第十九話 エメはチュートリアルを完了した

 突然ダンジョンに転送させられた村の若者は、戦利品ドロップアイテムであるヒールポーションを持ち帰り、グリモワールの目論見通りに村でダンジョンの話自慢話を吹聴していることだろう。このダンジョンの入り口エントランスは、メテオールの村から歩いて半刻三十分くらいのところにあるらしい。

 この話が冒険者ギルドに伝わり、冒険者がやってくるまでの間に、ダンジョンを冒険者向けに作り変える必要がある。そもそも、その準備として召喚ガチャを行ったところだったことを、エメはようやく思い出した。

 エメの隣では、召喚ガチャの結果であり導入説明チュートリアル中断の原因でもあるアポロンが、エメの手を握ったままソファの上に寝転んでいた。グリモワールと話していると、時々手を引っ張ってきたり起き上がって身を乗り出してきたりはするけれど、基本的には大人しくしているので、エメは左手を好きにさせたまま導入説明チュートリアルを進めることにした。本当に、まるで、飼い主の足元にじゃれつく犬のようだ。




 召喚ガチャには魔虹石を使用するものと、魔水晶を使用するものがある。どちらも、モンスター・アイテム・内装の三種類、そしてその全てに一回だけの召喚ガチャと11連召喚ガチャがある。

 魔水晶召喚ガチャは、契約できる素材オブジェクトのランクがCコモンRレアに限られている。RRダブルレア以上の素材オブジェクトは、魔虹石がないと契約に応じてくれないのだそうだ。魔水晶は50個で召喚ガチャ一回、500個で11連。魔水晶の最大所持数リミットは今は1,000なので、11連召喚ガチャ二回分だ。

 さっき魔虹石召喚ガチャでモンスターは手に入れたけれど、Cコモンのモンスターとも契約したい。

 モンスターだけではなく、冒険者が魅力的に思うようなアイテムも配置したい。マジックバッグは人気なので、是非とも欲しいところだ。武器や防具にも憧れがある。

 壁や床はなんでも良いし内装は後回しにしようかなと思っていたエメだったけれど、トラップや鍵付きのドア、宝箱も内装の一部だと説明されて、であればやっぱりそれも必要そうだと考える。

 必要なものはたくさんあって、手持ちの魔水晶と魔虹石ではちっとも足りない。今手持ちの魔水晶は98個で、魔虹石は1個しかない。


──追加報酬ノルマボーナスを確認してください。


 毎日の報酬リワードとは別に、「初めて設計デザインを行った」「初めて召喚ガチャを行った」などのダンジョン運営に有用な活動を行うと追加報酬ノルマボーナスがもらえるらしい。「初めてXXした」のような一回きりのものもあるし、「一日で3パーティ受け入れする」「一週間で10パーティ受け入れする」など、毎日や毎週繰り返しもらえるものもあった。

 グリモワールの説明にしたがって追加報酬ノルマボーナスを見てみると、導入説明チュートリアルを進めていただけでも、いくつかの追加報酬ノルマボーナスを受け取れるようになっていた。

 それから報酬受取リワードボックスも開いて、さっきからの不具合バグの補填やお詫びも受け取る。

 魔虹石は11連召喚ガチャができるほどには集まらなかったけれど、魔水晶は11連召喚ガチャが三回できそうだ。魔水晶の最大所持数リミットを超えているので、早く使わないといけない。

 エメはグリモワールに相談しながら、魔水晶のモンスターとアイテムと内装、三種類の11連召喚ガチャをする。エメにも馴染みのあるモンスターやアイテムが多くて、結果を見るのは楽しかった。

 Cコモンではあるけれどマジックバッグと契約ができて、エメは少しはしゃいだ。Cコモンでもマジックバッグはやはり冒険者の憧れだ。


 一覧のページで召喚ガチャの結果を確認しながら、31個と半端な数の魔虹石をどうするか、エメは少し考えていた。11連召喚ガチャができる50個まで貯めようと考えていると、グリモワールがいくつかのアドバイスを綴り始めた。


──初心者向けダンジョンであれば、魔水晶召喚ガチャで出てくるCコモンRレア素材オブジェクトだけで足りると思います。もしそれ以上のレベルの冒険者を受け入れるのであれば、Rレアだけでは物足りなくなります。

──高ランクの素材オブジェクトは、その分冒険者にとっても魅力的です。また、幅広いレベルの冒険者を受け入れることができれば、ダンジョンを訪れる冒険者の数も増えるでしょう。

──ただ、現状は配置コストの上限リミットが300と少ないので、高コストな素材オブジェクトの配置は難しい。配置コストなどの上限リミットは、ダンジョンレベルが上がれば増えていきますが、それには時間がかかります。すぐに上限リミットをあげたい場合は、魔虹石の消費でそれが可能です。

──魔虹石は他にも、最大の設計デザイン保存数や、モンスターとの契約数に関わる部屋数、アイテムとの契約数に関わる倉庫の大きさ、内装との契約数に関わるカタログの頁数など、様々な上限リミット解放に使うことができます。魔虹石1個を魔水晶300個へ変換したりMPマナを即時全回復することも可能です。


 グリモワールは、他にも魔水晶を使って素材オブジェクトのレベルを上げることができると説明した。そして試しにと最初から契約していたスライムのレベルを上げたりもした。

 素材オブジェクトのレベルは、配置の際の強さ調整以外にも、覚醒に関わってくる。素材オブジェクトが覚醒すると、ステータスや見た目が変わる。例えばエメが契約した小竜ミニドラゴンであれば、レベルを上げて覚醒させることで魔法竜マジックドラゴンになることができる。

 覚醒に必要なアイテムは、魔水晶か魔虹石との交換、あるいは追加報酬ノルマボーナスで手に入る場合もある。


──交換の話が出たので、交換所ショップの説明をします。


 交換所ショップにはいくつか種類があり、主に、交換に利用するアイテムで分かれている。魔水晶交換所ショップ、魔虹石交換所ショップ、契約破棄の際に得られる虹のカケラを使える虹のカケラ交換所ショップ

 ダンジョンマスター向けのアイテムや、素材オブジェクトのレベルや信頼度を上げるためのアイテム、交換所ショップでしか手に入らない素材オブジェクトもあるらしい。

 中に一つだけ、「魔虹石錬成」という他と少し違う雰囲気の交換所ショップがあった。


「錬成……?」


──魔虹石を錬成することができる交換所ショップです。


「魔虹石って、あまり手に入らないんですよね?」


──そうです。とても貴重な魔虹石ですが、錬成することは可能です。マスターは、ギルド通貨は持っていますか?


「え……えっと、はい、いくらかは」


──冒険者ギルドが発行しているギルド通貨には偽造防止のためにMPマナが使われているのですが、それは元々はダンジョンでよく使われているMPマナ認証の技術が元になっています。冒険者ギルドは元々は、そういったダンジョン産の技術を研究するための集まりでした。


 エメはなんの話が始まったのかも分からず、相槌もうてずに首を傾けた。グリモワールはエメの戸惑いを気にかけることもなく、話を続ける。


──そのギルド通貨、正確にはギルド通貨に使われているMPマナを使って、魔虹石を錬成することができます。


「ええっと……つまり?」


──もう少しわかりやすく述べると、マスターが持っているギルド通貨を魔虹石と交換できます。


「それって、魔虹石をお金で買えるってことですか……?」


──「通貨を渡して対価を得る」という意味であれば「購入」と呼んでも差し支えはありませんし、それで普段の運営に不都合はないでしょう。


 それまでエメの隣で寝転んでエメの手を握ってぼんやりしていたアポロンが、不意に上体を起こした。エメはグリモワールから目を離して、少しアポロンを見る。

 アポロンはどこか不思議そうな顔をしてエメをじっと見詰め、何か言いたそうな顔で口を開いたり閉じたりしていたけれど、やがて困ったように口を閉じて俯いた。

 エメがまたグリモワールの方を見ると、グリモワールは魔虹石錬成の説明を続けていた。エメはその指示の通りに魔虹石錬成の頁を開く。


──

〜 魔虹石錬成 〜

・【限定】魔虹石2個 1銅貨

 残り28日 1回のみ購入可能

・【限定】魔虹石20個 12銅貨

 残り28日 1回のみ購入可能

・【限定】魔虹石30個 18銅貨

 残り28日 1回のみ購入可能


・魔虹石1個 1銅貨

・魔虹石6個 5銅貨

・魔虹石16個 12銅貨

・魔虹石40個 29銅貨

・魔虹石72個 49銅貨

・魔虹石155個 100銅貨

──


──1銅貨で魔虹石1個が錬成できますが、一度にまとめて錬成する方が効率が良くなります。


「この、限定というのはなんですか?」


──ダンジョンでは時折、錬成に効率の良い状態が発生します。期間も回数も限られていますが、通常よりも多くの魔虹石が手に入ります。今なら、1銅貨で魔虹石1個のところが、魔虹石2個手に入ります。実際に錬成するかどうかは、マスターの判断にお任せします。


「1銅貨なら、試しにやってみても良いのかな。魔虹石はいろいろ使うみたいだし、所持上限もないし」


 エメが頁を前に悩んでいると、アポロンが両手でエメの左腕にしがみついて、必死な声を出す。


「エメさん、エメさん」

「え……なんですか」


 エメは腕に感じる重みに考え事を中断されてアポロンを見る。アポロンは眉を寄せて不安そうな顔をしていた。


「エメさん、まだ終わりませんか?」

「ええっと……そうですね、この後ダンジョンの設計デザインもしないといけないですから、まだ時間がかかります。……どうかしましたか?」

「えっと……いえ、なんでもありません」


 アポロンは困ったような顔で、それでもやはり何も言わなかった。俯いてエメの腕から離れると、エメの左手の指先を両手でそっと包んだ。エメはアポロンの様子が気になりはしたものの、それ以上のことは何もできそうになかった。

 グリモワールの方を見て、なんの話をしてたんだっけと思い出しながら話を再開する。


「魔虹石錬成は、また後にします。先に設計デザインして、足りなくなってから。あ、でも、せっかくなので、さっきの召喚ガチャチケットを先に使っても良いでしょうか?」


──では、全体の導入説明チュートリアルはこれで完了にします。説明できていない機能もありますが、残りはそれぞれの機能を使用する際に説明ヘルプを行います。必要であれば、いつでも説明ヘルプするので、安心してください。


「あ、はい。ありがとうございます」


──いえ、こちらこそ。マスターと出会えたことは、とても幸運でした。改めてこれから、よろしくお願いします。


「そんな。わたしの方こそ、よろしくお願いします」


 導入説明チュートリアルの終了を告げられて、エメは急に心細くなる。これまではグリモワールの指示に従って次の行動を決めていたけれど、導入説明チュートリアルが終わった今、エメは自分で考えて次のことを決めないといけない。

 目の前の魔道書グリモワールの頁に手を触れる。グリモワールがいなくなる訳ではないのだ。困ったら質問すれば良い。でも、できるだけ自分で頑張ろうと、頁に触れたまま小さく「よし」と気合いを入れた。


「まずは、召喚ガチャチケットを使って、それから設計デザイン。せっかくだから小竜ミニドラゴン使いたいけど、コストを考えると難しいよね多分。マジックバッグは使えるかな」


 契約した素材オブジェクトを思い返しながら、エメは召喚ガチャの頁を開いた。

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