第十六話 エメはSRモンスターを手に入れた?

 魔虹石や魔水晶を使って素材オブジェクトと契約を交わす。に契約を投げ掛け、それに応じたものだけが、ここに姿を表す。それを召喚ガチャというのだと、グリモワールは説明した。

 素材オブジェクトというのはモンスターやアイテムや内装のことで、モンスターはともかくアイテムや内装といった無機物も契約に応じてくれるのだろうかとエメは疑問に思った。グリモワールにそれを尋ねたところ、マジックアイテムやダンジョンの内装はこの世界の普通の物とは違っていて、元は精霊なのだと説明された。契約した精霊が分け与えてくれた力の一部が、アイテムや内装ということらしい。

 逆に、そうでなければ活性化アクティベートすることはできない。活性化アクティベートしたダンジョンの中はMPマナで作られた特殊な空間だ。モンスターにしろアイテムにしろ、そのものをそこに置いている訳ではなく、その力を模倣コピーしてMPマナで再現している。それが可能なのは召喚ガチャで契約した素材オブジェクトだけだ。


──先ほど報酬リワードとして受け取った魔虹石で、モンスター召喚ガチャを行いましょう。

──魔虹石召喚ガチャは、5個消費して一体召喚するものと、50個消費して十一体召喚するものと二種類あります。今回は魔虹石が50個あるので、それを使って11連召喚ガチャを行います。


「十体じゃなくて十一体なんですね」


──はい。そのほうが契約がしやすいので、その分少しだけ効率が良くなっています。


「魔虹石を全部使うのもったいないかなって思ったんですけど、その方が良さそうですね。わかりました」


 グリモワールの操作にも、エメはすっかり慣れてきた。目次メニューから召喚ガチャの頁を開いて、グリモワールの言葉を待つ。


──

〜 召喚ガチャ 〜

魔虹石召喚ガチャ

 ・魔虹石モンスター召喚ガチャ

 ・魔虹石アイテム召喚ガチャ

 ・魔虹石内装召喚ガチャ


魔水晶召喚ガチャ

 ・魔水晶モンスター召喚ガチャ

 ・魔水晶アイテム召喚ガチャ

 ・魔水晶内装召喚ガチャ

──


──操作に関してはもう完璧パーフェクトですね。では「魔虹石モンスター召喚ガチャ」を開いてください。


「はい。魔虹石モンスター召喚ガチャ


 エメは右の頁に詳細が表示されるのにも慣れてきたつもりだったけど、召喚ガチャの説明はこれまでの表示と随分と違っていた。まず、ページの半分くらいを挿絵が埋めている。強そうなドラゴンや、美しい男性や女性の姿を見て、エメは口をぽかんと開けた。エメの知っているモンスターは、スライムや大蝙蝠ジャイアントバット小鬼ゴブリンだ。それらに比べると、随分と雰囲気が違う。


「この絵に描かれている、これ、これもモンスターなんですか?」


──はい。ここに描かれているのは、SRスペシャルレアのネームドモンスターです。非常に低確率レアですが、契約に応えてくれたならモンスターとして契約できます。ランクに見合ったとても強いステータスを持っています。

──どのようなモンスターと契約できるかは「契約可能モンスター」の頁から確認できます。契約確率についても、その頁でいつでも確認可能です。が、マスターの場合は表示されている確率と違ってしまっているので、後で更新アップデートしておきます。


「待ってください。契約確率ってなんですか?」


──契約確率というのは、この場合召喚ガチャを実行した時にどのモンスターが手に入るのかの確率です。例えば、強いSRスペシャルレアなモンスターは非常に低確率レアで、より低ランクのRレアが出てくる確率の方が高いです。その方が、契約に応じてくれやすいからです。


「それで、その契約確率の何が違ってるんですか?」


──マスターのMPマナは特殊です。確率に影響を与えるという話をしましたが、その原因はその質の純粋さと一定の色を持たないことにあります。非常に珍しい性質のため、モンスターや精霊に好かれやすい。その影響が特に大きいのが召喚ガチャです。

──例えば、SRスペシャルレアRRダブルレアの出現確率は、本来はそれぞれ3.50%と17.00%ですが、マスターの場合は5.00%と20.00%です。


「ええっと……それって……?」


──簡単に伝えるならば、SRスペシャルレアRRダブルレアが普通より出やすい。


 エメは首を傾けて考える。


「それって、良いことでしょうか?」


──良いことです。これがあるから、マスターあなたはダンジョンマスター向きなのです。他にも、魔虹石ができやすいなど、良い影響がたくさんあります。素晴らしい素質ですよ。


 手放しに素晴らしいと言われて、エメは口元を緩めた。最後にこんな風に認められたのはいつだっただろうかとエメは思う。


──では早速、召喚ガチャを実行しましょう。

──11連召喚ガチャRRダブルレア以上が一体確定で入手可能です。SRスペシャルレアの入手確率も合わせて上がっています。


「わたし、ドラゴンが欲しいです」


 エメは頁に大きく描かれた強そうなドラゴンを見て、自分のダンジョンにドラゴンがいるなんて素敵だと、まるでもうそこにドラゴンがいるかのように顔を輝かせた。


──そればかりは確率なので保障はできません。多少出やすくはなっていますが、低確率レアであることに変わりはありません。


「でも、手に入るかもしれないってことなんですよね」


 グリモワールの言葉の意味がわかっているのかどうか、エメは機嫌良くそう応えた。それから「11連召喚ガチャ」という文字に触れる。


「11連召喚ガチャ


 エメの声に反応して、頁に確認の四角形ウィンドウが表示された。


──

魔虹石50個を使用して、11連召喚ガチャを行います。

 現在の所持数 51個 → 使用後の所持数 1個

本当に11連召喚ガチャを行いますか?

──


 エメは大きく息を吸ってから、それに応えた。


「はい」


 グリモワールがエメの手を離れ、その表紙をぱたんと閉じると、静かに床に降りた。

 床にある状態で、また表紙が開かれる。そこから白い光が溢れ、ぱらぱらと頁がめくられる。白い光の中から、丸い光が飛び出してきてグリモワールの上に浮かぶ。丸い光は様々な色で次々に飛び出してきて全部で十一個。銀色が七つ、金色が三つ、それから虹色が一個だ。

 グリモワールが全ての頁をめくり終え、溢れる白い光が消えるとぱたんと裏表紙を閉じた。そしてまた、エメの膝の上に戻ってきて、新しい頁を開いた。

 宙に浮かんでいる丸い光が、順番に弾けていって、中からモンスターが現れた。最初は銀色の光から毒鼠ポイズンラットが出てきた。


──十一体もいるので、確認したら部屋に送りましょう。そのモンスターの名前に触れて「部屋へ移動」と命令してください。


 さっきまで何も書かれていなかったページに、「Rレア 毒鼠ポイズンラット」という表示が増えていた。エメは頷くと、指先でそこに触れる。


「部屋へ移動」


 そうやって残りの銀色の光から出てきたのはRレアランクのモンスターで、牙大蝙蝠ファングジャイアントバットが二体、戦小鬼ホブゴブリン毒蜘蛛ヴェノムスパイダー花妖精アルラウネ、それと二体目の毒鼠ポイズンラットだった。

 エメはその姿を確認しては部屋へ移動させる。部屋というのがどこにあってどのような場所かわからないので少し不安だったけれど、あとでグリモワールに聞こうと思っていた。今は質問する余裕がない。

 金色の光はRRダブルレアランクだった。人型の上位森妖精ハイエルフ小鬼の魔法使いゴブリンソーサラーの姿を確認して部屋に移動させる。三つ目の光から現れた小竜ミニドラゴンを見て、エメは部屋へ移動させるのを忘れ、歓声を上げた。


ドラゴン! 初めて見た! ちっちゃいドラゴンだ、可愛い……!」


 小竜ミニドラゴンは、ちょうど犬くらいの大きさで、ソファの隣にちょこんと座ってエメを見上げていた。緑色の鱗がきらきらと光っている。


──ミニとはいえ、本来はもっと大きな種族です。マスターよりも大きいでしょう。ただ、ここではその大きさだと不便なので、この大きさで。ダンジョン内では本来の大きさになります。通常のドラゴンよりは小さくステータスも低めですが、成長性はドラゴン種のモンスターの中でも高いのが特徴です。


「撫でても大丈夫でしょうか……?」


 恐る恐るといったようにエメはグリモワールを手にしたままソファから立ち上がって、小竜ミニドラゴンに近付いた。隣にしゃがむと、小竜ミニドラゴンはその鼻先をエメの顔に近付けてくる。

 エメはグリモワールの返答を見る前に、小竜ミニドラゴンの額にそっと触れていた。鱗の手触りは冷たくて、エメが思ってたよりも滑らかだった。小さな角が生えていて、それも可愛らしい。


──契約モンスターなので危険なことにはなりませんが、撫でるなどのスキンシップは、もう少し信頼関係を


 頁上に綴られていた言葉が途中で考え込むかのように止まる。そして、新しい文章が綴られ始めた。


──「スキンシップ」は信頼度が上がってからの機能のはずですが……いや、具体的な信頼度の数字は非公開情報でした、なんでもありません。


 そのどちらも、エメは小竜ミニドラゴンに夢中で見ていなかった。自分の手に擦り寄ってくる小竜ミニドラゴンが可愛い。

 エメの片手で支えられていたグリモワールが、エメの注意を引くようにじたばたと表紙を動かす。エメは慌てて小竜ミニドラゴンを撫でていた手をグリモワールに添えて、そしてようやくグリモワールを見た。


──マスター、今は召喚ガチャの途中なので、ともかく先に進みましょう。


「あ、そうでしたね。すみません」


 エメは小竜ミニドラゴンにそっと「またね」と告げると、そっと「RRダブルレア 小竜ミニドラゴン」の文字に触れて、部屋へ移動させた。


 最後に虹色の光が弾けて、その中から人型のモンスターが現れた。

 美しい青年だった。弾けた光の粒がきらきらと周囲を舞い、まるで青年自身が光り輝いているようだった。太陽のように輝く黄金きんの髪に月桂樹の冠を戴き、赤いマントは風もないのに靡いている。

 燃える炎のような色合いの瞳が、周囲を見回す。表情はどこか自信がなさそうで、まるで迷子のように不安そうだ。神々しいまでの美しさに似つかわしくない表情に、エメは首を傾けて、それから手元のグリモワールに視線を落とした。


──ネームドモンスターなので、本来ならば名乗りがあるはずなのですが。


「名乗り?」


──いえ、話を進めましょう。おめでとうございます。SRスペシャルレアランクのネームドモンスターです。SRスペシャルレアはステータスも非常に強力で


 グリモワールが、突然文章の途中で綴るのをやめて沈黙した。召喚したモンスターの一覧リストの最後には「SRスペシャルレア 太陽神 アポロン」という名前が追加されている。

 エメが改めて目の前のモンスターを見上げると、目の前のモンスターは首を傾けてエメを見下ろして口を開く。


「良いにおいがします」


 そのモンスターはどこかぼんやりした声でそう言うと、エメのツムジの辺りに鼻を寄せてきた。思わず一歩下がろうとしたエメの両方の二の腕をがしっと掴んで、エメの頭に唇を付ける。


「え、え……? なに……? なんですか……?」


 エメの視界は真っ白いトーガを纏った胸板で塞がれている。エメは何が起こっているのかわからずに、体を強張らせたまま、それ以上動けなかった。エメの腕を掴む力は強く、逃れようとしても敵わないだろう。

 不意に頭の上から重みが消えて、モンスターの体がエメから少し離れた。エメの腕を掴む力はまだ強くて、エメは動けない。モンスターは、その綺麗な顔でぼんやりとエメを見下ろしていて、炎のような色の赤い瞳が、今は熟した果物のように潤んでとろりとしている。


「あ……目、赤くなった、綺麗です……MPマナ美味しい、もっとください」


 モンスターが掠れた声を出して、またエメに顔を近づけようとしたところで、グリモワールがまるで羽ばたきのようにばたばたとエメの手の中で暴れ出す。突然のことにモンスターの手が緩んでエメの手元を見下ろした。エメもそれでようやく動けるようになって、慌てて一歩下がる。

 グリモワールがエメとモンスターの間を遮るように浮かび、エメに頁を見せる。


──調査に時間がかかりました。どうやら不具合バグのようです。とりあえず、落ち着いて話をするために、このモンスターを部屋へ移動させてください。


「そっか、移動させれば良かったんだ」


 エメは慌ててグリモワールの頁に触れる。


「部屋へ移動」


 これまでのモンスターは、エメの言葉と共にすぐにその姿を消したけれど、目の前のモンスターは消えなかった。慌ててもう一度「部屋へ移動」と命令するが、なんの反応もない。二度三度試しても駄目で、エメは自分が間違っているのかと焦る。


──不具合バグの影響かもしれません。こちらの操作を受け付けない。


 珍しく、グリモワールの綴りが乱れていた。グリモワールも焦っているのかもしれないと思って、エメはより一層怖くなった。


不具合バグ?」


──見た目も表記もSRスペシャルレアランクのアポロンというモンスターのものです。ですが、ステータスがマイナス値で、通常ではあり得ない値になっています。それに、いくつかの操作を受け付けないようです。一体なんでこんなことになっているのか、検討もつきません。不具合バグだとすると、大問題だ。


 エメには、グリモワールの言葉の一部しか、意味がわからなかった。わからなかったけれども、なんだかヤバイことになっているということだけはわかった。


 エメは顔を傾けると、恐る恐るグリモワールの頁から顔を覗かせて、モンスターを見た。

 モンスターはエメの顔の角度に合わせて首を傾けると、それからにっこりと嬉しそうな笑顔になった。まるで母親の姿を見付けた子供のように。邪気も屈託もなく、ただ目の前に大好きなものを見付けたという顔。

 エメはさっとグリモワールの頁の陰に隠れて、泣きそうな顔でグリモワールに問いかける。


「それで、このモンスターは、どうしたら良いんですか?」

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