第十五話 エメは集客をする

──ダンジョンの活動は再開しましたが、このままでは冒険者がきません。ここにダンジョンがあることを知ってもらう必要があります。


「あ、そっか。確かに、ダンジョンがあることを知らなかったら、誰も来ませんよね」


 ダンジョンを公開パブリック状態にして、なんだかやり遂げた気持ちになっていたエメだったけれど、グリモワールの言葉を見て、確かにと頷いた。


「でも、どうしたら良いんでしょうか」


──このような時には集客マーケティング機能を使います。


 ダンジョン管理頁の下にあった「集客マーケティング」という文字が青く光る。


──集客マーケティングは、ダンジョンの近くにいる人をダンジョンの入り口エントランスに転送します。入り口エントランスの魔法陣と同じく六人まで転送が可能なので、パーティを呼ぶこともできます。


「え、それって……大丈夫なんですか……突然転送されたら、その人って困りませんか……?」


──集客マーケティング機能は、ちょうど良い人物を探して転送します。場合によってはちょうど良い人物がいなくて、転送に失敗することもあります。現に、これまでの転送対象者は素直にダンジョン探索をしてくれました。それでもまだ不安なら、過去に問題が発生した事例ケースを探しますが、かなり時間がかかるでしょう。


「ちょうど良いってなんだろう……大丈夫なら良いのかな……」


 エメは口元に手を当てて考え込んでしまったが、グリモワールはエメの結論を待たずに綴る言葉を続けた。


──メテオールのダンジョンの力が及ぶ範囲は、一番近くのメテオールの村とシロシュレクくらいです。集客マーケティング機能の効果範囲となると、シロシュレクでは少し遠いのできっとメテオールの村にいる誰かになるでしょう。

──本来なら冒険者を転送する呼ぶのが一番都合が良いのですが、メテオールの村には、現在都合良く冒険者がいたりすることはありません。なので、メテオールの村にいる、突然転送されてもダンジョン探索を受け入れてくれそうな、多少警戒心が薄めで冒険心が溢れていそうな、そしてスライムと戦闘できそうな体力がある人物が転送されるでしょう。

──今のダンジョンわたしたちの目的は、このダンジョンの存在を知ってもらうことです。なのでできれば、スライムを倒してドロップしたアイテムを持って村に戻ってそれを言いふらしてくれそうな、そんな希望に満ちた若者だと都合が良いでしょう。であれば、若者にとっては自慢話のネタができ、ダンジョンわたしたちはその存在を周囲に知らせることができ、お互いの利になる行為と言えます。


「お互いの利……そうなのかな……」


 それでもまだ考え込んでしまっているエメに、グリモワールはさらに言葉を綴る。


──マスターはダンジョン話おとぎばなしに憧れていると言っていました。冒険者になりたいとも。例えば、冒険者になる前のマスターが、突然ダンジョンに転送されて探索してどうぞと言われたら、どう行動するでしょうか。


「え……ダンジョンに……それは、喜ぶかもしれません……」


 エメは「かも」と口にしたが、言ってから、きっと喜んで探索をするだろうなと思ってしまった。ずっと憧れていたダンジョンが目の前にあって入って良いなら、きっとやる。


──もちろん、転送する呼ぶのは冒険者ではなく探索の素人です。安全に配慮してスライムは弱体化していますし、戦うための武器も用意してあります。ダンジョンの中ですので、例えHP0戦闘不能になっても入り口エントランスに戻されるだけです。

──どこの村にも、冒険者に憧れて自分の腕を試したいと考えている若者は一人くらいいるものです。過去のあなたのような存在に、夢を与える行為でもあるのですよ。


 グリモワールのその言葉に、エメは頷いた。過去の自分のような人が喜んでダンジョン探索をするなら、そんなに悪くないと思ってしまった。


「わかった。集客マーケティングだっけ。やってみます」


──はい。集客マーケティング機能は、魔水晶を使うものと魔虹石を使うものがありますが、今回は魔水晶を使った集客マーケティングを行います。魔虹石を使った集客マーケティングは転送対象を何組も見付けますが、今回は一人いればじゅうぶんでしょう。


 頁内の「魔水晶で集客マーケティング」という文字の隣に青い矢印が点滅を始めた。エメがその文字に触れて「魔水晶で集客マーケティング」と声に出すと、四角形ウィンドウが表示された。


──

魔水晶を10個消費して集客マーケティングを行います。

 現在の所持数 100個 → 使用後の所持数 90個

本当に集客マーケティングを実行しますか?

──


「はい」


 エメの言葉と共に、部屋の隅に積まれていた魔水晶の光がほんの少しの間、強まったように見えた。


──

集客マーケティングを開始。転送対象者を探しています。

──


──見付かったようです。正面の投影石モニターに状態が映りますよ。


 正面の壁一面は艶やかな黒い石だった。それは、ダンジョンの入り口エントランスにある操作石コントローラーに似ていて、でも入り口エントランスにあるそれはもっと小さく手のひらほどの大きさしかない。

 その壁一面の石が光り出して、ぼんやりと何かが映る。その光はだんだんくっきりとしながら、人の姿を映し出した。十五歳成人くらいの男の人がきょろきょろと辺りを見回している。

 エメがぼんやりと壁に映し出された光景を見上げていて、グリモワールが綴る言葉を見ないので、グリモワールは宙に浮かび上がってエメの視線を遮るようにその目の前に頁を差し出した。


──この部屋では、ダンジョン内の様子が確認できるようになっています。今映っているのは、このダンジョンの入り口エントランスで、あの彼が集客マーケティングで転送された人間です。メテオールの村の、もうじき成人する、今回の条件にぴったりな若者です。


 エメは両手でグリモワールを持つと、膝の上に乗せて視線を落とした。


「それで、どうしたら良いんでしょうか」


──この後、彼が操作石コントローラーに触れれば、先ほど作成した設計デザインがマップとして表示されます。彼がそれを選択すると、設計デザイン活性化アクティベートが発生します。

──活性化アクティベートが発生すると、ダンジョンマスターのMPマナ活性化アクティベートコストの分だけ消費されます。これは自動で行われます。もしもMPマナが足りない場合は活性化アクティベートに失敗します。失敗した場合は操作石コントローラーの操作も取消キャンセルされるので気を付けてください。


「ああ、ダンジョンの入場制限ってそういうことだったんですね」


──そうですね。もっとも、マスターの場合はMPマナがとても豊富なので、あまり気にすることはないでしょう。


「あ、魔水晶も減っちゃうんですよね。さっきのヒールポーションの分」


──良い質問です。MPマナが消費されるのは、最初の活性化アクティベートのタイミング、つまりは人がマップを選択してダンジョンに入るタイミングです。

──ですが、魔水晶が消費されるのは、人が攻略クリア緊急脱出ギブアップしてダンジョンから出るタイミングです。つまり、人がダンジョンから出る時に、ダンジョンの外に持ち出し可能なアイテムを持っていた場合にのみ、魔水晶が消費されます。

──今回であれば、彼がスライムを倒してドロップしたヒールポーションを手に入れた時だけ、魔水晶が消費されます。


 エメは頷いて、また壁に目を向けた。その中ではちょうど、さっきの若者が操作石コントローラーに触れていた。そして、入り口エントランスの床の魔法陣が光を放つ。合わせて、こちらの部屋の魔法陣も淡く光った。映像の中では、若者が殺風景な石の部屋の中に転送されていた。

 エメの膝の上のグリモワールが突然表紙を閉じて、また開いた。エメがまたグリモワールに目を向けると、目次メニューの頁が開かれている。通知事項お知らせの横に、いつものあの青い矢印が出ていた。


──活性化アクティベートは自動で行われます。後から確認したい場合は、通知事項お知らせを見てください。


 試しに見てみろということだなと、グリモワールの導入説明チュートリアルに慣れてきたエメは考えた。そして、通知事項お知らせの文字に触れて、声に出して命令する。

 通知事項お知らせは、すぐ右の頁に表示された。


──

〜 通知事項お知らせ 〜

・New 「ダンジョン1」を活性化アクティベートしました。

 MP-62

 >活性化アクティベート記録ログを見る


通知事項お知らせは以上です

──


──魔道書わたしの操作に随分と慣れてきましたね。素晴らしいです。この部屋を離れる場合は、時々こうやって通知事項お知らせを確認してください。ずっとこの部屋で見ているわけにはいかないでしょうから。


 壁の中では、若者が近くに落ちていた木製の剣を拾い上げて、スライムと戦っていた。実際に冒険者としてモンスターと戦ったこともあるエメから見ると明らかに戦いなれてなくて、すぐにHPが0戦闘不能になってしまうんじゃないかと気が気じゃなかった。

 最後にはなんとかスライムを倒しきってエメはほっと息を吐く。ドロップしたヒールポーションを拾い上げて、やり遂げた顔になっているのを見て、エメは小さく拍手した。


──活性化アクティベートは自動で行われますし、今回のように探索の様子を見ていなくてもダンジョン運営は可能です。それでも、慣れない間は特に、探索の様子を観察することをお勧めします。

──どのような設計デザインが良いのか、その答えは全て探索の中にあります。構造が単純すぎないか、複雑すぎないか。モンスターは強すぎないか、弱すぎないか。ドロップアイテムは適切か。確率の設定に問題はないか。多くの冒険者が訪れる素晴らしいダンジョンにするためには、冒険者の直接の反応を見るのが一番良いでしょう。


「そっか……わかりました。頑張ります!」


 モニタ越しとはいえ、目の前で、多分生まれて初めての探索をやり遂げた瞬間を見たせいで、エメも釣られて気分が盛り上がってしまい、無駄にやる気になっていた。


──やる気になるのは良いことです。あ、攻略クリアしましたね。新しい通知事項お知らせも出ました。


──

〜 通知事項お知らせ 〜

・New 「ダンジョン1」が攻略クリアされました。

 魔水晶−2 魔虹石+1

 >活性化アクティベート記録ログ


・「ダンジョン1」を活性化アクティベートしました。

 MP−62

 >活性化アクティベート記録ログ


通知事項お知らせは以上です

──


「あれ、魔水晶の減る数がおかしいですよ。それに、この魔虹石プラス1って……」


──細かいところに気付いて素晴らしいです。説明するので「活性化アクティベート記録ログ」を確認しましょう。


「あ、はい。えっと、ここの文字で良いのかな……活性化アクティベート記録ログ


 エメは「魔水晶−2」と書かれている下の「活性化アクティベート記録ログ」の文字に触れてそう言って、そして頁から手を離した。グリモワールが頁をぱらぱらとめくって、開かれた頁をエメが覗き込む。


──

〜 活性化アクティベート記録ログ 〜

設計デザイン:ダンジョン1

探索人数:1人


活性化アクティベートコスト MPマナ:−62

活性化アクティベートコスト 魔水晶:−4


魔水晶生成数:+2

魔虹石生成数:+1

──


──これが、今回の探索の記録です。活性化アクティベートのために魔水晶が4減りましたが、2増えているので差し引きで減ったのは2だけです、何より魔虹石が生成できました。魔虹石は滅多に生成されないので、非常に運が良いですよ。おめでとうございます。


「探索で魔水晶が増えるんですね」


──そうです。そして、これがダンジョンわたしたちの目的です。

──ダンジョンはMPマナを結晶化して魔水晶やごく稀に魔虹石に変換することができます。魔水晶や魔虹石の材料になるMPマナを集めるために、マスターは冒険者を集めてください。冒険者がたくさん来るように、冒険者にとって魅力的になるように、マジックアイテムを冒険者に渡します。ただ渡すのではMPマナが手に入らないので、モンスターや罠を配置して、できるだけMPマナを使うように誘導します。


活性化アクティベートでしたっけ、あれにもMPマナが必要なんですよね。そのMPマナを直接結晶化するのでは駄目なんですか」


──一回の探索では、通常は活性化アクティベートに使うよりもずっと大量のMPマナが手に入ります。その方が効率が良いのです。


「今回は、魔水晶減ってしまいましたけど……」


──そうですね。今回は、導入説明チュートリアルとダンジョンの存在を知らせるのが目的だったので、コストは度外視です。運良く魔虹石が生成できたので、収支としてはかなりプラスになりましたが、元々魔水晶が減るのは想定していたものです。

──通常は、入手の見込み量から活性化アクティベートに使えるコストを逆算して、設計デザインを行います。


「え、難しそうですね」


 エメは頁を見て難しい顔をして固まってしまった。なんだかいろいろ考えることがありそうに思えて、困惑して眉を寄せる。


──大丈夫です、だんだん慣れていきましょう。機能説明ヘルプにもこういった説明や小技チップスがまとまっています。あとでぜひ目を通してみてください。


「う……はい」


 エメがなんとか頷くと、グリモワールは話を切り替えた。


──では、次に進みましょう。先ほど設計デザインしたダンジョンは、村人にアイテムを持ち帰ってもらうにはちょうど良いものでしたが、冒険者を迎え入れるには物足りないでしょう。新規に設計デザインをするにも、初期デフォルト素材オブジェクトだけではできることも限られます。

──まずは召喚ガチャをして、使える素材オブジェクトを増やしましょう。


 エメはぽかんとしたまま、小さく「召喚ガチャ」と呟いた。それが何をするものなのか、エメには想像ができなかった。

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