第九話 エメは仲間との連携を覚えた
今日探索するマップは、レオノブルに二つある初心者向けマップのうち、難易度が高い方だ。冒険者たちの間では「初心者向け戦闘マップ」と呼ばれている。ちなみに難易度が低い方は「初心者向け採集マップ」だ。
初心者向け戦闘マップは、見た目の雰囲気は採集マップとあまり変わらない。一
出現モンスターは、スライムや
エルヴェのパーティは何度もこの戦闘マップを
ダンジョンに入ってまず、
「
光が吸い込まれて周囲が真っ暗になる中、慌てて
エメはさっそく
「エメ、今の大丈夫なの?」
「はい……
イネスの問いかけに、必要以上に言葉を連ねて言い訳じみた説明をしてしまう。
「話には聞いていたが……本当にあっさり出るものなんだな、
ユーグの言葉に、エメはますます俯いてしまった。エルヴェと二人で選んで買い直した杖をぎゅっと握りしめて、エメは何も言えなくなった。
イネスがユーグの脇腹を肘で小突くと、ユーグははっとしたように慌てて謝った。
「あ……悪い。少し、驚いただけで、その、責めてるつもりはない」
「でも、最初の
ラウルの言葉は冗談めいていて、エメが気にしすぎないように気を遣っているのがわかった。
「エメさん、もう一回
「はい……」
エルヴェの優しい言葉に、エメは顔を上げてもう一度
エルヴェはその
「さて、じゃあ、打ち合わせ通り、
「はい」
これは、ラウルの発案だった。
つまり、戦闘中の緊迫したタイミングだから
可能であれば持続時間を延長して、エメはずっと
パーティ全員に
その間に
「連続使用は結構きついと思うけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫です、
ラウルの問いかけに、エメは頷いた。それでも、自分の魔法が本当に役に立つのか不安で、エメは自分の足りないところを挙げてゆく。
エルヴェは首を振ってそれを遮った。
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。それと、エメさん、自分のこと忘れてる。ちゃんと自分にも
「あ……忘れてました」
エメが慌てて自分に
ダンジョン探索はとても安定していた。エルヴェのパーティはレベル25で、四人でも安定してこの戦闘マップを探索できる程度の実力がある。
戦闘の合間に休息をとりながら、エメはパーティメンバーに
エメは時折
実際、
「わたしの魔法、役に立ってないですよね……」
何度目かの休息の時に、エメはイネスに
「レベル差はどうしてもあるからね。でも、焦らなくても大丈夫だよ」
イネスが苦笑しながら、エメを慰める。役に立ってると言われなくて、エメは逆にほっとした。自分の魔法が戦いになんの影響も与えていないのがわかっているのに、それでも「役に立っている」なんて言われたら、きっといたたまれない気持ちになっただろう。
「このマップは、もうずっと四人で潜ってたし、レベル的にも余裕がある状態だから。確かに、エメさんがいなくても
エルヴェは困ったように眉尻を下げて、エメに言う。エメは「ですよね」と俯いた。
「でも、今日はお互いの戦い方や連携を見るためだって説明したよね。ベテランの冒険者でも、新しくパーティを組んだ時は普段よりランクが下のマップに入って、そうやって余裕がある状態でお互いの実力を見極めてそのパーティでの連携を考えたりするものだよ。
長いこと四人だったところに一人で入ってきて、やりにくいところはあると思うけど……今は役に立つとか立たないとかじゃなくて、メンバーの動きを見ながら、魔法を使うタイミングを考えながら戦って欲しいな」
「あ……そっか……」
エルヴェの言葉に、エメは自分が役に立つのかどうかしか考えていなかったことに気付いた。他のメンバーの動きを見ることもなく、ただエルヴェの指示を受けて、言われた通りに魔法を使っていただけだ。自分の考えの幼稚さに、エメは急に恥ずかしくなった。
「ごめんなさい、わたし……みんなの役に立たないとって、それしか考えてなくって。自分のことばっかり気にしてて……」
「大丈夫、みんなエメの
イネスが明るくそう言って、エメの肩に手を置いた。そうやってエメの顔を覗き込んで、にっこりと笑う。エメはイネスに近い距離で見詰められて、やがて照れたように、でも悔しそうに眉を寄せて笑って、小さくお礼を伝えた。
「まあでも、実際
「そうだね……」
ラウルは溜息まじりに、半ば愚痴のような言葉を零す。
エルヴェは何か考えながら相槌をうった後、エメの方を見てにっこりと笑った。
「うん、ちょっと
エルヴェが
それでも、それによってエメの気が楽になるわけではない。最初は、エルヴェに指示を出されても、すぐに攻撃魔法を使うことができなかった。どうしても、ためらってしまって、少し時間が空いてしまう。そして、エメのためらいには関係なく、
エメの
「エメさんの魔法が遅れると、ユーグが割り込むタイミングが遅れる。イネスの攻撃も。タイミング覚えてね。
「う……は、はい」
そして、攻撃魔法のタイミングが遅れがちなまま、エルヴェとの
「運が良いね。マジックバッグ欲しいな」
「そればっかりは確率ですからね」
もう何度か戦っている相手だからか、メンバーにはそんなことを言い合う余裕もある。
エメは相変わらず、エルヴェの指示で魔法を放っているだけだった。
攻撃範囲に注意して細かく位置を変えながら、エメも懸命に魔法を放つ。
強力な攻撃の直後はみんなHPが減っていることが多いので、
エメの魔法が届き、硬直時間の解けた
スキルで命中率を上げたイネスの攻撃が、トドメを刺した。
「マジックバッグだ!」
ドロップしたマジックバッグを拾い上げて、イネスがはしゃいだ声を出す。
「エメさん、最後の方、俺の指示がなくても連携できてたね。みんなのこと、よく見てたと思うよ」
エルヴェに言われて、エメは自分が戦闘に参加できていたのだと気付く。だから、エルヴェの言葉を素直に受け入れることができた。ようやくパーティの一員になれた気がして、エメは嬉しくて、エルヴェに笑顔を返した。
その日の夜は、パーティが泊まっている宿屋の
エメは、
他のメンバーは何度もこうやって乾杯しているのだろう、頼み慣れているし、それぞれ思い思いのお酒を頼んでいる。エメは
今日ドロップしたマジックバッグは売らずにパーティで使いたいと告げるエルヴェに、みんな賛成した。ダンジョン探索で重量無視ができる恩恵は大きい。乾杯では
それから、ペティラパンに拠点を移したいという話もした。ペティラパンの初心者向けマップを何度か
「乗合馬車の予定を見ないと、出発は決められないか」
「荷物も少し整理が必要ですね」
ユーグは
エメは二杯目の
「わたしも一緒に説明に行こうか?」
エメの事情を知っているイネスが、そう申し出てくれた。イネスは最初からずっと
メンバーからの好意が何だか気恥ずかしくて、エメは目を伏せて手元の
「わたし……初めてなんです」
「こんなに、優しくしてもらえて……わたし、幸せで……」
「エメ、お酒弱いんだね!?」
隣に座っていたイネスが、エメの手から
「ん……大丈夫です、もっと……これ好き」
「ちょっとわたしの部屋で休もうか!?」
ふわふわとしたエメをイネスが立ち上がらせて部屋に連れてゆく。エメは大人しくイネスに手を引かれて、ふわふわと頼りない足取りではあったけれど、階段を登っていった。
エルヴェは赤くなった頬を隠すように片手で顔を覆って横を向いていた。エメが立ち去った後もしばらくそうしていたが、急に立ち上がると「俺も寝る」と言い残して部屋に向かった。
ラウルとユーグは視線を交わしてから、テーブルの上に残った料理をゆっくりと摘む。二人とも何も言わなかったけれど、エルヴェをしばらく独りにしておいてやろうと判断したことは、お互いに伝わっていた。
エメはダンジョン探索が初めてうまくいき、
パーティメンバーはみんな良い人たちで、自分も連携ができるようになって、少し
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