第三十話 エメはアーさんに心配されていた

 エメがちまちまと食べ続けていたサンドイッチをようやく食べ終え、水を汲んできてアダンと二人で向かい合って水を飲む。


「それで……アダンさんは、これからどうするんですか?」


 エメの言葉に、アダンは溜息をついて部屋の壁を見た。アダンの視線の先に、エメにはダンジョンの部屋のドアが見えている。今のアダンには、そのドアが見えていない。


「どうしたもんかな。アテがない……というか、まるっきり何にもないんだよな」

「冒険者ギルドで、仕事を紹介してもらいましょうか」

「仕事ねぇ……例えばどんな?」

「宿屋か、あとは仕入れ関係か……冒険者向けのお店はまだ増えると思うので、その関係もあるかもしれません」

「あ、そういうの駄目。普通に働くとか無理すぎるだろ」


 アダンはひらひらと手を振ってエメの申し出を却下する。エメは困ったように首を傾ける。


「前にダンジョンマスターしてた時は、なんの仕事をしてたんですか?」

「ダンジョンマスターしかしてなかったけど。だって、グリモワールがくれるだろ、報酬リワードを。その銅貨コインだけでも食うには困らないくらいにはなってたけどな、俺の時は。まあ、錬成するなら足りないし、贅沢したかったら別だろうけどさ」

「え……じゃあ、ダンジョンマスターになる前は?」

「ダンジョン探索してたよ、それなりに。冒険者登録もしてたし。基本は独りソロだったし……まあ、それなり程度。ああ、その時のマジックアイテム売ったりとかもしてたな、ダンジョンマスターになってから」

「冒険者だったんですね」

「ダンジョンマスターになるまでは、な」


 アダンはふと口を閉じて親指の腹で自分の唇を撫でる。そして、その姿勢のままエメを見た。


「ダンジョンマスターはダンジョン探索ができないんだよな」

「あ、はい。グリモワールさんにそう言われました」

「そっか、俺はもうダンジョンマスターじゃないから、ダンジョン探索できるんだな」


 アダンはその口元ににやりとした笑みを浮かべて「それも悪くないか」と呟いた。


「百五十年前の冒険者登録はさすがに無効だよな。そうなると冒険者登録して……なあ、冒険者ギルドで登録すれば冒険者カードもらえるのは変わってないよな?」


 アダンは脳内で今後の予定を組み立て始める。ぶつぶつとそれを呟きながら、不意にエメに質問を投げる。


「カード?」

「冒険者カード……じゃ、ないのか? 冒険者としての身分証というか」

「冒険者タグのことですか?」

「なるほどね。ちょっと待て、もしかしたらローブに入れっぱなしだったかも」


 アダンはローブの内ポケットを探って、冒険者カードを引っ張り出した。


「良かった、残ってた」


 苦笑しながらテーブルの上にそれを出す。アダンが冒険者カードと呼ぶそれは、エメの手のひらくらいの大きさがある。エメが知っている冒険者タグよりも随分と大きい。

 表面に、アダンという名前が刻まれている。職業ジョブ魔法使いソーサラー、レベルは72、他にも細かなステータスがいくつか表示されていた。


「72って! 完全にベテランじゃないですか……!」

「レベル上げるだけなら探索すりゃ上がるだろ」

「それでも72って!」

「それより、あんたが言う、その『冒険者タグ』ってのも見せてくれ」


 エメは自分の首から冒険者タグを外すと、アダンの冒険者カードの隣に並べて置いた。そうやって比べると、冒険者カードは冒険者タグをちょうど四つ並べたくらいの大きさだった。

 冒険者タグにはエメの名前とレベルが刻まれている。レベルは、エルヴェのパーティを出た時と同じ20のままだ。エメがタグに触れると、そこに埋め込まれた透明な石が、小さく光った。


「へえ、百五十年で小型化したのか。カード大きくて邪魔だったもんな。この大きさなら、確かに首にかけておける」


 アダンは興味深く冒険者タグの石が光っているのを眺めていたけれど、急に、タグに触れているエメの手をとって、両手で握った。


「アダンさん?」

「ん、ちょっとMPマナもらうな」

「え……?」


 エメが困惑していると、やがてアダンはエメの手を解放して、今度は自分の手で冒険者タグに触れる。エメのMPマナでないと反応しないはずの石が、アダンの指先に反応して小さな光を放つ。


「え、どういうこと……?」

「やっぱり、技術自体はそんなに変わってないな。元はダンジョンのMPマナ認証がベースだ。石がついてるのはわかりやすくて良いな、扱いやすい」


 小さな光は、すぐにすっと消えて、またただの透明な石に戻る。その後は、アダンが指先でつついてみても、なんの反応もしなくなった。

 エメはぽかんと冒険者タグを見ていたけれど、何が起こっているのか理解できないままにアダンを見上げた。


「今の、なんですか……? 冒険者タグは、本人しか使えないんですよね……?」

「んー、そうだな、説明しても良いけど」


 アダンはそこで勿体ぶって言葉をきった。見上げるエメの視線に、目を細めて笑みを返す。何か企んでいるような意地悪そうな笑顔だけれど、きっと目付きが悪いせいだろう。


「秘密にしてくれるか?」


 ひそめた声で囁くように言われて、エメは頷くしかできなかった。




 アダンはその方法を「成り済まし」と説明した。


「全く同じMPマナを持つ人はいない。それはわかるか?」

「はい、聞いたことがあります。だからMPマナで本人確認ができるって」

「まあ正確に言うなら、何百年単位で見たら誤認される程度には似ているMPマナを持った人は存在する可能性がある。けど、普通に過ごしていたらその可能性は無視しても差し支えない。ああ、悪い、これは脱線だ。これからする話にも関係ないから気にしなくて良い」

「ええっと……?」

「まあ、この辺りの話をすると長くなるから一回忘れてくれ。ともかく、エメのMPマナと俺のMPマナは違う。冒険者カード、今はタグか、それにはエメのMPマナが登録されていて、同じMPマナの持ち主でなければ起動しないようになっている。ここまではわかったか?」

「多分……はい」

「俺が、エメの冒険者タグを使う方法はいくつかある。例えば、一番単純で簡単なものはなんだと思う?」

「え……えっと……?」


 アダンはテーブルに置いてある冒険者タグを持ち上げて、エメの目の前でひっくり返したりしてみせた後、エメに差し出してくる。エメが手を出してそれを受け取ると、アダンは真面目な顔でエメの手の中を指差した。


「試しに、今MPマナを流して、起動してみせて」

「あ、はい」


 エメはアダンに言われるままに冒険者タグにMPマナを通し、冒険者タグの小さな石がそのMPマナを受けて光を放った。


「これが、一番簡単な方法。本人に使ってもらうんだ」

「え……?」


 エメは瞬きをして、自分の手の中の冒険者タグとアダンの顔を見比べた。しばらく何度か視線を往復させて、それからようやく言われた意味を理解して「あ」と小さく声を漏らす。


「一番簡単だよな、本人なんだから」

「それは、そうですけど……」


 エメは釈然としないまま、唇を尖らせて手の中の冒険者タグを見る。


「まあ、本人をうまくその気にできれば一番楽だけど、それはいつもできる訳じゃない。そうすると、本人に成り済ます必要が出てくる。だからここからは、どうやって成り済ますかって話だ。

 MPマナ認証には、認証する本人と冒険者タグ、それらの情報を取りまとめる情報管理データベースが必要になる。情報管理データベースは、冒険者ギルドが拠点になって、それぞれの冒険者ギルドをつなぐ形で構成されている」

情報管理データベース……?」

「冒険者ギルドで、MPマナ登録をするだろう。その時の登録情報を管理している。多分、ギルドにはそれを構成する魔法陣がどこかにあるはずだ。

 情報管理データベースにも冒険者タグにも、MPマナ情報そのものが保存されている訳じゃない。MPマナ情報そのものを保存している場合、その情報さえ手に入れれば成りすましできてしまうからな。情報管理データベースだけが、あるいは冒険者タグだけが判別できる方法で、それらは保存されている」

「ごめんなさい、もう、何もわからないです」


 エメは慌ててアダンの話を止めた。アダンは言葉を止めて、自分の説明を振り返る。そんなに難しいことを言っただろうかという顔で、アダンはエメを見た。エメが眉を寄せて泣きそうな顔でアダンを見上げているのを見て、アダンは説明を諦めた。


「それじゃあ、すごくざっくり言うけど。そうだな、ギルドにある情報管理データベースを直接改竄かいざんするか、情報管理データベースと冒険者タグのやり取りを乗っとるか、冒険者タグを偽造するか、冒険者タグに渡すMPマナで成り済ましするか、が大まかな分類だ。これならわかるか?」

「ええと、多分?」

情報管理データベース改竄かいざんは論外だ。難易度が高すぎる。情報管理データベースと冒険者タグのやり取りを乗っ取るのは、それよりは難易度は下がるしできない訳じゃないけど……なんて言うかな、それでもまだそれなりの難易度で、その割にリスクが大きすぎる。冒険者タグの偽造もだな、偽造した冒険者タグが証拠として残ってしまうから、バレた時にヤバい。それに、俺の技術では偽造できない。だから、俺がとった手段は、冒険者タグに渡すMPマナの成り済ましだ。要するに、エメのMPマナだと誤認識するように冒険者タグにMPマナを渡すわけだ」

「ええっと……冒険者タグに対してわたしの振りをしたってことですか?」

「まあ、そういう理解で良い。で、次はどうやってそれをやるかって話だけど、エメからMPマナを直接もらって、それをそのまま冒険者タグに流すだけで良いと言えば良い。ただ、普通はそうはできない」

「できないんですか?」


 アダンがその右手で急にエメの頬に触れるので、エメは体を強張らせて口を閉ざした。アダンの指先がエメの耳に触れて、アダンの手のひらが首筋を辿る。


MPマナは、こうやって受け渡しする時点で、もう別のものになるんだ普通は。MPマナの受け渡し自体は、日常でもごく少量が発生していると考えられている。ダンジョンマスターのスキンシップは、その方向を調節して量を増やしているだけだな。

 ただ、それで本人とは別の人間に移ったMPマナは、移った先の人間のMPマナに吸収されて変わってしまう。元の持ち主のMPマナのままにはならない。MPマナ認証技術もそれを前提に作られている。MPマナの受け渡しで別人のMPマナを持てるなんてことになれば、そもそもMPマナ認証で本人確認なんかあり得ない世界だっただろうな」


 アダンはエメの首筋から手を離す。そしてエメの手の中の冒険者タグをつつくと、その石がまた光った。


「受け渡しで手に入れたMPマナを元の持ち主のMPマナのまま自分の中に保持しておくか、あるいは、逆に自分のMPマナを受け渡しで手に入れたMPマナに吸収させるか、そのどちらかができれば良いってことになる」

「それはできるってことですか?」

「普通はできない」

「アダンさんは、できるんですよね……?」

「考えても見ろよ。他人から受け取ったMPマナが自分の中で自分のMPマナに変わるんだ。だったら、俺のMPマナも他人に渡せば他人のMPマナになるってことだろ? あとは、それがどこで起こるかって話になる」


 アダンはエメの言葉には直接は応えなかった。それでも、その饒舌な説明の言葉が、その遠回しな返答だった。

 エメはアダンの言葉を頭の中で反芻して考える。エメは半分も理解できた気がしないけど、それでもアダンの言葉を聞いていると、MPマナ認証というものが随分危ういもののように思えてくる。


「でも、それができるってことは、結局MPマナ認証が役に立たないってことになりませんか?」

「だから普通はできないんだよ。ちょっと試したくらいじゃMPマナ成り済ましなんて無理だ。こういったMPマナ操作は、そんな簡単に身に付くもんじゃない」


 アダンは笑って「簡単に真似できないから話してるんだ」と言った。


「まあでも、こんな話をどこかでされても面倒なことになるからな。黙っててくれよ」


 こんな怖い話をどこでできるというのか。エメはやっぱり黙って頷くことしかできなかった。




 何がきっかけだったか、アダンがグリモワールと口にしたからだったかもしれない。あるいは、いっぱいいっぱいになっていた脳みそに、ようやく少し余裕が出てきたからかもしれない。いろいろなことがあった衝撃インパクトで吹き飛んでいた日課を、エメは突然に思い出し、慌ててテーブルに両手をついて立ち上がった。


「あ、今日の報酬リワードもらってない! 昨日の夜も確認しないで寝ちゃったから魔水晶溢れてるかも!」


 ベッドサイドで閉じられているグリモワールに駆け寄って表紙を開いてみたけれど、いつもだったら中表紙に表示されているエメのステータスが見えなかった。さらに頁をめくっても、何も書かれておらず、真っ白な頁が続く。エメは慌てて指先で頁に触れるけれども、いつもの虹色の光は出てこない。


「え、何これ、どうしちゃったの……?」


 エメは表紙を閉じて開き直したり、頁に手のひらをつけたりするけど、グリモワールはなんの反応も示さなかった。


「あ、悪い。さっき強制停止シャットダウンしてたんだった」


 椅子に座ったままのアダンが振り返って、エメに右手を差し出す。


強制停止シャットダウン……?」

「まあ、近くにグリモワールがあると落ち着いて話せないだろ。ちょっと、しばらく活動を止め寝ててもらってただけだって。すぐ起動スタートさせるから」


 エメは手元のグリモワールに目を落として、それからまたアダンを見る。アダンはエメに右手を差し出したまま、自信たっぷりな表情をみせている。アダンになんとかしてもらうしかなさそうだと判断して、エメはアダンにグリモワールを渡した。

 アダンはグリモワールを受け取るとそれをテーブルに置いて、次にはエメの手を掴んで引き寄せた。


MPマナももらうな。しばらくそのままで」


 アダンは左手をエメの首筋に置くと、右手でグリモワールの表紙に触れた。


起動スタート


 その声と共に、グリモワールがぼんやりとした光をまとう。呼吸するように強くなったり弱くなったりする光は、やがて一層強くなって、それからすっと掻き消えた。そこでようやく、アダンは表紙から手をどける。

 表紙が勝手に持ち上がり、目次メニューの頁を開いた。

 エメがほっと息を吐いて手を伸ばすのをアダンは左手で押し留めた。


「もう少しこのまま」


 アダンはまた左手をエメの首筋に戻して、右手で頁に触れる。


「設定。錬成限度額リミット設定。5銅貨。承諾。解除制限ロック解除鍵パスワードは……。承諾」

「え……?」


 エメがぼんやりと眺めている間に、アダンは手際良く何事かを終えて、グリモワールを閉じてエメに差し出してきた。


「ほら、もう良いぞ」

「え、今何をしたんですか?」

「んー、ちょっとな。魔虹石錬成の限度額リミットを設定した。今後、魔虹石に使えるのは一ヶ月に5銅貨までだ。よく考えて使えよ」

「え……5銅貨……?」


 アダンの言葉に、エメは顔色を青くしてアダンに詰め寄る。目を見開いてグリモワールを差し出す腕を掴んだ。


「5銅貨って……魔虹石がたった六個ですよ!? 召喚ガチャ一回分しかないじゃないですか!?」

「貴重な魔虹石が六個? 召喚ガチャ一回分? ふざけるな、この設定で運営できないならダンジョンマスターなんざ辞めちまえよ」

「酷い! だって! 召喚ガチャをやって、新しい素材オブジェクトがないと、目新しい設計デザインができないじゃないですか!」

「そういうことはな、まだ使ってない素材オブジェクト、試してない組み合わせ、覚醒後まで含めて全部試してから言え。手持ちの素材オブジェクト全部使ってみせろ」


 アダンはグリモワールをエメの胸に押し付ける。エメはそれを両手で抱えて受け止めると、唇を噛んで座ったままのアダンを見下ろした。アダンは顎を持ち上げて、エメに顔を寄せる。まるで睨み付けるような視線だった。


「これだけの素材オブジェクトがあれば、俺なら一年だって二年だって余裕で回せる」

「そんなの……わたしだって、頑張ってます!」

「じゃあなんでそれでもまだ召喚ガチャなんだよ。ぐだぐだ言い訳するな、召喚ガチャがしたいだけだろ」

「そんな……つもりじゃ……」


 エメはグリモワールを抱えて、泣きそうな顔で俯いた。アダンは小さく舌打ちすると後頭部を掻きむしって、それから大きな溜息をついた。


「ああ、悪い。煽りすぎた。でもな、あんたはしばらく魔虹石錬成からも召喚ガチャからも離れた方が良いって、俺は本気で思ってる。貴重な魔虹石をなんて言う、そんな精神状態が普通なはずがない。まずはきちんと食べて、それからしっかり寝るんだ」

「だけど……新しいことやらないと、冒険者がこないじゃないですか」

「今ある手持ちの素材オブジェクトで何ができるか考えてみろ」

「今だって、頑張って考えてます……」

「知ってるよ、隣で見てたから。でも頑張ってるは言い訳にならない。魔虹石と召喚ガチャに依存しすぎだ。改めて手持ちの素材オブジェクトを確認してみろ、その中でも新しいことはできるはずだ」


 エメはグリモワールを胸に抱えたまま、少しだけ顔を上げてアダンを見た。アダンはためらうように視線を揺らしてから、グリモワールに手を添えると、少しだけ唇を尖らせてエメをちらっと見た。


「あのな……おれ、あ、お、アーさんは、エメのことを随分と心配してたんだぞ。飯もロクに食ってない、寝てもない。アーさんが寝ようって言っても寝なくなっちまって。エメはアーさんにいつも優しくて、いつも隣で手を繋いでくれて、MPマナもくれて……良いにおいもして、アーさんは」


 言いながら、アダンの顔が俯いてゆく。そして、不自然に言葉が途切れた時には、アダンは完全に顔を伏せてしまっていた。アダンの耳が赤くなっているのだけが、エメから見えた。

 アダンの手が、グリモワールを軽く叩く。グリモワール越しに、エメはその小さな衝撃を胸で受け止めた。


「とにかく、倒れるようなこと、もうするなよ」


 エメはきょとんと瞬きして、しばらくアダンの赤い耳を見ていたけれど、突然に大声を上げる。


「アーさん……え、アーさんて……アダンさんがアーさん!?」

「前にそう言っただろ! アレも俺だよ! いろいろ制限ロックかかってて自分でもどうにもできなかったんだよ! 記憶も全部あるっての!」

「え、だって……だって……それじゃ、あれ全部アダンさん!?」


 驚いてぽかんとしているエメに、アダンは髪を掻きむしって舌打ちした。

 アダンがアーさんだった間、記憶と思考に制限ロックがかかっていた。時折アダンとしての記憶と思考を取り戻すこともあったけれど、ほとんどの時間は自分の自由になっていなかった。感情も、モンスターとしてのものに随分と引き摺られていたように思う。エメやエメのMPマナに関わるあれこれは、特にその傾向が強いと、今になればそう考えることもできる。

 それでも、アーさんだった頃の記憶や感情はアダンの中に全部残っていたし、それに振り回されているような気もしていた。いっそ、完全に別人であれば楽だったのに、アダンはアダンのままアーさんであったことを受け入れるしかなかった。


 エメは、あの子犬のようだったアーさんと今目の前にいるアダンが繋がらなくて、しばらくの間ぼんやりとアダンを眺めていた。

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