俺たちの帰る場所
「宇宙船って俺も泊まって平気なのか?」道を歩きながら俺はテッサに訊ねる。
「大丈夫よ。カラマリ号は長距離飛行が可能な船で、生活ができるスペースと設備があるの。贅沢を言わなければ4人くらい普通に暮らせるわよ」
「へぇー、そうなのか。じゃあ遠慮なくカラマリ号にお邪魔させてもらうよ」
「お邪魔なんて言わないで。私たちはもう仲間なんだから。カラマリ号はタツルにとっても帰る場所なのよ」
「それは嬉しいな」
実際この時、俺はちょっと温かい気持ちになっていた。
一週間のホームレス生活で俺は実感した。
帰る場所がある。こんなに嬉しいことはない。
これからは温かくて柔らかいベッドの上で、安心して眠れるんだ。
よかった。
本当によかった。
「って、まさか宇宙船もおもちゃでしたっていうオチはないだろうな?」
「まさか。私はその船を運転してこの星まで来たのよ? カラマリ号の性能は保証するわ」
「それを聞いてホッとしたよ。しかし寝泊まりもできる宇宙船っていいな。スペースランナーにとっては心強い味方ってところか」
ファンタジー世界の冒険者だったら草原で野宿とかあったんだろうな。だけどこの世界ならどんな辺境に行っても宇宙船で寝泊まりできる。現代っ子の俺にはこの上なく嬉しい点だ。
「そうね。確かにカラマリ号があるのは心強い」そう言うテッサは何かに気がついたように続けた。「カラマリ号があればどこへだって行ける。この広大な銀河で私は自由なんだ。それにこの船があれば、いろんな星のいろんな依頼が受けられる。中にはいい条件の依頼もあるかもしれないわね」
テッサは元気を取り戻そうとしているように見えた。
俺はそれに応えるように言ってやる。
「そうだよ。カラマリ号とテッサの力があればなんとかなる! そう深刻にならずに行こうぜ」
「うん……」するとテッサは弱々しい姿を見せていたことを恥ずかしく思ったのか、決まりが悪そうに大きな声で言った。「って、なんで一文無しの元ホームレスに私が励まされているのよ! クランのリーダーは私なんだからね! 明日からバシバシ依頼をこなしていくから、タツルもしっかり働きなさいよ!」
「分かっていますよリーダー。お任せください。荷物持ちでも太鼓持ちでも、何でもします!」
「何言ってんだか……」
テッサはジト目で俺のことをしばらく見つめたが、やがて呆れながらも微笑んだ。
そんな話をしているうちに、俺たちは街の外にある宇宙船を泊めておくための広場に辿り着いていた。
いくつかの宇宙船が並ぶ中、見覚えのある船がひとつある。
テッサがそれを指差して言った。
「ほら、あれが私たちの宇宙船、カラマリ号よ」
「おお、あれが!」
テッサがホログラムで見せてくれた宇宙船、その実物がそこにあった。目の前で見るとやはり迫力が違う。流線型の美しいボディは銀色で、艶かしいとすら思った。
これが俺たちの宇宙船、カラマリ号。
こんな船で冒険ができると思うと、俺の気持ちはたかぶった。
確かにこの世界は思っていたものとは全然違った。
だけど、この世界にはこの世界の夢がある。
だったらそれを楽しまなくっちゃ、損だよな!
カラマリ号を前にしてそんな決意をした、その時だった。
俺たちは不審な宇宙船の存在に気がついた。
「なあ、あの船、こっちに近づいてないか?」
「そうね、何かしら」
その会話の通り、カラマリ号の2倍ほどある宇宙船が俺たちのほうに近づいていた。最初はどこかに着陸するつもりなのかと思って気にしていなかったが、どうも様子がおかしい。まるでカラマリ号を目指して飛んでいるかのようだ。
と言うか、その通りだった。
不審な船はカラマリ号の数メートル真上に制止した。
「なんだあれ? あれは何をしているんだ?」
わけも分からず訊ねると、テッサが突然「あー!」と叫んだ。
「あの船のロゴは……、ローンアニムズよ!」
「ローンアニムズ!?」
真上に制止したローンアニムズの船は船底からアームを伸ばし、カラマリ号をしっかりとキャッチした。それから船は上昇を開始し、カラマリ号を空へと持ち上げていく。その様子はまるで、クレーンゲームという感じだった。
「あーあー……。テッサ! テッサ・アルベルティ! 聞こえるか! こちらはローンアニムズだ!」ゆっくりと上昇していくローンアニムズの船から、大音量の声が響いた。「さっきはよくもやってくれたな! そのお礼としてお前の宇宙船は我々がいただいていく! 言っておくがこれは窃盗ではない! 借金返済の滞納に対する差し押さえだ! いいか! この宇宙船を返して欲しければ二週間以内に所定の金を支払え! それがかなえられない場合はこの船を売り飛ばす! 二週間だぞ! 分かったな! それでは俺たちは失礼する。と、その前にひと言……。『お金に困ったらローンアニムズ。あなたの懐に愛を届けます』……以上だ!」
そこまで言うとローンアニムズの船は速度を上げて一気に上昇し、茜色の空の彼方へと飛び去ってしまった。
辺りに静寂が戻った。
かつてカラマリ号があったその場所には、寂しげな空間が広がっていた。
「おい、テッサ」
「何よ」
「俺たちの帰る場所は?」
「……」
テッサは満面の笑みで俺を見た。
ただし目の焦点は合っておらず、その顔色は生きているのか疑いたくなるほど青ざめていた。
その表情を見た俺は、これ以上追究してはいけないと瞬時に悟る。
「と、とりあえず宿でも探そうか……?」
俺が恐る恐る聞くと、テッサは元気よく返事をした。
「うん! そうしましょう! 毎日宇宙船だと飽きるもの、そろそろ別のところに泊まりたいと思っていたの! 宿選びなら任せてちょうだい! いいところを知っているわ! 今晩はそこに泊まりましょう! さあ、こっちよー! 迷わないように、しっかり付いて来てねー!」
ヤバイ。入社一日目にしてリーダーが壊れたかもしれない。
魔王討伐のために10億エンスもの借金をして、聖剣エリュシオンと宇宙船カラマリ号を買ったテッサ。
それらを一日で失ってしまったテッサの心には、計り知れない闇が広がっていた。
狂気の笑みを浮かべ、テッサは道を歩いていく。
そんな彼女に付いていく者は、俺くらいしかいないだろう。
「はあ……」
前途多難な異世界生活に、俺は何度目かも分からないため息をついたのだった。
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