第二十六話 エメはダンジョンの方向性を決めた

 その休みの日から五日後、少し離れたリベッテーヴというダンジョン街から、メテオールにやってきた冒険者たちがいた。


 リベッテーヴはペティラパンよりさらに馬車で二週間ほど行ったところにあるダンジョン街で、上級者向けのマップがダンジョンのメインだ。すでにあるマップも構造がころころと変わったり、マップが入れ替わったりと変化が激しいので、未知のダンジョンを探索するのが好きな新し物好きの冒険者が集まる街になっている。

 そんな冒険者の中で「新しいダンジョン」という言葉に惹かれてメテオールにやってきたのが二つのパーティ。片方はナゼールという回復術師ヒーラーの男性がリーダーのパーティ。もう片方はジョゼという戦士ファイターの女性がリーダーのパーティだ。

 どちらもレベルが60前後という、メテオールのマップに対しては高めのレベルだ。エメは冒険者ギルドでタグの登録をしながら、自分が作ったダンジョンで満足してもらえるか不安になってきていた。


「ここのダンジョン、順番待ちないって本当ですか?」


 エメがギルドの記録と照合を済ませたタグを返却すると、それを受け取ったジョゼが世間話のようにエメに話しかけてきた。穏やかな雰囲気のお姉さんといった印象の人だった。


「え、あ、はい。順番待ちはありません、まだダンジョンの限界リミットは見付かっていないので。もしこの先限界リミットが見付かったら、ほかの街みたいに順番登録が必要になります」


 エメは決められた言葉を返しながら、頭の中で一日に減るMPマナ量を思い出す。メテオールにいる冒険者パーティは結構増えてきたけれど、どのパーティも二日とか三日に一回探索するくらいで、エメのMPマナ量にはまだかなり余裕があった。ダンジョンレベルが上がることで、エメのMPマナ量も増えている。


「じゃあ、連続で探索もできちゃうってこと?」


 同じパーティの女性が横から話しかけてくる。ジョゼのパーティは他のメンバーも全員女性だった。男女混合のパーティ特有の問題トラブルを避けるために、性別を限定してメンバーを集めるパーティはさほど珍しくはない。


「ダンジョンの限界リミットにならなければ、ですけど。あ、その場にいる職員の指示には従ってください」

「へえ」


 ジョゼたちはパーティの中で視線を交わし合うと、次は宿屋などの商業施設について聞いてくる。エメはこれも決まった言葉で案内をする。

 食事はフラヴィの家か宿屋の一階で。冒険者向けの店舗は冒険者ギルド加盟店が一件だけ。武器と防具関連の店はもうじき開店予定。他の店舗も開店準備を進めている。長期滞在するなら宿屋に泊まるよりも家を借りる方が安い。


「もし家を借りるようでしたら、ギルドで手続きを進めますけど」

「ああ、いや、今はまだ宿屋で大丈夫」

「ダンジョンが面白かったら、ここ拠点にしても良いよね。順番待ちないのは気に入ったな」

「マップ次第かな、それは」


 目の前で交わされる冒険者の会話を聞いて、エメは内心の焦りが顔に出ないように頑張って笑顔を作り続けた。

 リベッテーヴから来た冒険者パーティの期待に応えられるようなダンジョンにしなければと焦る。リベッテーヴのように、新しいマップを次々入れ替えることを考えるべきだろうか。

 エメは頭の中で次の設計デザインを考える。保存枠をもう一つ増やしたい。


「これが、昨日時点でのダンジョンのマップ情報ガイドブックです。どれも一部2銅貨です」

「ありがとう、じゃあ一部ずつください。マップってどのくらいの頻度で変わってますか?」

「細かな構造の変更は時々あるみたいですが、ギルドで全ては把握できていません。最後のマップは、この前突然増えました。今後もこういうことがあるかは、ギルドの方ではなんともです」


 変わります、すぐに変えます、と言いたいのを飲み込んで、エメは定型文テンプレで対応をする。


「まあ、そうだよね。まだできたばっかりだし、わからなくて当たり前か」

「だから来たんだしね、ここに」

「これ、ドロップにRRダブルレアのマジックバッグあるよ!」


 パーティ内で盛り上がり始めたところで、ギルドの受付の前だと思い出したらしい。周囲を見回してエメに軽く謝罪と感謝を述べて、それからギルドを出ていった。


 リベッテーヴから来た冒険者パーティによって、小竜ミニドラゴンのマップが活性化アクティベートされたのはその翌日だった。

 そしてその日の夕方には、どちらのパーティも小竜ミニドラゴンマップの情報を売るために、冒険者ギルドを訪れた。

 マップの構造、モンスターは小竜ミニドラゴンとしか遭遇エンカウントしなかったこと。小竜ミニドラゴンが使う魔法やスキル、攻撃パターン。ドロップアイテムの種類と量。ジョゼのパーティは、以前にも別のダンジョンで小竜ミニドラゴンと戦ったことがあったらしく、その時との比較まで行われていた。

 どちらのパーティも、たった一回の戦闘でよくここまでまとめたという内容で、冒険者ギルドはその情報を買い取った。

 ギルドはこうやって買い取った情報でマップ情報ガイドブックを更新している。レオノブルやペティラパンではマップが変わることがほとんどないので、こうやって冒険者がダンジョンの情報を売ることに、エメは馴染みがなかった。

 メテオールにいる冒険者のほとんどはレオノブルやペティラパンから来た初心者なので、その辺りの感覚はエメとさほど変わらない。マップ情報ガイドブック作成のために、冒険者ギルドの方から声をかけて情報を買い取っていたくらいだった。

 リベッテーヴから来た冒険者パーティの情報は、非常に精度が高く、わかりやすく、扱いやすく、マップ情報ガイドブック担当職員のポレットがとてもとても感激していた。他のマップのレポートも是非とすがって、苦笑いと共に「気が向いたら」と返される。もちろん、担当者も感激のあまり口から出た言葉で、そこまで本気ではない。このレベルの冒険者に初心者向けマップの探索を依頼するのは流石に申し訳ないとエメでもわかる。


 エメはもちろん、それらの情報を冒険者が知り得ない部分まで知ってしまっている。なにせ全部自分で設計デザインしたのだ。なので、うっかり余計なことを言ってしまわないようにとても気を遣って過ごしている。




 そしてその日も、夜に自宅ダンジョンに戻って、フラヴィの家で買ったパンを食べながらアーさんに話を聞く。いつもはアーさんが話すのに任せているエメだけど、その日はエメの方から小竜ミニドラゴンの話をねだっリクエストした。

 先に探索に来たのは男性ばかりだったというので、ナゼールのパーティだったらしい。ナゼールのパーティは少しの間小竜ミニドラゴンと戦っていたけれど、突然それを中断して緊急脱出ギブアップをした。HP0戦闘不能になったわけでもなく、だいぶ余裕がある状態に見えた。その後しばらくして、また同じパーティで探索に入ってきて小竜ミニドラゴンと戦い、今度は攻略クリア

 ジョゼのパーティは、ナゼールのパーティが探索中にやって来た。HP0戦闘不能緊急脱出ギブアップもなく攻略クリア。探索には、ナゼールのパーティと同じくらいの時間をかけていたようだった。


「やっぱり、自分で見てたかったな」


 アーさんの説明では細かな様子がわからず、エメはもどかしさを呟きにして漏らした。アーさんがその声に反応して、しゅんと俯く。そしてちらちらと上目遣いにエメを見る。


「わたしは、役に立ちませんでしたか?」

「え、違います! そういう意味じゃなくて!」


 エメは慌ててアーさんの頭を撫でたけれど、アーさんの視線からは不安そうな色は消えない。


「アーさんの話は役に立ってますよ。わたしは仕事バイトで見れないので、とても助かってます。でも、やっぱり自分で見ると違うんです。それは、アーさんが役に立っていないからじゃないですよ」

「本当ですか?」

「はい。それに、この前のお休みの日に一緒に見ていたの、楽しかったですね」


 エメの言葉に、アーさんは伏せていた顔をぱっとあげる。


「あの日は、わたしもとても楽しかったです! エメさんがずっと隣にいて、MPマナもいっぱいでした!」


 すっかり機嫌をなおしてしまったアーさんに、エメは笑った。


「そうですね。本当は仕事バイトしないで、ずっと見ていられたら良いんですけど。次のお休みは明後日ですから、その時にはまたそうやって過ごしましょう」


 エメの言葉に、アーさんは嬉しそうに目を細めて頷いた。




 意外なことに、翌日ジョゼのパーティは初心者向けのマップを探索した。そして、その情報を冒険者ギルドに持って来て、それを元に初心者向けのマップ情報ガイドブック講習をやってはどうかと持ちかけた。

 マップ情報ガイドブック担当のポレットも冒険者向けのマップ情報ガイドブック講習を検討していなかった訳ではないが、レオノブルやペティラパンには知見を持っている職員はおらず、ポレットも変化の激しいダンジョンについての知識はほとんどない。とにかく人員の手配が足りていなかったのだ。

 ジョゼたちの申し出にポレットは泣くほど感激して、ロイクも交えてマップ情報ガイドブック講習についての話し合いが設けられた。

 早速、翌日に試験的にギルド職員と一部の冒険者に向けてジョゼのパーティによる講習が行われることになった。休みを半分潰すことにはなるけど、エメも受けさせてもらうことにした。ダンジョンを設計デザインするにあたって、きっと役に立つ話が聞けるだろうと思ったからだ。


 アーさんはエメの休みの日を心待ちにしていたというのに、エメが突然出かけることになって、朝から機嫌を損ねていた。宥めても機嫌は収まらず、講習の時間もあるのでエメは仕方なくアーさんをそのままにして、部屋を出た。

 エメが講習を終えてお昼ご飯のパンをフラヴィの店で買って自分の部屋ダンジョンに戻ってきた時にも、アーさんはまだ拗ねていた。投影石モニター部屋ルームのソファに座ってお昼のパンを食べているエメの腰に腕を巻きつかせてぎゅっとしがみついている。エメはアーさんの機嫌がなおるまで、好きにさせておくことにした。

 エメはパンを食べながらあれこれアーさんに話しかけたり頭を撫でたりしたけれど、アーさんは何も言わなかった。パンを食べ終わったエメは溜息をついてグリモワールを開く。

 リベッテーヴのダンジョンについて聞けたのは、エメにとって大きな収穫だった。休日を半分潰しただけの価値はあったと思う。アーさんの機嫌を損ねてまでのことだったのかはわからない。

 リベッテーヴでは、だいたい半月から一ヶ月に一度ほどでダンジョンが入れ替わるのだという。初心者向けから中級者向け、上級者向け、さらに上級者でも攻略クリアが難しいとされる難易度まであるが、どれもいつかは入れ替わる。入れ替わりが発生すると、未知のダンジョンに最初に飛び込んだ冒険者たちがその情報をギルドに有料で提供し、ギルドがそれをまとめて冒険者向けに販売する。多くの冒険者たちはその情報を元に備えてダンジョン探索を行う。

 エメはリベッテーヴのダンジョンを参考にしようと考えた。安定したダンジョンはすでにレオノブルとペティラパンにある。メテオールに冒険者を呼ぶには、それらと違う方向性が必要だろう。リベッテーヴのダンジョンの話を聞いて、エメはぴったりだと思ったのだ。

 これまでのダンジョンを全部作り直すのは大変だけれど、休みのたびに一つずつ置き換えていこうと計画を立てる。作り直しには、モンスターやアイテムの種類が必要になる。雰囲気を変えるためには内装も必要だろう。それに、やはりもっと上級者向けのマップがあっても良い。

 エメはやりたいことに必要な魔水晶と魔虹石の量を計算し、今持っている量を思い出し、また魔虹石錬成をすることに決めていた。


 魔虹石はいくらあっても良い。

 エメは新しいベッドの購入を諦めていたし、最近は食事に使うお金も減らしていた。今日の昼食も4銅貨のサンドイッチを買わずに、1銅貨のパンを二つ買っている。

 翌週には給料バイト代が入ってくる。今少し切り詰めても問題はないはずだ。いつも夜に5銅貨のスープとパンのセットを買っていたけれど、しばらくはそれもパンだけにするつもりだ。

 エメは銅貨49枚を用意していた。それを数えてグリモワールの頁の上に置く。エメにしがみついていたアーさんが、顔を少し動かしてエメが銅貨を取り出すのを見る。

 こうやって眺めると結構な金額に見えて、エメは胸に手を当てて一度深呼吸をする。グリモワールにそっと指先で触れ、それでもまだ緊張が収まらずに目を閉じてもう一度深呼吸、そして目を開くと、小さな声で命令をする。


「魔虹石錬成」


 49銅貨で手に入る魔虹石は72個。降り注ぐ魔虹石はグリモワールの頁の上に小さな山を作り、こぼれ落ちる。すぐにようとするエメの手をアーさんが止めた。


「エメさん、それ、ひとつください」


 エメは瞬きをしてアーさんを見る。アーさんの声は拗ねている様子も不機嫌な調子もなく、変に真剣な眼差しで頁からこぼれ落ちた魔虹石を見ていた。

 エメが魔虹石を一つ摘んでアーさんの目の前に出すと、アーさんは大きな口を開けて、エメの指ごと魔虹石を口の中に入れた。エメは咄嗟に手を引いて、アーさんの口から自分の指先を引っ張り出した。

 アーさんは顎を持ち上げて口に含んだ魔虹石を飲み込んだ。


「魔水晶よりも美味しい……」


 魔虹石を飲み込んだ姿勢のまま、まるで味わうようにうっとりと目を細めて、アーさんは小さくそう呟いた。それからエメの方を見て、すうっと口角を上げる。いつものアーさんとは違う艶やかさを感じて、エメはぎゅっと身構えて体を硬くした。


「でも、エメさんのMPマナが一番好き……」

「アーさん……?」


 エメがいつものアーさんと違う雰囲気に戸惑っているうちに、アーさんはエメの隣に座り直して、エメを見てほわほわと笑った。その笑顔には今しがたの艶やかさは全くなくて、いつもの、ぼんやりしたアーさんだった。


「機嫌悪いの終わりにします。ごめんなさい。でも、わたしはエメさんと一緒にいるの、楽しみにしてました」


 エメはほっと息を吐いて、それからアーさんに笑顔を返した。


「わたしも、アーさんと一緒に休みを過ごすの楽しみにしてましたよ。でも、今日は、すごく大事な話だったんです」

「わかってます。でも、どうしても……悲しい気持ちがあって、楽しい気持ちになれませんでした。けど、今はもう大丈夫です。まだ悲しい気持ちはあるけど、ずっとエメさんと一緒にいたら大丈夫になりました」


 そのあと、アーさんはいつものようにエメと手を繋いで、投影石モニターに映るダンジョン探索の様子を眺めていた。

 エメはアイテムの魔虹石11連召喚ガチャとモンスターとアイテムの魔水晶11連召喚ガチャを一回ずつ、内装の魔水晶11連召喚ガチャを二回実行した。手に入れた素材オブジェクトを眺めながら、新しい初心者向け設計デザインを考える。採集系マップの置き換えなら、やはり採集系にするのが良いだろう。内装召喚ガチャで手に入れた新しいトラップを中心に、トラップメインの設計デザインが良いかもしれないと考えて、早速作り直しを始める。

 設計デザインの保存数はまた一つ増やした。今公開パブリック状態にしている設計デザインはそのままにして、新しく考えたかった。出来上がったら、公開パブリック状態を入れ替えるつもりでいる。

 エメはすっかり慣れた手つきで、新しい設計デザインを作り始めた。

 



 マップ情報ガイドブック講習について、冒険者ギルドはナゼールのパーティにも講師の打診をした。同じタイミングでやってきた二つのパーティの片方だけ雇うのは、後々問題になる可能性があると判断してのことだった。ナゼールのパーティは、パーティとしてではなく個人として仕事を受けることになった。パーティの中には、講習や講師に興味を持たない者もいるのだという。

 最終的にジョゼのパーティとナゼールのパーティで手分けして、講習はしばらくの間毎日行われることになった。新規マップの追加やマップの入れ替わりが発生したばかりで、しかもその情報がお金になると知って、講習は大人気だ。

 講習のお陰で、ダンジョン探索も大人気だ。ナゼールのパーティの魔術師ソーサラーが「順番待ちがないから純粋な探索の腕前で競えるのが良い」とダンジョンを褒めているのを聞いて、エメはこっそりとにやにやした。

 マップ情報ガイドブック担当職員のポレットが「人手が足りない!」と叫んで、追加の職員が来るまでの間、エメも手伝うことになった。エメはダンジョンについて余計なことを言ってしまわないように気をつけながら、清書や文章チェックの手伝いをする。冒険者からの聞き取りを手伝うこともあった。

 冒険者たちは競って探索をして、情報を冒険者ギルドに持ってくる。そしてマップ情報ガイドブックは次々に更新される。更新されるたびに冒険者たちはマップ情報ガイドブックを買い求め、そしてまた探索をする。

 うまくいっていると、エメは思った。


 こうして、エメは「冒険者を飽きさせない変化の激しいダンジョン」を目指すことにした。それがどれだけ大変なことなのか、この時のエメにはまだわかっていなかった。

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