路地裏の戦い
俺とテッサ、そしてチビのブタ男とノッポのサメ男の四人は、ランナーズストアを出て人気のない路地裏へとやって来た。
「ここなら邪魔は入らねえな」とブタ男。
「ああ、思う存分にやれるぜ」とサメ男。
二人は懐から銃を取り出し、俺たちに狙いを定めた。
「ひいっ!」と俺は身を縮ませる。
一般的な日本人として当たり前だと思うが、銃口を向けられるのは人生で初めてだ。俺は反射的にテッサの後ろに隠れた。
「いちおう確認するけど、私たちを殺してしまったらお金は回収できないんじゃない?」俺と違ってテッサは堂々とした態度で言った。
「安心しろ。スタンモードだから気絶するだけだ。ただし、目が覚めたらどんな状態になっているか分からないけどな」
「少なくともお前たちが後悔することは確かだ。あの時金を払えばよかったとね」
「今ならまだ間に合うぜ? 金さえ払えば何の問題もないんだ」
「これは最後通告だ。さあ、どうする?」
二人のセリフが終わったところで、俺はテッサに耳打ちをした。
「おい、どうするんだよこれ。さっさと金を払ったほうがよくないか? だいたい滞納していたのはテッサなんだろう?」
「バカ言わないで。あいつらは闇金融でものすごい返済額なのよ? そんなの払っていたらお金がなくなっちゃうわよ」
「バカを言っているのはお前だよなあ?」
「うるさいわね。とにかくここを切り抜ければいいんでしょう? 見ていなさい」
そう言ってテッサは数歩前に出た。
無一文かつ交渉能力も戦闘能力もない俺は、言われなくても見ていることしかできない。俺は固唾を呑んで見守った。
「話し合いは済んだか?」とブタ男が言った。
「それで、返事は?」とサメ男が続けた。
「お金は払わないわ」
「それがお前らの答えか」
「ええ。お望み通り相手をしてあげる。この聖剣エリュシオンでね!」
そう言ってテッサが引き抜いたのは、背中に装備していた例の剣だった。
起業プランナーに騙されて買った4億エンスのおもちゃの剣。
チャンバラごっこをするために作られたその剣先を、テッサは相手に向けた。
まさかこいつ、それで戦うつもりなのか!?
「まさかお前、それで戦うつもりなのか!?」
ブタ男が俺の気持ちを代弁してくれた。
どうやら彼らもまったく同じことを思ったらしい。
意見が一致して俺はとても嬉しいよ。
ただ一人、テッサだけは俺たちと意見が違うらしかった。
「そうよ。これは魔王を討伐せし聖剣。あなたたちチンピラなんて一瞬にして葬り去れるんだから」
それを聞いたブタ男とサメ男はしばらく顔を見合わせてから、いきなり慌てた様子になって言った。
「ナ、ナンダッテー! 魔王ヲ倒ス剣ダトー!?」
「ソンナ剣ヲ持ッテイルナンテ聞イテナイゾー!? ヤベエ、ヤベエヨー!」
どう考えたってそれは演技だった。
だがテッサは真面目に言う。
「今さら喚いても遅いわよ。聖剣エリュシオンの切れ味、とくと味わうがいいわ!」
そうやってテッサが大見得を切った、その時だった。
ブタ男が銃を撃ち、エリュシオンを粉砕した。
どうやら彼らの持っていた銃はレーザー銃だったらしい。チャンバラ目的のやわらか素材がその光弾に耐えられるわけもなく、エリュシオンは柄だけを残して消滅してしまった。
ああ、哀しきエリュシオン。
こうして4億エンスは散りになった。
「ぷっ……」
ブタ男とサメ男はその惨状を見て噴き出した。
「ぷはははは、なーにが聖剣だよ! ただのおもちゃの剣じゃねえか!」とブタ男。
「え? なんだって? それで魔王を倒すって? さすがに子どもは想像力がゆたかだねえ」とサメ男。
「おいおい、夢を壊すようなことを言うなよ。本気で信じていたらかわいそうだろう?」
「おまえが物理的に壊したんじゃねえか。まったく、面白いことをしてくれるぜ」
やめたげてよお!
彼らがあまりに笑うので俺のほうが赤面してしまった。
俺だったら黒歴史確定だよお。大人になってから何度も思い出して、悶絶すること間違いなしだよお。
それから俺は、テッサのことが気になって彼女に目をやった。
テッサは柄だけになってしまったエリュシオンを見つめ続けていた。
放心状態?
いや、違う。
テッサの全身からは、怒りが噴き出していた。
「よくも……、よくもやってくれたわね……」
テッサはエリュシオンの柄を捨て、ゆっくりと二人に近づいていった。
「おー、こわこわ。今度はどんな武器で戦うつもりなのかなー?」
「水鉄砲じゃねえか? なあ、そうだろう? 嫌だなー、怖いなー」
実際のところテッサがどうするつもりなのか、俺にも分からなかった。
まさか素手で戦おうっていうんじゃないだろうな?
俺がそう心配したその時だった。
テッサがコートの下、腰の辺りから何かを取り出した。その仕草からして銃かと思ったが、違うことはすぐに分かる。
テッサがそれを起動すると、独特な音とともに光の刃が出現した。
光の剣。
ぶっちゃけて言ってしまおう。
テッサの手にあったのは、どう見てもライトなセーバーだった。
「あなたたちの相手は、これでするわ」
テッサがその剣先を向けると、さっきまで笑いこけていた二人組の顔が、青ざめた。
「その光剣……。お前まさか、オドの使い手……?」とブタ男。
「だ、騙されるな。そんなわけねえ!」とサメ男。
「試してみればいいじゃない」
その瞬間、二人組がレーザー銃を連射した。
「ええい撃て撃て! 近づけさせなければどうということはない!」
降り注ぐ光弾。しかしテッサは光の剣を信じられない速さで振るい、鮮やかにそれらを弾いていく。剣は美しい光の軌跡を描き、光弾を弾く度に激しい音を鳴らした。
「クソッ、当たらねえ!」
「どうなってんだ、こいつ!」
やがてその攻防はあっけなく決着がついた。
テッサが弾き返した光弾を、ブタ男がおでこに受けてしまったのである。
「あばあ!」と妙な声を上げて倒れるブタ男。
「相棒!」とそれに駆け寄るサメ男。
その後のサメ男は迅速だった。倒れたブタ男を肩に担ぐと俺たちを一瞥して「覚えていろよ、この野郎!」の捨て台詞。颯爽と走り出したかと思うと、あっという間に姿を消してしまった。
思わず見とれてしまう見事な逃げ様だ。
これだけのものを見せられたら追撃の手もつい緩めてしまうだろう。
それが本当かは置いておいて、実際のところテッサは深追いをしなかった。
光の剣をしまい、軽く身なりを整えているテッサに俺は言った。
「こ、殺しちゃったのか?」
「さあ? スタンモードって言っていたし、気絶しただけじゃないの?」
「ああ。そうか、そうだよな」
テッサがあまりに鬼気迫る感じだったから、てっきりやっちまったのかと思ったぜ。
ここまでギャグ展開で来たのにこんな形で死人を出すとか、勘弁してくれよな。
俺はホッと一安心してからテッサを見た。
そしてギョッとした。
テッサが目に涙を浮かべていたからである。
「どうしようタツルぅ」テッサが情けない声で俺に泣きついて来た。
「ど、どうした? どこか撃たれたのか?」
「聖剣エリュシオンが壊れちゃったよお! これじゃあ魔王討伐できないよお!」
「……」
「お金を稼ぐどころか借金も返せないよお! 聖剣を使えば簡単に大金持ちになれるって聞いたから、スペースランナーになったのにい!」
「…………」
いや、その聖剣、おもちゃだから。
どっちにしても魔王は、倒せないから。
そんな話をここで蒸し返しても話がこじれそうなので、俺はとりあえずテッサを慰めることにした。
「もう泣くな、テッサ。こうなったらコツコツ依頼をこなして地道に借金を返していこう。大丈夫、テッサならなんとかなるよ。だってあんなに強いんだから」
実際、さっきの戦闘には驚かされた。目にもとまらぬ剣さばきで光弾を次々と弾いていく様は、まさに神がかっていた。あとはその傲慢な野望と捻曲がった認識さえなんとかすれば、スペースランナーとして普通にやって行けるのでは? そんな予感が俺にはした。まあ10億エンスもの借金の完済は、遠き道のりになるのだろうが……。
なんてことを考えている時だった。
「タツルも……、タツルも手伝ってくれる?」
涙目のテッサが上目遣いで言った。
この時の気持ちを正直に申し上げる。
弱っている女の子(美少女!)の上目遣い。その仕草と言い方。はっきり言ってドキッとしてしまった。一瞬息が止まってしまった。えっ、何これ。破壊力が半端ないんですけど? 庇護欲がドバドバと溢れてくるんですけど? いや、落ち着け。まあ、落ち着け。そして、落ち着け。こんなことで流されていたら女性陣に「これだから男は」と思われてしまうぞ。あくまで理性的に考えるんだ。
やがて俺はため息をついた。
まあ、なんだ。
よく考えたら無一文のホームレスの俺には、元々選択肢がなかったわ。
「しょうがねえなあ。手伝ってやるよ」
「ほ、本当?」
「ああ。その代わり衣食住保証の件、ちゃんと守ってくれよ」
俺がそう言うとテッサは、涙を拭って微笑んだ。
「ありがとう、タツル。あなたをクランに入れてよかったわ」
その表情がまた可愛いので、俺は惑わされないように目を逸らす。
可愛いは正義と言うが、正義が暴走することもままあるのだ。
しかし、あれだな。
結果的に魔王討伐なんていう無茶な依頼をしなくてよくなったのだから、エリュシオンを壊してくれたローンアニムズの二人組には感謝しなくちゃいけないな。
俺は心の中で彼らに対し健闘を称えた。
ありがとう! そして、ありがとう!
「あー、ところでこれからどうするんだ?」俺はテッサをチラッと見て言った。「正直この一週間の疲れがあるから俺はもう休みたいんだけど……」
「そうね。私もなんだか疲れちゃったし」そう言うとテッサは歩き始めた。「私たちの宇宙船に行きましょう。タツルもそこに泊まったらいいわ」
その頃には日が暮れ始めていた。
俺は言われるがままにテッサのあとに続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます