第八話 エメは仲間を手に入れた

 冒険者ギルドでエルヴェのパーティに登録をする。エメが冒険者と一緒にパーティでいることに他の冒険者は物珍しそうに視線を向けてきたけど、エルヴェのパーティの誰もそれを気にしていなかった。

 それぞれの戦い方や連携を見るために、レオノブルの初心者向けマップで一度探索することになった。

 ギルドで申請して順番待ちで探索は三日後になる。その間にエメは持ち物や装備の相談をエルヴェたちにしていた。




 エルヴェは先輩魔法使いソーサラーということもあって、一緒に装備を見に行って構築ビルドに合った杖やローブの選び方をいろいろと教わった。魔法の精度を上げるコツも教えてもらって、ギルドの練習室で二人で練習したりもした。

 何度目だったか、エルヴェに向かって防御力上昇ディフェンス・アップをかけたら大失敗ファンブルになってしまい、この時は逆の効果になってエルヴェの防御力が下がってしまった。エメは恥ずかしくなって俯いた。エルヴェは「へえ」と声を上げて少し驚いた後に、明るく笑った。


「本当に出るんだね、大失敗ファンブル

「ごめんなさい」


 エメが小さな声で謝っても、エルヴェは気にしていないように笑ってみせた。


「大丈夫だよ。解除アンチ・スペルできるんだよね、やってみて」


 エルヴェに穏やかに声をかけられて、エメは頷いて顔を上げる。エルヴェに杖を向けて落ち着いて声を出す。


解除アンチ・スペル


 その瞬間、エメの瞳にさっと赤い色が走った。エルヴェはその色を見て、エメに顔を近付けて瞳を覗き込む。


「え……エルヴェさん……? あの……?」


 エメが戸惑って背中を反らすと、エルヴェは慌ててエメから一歩離れた。


「あ、ごめん。今、目の色が……」

「目……ですか?」

「うん、赤く見えたから。でも、今はいつもの緑色だね」


 エメはそっと瞼に触れてみたけれど、自覚はないしわからない。エルヴェはすぐに笑って話を切り替えた。


「見間違いとは思えないけど……まあ、いいか。大失敗ファンブルの結果って、どうなるかはその時によって変わるんだよね」

「ええと……そうですね。防御力上昇ディフェンス・アップだと、今まではその効果がモンスターにかかるか、防御力低下ディフェンス・ダウンのような効果が出るか、大体はどちらかだったと思います」

「大体、やろうと思っていたことの反対の効果になるわけだ。攻撃系もいくつか覚えてるんだよね。使ったことある?」


 エメが攻撃系の魔法を覚えたのは、一人でダンジョン探索をしようと思ったからだった。その時のことを思い出して、エメはぎゅっと眉を寄せた。


「あります。攻撃系は大失敗ファンブルが出ると、自分にダメージがありました。あの時は一人だったから……パーティの時にそのダメージがどうなるかはわかりません」

「え、ひょっとして、一人ソロでダンジョンに潜ったの?」

「……パーティに入れてもらえなかったし、でもダンジョン探索はしたくて……採集だけするなら一人でもなんとかならないかなって思って」


 エメは言い訳のように言葉を紡ぐ。エメにとっては、一人でダンジョン探索をしないといけないのは、パーティに入れてもらえなかったことと同義なので、悔しいし悲しいことだった。けれどエルヴェは、その話を好意的に受け取った。


一人ソロでダンジョンに潜るなんて、勇気あるんだね。そこまでダンジョン探索したかったんだ。すごい」


 エメは信じられないと言うように、目を見開いてエルヴェを見上げた。エルヴェは穏やかにエメを見ている。嫌味でもなく、本心から、そう思っている口振りだった。


支援役サポートっぽくない魔法も覚えてるんだなって思ってたけど、そっか、一人ソロでやるためだったんだね」

「でも……結局一人だとうまくいかなくって」

「まあ、一人ソロは難しいからね。……そうだな、ちょっと、うちのパーティでもいろいろ試してみようか。俺はほら、器用貧乏で攻撃役アタッカー支援役サポートも中途半端なんだけど、でもどっちにもスイッチできるってのは便利なときもあるんだよね。場合によってはエメさんが攻撃役アタッカーでも良いかもしれない」


 エルヴェの言葉にエメは怯えて大きく首を振る。


「そんな……! 無理です! 大失敗ファンブルのせいで誰かにダメージがいったら、そしたらわたしどうしたら良いか!」

「そんなに心配しなくても良いよ。レベル差が大きい間今のうちならちょっと大失敗ファンブルになってもそんなに大きな問題にはならないから。だったら今のうちにいろいろ試しておく方が良いでしょ。あ、ちょっと今から攻撃魔法も使ってくれるかな。見てみたい。あと、消費MPマナを調節して持続時間を伸ばすのもできるようになっておこうか」


 それからは、エメがどんなに「ダメ」「無理」と言っても、エルヴェはにっこり笑って「大丈夫」とエメに魔法を使わせ続けた。相変わらず大失敗ファンブル大成功クリティカルも何度か出たし、場合によってはそのダメージがエルヴェに及んだりもしたけれど、エルヴェは一向に気にしない様子で「このくらいなら問題ないよ」と笑ってみせた。

 エメはこれまでずっと、魔法を使う時に緊張をしていた。また大失敗ファンブルが起こるかもしれない、また駄目かもしれない、また責められるかもしれない。そんな気持ちはエメの集中力を乱して魔法の精度を悪くしていたし、エメをひどく疲れさせていた。

 でも、何度大失敗ファンブルしてもエルヴェが明るく「大丈夫」と笑うから、エメの緊張は少しずつ解れていった。


 練習室の貸し出しレンタル時間が終わって冒険者ギルドを出た後、エルヴェはエメをカロルの宿まで送ってくれた。


「エメさんの目、魔法を使う時に赤くなるみたいだね。それともMPマナを消費する時かな」


 帰り道、エルヴェはそんなことを言いながらエメの目をちらりと見た。エメには自分の目の色が見えないので、不思議な気分で瞬きをする。


「目の色が、変わるってことですか?」

「うん、そう。魔法を使う時とか……一瞬の時もあったし、結構長く変わってることもあったよ。赤というか、ちょっと紫っぽい……とても綺麗な色。あ、でも」


 エルヴェはそこで一度言葉を切ると、首を傾けてエメの目を覗き込んだ。


「普段の深い緑も綺麗だよね」


 エルヴェはそう言ってにこりと笑うと、何事もなかったかのように、また前を向いて歩き続ける。エメはその横を歩きながら、そっと瞼に触れる。瞳の色を褒められたのは初めてだった。




 翌日はイネスと一緒に買い物に出かけた。同じ年頃の女性と一緒にこんな風に出かけるのは、エメには初めてのことだった。

 最初に雑貨屋に行った。冒険者ギルド加盟店ではないけれど、冒険者向けの小物類を売っているお店なのだそうだ。


「加盟店よりもさ、デザインが良いんだよね、ここ。気に入ってるんだ」


 イネスはそう言って、店の中を見回した。色合いやデザインの可愛い雰囲気のものが多い。エメはこれまで簡素なものばかりを使ってきていたので、こういったデザインの凝ったものを見るのは初めてだった。

 手近の棚にあった髪留めを一つ手に取って見る。冒険者向けだからか、形はシンプルで邪魔になりにくそうなものになっている。同じデザインの色違いが十二色くらいあり、金属粉ラメが塗り込んであって近くで見るときらきらしていた。他にも、細かな模様が書き込んであるものもあって、それらを眺めているだけでも楽しかった。

 イネスと二人でこの色が好きとかこれは使いやすそうとか言い合って店の中を見て回って、それからエメは携帯用の折りたたみブラシを買った。ひとつ9銅貨でエメにとっては少し高価たかかったけれど、とても気に入って、長く使うものだしと思い切って買うことにした。それに、イネスとの買い物が楽しくて嬉しかったから、記念に何か買っておきたい気持ちもあった。

 ブラシは小振りコンパクトで軽くて持ち運びに良さそうだ。持ち手のカーブがしっかりと握りやすいし、ブラシの毛も柔らかくて、使い心地も良さそうだった。何色かあったけれど、エメは明るい黄色を選んだ。自分の髪も明るい色になると良いなと思いながら。

 イネスも「綺麗な色だね」と言ってくれた。


 買い物を終えて、屋台で揚げ菓子チュロスを買って公園のベンチに二人で並んで座る。揚げ菓子チュロスは周りに砂糖がまぶしてあって、噛むとカリッと桂皮シナモンの香りがする。


「今日、一緒に付き合ってくれてありがとうね。パーティに女の子が入ったら、絶対一緒に買い物に行きたい! って思ってたんだ」


 イネスが細長い揚げ菓子チュロスを齧りながら、機嫌良さそうにそう言った。エメは首を振る。


「そんな、わたしの方こそありがとうございます。一緒に買い物できて、すごく楽しかったです。こんな風に買い物するの、わたし、初めてで」


 エメも揚げ菓子チュロスを一口噛みちぎる。桂皮シナモンの香りと一緒に口の中で噛むと、もちもちした生地の甘みが口の中に広がって美味しい。揚げ菓子チュロスを口に入れてほっこりと笑うエメを見て、イネスも笑った。


「エメは可愛いよね」

「え、そんなこと初めて言われました! 髪も目も地味だし、ぱっとしないと思うんですが」

「そうかな。わたしはその色合いも好きだけど。でも、見た目の話だけじゃなくて、なんか、そういう雰囲気っていうか」

「えぇ……そんなことない……イネスさんの方が、落ち着いててしっかりしてて大人っぽいし、綺麗だと思います」


 エメはそう言って、拗ねたように揚げ菓子チュロスを齧る。イネスは同い年くらいなのに、エメと違って冒険者としてすごくしっかりしていて、見た目も仕草もとても大人っぽくて、並んでいるとエメは自分がとても子供っぽくて幼稚に感じられていた。可愛いというのも、つまりは子供みたいということだったりしないだろうか。

 イネスはエメの言葉に、ちょっと目を見開いた後、目を細めて笑う。そして、食べかけの揚げ菓子チュロスを片手に持ったまま、まぶしてある砂糖が飛び散るのも構わずに、エメを抱き締めた。


「ありがと! 嬉しい! やっぱりエメ可愛い!」

「ひゃ!」


 イネスと二人でじゃれあって、エメは久し振りに声を出して笑った気がした。こんな風に他愛もなくお喋りすることも久し振りだった。

 ダンジョン探索がうまくいかなくて、冒険者としての自信も失くしかけていて、エメはもうずっと長いこと気分が塞いでいた。エルヴェたちのパーティに誘われて、そんな憂鬱が段々と晴れていくのを感じていた。

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