第三十三・五話 アダンは冒険者タグを手に入れた
三十三話でペティラパンに冒険者登録に行ったアダンが何をしていたかの話です。
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メテオールから一番近いシロシュレクまで二日。シロシュレクで一泊して翌日にペティラパン行きの馬車に乗り換えて、夕方にペティラパンへ到着。
そのまま冒険者ギルドに向かったが、受付時間外だと言われてしまった。
仕方なしに宿をとって翌朝、改めて冒険者ギルドに行って登録したいと伝えたら長い説明が始まって、アダンは思わず舌打ちをする。そのガラの悪さに受付の女性が眉をひそめる。
「予約しますか? 今なら午後の
受付嬢は、眉をひそめながらもソツのない対応をする。その内容も、アダンには気に入らなかった。何をするにもとにかく時間がかかる。
アダンからすると、たかが冒険者タグ一個を発行するのに何日かけてるんだと思ってしまう。とはいえ、これが
アダンは溜息をついて、予約することにした。冒険者タグを入手しにきたのだ、やらないという選択肢はなかった。
「では、予約を入れておきますね。登録料は79銅貨です。午後の受付時にお持ちください」
79銅貨というのは、まあまあな金額だ。
グリモワールから
仕方ない、とアダンは考える。事前にエメから80銅貨くらいと聞いておいて良かった。でなければ「高い」と文句の一つも言っていたかもしれない。
予約票を受け取って、アダンは冒険者ギルドを出る。
手持ちのお金をなんとかしたいが、アダンはダンジョン探索以外に増やす方法を知らない。そしてまだダンジョン探索はできない。
であれば、節約するしかない。とはいえ、今の状態で削れるとしたら宿代か食費くらいだ。
宿代をこれ以上安くしようとすると相部屋になってしまう。アダンは他人と同じ部屋で寝泊まりすることに耐えられないので、一人部屋は譲れない。
「となると、あとは食費か」
エメには食費を削るなと説教したけれど、アダンは自分がそれを選択することにためらいはなかった。
食わないわけじゃない、減らすだけだ。ろくに食えなかった頃に比べたら、どうってことない。なんなら普段が食べ過ぎなくらいだ。
「とはいえ、エメには言えないな」
アダンは小さく呟いて、苦笑する。そして、エメはきちんと食べているだろうかと考えた。
メテオールも呑気なところだと思っていたけれど、ペティラパンも変わらなかった。人が多いというのに、とにかく
アダンは信じられない気持ちでペティラパンを見て回った。今は適当な食堂に入って、窓際の席でパンを食べながら往来を眺めていた。何かあった時にすぐに窓から逃げ出せるから、窓際の席は好きだ。
そうやって窓の外を眺めているすぐそこで、肩をぶつけあった冒険者どうしが顔を見合わせて「ごめんなさい」「すみません」と軽く謝りあって、それで終わってしまった。
これが百五十年前なら、ぶつかっただけじゃ済まない。そもそも人混みで「ぶつかった」なんて、難癖をつけるための言いがかりのようなものだ。実際にぶつかったかどうかなんてどうでもよくて、弱そうな相手から何かを巻き上げるための前口上なのだから。
それを警戒せずに往来を歩くこと自体がアダンには考えられない。
誰かが落とした何かを拾い上げて追いかけて渡す光景も、アダンにはにわかに信じがたいものだった。
エメがあんなに警戒心がないまま冒険者になれたのだから、まあ、そうだよなとは思ったものの、穏やかな光景にアダンはまだ馴染めそうになかった。
それに……と、アダンは目を閉じて軽く頭を振った。目を開ければ、人混みの中にぼんやりと重なるように、
よく
どうしてアダンにそれが見えるのか、アダン自身にもわからない。そういうものなのだろうと思っているし、これが
食堂を出て、アダンはまた冒険者ギルドに向かう。予約票を見せて79銅貨を支払った。
最初に行われる
そのまま確認しますと引っ込まれて、しばらく待った後に事情を説明された。
「
本人ですとも言えずに、アダンは大人しく放置されていた。これに関しては全面的にアダンのせいなので、少し申し訳なく思う心をアダンも持っていた。絶対に口にも態度にも出せないが。
そのあとは何も問題なく……とまではいかなかったけれども、全部で三日かけてようやく、アダンは冒険者タグを手に入れた。
冒険者講習は、退屈な部分もあったけれど、興味深いところもあった。まったくの無駄だったとは思っていない。ただ、時間がかかって面倒くさいと思うことは止められなかった。
魔法とスキルが同じものだという話は興味深かった。アダンが魔法を使えるようになった頃は、全くの別物とされていた。それらを分類する根拠がなくなるなら、魔法を応用したスキルやスキルを応用した魔法なんかも考えられるかもしれない。
講習の中で配られたスキルや魔法は、アダンはすでに知っているものばかりだった。覚えることができる魔法のリストを見るといくつか見覚えのない名前があったので、それに変更してもらった。百五十年の間に生まれた応用魔法もあったし、ただ名前が変わっただけのものもあって、好奇心が刺激されたので割と満足した。
登録時のレベルは18だった。アダンが登録した頃は、登録時にレベル1じゃないことは珍しくもなかったのだけれど、今は珍しいのだろうか。過去を詮索されそうになって、誤魔化すのが面倒だった。
初回のダンジョン探索から、アダンは
その予約も二日後で、アダンは「また待つのかよ」とうんざりした。
冒険者タグの発行がようやく終わって、アダンは疲労感と共に宿屋に戻る。タグを手に入れたという達成感よりも、疲労感の方が上回っていた。
百五十年後への好奇心はあるけれど、今は何も考えたくない。どのみち探索の予約は明後日で、明日はただの待ち時間だ。気になることは明日考えることにして、とにかく疲労の回復を優先したい。
アダンはぐったりとベッドに潜り込んで、目を閉じる。自分の手が無意識に寝具の中を探っていることに気付いて舌打ちをした。
アーさんだった時にはいつもエメと一緒にいたから、エメの体を抱えようとするのが癖になっていた。まるで自分がまだアーさんのままでいるようで、それはアダンを苛立たせるものだった。
だいたい、人と近い距離で過ごすのも、触れるのも、触れて相手の
だというのにと考えて、アダンはまた舌打ちをする。
アーさんだった頃、エメの周囲にはいつも、きらきらとした光の粒が舞っていた。それはエメ自身から立ち上る
それに、良いにおいがしていた。人間に戻った今、あのにおいを表現するのは難しい。モンスターが感じている「におい」と、人間の嗅覚は違うものなのではないかとアダンは考えている。強いて言うならアルコールの酩酊感に近いかもしれない。
とにかくエメを前にすると、その
アダンが人間に戻った今、
だというのに、エメの
「まるで依存だ」
アダンは寝具の中で、空っぽの両手を握り締めて、そして溜息をついた。
アダンは二日後にダンジョン探索をして、その足でまた冒険者ギルドに探索の予約をする。次の探索は三日後だった。
本当はすぐにでもメテオールに戻りたいが、馬車代を払う前にもう少し持ち金を増やしておきたかった。
待ち時間に冒険者向けの店先を見て回って、マジックアイテムの値段を頭に入れる。換金効率の良さそうなマップの目星を付ける。
そうして、最低限の装備で、たった一人、アダンはダンジョンの中に立つ。
ダンジョンは
アダンは、だからダンジョンが嫌いではない。
こういった一人の緊張感も気に入っている。ミスできない判断の連続で、失敗すればHPが削れて、うまくいけばマジックアイテムが手に入る。
「
至近距離で放たれた魔法によって、
ダンジョンの中では、HPが減ることですら、高揚感に繋がる。
ダンジョンのモンスターはモンスターそのものではなく、
虹色の光になって消えるのは、そのためだ。
アダンは戦闘後の呼吸を整える間、ぼんやりと
メテオールのダンジョンには、どんなマップがあるのだろうか。エメは新しいマップを
アダンは頭を軽く振って切れかけた集中力を取り戻すと、ドロップアイテムを拾い集めた。
戦闘の合間に通路の脇の小部屋で体を休めて、
アダンは、ダンジョンが嫌いではない。
いや、とアダンは自嘲する。きっと、自分はダンジョンが好きなのだ。
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