第6話 彼氏のお仕事②
健人の髪型を見て、開口一番茜さんはいった。
「う~ん、なかなかいいわねえ」
「そうですか。自分じゃないみたいです」
「全体的にウェーブしていて、前髪は流れるようになってて、ばっちりだわ」
「僕のトレードマークだった分け目が無くなりました。本当にこんな髪型がいいんですか。正直言って、僕にはこの髪型の良さがわかりません」
今まで黒髪で、かっちりと横分けにした髪型以外やったことがなかったので見慣れぬ髪型の帽子をかぶっているようだ。
「今にわかるわ。一緒に街を歩いてみましょう」
「じゃあ、試しに外を歩いてみましょうか」
健人は眼鏡をかけ、鏡に映った自分の姿を見た。
「これが今風なんですか。まだ自分じゃないみたいだな。ほかの人たちだって、どう思うか……」
「まあ、まあ、いいから」
茜さんは会計を済ませるとすたすたと美容院を出て歩き始めた。高級な美容院だった。お金は彼女のおごりなのだろうか。
「茜さん、高級な美容院でしたが、会計は大丈夫なのですか?」
「心配ご無用。私の今月のお小遣いから出したから」
「えっ、そうだったのですか? そんなにまでして……」
俺ってそんなにかっこ悪かったのかな。余計な出費をさせてしまった。偽装彼氏でもかっこいい方がいいのかな。彼女の気持ちがわからなくなってきた。
「彼氏なんだから素敵なほうがいいでしょ?」
「そうですか……頑張ります」
美容院を出てから人通りの多い賑やかな商店街に入った。若い女性の二人連れがこちらへ向かって歩いている。二人は楽しそうにおしゃべりをしている。至近距離まで来た時、健人たちをちらりと見て囁いた。
「ねえ、チョット、チョット、あの人素敵ね」
「あら、ほんと。でも彼女連れてるわ」
「かっこいい人には、彼女がいるのよ」
「残念!」
小声で言ったつもりなのだろうが、健人たちにも話のないようは伝わった。あんな反応は初めてだ。茜さんは得意げに健人に行った。
「ほらね。かっこいいって言われたでしょ?」
「そんなもんなのですね。同じ人物なのに、変われば変わるものです」
茜さんのお陰で自分では絶対にしないであろう髪型に挑戦することになった。自分勝手な茜さんのに最初は腹が立ったが、初めて女性に振り向いてもらえてまんざらではなかった。
「あれあれ、自信がついてみたいね」
「顔を上げて歩きたくなりました」
茜さんはいつも学校へ行くときの髪型でさらさらと風に揺れるロングヘア―だった。服装はフレアスカートに清潔感のある薄いピンク色のブラウスだ。清楚で可憐な美少女ぶりに、一緒に歩いている健人は得意げになっている。
その時だった。前方から知っている顔が見えた。違うクラスの女子七星まりんだった。
「あれは、七星さんじゃないかな?」
「……ええ、そうね」
七星さんは一人だった。この辺りにはゲームセンターやカフェなどの入ったビルが軒を連ねている。休日に買い物に来たのかもしれない。彼女も目鼻立ちがぱっちりした美人だが、その外見からは気の強そうな印象を受ける。学校では彼女がいつも女子数人と大きな声で廊下を闊歩するのをよく目にする。そんなイケイケな彼女と自分などは絶対に接点はないと思っていた。七星さんの話し方は、いつも上から目線で健人はできるだけかかわらないようにしていた。
「あら、茜。今日は健人君とデートなの? いいわね、もてる人は」
「そんなことはないけど」
茜さんをライバル視しているのだろうか。彼女には苦手な相手のようだ。まだ何か言いたそうにしている。
「いつも学校であなたの事見てるけど、調子に乗ってるわね。男子に思わせぶりな態度をとって、内心楽しんでるんでしょう?」
「私はそんなつもりはないわよ! 彼らを誘惑した覚えもなければ、付き合ったことなんかない!」
「そうかしら。私から見れば、茜の方から誘惑しているとしか思えないわ! 大勢の男子にちやほやされて、さぞかしい気分がいいでしょうねえ!」
「そんなことないって言ってるでしょ。これ以上言わないでよ、まりん。一方的過ぎるっ!」
茜さんはぶるぶると震えている。目には大粒の涙さえ浮かべて、今にも零れ落ちそうになっているが、必死にこらえている。健人はもう黙っていられなかった。
―――彼氏じゃなくてもも、こんなことを言われたら黙ってるわけにはいかない。彼女の人権を完全に無視している!
「やめろよ。そんな根も葉もないこと。茜さんが違うって言ってるんだから、違うんだ。彼女は誘惑した覚えもないと言ってるんだから信じろよ。あいつら勝手に舞い上がってるだけだ」
「なによこの男! 茜ったら大人しい健人君まで手なずけたのね。健人君も健人君よ。彼女好みの男になろうと、そんな変な髪型にして。恥ずかしくないのっ!」
「へ、変ってどういうことだ! どんな髪型にしようと俺の勝手だ。自分でいいと思ってやってるんだ、ほっといてよ」
健人はもうバイトだから、とか彼氏役だからとかは考えずに勝手に体が動き出していた。悪いのはいちゃもんを付けてきたまりんだ。
「これ以上言ってもばかばかしいから行くわ。せいぜいこんな男と付き合っていればいいわ」
まりんが二人の視界から消えた瞬間、茜さんの目から大粒の涙が零れ落ちた。茜さんは顔を覆って、じっと立ち尽くしている。
健人は思わず彼女の傍により、体に腕を回した。
―――こんな彼女の顔を誰にも見せたくない!
ただし、彼女の体には指一本触れたりはしなかった。あと数センチという所で、彼女を守った。
「く・や・し・い!」
「あ~~~っ! 酷いやつ」
茜さんはいつも自然体で、彼女の魅力が自然ににじみ出ているからもてるんだ。健人は茜さんになぜ偽装彼氏が必要なのかをこの時悟った。
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