第2話
入ってしまった。あいつの言っていた「そこのカフェ」に。そう、ここは「そこのカフェ」という名前のカフェなのだ。なんてややこしい。
五分前、なんとなーくこのカフェを見た柚葉の目に入ったのは、紅茶シフォンの文字。気が付けば席に座っていた。
そう、だから、わたしはあいつに会いたくてここに来たわけではない!決して!!
心の中で声を大にして言いながら、柚葉は周りを見渡した。この前のナンパ野郎らしき人はどこにもいない。今日だと思っていたクリスマスが、本当は明日だったときのような気持ちには気が付かなかったことにしてスマホに意識を向けた。
しばらくしてやってきた紅茶シフォンは予想通りの味だった。でも、それがいい。
ここ、雰囲気いいし、また来ようかなー。
何とはなしに入り口を見て、柚葉は固まった。あいつだ。ナンパ野郎だ。本当に来るんだ、と頭の端の方でぼんやりと思いながら、そのまま動けないでいると、あちらも気付いたらしい。満面の笑みで近寄って来る。
「ここ座っていい?」
あまりにも毒気のない笑顔で聞いてくるもんだから、ついうなずいてしまった。
「ここの紅茶シフォンおいしいでしょー?」
てっきり「俺に会いに来てくれたの?」とか「来てくれたんだ」とか言われるんだと思ってた。
予想外の言葉に、なんだか警戒心が解けてしまった。
「うん、他におすすめはある?」
柚葉の言葉に、ナンパ野郎はいそいそとメニューを広げた。ここのパンケーキはふわふわというよりはとろとろだとか、紅茶が好きならこれを飲んでみてほしいだとか。
「辛い物は好き?」
「嫌いじゃない。でも、辛すぎるのは食べられないかな。」
聞き返そうとして、この人の名前を知らなかったことを思い出した。
「そういえば、まだ名前聞いてないんだけど。」
「あっ、そうか。俺の名前は、高田尚央です。お姉さんの名前も教えてください。」
一時間弱話した頃、尚央の落ち着きがなくなってきた。
トイレに行きたいのかしら?恥ずかしくて言い出せないとか?え、何それ乙女か。あ、もしかして帰らなきゃいけない時間になったとか?
「時間大丈夫?」
「うん?時間?あっ、全然大丈夫!夜中まで大丈夫!!」
それはわたしが嫌だけど、とは言わない。
「じゃあ、トイレ?さっきからソワソワしてる。」
「あー、えっと、あの、れ、連絡先交換してください!!」
意を決したように言う尚央。柚葉は目を、少し見開きぱちりとしてから言った。
「もちろん。」
笑い交じりの返事だったが、尚央は安心したようにへにゃりと笑った。その顔に、柚葉はキュンとした気がした。
街中で「へい!彼女!」なんて大声で言えるくせに、何で緊張してるのよ。連絡先の一つや二つ軽―く聞けばいいのに。そうすれば、おちゃらけたナンパ野郎のままだったのに。
柚葉の中で尚央は、水たまりに足を突っ込んでいても素通りできる相手ではなくなっていた。
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