第二十四話 エメは初めて課金する
昼間は冒険者ギルドで
ギルドの女性寮にも人が増えた。
マノンはエメより先にメテオールの職員になっていた人だった。ペティラパンから戻ってきたと思ったら、今度はレオノブルに行ってしまった。エメは軽く挨拶をして一緒に夕飯を食べたというだけだけれど、その席でお酒が好きな豪快な人だということがわかった。ペティラパンに家族がいて、家族みんなで引っ越そうかと悩んだけどメテオールが田舎だから子供たちの教育がねと愚痴をこぼしていた。
もう一人はマノンがペティラパンから連れてきた中の一人で、エメと同い年くらいのノエミという女性だ。肩で切りそろえられたまっすぐな黒髪と乏しい表情のせいで人形みたいに見えた。口数も少なかったけれど、挨拶は落ち着いていて丁寧だった。正確にはギルド職員ではなく、宿屋で働くために来たらしく、女性寮への寝泊まりも宿屋の建物の改修が終わるまでらしい。そしてそれまではフラヴィの家を手伝うことになっているとのことだった。
メテオールを訪れる冒険者パーティも増えてきた。ギルドで冒険者たちの噂話に耳を傾けていると、
ここのところ、エメはずっとどうやってアイテム魔虹石11連
メテオールには今、初心者向けと中級者向けのマップがある。けれど、冒険者登録講習が行われていない。これは冒険者ギルドの体制の問題なので、エメ一人でどうにかできるものではないし、講習ができるようになるまでには時間がかかるだろう。
初心者向けマップはペティラパンにもレオノブルにもあるし、そこでは冒険者登録講習がある。特にペティラパンはマップが初心者向けと中級者向けで充実しているので、冒険者を始めようという若者には人気の街だ。
メテオールには、今は何もない。そもそも大きな街道から外れた山間の田舎だというハンデもある。そんな状況で冒険者を呼ぶためには、わかりやすい
初心者から上級者まで幅広く対応した豊富なマップとそれぞれに魅力的なドロップ、そして大量の
そして、その
エメが
いつものようにフラヴィの家で買った5銅貨の夕食を食べながら、アーさんの話を聞いていた。処分予定だった小さな丸テーブルと二脚の椅子を格安で冒険者ギルドに譲ってもらって、食事はそこで摂るようになった。アーさんはもう一脚の椅子に座って、エメに今日観察したダンジョンのことをあれこれと話す。エメの食事中はアーさんもあまりぴったりとくっついてこなくなったので、エメも落ち着いて食事ができる。
食事が終わって、エメがグリモワールを手に取ると、アーさんはエメの左手を握る。そしていつも、エメの顔を覗き込んで「わたしの話、役に立ちますか?」と聞く。エメは反対の手でアーさんの髪を撫で「はい、ありがとうございます」と応える。エメがそうやって頭を撫でると、アーさんは満足そうな顔になった。
そしてグリモワールの表紙を開いたところで、エメは「あと7日」という見慣れない文字を見付けたのだった。
なんだろうと
──
〜 魔虹石錬成 〜
・【限定】魔虹石2個 1銅貨
残り7日 1回のみ購入可能
・【限定】魔虹石20個 12銅貨
残り7日 1回のみ購入可能
・【限定】魔虹石30個 18銅貨
残り7日 1回のみ購入可能
・魔虹石1個 1銅貨
・魔虹石6個 5銅貨
・魔虹石16個 12銅貨
・魔虹石40個 29銅貨
・魔虹石72個 49銅貨
・魔虹石155個 100銅貨
──
「そっか、魔虹石って増やせるんだった」
エメの独り言に、アーさんがぴくりと反応して、エメをじっと見た。エメはそれにも気付かずに、頁をじっと見て考え込む。
12銅貨を使って、普通なら魔虹石16個のところ、今なら20個手に入る。それができるのはあと七日だけ。12銅貨だと、冒険者一日分の食費より安い。広いベッドを用意しようと思っていたお金から少し使えば、生活には問題ないはずだ。確かに広いベッドは欲しいけれど、アーさんと一緒に寝るのに慣れてしまったせいもあって、当初ほどの必要性も感じられなくなっていた。
エメは頁に表示されている文字を指先でなぞって、グリモワールに話しかける。
「グリモワールさん、あの……魔虹石錬成ってどうやるんでしょうか」
──必要なだけの銅貨を用意してください。
「銅貨ですね、わかりました」
立ち上がろうとするエメの手をアーさんが引っ張った。
「エメさん、どこかに行きますか?」
「どこにも行きません、荷物を取るだけです。少しだけ手を離してください」
エメの説明に、アーさんは納得した様子を見せずに握った手を離さなかった。不安そうに立ち上がりかけているエメの顔を見上げている。
「アーさん、どうかしましたか?」
アーさんはエメの声に俯いて、しばらくそのままだったけれど、やがて静かに首を振ってエメの手を離した。
「ありがとうございます、少し待っていてくださいね」
しまってあった荷物の中から
──用意した銅貨を頁の上に置いてください。錬成したい個数に触れて「魔虹石錬成」と命令すれば、錬成できます。
エメは言われた通りに銅貨をグリモワールの頁の上に移動させる。そして「【限定】魔虹石20個」の文字に触れた。口を開いて息を吸い、声を上げる。
「魔虹石錬成」
──
12銅貨を使って魔虹石20個を錬成します。
現在の所持数 42個 → 錬成後の所持数 62個
12銅貨は失われます。
本当に魔虹石錬成を実行しますか?
──
「はい」
エメが答えると、本の頁から虹色の光が溢れ出した。頁の上に乗せた銅貨がその光に包まれ、端の方から光の粒に変わって溢れ出した光に溶けてゆく。
虹色の光がそのまま宝石の形になったようなそれは、魔虹石だった。ぱらぱらと軽い音を立てて、塊になった光が頁の上に降ってくる。魔虹石が落ちる度にグリモワールの上に広がった虹色の光が小さくなっていき、頁の上の魔虹石が二十個になった時に光は完全に収まっていた。
アーさんはぼんやりした顔で頁の上に現れた魔虹石を眺め、それからエメの様子を伺うように視線を向けた。エメは手で口元を覆ってほうっと息をつく。
──魔虹石は片付けておきますか?
頁の上で輝く魔虹石の隙間を縫うように、グリモワールが文字を綴る。ぼうっと魔虹石が放つ光を見ていたエメは、慌てて頁に手を戻して頷いた。
「あ、はい、片付けます。お願いします」
魔虹石が虹色の光に包まれて、その姿を消す。
アーさんがエメの袖をそっと引っ張るので、エメはアーさんに視線を向けた。アーさんが不安を滲ませて、エメとグリモワールを交互に見ている。
「エメさん……」
「アーさん、すみません、もう少し待っていてくださいね。これからアイテム
エメはえへへと笑って、すぐにグリモワールの方に向き直った。アーさんは何か言いかけていたのをやめて俯くと、エメの手を握り直した。
アイテム魔虹石11連
残り十二個の魔虹石から十個使って
ダンジョンレベルが上がって配置コスト
配置コスト
そもそも、配置コスト
「限定の魔虹石、まだあったよね」
魔虹石があれば、配置コスト
「エメさん」
エメの声に反応したのか、アーさんがエメの手を引っ張った。エメはアーさんの方を振り返りもせずに、グリモワールの頁を見ながら考え込んでいる。
「アーさん、すみません、もう少し……今、忙しいので」
「もう眠いです、エメさん。夜です。寝ないといけません」
アーさんは泣きそうな顔でエメの手や袖を引っ張った。エメはそこでようやく、アーさんの方を見た。
「アーさん、もう少し静かに待っていてください、もう少しだけ……今、考えてるんです」
「今日はとても長いです。いつもはエメさんは仕事だから寝るって言ってます。わたしも眠いです。もう今日はやめてください」
ぐずぐずと声を出して、アーさんはエメの腕にしがみついた。そして、エメの肩におでこをくっつけると、こするようにぐりぐりと動かす。
エメはアーさんの仕草に、困ったように笑って、それからアーさんの頭を撫でた。
「そうですね、明日も仕事がありますから、もう寝ましょう。続きはまた明日考えます」
エメはアーさんの頭から手を話して、作りかけの
アーさんはその間もずっと、エメの腕にしがみついていた。
「アーさん、ベッドに行きましょう。もう寝ますから」
エメに声を掛けられて、アーさんはエメの腕を持ったまま立ち上がる。エメもそれに引っ張られて立ち上がった。
ベッドに潜ってからも、アーさんはエメにぎゅうぎゅうとくっついてきた。
「これじゃあ眠れませんよ」
エメの声に、アーさんは首を振った。
「エメさん、わたしは役に立ちますか? ダンジョン見るの、役に立ちますか?」
アーさんはエメにしがみつく腕の力を弱めることもなく、声は微かに震えている。エメはアーさんの様子がおかしいことはわかるのだけれど、その理由がわからず困惑するばかりだった。
「どうしましたか?
エメの問いかけに、アーさんはより一層エメの体を抱え込むように背中を丸めた。
「わたしは役に立ちますか?」
「えっと……アーさんが毎日ダンジョンのことを教えてくれるの、役に立ってますよ」
「わたしじゃ、足りませんか?」
「え……?」
アーさんの言葉はエメには伝わらず、エメはアーさんの表情を見ようを首を動かしたけれど抱きこまれているせいで胸板と喉元を見るのが精々だった。
「アーさんは、昼間は一人で待ってますし、夕飯の間はダンジョンのことを話してくれるし、とても役に立ってますよ」
「でも……」
「無理はしなくて良いですからね」
「無理、してないです」
「きっといろいろ我慢してるんですよね」
「だって……仕方ないから、我慢します」
「ありがとうございます」
ぐずぐずしているアーさんをそうやって宥めているうちに、やがてアーさんは眠ってしまった。エメからは顔が見えないけれど、落ち着いた寝息をしばらく聞いてから、自分も小さく欠伸をして目を閉じた。
「おい、起きろ」
その声と頰に触れる手の感触に、エメは目を開けた。ベッドに仰向けに寝ているエメの目の前で、アーさんの顔がエメを覗き込んでいた。
「ひっ」
エメはびくりと呼吸を止めて、アーさんの顔を見上げた。燃えるような赤い瞳が、鋭くエメを見下ろしている。
「ほいほい
「ぬ、沼……?」
エメは体を硬くしたまま、目の前のアーさんの姿をした男を見上げる。小さな舌打ちの音を聞いて、以前の出来事、あれが夢ではなかったのだと思い出す。
男はエメの耳元に口を寄せる。エメは肩を竦めてぎゅっと目を閉じた。何かを気にするような小さな囁き声が、エメの耳をくすぐった。
「グリモワールを信用するな。あれは
声が小さい上にひどい早口だった。目を閉じているエメは、耳元の声に集中してしまい、音に敏感になっていた。声と共に肌を撫でる息遣い、唇や舌が動くのに混ざる湿った音、最後に男はふぅっと溜息をついた。鼓膜の奥まで揺らすような空気の振動に、エメは目を閉じたまま震えた。
「だいたい
男の声が急に途切れて、そしてその大きな体がエメに覆い被さってくる。
「おも、重いです! どいて……!」
エメがその胸を押し返すと、思ったよりもあっけなく、エメの隣にころりとその体が転がった。勢いでエメは飛び起きて、その顔を見下ろす。いつものアーさんらしい、無邪気な寝顔だった。
ばくばくと動く心臓を押さえ付けるように、エメは右手を胸元に手をあてる。左手は、声を直接流し込まれた左耳に。そうやって呼吸を落ち着けている間、アーさんは動かずただ眠っているだけに見えた。エメはそうやってしばらくの間、アーさんの寝顔を見ていた。
朝起きてみれば、アーさんはいつも通りのアーさんで、夜の出来事は今回もまるで悪い夢のようだった。
寝起きでいつもの三割り増しぼんやりしているアーさんに「おはようございます」と言えば、アーさんも「おはようございます」と返す。エメはほっとして今日の
「搾取……」
昨夜、アーさんの体で話していた男の声が耳に残っていた。エメが小さく呟くと、グリモワールが反応する。
──マスター、すみません、命令が聞き取れません。
「あ、ごめんなさい。命令じゃないです。おはようございます、グリモワールさん」
耳の中に吹き込まれた不安を追い払ってから、エメはグリモワールに挨拶をした。
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