第九話 エメは仲間との連携を覚えた

 今日探索するマップは、レオノブルに二つある初心者向けマップのうち、難易度が高い方だ。冒険者たちの間では「初心者向け戦闘マップ」と呼ばれている。ちなみに難易度が低い方は「初心者向け採集マップ」だ。

 初心者向け戦闘マップは、見た目の雰囲気は採集マップとあまり変わらない。一階層フロアしかないし、広さも同じくらいだ。違いは、採集用の素材がほとんどないことと、遭遇エンカウントするモンスターの種類と数が多いこと。採集マップよりも強い敵も出てくるし、ボスモンスターとの遭遇エンカウントもほぼ確実に起こる。もちろん、その分ドロップする手に入るアイテムも採集マップより良いものが多い。

 出現モンスターは、スライムやポイズンスライムに加えて防御力の高いストーンスライム、他にも大蝙蝠ジャイアントバット小鬼ゴブリンなどが出てくる。ボスモンスターは大蝙蝠ジャイアントバット小鬼ゴブリンの上位種、あるいは低確率稀にだがミニ土人形ゴーレムが出現することもある。

 ミニ土人形ゴーレムは、これも非常に低確率でごくごく稀にCコモンのマジックバッグをドロップする落とすこともあるらしい。Cコモンのマジックバッグは重量無視の効果しかないが、それでも良いから欲しいと思う人は冒険者以外にも多い。

 エルヴェのパーティは何度もこの戦闘マップを攻略クリアしていて、ミニ土人形ゴーレムとも戦ったことはあるけど、それでもマジックバッグのドロップはまだ経験がない。




 ダンジョンに入ってまず、MPマナの多いエメが灯りライトの魔法を使う。そして、いつものように大失敗ファンブルを起こした。


解除アンチ・スペル


 光が吸い込まれて周囲が真っ暗になる中、慌てて解除アンチ・スペルを使って元に戻すと、エルヴェ以外のメンバーが全員びっくりした顔でエメを見ていた。エルヴェがそれほど驚いてないのは、一昨日の練習で散々見ていたからだ。

 エメはさっそく大失敗ファンブルを起こしてしまったことで、ひどく落ち込んでしまった。また駄目と言われるかもしれないと、怯えて俯く。


「エメ、今の大丈夫なの?」

「はい……灯りライトは単に、周囲の光が消えてしまうだけでダメージとかは特にないし……少しすると戻るんですけど、解除アンチ・スペルで効果を消せばすぐに戻るので」


 イネスの問いかけに、必要以上に言葉を連ねて言い訳じみた説明をしてしまう。


「話には聞いていたが……本当にあっさり出るものなんだな、大失敗ファンブルが」


 ユーグの言葉に、エメはますます俯いてしまった。エルヴェと二人で選んで買い直した杖をぎゅっと握りしめて、エメは何も言えなくなった。

 イネスがユーグの脇腹を肘で小突くと、ユーグははっとしたように慌てて謝った。


「あ……悪い。少し、驚いただけで、その、責めてるつもりはない」

「でも、最初の大失敗ファンブルがこのタイミングで良かった。今ならゆっくり驚いておけますから。この先は、いつ大失敗ファンブルが起こっても良いように、覚悟しておきます」


 ラウルの言葉は冗談めいていて、エメが気にしすぎないように気を遣っているのがわかった。


「エメさん、もう一回灯りライトやってみて。今なら何回大失敗ファンブルしても大丈夫だから」

「はい……」


 エルヴェの優しい言葉に、エメは顔を上げてもう一度灯りライトを使う。今度は普通に成功して、杖の先に球状の光が浮き上がる。エメはそれを上に持ち上げて、いつものように自分の頭上の高い位置に固定した。

 エルヴェはその灯りライトの光を見上げて、にっこりと笑った後にエメを見た。


「さて、じゃあ、打ち合わせ通り、強化バフをお願い」

「はい」


 これは、ラウルの発案だった。

 つまり、戦闘中の緊迫したタイミングだから大失敗ファンブルが致命的になる。戦闘前のタイミングで、パーティメンバーにある程度の強化バフをかけておく。このタイミングで大失敗ファンブルしても、落ち着いて対処できる。

 可能であれば持続時間を延長して、エメはずっと強化バフの維持に集中できればベストだったけれど、実戦経験と共に魔法使用経験も乏しいエメは持続時間延長がまだほとんどできなかった。とりあえず、効果が切れそうになったら休息して再度強化バフをかけるということになった。


 パーティ全員に防御力上昇ディフェンス・アップを、モンスターに物理攻撃をするイネスとユーグには攻撃力上昇オフェンス・アップ、魔法がメインのエルヴェとラウルには魔法の威力に影響する魔力上昇センス・アップをかける。

 その間に大失敗ファンブルが二回、大成功クリティカルが一回発生した。


「連続使用は結構きついと思うけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫です、MPマナはまだ余裕があるし。でも、わたしができる強化バフは今はこれで全部で……もう少し強化バフを覚えておきます。後は、効果時間延長ももっとできるようにならないと」


 ラウルの問いかけに、エメは頷いた。それでも、自分の魔法が本当に役に立つのか不安で、エメは自分の足りないところを挙げてゆく。

 エルヴェは首を振ってそれを遮った。


「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。それと、エメさん、自分のこと忘れてる。ちゃんと自分にも防御力上昇ディフェンス・アップをかけてね」

「あ……忘れてました」


 エメが慌てて自分に防御力上昇ディフェンス・アップをかけて、パーティはようやく探索を開始した。


 ダンジョン探索はとても安定していた。エルヴェのパーティはレベル25で、四人でも安定してこの戦闘マップを探索できる程度の実力がある。

 戦闘の合間に休息をとりながら、エメはパーティメンバーに強化バフをかける。エメの仕事はそれだけかと思ったけれど、エルヴェは戦闘中でも弱体化デバフや状態異常の魔法をかけるようにエメに指示を出した。

 エメは時折大成功クリティカル大失敗ファンブルを出しなからも、言われた通りに魔法を使う。大失敗ファンブルが起こる度に、エメはぎゅっと体を固くした。エルヴェはその度に大丈夫と言うように軽く肩を叩いてくれた。

 実際、大失敗ファンブルが起こると確かに一瞬パーティの連携は乱れるけれど、すぐに誰かがそれをフォローする。そして、元のように安定した戦い方に戻る。その様子を見ながら、エメは不安になってきた。大失敗ファンブルが発生しても問題がないように、そもそもエメの魔法がなくても彼らは同じように安定して戦えるのではないだろうか。


「わたしの魔法、役に立ってないですよね……」


 何度目かの休息の時に、エメはイネスに防御力上昇ディフェンス・アップをかけて、それからぽつりと自分の不安を漏らした。


「レベル差はどうしてもあるからね。でも、焦らなくても大丈夫だよ」


 イネスが苦笑しながら、エメを慰める。役に立ってると言われなくて、エメは逆にほっとした。自分の魔法が戦いになんの影響も与えていないのがわかっているのに、それでも「役に立っている」なんて言われたら、きっといたたまれない気持ちになっただろう。


「このマップは、もうずっと四人で潜ってたし、レベル的にも余裕がある状態だから。確かに、エメさんがいなくても攻略クリアはできる状態だよ」


 エルヴェは困ったように眉尻を下げて、エメに言う。エメは「ですよね」と俯いた。


「でも、今日はお互いの戦い方や連携を見るためだって説明したよね。ベテランの冒険者でも、新しくパーティを組んだ時は普段よりランクが下のマップに入って、そうやって余裕がある状態でお互いの実力を見極めてそのパーティでの連携を考えたりするものだよ。

 長いこと四人だったところに一人で入ってきて、やりにくいところはあると思うけど……今は役に立つとか立たないとかじゃなくて、メンバーの動きを見ながら、魔法を使うタイミングを考えながら戦って欲しいな」

「あ……そっか……」


 エルヴェの言葉に、エメは自分が役に立つのかどうかしか考えていなかったことに気付いた。他のメンバーの動きを見ることもなく、ただエルヴェの指示を受けて、言われた通りに魔法を使っていただけだ。自分の考えの幼稚さに、エメは急に恥ずかしくなった。


「ごめんなさい、わたし……みんなの役に立たないとって、それしか考えてなくって。自分のことばっかり気にしてて……」

「大丈夫、みんなエメの経験が少ないレベルが低いことは知ってるし、その上で誘ってるんだから」


 イネスが明るくそう言って、エメの肩に手を置いた。そうやってエメの顔を覗き込んで、にっこりと笑う。エメはイネスに近い距離で見詰められて、やがて照れたように、でも悔しそうに眉を寄せて笑って、小さくお礼を伝えた。


「まあでも、実際支援役サポートは直接的なダメージのやり取りをあまりしないので、戦闘での貢献が測りにくいのは確かで。特に初心者のうちは、どうしても直接的なダメージ量を増やすことに意識が向きがちですから。支援役サポートだって強力なのに」

「そうだね……」


 ラウルは溜息まじりに、半ば愚痴のような言葉を零す。攻撃役アタッカーを希望する冒険者は多く、初心者に近いほどその傾向が強く見られる。

 エルヴェは何か考えながら相槌をうった後、エメの方を見てにっこりと笑った。


「うん、ちょっと役割交代スイッチしようか」




 エルヴェが支援役サポートで、エメが攻撃役アタッカーをやることになった。

 大失敗ファンブルでメンバーに直接ダメージを与える可能性を考えて、エメは大きく首を振って拒否したけれど、エルヴェに押し切られた。一昨日の練習の時点で、エルヴェは攻撃魔法の大失敗ファンブルには巻き込まれている。その上で、大丈夫と判断していた。

 それでも、それによってエメの気が楽になるわけではない。最初は、エルヴェに指示を出されても、すぐに攻撃魔法を使うことができなかった。どうしても、ためらってしまって、少し時間が空いてしまう。そして、エメのためらいには関係なく、大成功クリティカル大失敗ファンブルも発生する。

 エメの大失敗ファンブルを穏やかに受け入れてくれるエルヴェだったけど、魔法を使うタイミングの遅れには厳しかった。


「エメさんの魔法が遅れると、ユーグが割り込むタイミングが遅れる。イネスの攻撃も。タイミング覚えてね。大失敗ファンブルがあっても、みんな大丈夫だってもうわかったでしょ」

「う……は、はい」


 そして、攻撃魔法のタイミングが遅れがちなまま、エルヴェとの役割交代スイッチもそのまま、ボスモンスターと遭遇エンカウントした。ボスモンスターは低確率レアだというミニ土人形ゴーレムだった。土人形ゴーレムは本来もっと大きなモンスターらしいが、このマップにいるのは人間と同じくらいのミニサイズだ。土の塊が人の形になって動いている。防御力が高く、直接攻撃より魔法攻撃の方が有効とされていて、そのせいでエメは余計に緊張した。


「運が良いね。マジックバッグ欲しいな」

「そればっかりは確率ですからね」


 もう何度か戦っている相手だからか、メンバーにはそんなことを言い合う余裕もある。

 エメは相変わらず、エルヴェの指示で魔法を放っているだけだった。ミニ土人形ゴーレムは時折地面を叩き付ける動作で範囲攻撃を放つので、その時は強化バフを重ねがけしたユーグ以外全員が一度範囲外に退避する。範囲攻撃の後は硬直時間も大きいので、イネスは攻撃範囲ギリギリから駆け寄って攻撃をする。

 ミニ土人形ゴーレムは残りHPが三割を切ると、範囲攻撃が変わる。大きな土の塊の腕を振り回しながら直進する。前方に大きく範囲が広がるので、退避する時に気を付けないと巻き込まれる。けれど、この攻撃を始めたということは、もう少しで倒せるということでもあった。

 攻撃範囲に注意して細かく位置を変えながら、エメも懸命に魔法を放つ。

 強力な攻撃の直後はみんなHPが減っていることが多いので、大失敗ファンブルも致命的だ。ラウルの回復ヒールがすぐ放たれて、みんなのHPが回復する、そのタイミングであれば、仮に大失敗ファンブルが起こっても、ユーグが倒れるようなことにはならない。

 ミニ土人形ゴーレムの攻撃の硬直時間中、ラウルの回復ヒールが放たれたすぐ後のタイミングを、エルヴェの指示なく自分で狙うことができるようになってきた。

 エメの魔法が届き、硬直時間の解けたミニ土人形ゴーレムがエメに意識ターゲットを移す。その瞬間にイネスの両手剣の刃が届き、不安定な意識ターゲットをユーグが奪う。

 スキルで命中率を上げたイネスの攻撃が、トドメを刺した。ミニ土人形ゴーレムが虹色の光の粒になって消えていく。


「マジックバッグだ!」


 ドロップしたマジックバッグを拾い上げて、イネスがはしゃいだ声を出す。


「エメさん、最後の方、俺の指示がなくても連携できてたね。みんなのこと、よく見てたと思うよ」


 エルヴェに言われて、エメは自分が戦闘に参加できていたのだと気付く。だから、エルヴェの言葉を素直に受け入れることができた。ようやくパーティの一員になれた気がして、エメは嬉しくて、エルヴェに笑顔を返した。




 その日の夜は、パーティが泊まっている宿屋の酒場一階で、エメの歓迎とダンジョン攻略クリアとマジックバッグ入手の乾杯をした。

 エメは、攻略クリア飲み会お祝いに参加するのも初めてだったし、お酒もあまり飲んだことがなかった。

 他のメンバーは何度もこうやって乾杯しているのだろう、頼み慣れているし、それぞれ思い思いのお酒を頼んでいる。エメは梨の発泡酒ポワレを頼んだ。梨のとろりとした香りと甘さがしゅわしゅわと喉を通って、とても美味しかった。お酒に慣れてないエメは、すぐに頬を赤くして、ふわふわと笑った。


 今日ドロップしたマジックバッグは売らずにパーティで使いたいと告げるエルヴェに、みんな賛成した。ダンジョン探索で重量無視ができる恩恵は大きい。乾杯では麦酒ビールを頼んでいたエルヴェだったけれど、今はぶどう酒ワインを頼んでいる。

 それから、ペティラパンに拠点を移したいという話もした。ペティラパンの初心者向けマップを何度か攻略クリアして、エメのレベルを上げつつ中級者向けマップの制限ロック解放を目指すことを考えているらしい。


「乗合馬車の予定を見ないと、出発は決められないか」

「荷物も少し整理が必要ですね」


 ユーグは林檎の発砲酒アップルシードル、ラウルは葡萄地酒ブランデーをちびちびと舐めるように飲んでいる。二人とも攻略クリアの興奮と酒精アルコールのせいで、どことなく口調も弾んで聞こえる。

 エメは二杯目の梨の発泡酒ポワレを飲みながら、カロルとドニに認めてもらわなくちゃとふわふわした頭で考える。家を出る時にカロルの宿屋で寝泊まりすることを条件にされたので、レオノブルから離れることは反対されるかもしれない。


「わたしも一緒に説明に行こうか?」


 エメの事情を知っているイネスが、そう申し出てくれた。イネスは最初からずっと麦酒ビールを頼んでいる。エメは、自分のことだからと首を振った。嬉しいけれど、そんなに全部頼りたくはない。それでもイネスの言葉は嬉しくて、エメはそっと笑う。

 メンバーからの好意が何だか気恥ずかしくて、エメは目を伏せて手元の梨の発泡酒ポワレのグラスに視線を落とした。


「わたし……初めてなんです」


 酒精アルコールで赤く染まった頬で恥じらうように目を伏せる表情とその言葉で、エルヴェは食べかけの乾酪チーズを皿の上に取り落として、口を開けたまま凍り付いた。エメは顔を俯けたまま、パーティメンバーを酒精アルコールで潤んだ瞳で上目遣いに見る。ほとんど正面に座っていたエルヴェは、その視線を真っ直ぐに受けてしまった。


「こんなに、優しくしてもらえて……わたし、幸せで……」

「エメ、お酒弱いんだね!?」


 隣に座っていたイネスが、エメの手から梨の発泡酒ポワレを取り上げてテーブルに置く。そのグラスを追いかけてエメの手が宙を彷徨う。


「ん……大丈夫です、もっと……これ好き」

「ちょっとわたしの部屋で休もうか!?」


 ふわふわとしたエメをイネスが立ち上がらせて部屋に連れてゆく。エメは大人しくイネスに手を引かれて、ふわふわと頼りない足取りではあったけれど、階段を登っていった。

 エルヴェは赤くなった頬を隠すように片手で顔を覆って横を向いていた。エメが立ち去った後もしばらくそうしていたが、急に立ち上がると「俺も寝る」と言い残して部屋に向かった。

 ラウルとユーグは視線を交わしてから、テーブルの上に残った料理をゆっくりと摘む。二人とも何も言わなかったけれど、エルヴェをしばらく独りにしておいてやろうと判断したことは、お互いに伝わっていた。




 エメはダンジョン探索が初めてうまくいき、酒精アルコールのせいもあってすっかり緊張が解けて安心していた。

 パーティメンバーはみんな良い人たちで、自分も連携ができるようになって、少し大成功クリティカル大失敗ファンブルが人よりは多いけど、でもそれでもダンジョン探索に参加できる。この先もきっとうまくいくだろうと、ちっとも疑っていなかった。

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