第三十五・五話 ポレットは娯楽小説が好き
この話は第二章〜第三章をギルド職員の視点から見た話です。
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ポレットは、もともと
そもそも、レオノブルではマップがほとんど更新されない。時折
なので、
つまりレオノブルでの
ポレットは、事務の傍に在庫の管理を行っていた。そのついでに
だから、
そんなことはもちろんなかった。
メテオールはできたばかりのダンジョンで、そもそも
そして、
そうやってようやく出来上がった
おかげで、そのマップについてはまた聞き取りをやり直して、ほとんど全面的に内容を書き換えることになってしまった。
その次には
大胆な
どうやらこのダンジョンはレオノブルやペティラパンとは違う。
それまでもうっすらとは思っていたけれど、その頃にはそれは確信に変わっていた。探索の
それがアタリなのかハズレなのか、
リベッテーヴから来た冒険者パーティが、自ら情報を売り込みにきた時には、ポレットは本当に涙が出るかと思った。まとめられた情報は、そのままでも
さらには、メテオールの冒険者たちに
メテオールで
ただ、ポレット一人でその情報を受け取って精査して場合によっては聞き取りまでしてまとめるには、どう考えても時間が足りない。忙しさは、以前とあまり変わっていなかった。
そんな具合で
「一人じゃ無理です! 人を増やしてください!」
ロイクも別に状況を放置している訳ではなかった。人の良さそうな顔に疲れを滲ませて、ポレットに求人の状況を説明する。
「そうですね、変化の激しいダンジョンであるというのがわかったので、人員を手配してはいるのですが……レオノブルやペティラパンでは見付からず、リベッテーヴまで探しに行ってもらってます、リベッテーヴのダンジョンも変化が激しいところですので、きっと即戦力が見つかるかと、なのでそれまでどうか耐えてもらえたら、あ、それまでは
ポレットは握り締めていたパンを一口噛みちぎって飲み込んだ。
そういう経緯で、エメという名の
レオノブルにいた頃、ポレットの趣味は娯楽小説を読むことだった。特に
一般的にはダンジョン探索を舞台にした冒険物語が人気だというけれど、ポレットにとってダンジョン探索の話は休みの日にまで読むものではなかった。
その点、ラブロマンスは良い。
メテオールには、本屋がない。レオノブルかペティラパンから取り寄せるには、時間とお金がかかり過ぎる。だからポレットは、最近新作の娯楽小説を読んでいない。
本だけではない。メテオールには全般的に娯楽が少ない。食堂だって日々の飢えを満たすことがまず先決で、お菓子は食堂のメニューの隅っこに少しあるだけだ。
急いでダンジョン街に必須の施設だけを拵えたので、ある意味仕方がないのだろうけれど、不健全だとポレットは思う。
その不健全さの極みが、最近流行りの噂話だ。
エメはよく働く良い子だ。元冒険者だからだろうか、モンスターやドロップアイテムのことをよく知っている。ダンジョンの構造についての勘も良いので、話が早い。
何かの時に照れたように「ダンジョンが好きなんです」と言っていたけど、本当にそうなのだろう。冒険者からの聞き取りも熱心だ。
エメが手伝いに入ってくれると仕事が捗るので、ポレットとしても非常に助かっている。そんな
その彼女が冒険者をやめた理由は、噂によれば、彼女が「規格外」と呼ばれていたからだ。「規格外」はレオノブルやペティラパンでは有名だった。とんでもなく高い
冒険者は諦めて、でもダンジョンが好きだからダンジョンの近くで働きたくてメテオールで
その彼女が、ここしばらく食費を切り詰めて睡眠も削っていた。何をしているのか、誰も知らなかった。休日に出かけている様子もなく、冒険者ギルド以外で人と会っている様子もない。
最初はみんな心配しているだけだった。そのうちに、その心配がエメの事情を詮索するようになっていった。「規格外のせいで借金がある」なんて、いかにもありそうな話だけど、所詮誰かが勝手に言い出しただけの話でしかない。
とはいえ、あまりに具合が悪そうなのも事実で、毎日顔を合わせる以上心配になるのも事実だ。せめて何か言ってくれたら助けになれるのにとポレットだって思ってしまうし、その感情がどこかでエメの事情を推し量る方に向かってしまうというのも、気持ちはわかる。わかってしまう。
そんなみんなの心配の中、エメは
そして、何がどうなったのかわからないけれど、突然現れた男性と食堂でご飯を食べて、そのまま宿屋に部屋をとって二人で一晩過ごしたのだという。
たった一日で、エメは顔色が少し良くなって、食事も取るようになってしまった。あまりの急展開に、ポレットはついていけなかった。
相手の男性は目付きが悪く、まるで睨み付けるように周囲を見ていた。
そう証言した宿屋の職員が「あれが借金の相手じゃないか」と言い出した。別の職員は「お金貸してる相手にご飯食べさせないでしょ。きっとエメさんの状況を知って助けにきたんだよ、メテオールまで」と言う。
そこからは、噂はもうエメ自身から掛け離れたものになっていた。突然現れていなくなったあの男が某国の王子とか、もはやそれはあり得ないだろうとはみんなが思っていた。でも、噂話は突飛であればあるほど、罪悪感が薄まる。みんながそれは虚構だと思いながら楽しんでいた。
何があったのか気になることは、ポレットも否定しない。でも、娯楽はあくまで娯楽。現実と関わりないから楽しいのだ。
「ロイクさん、本屋です! この街には娯楽が足りません! 本屋が必要だと思うんです!」
ポレットの唐突な提案に、ロイクは羽ペンを置いて書きかけの書類を脇に退けると、いたわしげな視線をポレットに向けた。
「ポレットさん、
「あ、いえ、そっちも早急になんとかしてもらいたいと思ってはいますけど、そうじゃなくてですね。娯楽が足りないと思うんですよ、街に。で、手っ取り早く本屋でもあればと思ったんです。こんな状況じゃ噂話をするくらしかないってなっちゃうのも、仕方ないですよ。だから、本屋を誘致してください! ロイクさんの権限で!」
「いや、いきなり無茶を言い出さないでください、僕にそこまでの権限はないですし、全然手っ取り早くもないですし、本屋となると冒険者ギルドの直営にはないですし、加盟店にもあったかどうか、まあ、ポレットさんの言いたいことはわかりました、そうですね、メテオールも大きくなってきてますし、人が増えたということは娯楽も必要ということでしょう、そういう方面でも動いてみます、動きますけど、お約束はできませんからね、これに関しては冒険者ギルドだけでは限界がありますから」
言うだけ言って、ポレットはすっきりした。ロイクのことだ、時間はかかるかもしれないけど、あとは悪いようにはしないだろう。
すっきりした頭で、改めて噂になったエメについて思い返して、そしてポレットは閃いた。本屋もリベッテーヴの職員もいつ来るかわからない。でも、エメはそこにいるのだ。
ポレットは、目の前の机に両手をついて、ロイクに向かって身を乗り出した。
「エメさんをわたしの助手にできませんかね?」
また唐突な提案をされたロイクは、ポレットを見返して「ああ」と間抜けな声を出した。それから少し何か考えるように机の上を見詰める。ポレットは身を乗り出したまま、ロイクを見ている。
やがて、ロイクはポレットを見上げて、愛嬌のある笑顔を見せた。
「つまりはエメさんを
「エメさんが専属で入ってくれるなら、増員が遅れても耐えられると思うんですよ! そうなったらすごく助かるなー! よろしくお願いしますね! あと、本屋も!」
すっきりを通り越して晴れやかな表情で、ポレットは仕事に戻った。
エメの元パーティメンバーだという冒険者の男性がエメを探してメテオールを訪れたのは、その翌日だった。
エメはその冒険者の男性から、熱心に「またパーティを組もう」と誘われたのだという。エメが断っても勧誘は熱心で、そこにまたあの目付きの悪い男が現れて、元パーティメンバーの冒険者を追い返したらしい。
ポレットは職員が交わす噂話を聞いて、溜息をついた。本当に、エメの周りは、次から次へと話題が事欠かない。
エメは小麦色の髪の毛の、一見地味な娘だ。そういうところまで、まるで娯楽小説のヒロインみたいじゃないか。
ああ、それで、あの目付きの悪い男は、きっと暗い過去を持っていて人間不信なのだ。その目付きの悪さもあって、周りからは誤解されて生きてきた。
一見地味なヒロインだけど、彼女だけが目付きの悪い男の本当の優しさに気付くのだ。ヒロインの健気さと純情が凍っていた男の心を溶かして、男の方は一見地味なヒロインのその隠れた美しさに気づく。ヒロインは色々と悲惨な目にあうけれど、挫けず立ち向かって、いつもあの男がさりげなく助けてくれる。そうして二人はお互いへの仄かな想いを育ててゆく。
そこからもきっとなんやかんやあって、男が実はどこかの国の王子だかなんだかと判明する。そこからも色々あるけど、最後に二人は、愛という名の絆で結ばれるのだ。
「だから、そういうのは、娯楽小説の中だけで良いんだってば」
いかんいかんとポレットは自分に突っ込む。しばらく新作を読んでいないものだから、思わず頭の中で新作ストーリーのあらすじを
とりあえず、ポレットは今、新作の娯楽小説が読みたい。
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