負けないと思うけどな……」


―――いやいや、俺だってお前には負けない。そんなぷよぷよした腹で、一緒に歩くのは無理だよ。


 大盛りにしてもらったご飯をあらかた平らげ、ハジメはお腹をさすっている。


「人の好みってのはわからないものなんだ。お前にはお前の魅力があるよ。いつかきっとすごい出会いがあるよ」

「そうだよな。チャンスはいつ来るかわからない」

「チャンスをつかんだんだな、健人は。別れないように頑張れよ」

「ありがとう」


―――ここまで言われると、嘘をついているのが後ろめたくなってしまう。


 新堂真紀も、感心したように健人にいった。


「ねえ、今度茜も誘って一緒に食堂で食べよう。よろしく言っといて、健人君」

「うん、伝えておく」

「それから、茜と親しくなったんだからこれからは私も友達ね」

「勿論だ」


 大方食べ終わってお茶を飲んでいると、向こうの方から篠塚マコトがお盆を持って歩いてきた。勝手に健人にライバル意識を持って睨んでいる。


「今日は一人で食事か、健人! もう茜さんに振られたのか」

「余計なお世話だ。弁当を忘れたから仕方なく来たんだ。離れて食べるのは寂しいけど仕方ないわね、って言われたよ」

「かっこつけてるじゃないか。舞い上がってるのはお前だけなんじゃないの!」

「喧嘩売るつもりかよ」

「いや、止めとく。新堂さんは、かつ丼食べたの? ここのカツどん美味しいよね」

「そうね。篠塚君、茜にばっかり熱を上げてないで、もっと視野を広くした方がいいわ。女子はたくさんいるのよ」

「確かにそうだね。新堂さんの様にスポーツのできる女子も素敵だよ」

「まあっ、調子がいいわね。でも、ありがとう」


 言いたいことを言い終わったのか、篠塚は三人の前から去り、他のテーブル席へ座り食事をとり始めた。

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