第十二話 エメは契約書と利用規約を読み飛ばした
グリモワールの頁上の文字が全部消えたかと思うと、これまでよりも大きめの文字で文章が綴られる。
──お願いします。ダンジョンマスターになってください。このダンジョンをあなたの力で蘇らせて欲しい。
エメはしばらく考え込む。グリモワールの話を聞いて、ダンジョンマスターというものを魅力的に感じていた。レオノブルに戻って冒険者を続けても、うまくいくかはわからない。うまくいかなければ、いずれ村に帰ることになってしまうだろう。そして、ダンジョンとは無縁の生活を送るのだ。ダンジョンマスターというものになれば、冒険者になれなくても、ダンジョンと関わっていられる。
エメの気持ちはもう、だいぶ傾いていた。あとは何かひとつ、背中を押すものがあれば良い。
「最初に、わたしの
──量が多いこともダンジョンマスターとしては有利に働きます。ですがそれだけではありません。あなたの
「確率?」
──ダンジョン探索でもその傾向は見られるはずですが、心当たりはありませんか。例えば、
「あ……」
エメは小さく声を上げた。これまでのダンジョン探索を思い出す。
──詳細は契約後に伝えますが、その性質は非常に強力です。あなたの
「そっか、ダンジョンマスター向き……」
自分は冒険者でなくてダンジョンマスターに向いていたのかと、エメは納得してしまった。その納得に背中を押されて、その時にエメはグリモワールに頷いて見せた。グリモワールから見えているかはわからないけれど。
「わかった。ダンジョンマスターになります」
エメの言葉に、グリモワールは喜びを表現するかのように飛び上がった。宙に浮いて、一度その表紙を閉じると、改めて開く。びっしりと細かな文字で埋め尽くされた頁を開いて、エメに見せるように目の前に持ってゆく。さっきまでと文字の色が変わって、
読めということだろうかと、エメはそれに目を通した。
──
ダンジョンマスター契約書
エメ(以下「ダンジョンマスター」という)と■■■■■■(以下「我々」という)の間で、メテオールにあるダンジョンの運営・管理業務の依頼に関して、次の通り契約を締結する。
──
何かが書いてあるのはわかるけれど、文字として認識できない線の塊があった。
「(以下「ダンジョンマスター」という)と」と「(以下「我々」という)」の間の部分だ。読もうと思ってじっと目を凝らすと、線がざわざわと蠢くように見えて、どうしてもしっかりした形が認識できない。
「ねえ、ここの文字読めないんだけど」
エメの言葉に反応するように、
──ここですか。
同じ
「うん……読もうと思うんだけど、形もよくわからなくて」
──人間には認識が難しいのかもしれません。ダンジョンの仕組みを用意して
エメは本当に問題はないのだろうかと思ったけど、読めないのはそこだけのようだったので、とにかく先に進むことにした。
エメがまた読むことに集中を始めると、後から綴られた
──
第一条(ダンジョンの運営・管理業務)
ダンジョンの運営・管理業務は、メテオールのダンジョン(以下「当ダンジョン」という)について、冒険者を受け入れるための運営業務と修繕などの管理業務全般を指す。
第二条(依頼)
我々は、ダンジョンマスターに対して当ダンジョンの運営・管理業務について依頼し、ダンジョンマスターはこれを承諾した。
第三条(報酬)
我々は、当ダンジョンの運営・管理業務の報酬として、
第四条(権限)
我々は、グリモワールの閲覧権限とダンジョンシステムのアクセス権限、その他ダンジョン運営・管理業務に必要と思われる権限をダンジョンマスターに与える。
第五条(ダンジョンの運営・管理業務中に発生する魔水晶と魔虹石)
ダンジョンの運営・管理業務中に発生する魔水晶と魔虹石については、ダンジョンマスターが自由に使用可能なものとする。
第六条(有効期限)
──
エメは頑張って読んでみたものの、馴染みのない表現が多くて目が滑りがちになり、内容はさっぱり頭に入ってこなかった。
「え、これ全部読むの……?」
エメが困惑した声を上げると、頁下部の余白に言葉が綴られ始める。
──これはダンジョンマスター契約書です。読み終わったら頁をめくってください。次の頁に利用規約もあります。
──利用規約にも目を通したら、最後にサイン欄があります。そこにサインをすれば契約完了です。サインした時点で、契約書と利用規約には目を通して内容に同意したものとして扱われます。
頁をめくれと言わんばかりに、頁の右下がきらきらと青白い光を放って点滅する。
エメは契約書の内容を全部読まないうちに、導かれるままにそこを指先で摘んで、次の頁をめくった。
次の頁にも
──
利用規約
第一章 総則
第一条(目的)
1. この利用規約(以下「本規約」といいます)は、■■■■■■(以下「我々」といいます)が定めた方法に従って契約した者(以下「ダンジョンマスター」といいます)に対して提供するグリモワールまたはダンジョンの機能(以下「本機能」といいます)の利用に関する諸事情を定めるものです。
──
また読めない文字が出てきた。文字なのかどうかもわからない。さっきと同じように「(以下「我々」といいます)」の前に出てきたので、やはりここも名前なのだろう。エメは今度は気にせずに読み進めることにした。
──
2. 本規約における本機能とは、次の各号に定めるものとします。なお、ダンジョンマスターとは、契約期間中の者のみを呼び、過去の契約有無に関わらず契約期間中でない者はダンジョンマスターではなく、本機能の利用もできないものとします。
(1)我々が、我々の管理するグリモワール上で提供する機能のすべて
(2)我々が提供するダンジョンに関する機能のすべて
第二条(本規約の変更)
1. 我々は、ダンジョンマスターの同意を得ることなく、本規約を変更できるものとします。この場合、ダンジョンマスターは、本規約の変更後に本機能を利用することにより、変更後の本規約に同意したものとみなします。
2. 本規約の変更は、変更後の本規約がグリモワールに表示され、ダンジョンマスターが閲覧可能となった時点より効力が生じるものとします。
第二章 ダンジョンマスター
第三条(ダンジョンマスター契約)
1. 本機能を利用する者は、本規約に同意した上、我々が定める
第四条(
1. 本機能は、
2. 我々は、登録されたマナ情報を利用して行われた一切の行為を、ダンジョンマスター本人の行為と見做すことができます。
──
エメは利用規約も途中で読むのをやめてしまった。読んでも何を言っているのかよくわからない。頁右下の青白い光の誘導に従って、頁をめくる。次の頁は文字が少なくて、ほっとした。
光が点滅しているところのすぐ上には、次のような一文が
──わたしは、契約書の内容に同意し、利用規約に同意し、ダンジョンマスター契約を結びます。
読んでないけど良いのだろうかと、ほんの少しだけエメは考えた。でも、頁を戻しても、あの細かい文字を読める気がしない。
エメは羽ペンを握って、光の点滅に導かれるままに「エメ」と自分の名前を書き込んだ。
途端、本全体が青白く輝き始める。エメが握っていた羽ペンがその光に溶けるようにふわっと消える。
本が一度閉じられてまた表紙を開く。中表紙の部分も真っ白で、そこに
──
エメは指示の通りに中表紙を右手のひらで触る。エメが触れたところが虹色に光り、そこから波紋のように、紙の上を虹色の光が広がった。
──「エメ」のマナ登録中。登録完了。
本全体を包み込んでいた青白い輝きがなくなって、エメはわけがわからないまま手をどける。その部分に、
──
ダンジョンマスター エメ
ダンジョンレベル 1
魔虹石 0
魔水晶 0 / 1,000
> 詳細
──
瞬きをしてその文字を眺めていたら、頁を勝手にめくられてしまった。何も書かれていない頁に、新しい言葉が
──ようこそ。ダンジョンマスター・エメ。わたしはグリモワール。あなたのサポートをするために作られた
まるで用意されていたかのように、滑らかに言葉が綴られてゆく。エメがぽかんとしていると、なおも言葉は続いた。
──まずは
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