第五話 エメたちはスライムを倒した

 冒険者タグ発行の翌々日、エメとフロランは指定の時間午後一時に冒険者ギルドにやってきた。

 エメは新品の杖を買おうとして、値段を見て怯んで悩んだ挙句、フロランと一緒に中古の装備屋に行った。そこで手頃な値段の杖とローブを買った。新品ではないけれど、使い込まれた雰囲気も悪くないかもと考え直して、今は割と気に入っている。

 フロランは最初から考えている通り、最低限の装備として剣と胸当てだけ買った。これも今日のダンジョン探索が終わったらまた売りに行くつもりでいる。


 冒険者ギルドで顔合わせしたメンバーも、みんな似たり寄ったりの格好だった。自己紹介の後にパーティ内での役割を話し合う。

 エメのMPマナ量を知ると、最初はみんな驚いたり呆然としたりはしたものの、回復術師ヒーラーのマリエルが「でも、同じレベル1なんですよね」とにっこり笑ったので、他のメンバーもすぐに落ち着いて話してくれるようになった。

 前衛の盾役タンク攻撃役アタッカー、後衛の支援役サポートがそれぞれ二人ずつで、その辺りはギルドの采配だろうけれどもバランスの良いパーティだ。

 盾役タンクの二人は、戦士ファイターのニナと回復術師ヒーラーのレナルド。攻撃役アタッカー魔法使いソーサラーのパスカルと戦士ファイターのフロラン、支援役サポートはマリエルとエメだ。職業ジョブは同じでも構築ビルドは様々で、その辺りも「様々な構築ビルドを知ってほしい」というギルドの思惑があるのだろう。

 今回は盾役タンクに一人回復術師ヒーラーがいる。レナルドは自分自身で回復を行うようにして、もう一人の回復術師ヒーラーマリエルは戦士ファイターのニナの回復を中心にする。エメは敵の弱体化デバフや状態異常を中心に、攻撃役アタッカー二人の強化バフも行う。攻撃役アタッカーは攻撃に注意しながらモンスターを倒す。

 みんなでそんなことを話し合ってから、ダンジョンに向かった。




 レオノブルにある初心者向けマップは、難易度が低めの素材採集が中心のものと、それよりは難易度が高い戦闘とモンスターからのドロップが中心のものの二つがある。

 採集中心のマップは、一階層フロアしかなく、それほどの広さもない。手に入るアイテムは素材系が多く、出現するモンスターはスライムかスライムの上位種のみ。ボスモンスターは存在するが、それも少し強いとはいえスライムだ。それに上位種やボスモンスターと遭遇エンカウントするのは低確率レアであるらしい。

 ダンジョンの入り口エントランスで、パーティを代表して回復術師ヒーラーのレナルドが操作石コントローラーに触れる。初心者向けの採集マップを選ぶと、魔法陣が起動して光ったと思った次の瞬間には、周囲の景色が変わっていた。

 魔法陣で転送された先は、オーソドックスな洞窟の中だった。土が剥き出しの地面に、壁は石で固めてある。通路はところどころ狭くなったり、天井が低くなったりしてはいるものの、まあまあな広さがあった。通路のところどころにランタンが付けられているが、光量はじゅうぶんとは言えなかった。

 支援役サポートMPマナの多いエメが灯りライトの魔法を使う。講習の時に大失敗ファンブルしたことを思い出して少し怖かったが、無事に何事もなく杖の先に光が浮き上がって、エメはほっと息を吐いた。

 エメが杖を持ち上げ、自分の頭上になるように灯りライトの光を固定し、照らされる範囲を広げる。戦士ファイターのニナが観察のスキルを使って、周囲に素材があることを知った。

 壁に張り付いている蔦や壁と地面の隙間に生えている茸など、みんなで確認して移動しながら採集してゆく。


「この茸は胞子をばらまいて汚れるから、取ったらすぐに袋に入れた方が良いって」


 回復術師ヒーラーのマリエルとエメの二人で採集した茸をフロランが鑑定のスキルでじっと見た後、そう言った。魔法使いソーサラーのパスカルが「ちょうど良いの持ってますよ」と言って、自分のリュックからMPマナコーティングされた布袋を何枚か取り出した。採集したものを種類で分けてその袋に入れていった。

 採集に夢中になっている間に、天井の石の隙間から、ずるりとスライムが落ちてきてぼとりと落ちた。ニナがその音に最初に気付いて振り返って叫ぶ。


「スライム! モンスターだ!」


 ぼと、ぼと、ともう二匹のスライムが落ちてきた。持っていた素材や布袋を床に放り出して、慌てて武器を構える。

 ばたばたと陣形を整えようとするが、みんな背中を向けていたのもあり、スライムの動きにすぐに追いつけない。ニナが一匹のスライムの前に飛び出して挑発を使って抑えたが、他の二匹は手近にいたパスカルに近寄る。その体を膨らませて体液をパスカルに向けて飛ばし、パスカルのHPが100近く削られた。


「ひぃっ!」


 パスカルは典型的な魔法使いソーサラーらしく、最大HPは857とそれほど多くない。初めての実践と、もともと少ないHPが削られたショックと、なんとかしなければという焦りで、足が竦んで棒立ちになる。


「大丈夫だ! 落ち着いて!」


 武器と盾を構えるのに時間がかかっていたレナルドが、パスカルとスライムの間に割って入って挑発スキルを使う。スライムの意識ターゲットをパスカルから奪って、レナルドはパスカルに回復ヒールをかける。

 同時に、マリエルもパスカルに向かって回復ヒールをかけてしまっていた。二人の回復術師ヒーラーは、自分たちのMPマナを無駄にしてしまったことに気付いて、一瞬動きを止めた。

 フロランは少し逡巡した後に、一番手近にいたレナルドに向かっているスライムに攻撃する。剣を受けて、スライムの体が割れてまた戻る。その攻撃は50ほどあるスライムのHPを8削った。フロランは手応えを感じたが、そのせいかスライムはその意識ターゲットをレナルドからフロランに移す。

 エメは睡眠スリープを今フロランに攻撃しようとしているスライムに向かって発動する。低レベルの睡眠スリープは、ほんの一瞬の隙を作るだけだ。それでも、戦いの場に置いて一瞬は長い。今のタイミングだったら、スライムの攻撃を遅らせてその間にレナルドがまた意識ターゲットを持っていくこともできるはずだった。

 大失敗ファンブルさえしなければ。


睡眠スリープ


 エメの放った睡眠スリープは、フロランに向かって発動し、今スライムに攻撃されようとするその瞬間、フロランは一瞬気を失った。スライムの打ち出す体液を受けて、フロランのHPが削られる。


「あ、あ……どうしよう、大失敗ファンブルなんて……」


 こんなタイミングで大失敗ファンブルしてしまったことに動揺して、エメはただ杖を握り締める。


 スライム三匹、落ち着いて対応できれば初心者パーティでも問題なく対応できるくらいのモンスターだ。パーティメンバー全員、実際に戦闘が始まるまでそう思っていた。

 初めての緊張、採集に夢中になっていて準備ができていなかったこと、先に攻撃を受けてしまったこと、連携を考えないばらばらな動き、それと大失敗ファンブルでパーティは混乱していた。初心者パーティの初めての戦闘は、だいたいこのような混乱状態になるので、特段エメたちがひどいというわけではない。どんな冒険者も、だいたいレベル1から始まるものだ。


 スライム一匹を一人で抑えていたニナのHPが半分ほどになって、ニナが叫ぶ。


「助けて! 回復ヒールを!」


 その声にはっとしたように、マリエルが声を上げた。


「わたしがニナさんの方に行きます! 回復ヒール!」


 マリエルはスライムから距離をとるように下がって、ニナへ回復ヒールを投げる。


「フロラン! パスカル! 二人でニナが相手してる方を先に! 一体ずつ仕留めるんだ!」


 レナルドの声に、フロランはニナの方へ走った。それを追いかけようとするスライムにレナルドが攻撃を仕掛けて意識ターゲットを移さないようにする。

 パスカルもニナの後ろ側に移動して、杖を構える。


「エメ! こっちに弱体化デバフ

「あ……はい!」


 大失敗ファンブルの記憶を振り払うように、エメは首を振って、それからレナルドへ攻撃しているスライムを睨み付けるように見つめる。杖をそちらにかざして、魔法を唱えた。


攻撃力低下オフェンス・ダウン!」


 心配していたような大失敗ファンブルにはならず、失敗もせずに、それは一体のスライムの攻撃力を低下させた。もう一匹に向かって同じ魔法を唱え、今度は抵抗レジストされて失敗してしまう。エメは唇を噛んで、もう一度魔法を唱える。


攻撃力低下オフェンス・ダウン!」


 それは大成功クリティカルだった。そのスライムが攻撃する度にレナルドのHPは70〜80は減っていたが、今は30〜40くらいだ。もう一匹のスライムからの攻撃も攻撃力低下オフェンス・ダウンの効果で50〜60くらいになっている。

 HPが減る速度が減少したことで、レナルドに少し余裕ができる。レナルドは自分に回復ヒールをかけながら、スライム二匹をじゅうぶん抑え込めていた。

 エメは駄目押しとばかりに、レナルドに防御力上昇ディフェンス・アップを掛けたが、また大失敗ファンブルを起こした。レナルドだけでなくその目の前のスライムの防御力が上がってしまう。

 もともと、レナルドの攻撃力はさほど高くない。盾役タンクとして高い防御力と自分で回復できるスタイルの構築ビルドで、攻撃はモンスターの意識ターゲット操作のためにやっている。HPを削るのは攻撃役アタッカーの役目で、レナルドの役目ではない。

 それでも、ここまで攻撃すればスライム相手に4か5はダメージを与えられていたし、それでここまでの間に多少なりともHPを削ってきていた。それが、せいぜい1か2のダメージしか与えられないようになった。命中しているのにダメージが0になることもある。


「あ、ご、ごめんなさい……!」


 また大失敗ファンブルを出してしまったことに慌てて、エメは自分の杖をぎゅっと握って目をつむった。


「大丈夫! 問題ない! フロランに攻撃力上昇オフェンス・アップかけておいて!」


 エメはぎゅっとつむった目をすぐに開いて、少し離れたところにいるフロランに杖を向ける。


攻撃力上昇オフェンス・アップ


 攻撃力が上がったフロランの剣が、ニナが抑えていたスライムにトドメをさす。パスカルはすぐにレナルドの前のスライムに魔法を放った。


火炎ファイヤー


 パスカルの炎がスライムを包み、HPが削られたスライムがパスカルに向かおうとする。その目の前にニナが滑り込んで、挑発を使ってスライムの意識ターゲットを奪い取った。スライムの攻撃を受けたニナに、すかさずマリエルの回復ヒールが飛び、その隙にフロランがスライムを剣で斬り付けた。

 この少しの間で、四人は連携の取れた動きができるようになってきていた。

 フロランとパスカルは力を分散させず、一体に対して二人で攻撃する。そうやって確実に一体ずつ仕留めて、ようやく六人は初めての戦闘を終了した。

 スライムはヒールポーションをドロップした。


 ニナがそのヒールポーションを拾い上げて、それからパーティメンバーを見渡して、まだ実感が湧かないというようにぽつりと呟く。


「倒した……んだよね」

「倒せた、と思う」


 それにマリエルが応える。マリエルは自分の杖を胸の前で抱き締めた。


「やった! 俺たち、結構うまくやってたと思わないか!?」


 パスカルが上気した頬で叫び、そこでようやく実感が湧いてきた。戦闘の興奮が冷めないまま、六人は初勝利を喜び合った。




 近くに小部屋のようなスペースを見付け、罠がないことを確認してからそこで少し休息することにした。パスカルが野営キャンプスキルを使って、パーティのHPとMPマナの回復量を上昇させる。

 そうやってみんなで座って休息しながら、会話は自然とさっきの戦闘のことになった。

 一番の問題は最初に不意打ちのような形になってしまったこと、というのは全員の意見が一致した。全員で採集するのは危ないので、採集の時もニナとレナルドは周囲を警戒しておくことになった。

 それから細かな連携を再度確認する。ニナが一体を引っ張って、その一体にパスカルとフロランで協力してダメージを与えるというやり方は良かった。マリエルは基本的にニナの回復ヒールに集中しつつ、パスカルやフロランが攻撃を受けてしまった場合のフォローも行う。

 その間レナルドはそれ以外のモンスターを引き寄せて、自分に回復ヒールを使いながら耐える。エメがレナルドに防御力上昇ディフェンス・アップ、モンスターへの攻撃力低下オフェンス・ダウン睡眠スリープなどかけてそれをフォローする。


「あの……ごめんなさい。二回もファンブルを……」


 役割分担の話になって、エメは俯いてメンバーに謝る。


「まあ、びっくりしたけどさ。大失敗ファンブルってこんなに出るとは思わなかったから。でも、大成功クリティカルも出してたし、すごかったよね。攻撃力低下オフェンス・ダウンがなかったら、モンスター二匹を相手するのは大変だったと思うし、助かったよ」


 レナルドは素直な感謝を述べた。他のメンバーも大失敗ファンブルこそ出さなかったものの、多かれ少なかれスキルに失敗したり、判断をミスしたりしている。

 何より大成功クリティカル大失敗ファンブルは確率を多少上げ下げすることはできても、結局は運だと冒険者講習で聞いていた。エメ自身の責任ではないはずだ。


「俺さ、最初にスライムに攻撃されたとき、全然体が動かなかったよ。どうしたら良いかもわかんないし、いきなりHP減るしさ。前衛じゃないから攻撃されることはないって思ってたけど、そんなことないんだよな。考えたら、そりゃそうなんだけど」


 パスカルが少し恥ずかしそうに、耳の後ろをかきながら言う。フロランも頷いた。


「俺も自分のHPが減るのは、結構怖かったな」

「わかる。わたしなんか一体がやっとだったもん。マリエルの回復ヒールが早くて助かったよ」


 ニナの言葉に、マリエルは首を振った。


「でも、わたしは焦りすぎて……何度か回復ヒールを無駄にしちゃったから。MPマナ量を考えると、使い過ぎ。でも、間に合わないのは嫌だし……難しいなあ」

「同時に回復ヒールかけたのも失敗だったな」


 レナルドが自分たちの動きを思い出して苦笑する。

 完全回復を待つほどの時間はない。ある程度回復したところで、パーティは立ち上がった。エメが頭上の灯りライトの光の位置を調整すると、マリエルもそれを見上げた。


「エメさん、その灯りライト戦闘中もずっと維持してたよね。維持したまま魔法使ってるの凄いな。魔法使うのってどうしても集中するから、そういうときは灯りライトの維持やめる人も多いって聞いたよ」


 マリエルの言葉は思いがけなくて、エメはぱちりと瞬きをした。灯りライトで確かにMPマナは減っているけれど、強く意識をするほどのことではなかった。言われてからようやく、こうしている間もじわじわとMPマナが減っているということに気付いたくらいだ。マリエルはふんわりと笑う。


「わたし、MPマナの量が1,000なくて……回復術師ヒーラーなら1,000以上あった方が良いって言われたんだけど、でもずっと回復術師ヒーラーになりたかったから。エメさんはMPマナがいっぱいあるでしょ? 羨ましいなって思ってたんだけど、でも、それだけじゃないんだよね、きっと。MPマナはレベルが上がれば増えるんだし、うまく使えるように頑張るよ」


 マリエルの笑顔に釣られて、エメも笑顔を返す。この子と仲良くなれたら嬉しいなと思った。

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