第四話 エメは冒険者タグを手に入れた!
午後の最初の講習は、基本スキルだった。斥候や罠感知といったダンジョン探索で必要になるスキル、
スキルは、その覚えたいスキルの魔石を飲み込むことで使うことができるようになる。魔石とは言っても、実際の石ではなく
魔法の覚え方も同じで、最近では魔法もスキルの一種であるという見方がメジャーになっていると講師が説明していた。長らく別物と考えられていたために制度が追い付かず、今はまだ別物として扱われていることの方が多い。
一度覚えたスキルや魔法の使用は自由にできるが、本人の習熟度や使用できる
エメを含めた
エメは罠感知で
「初めての罠感知スキルで
引退した
「まあ、成功おめでとう。ただ、こういうスキルはできるだけ淡々といつも通りに使えるっていうのが重要だからね。それに罠を見付けてからの方が重要だ。
「あ……はい!」
エメは元気良く返事をして、目の前の罠に対して罠解除スキルを使う。一回失敗はしたものの、二回目の実行で無事に罠解除をすることができた。
エメのその結果を見て、講師は大丈夫そうだねと頷いた。
「
エメの声と共に、エメの周囲の光がすっと消える。いきなり周囲が真っ暗になって、エメは慌てた。慌てて周囲を見回したけど、真っ暗で何も見えない。身動きをとるのもためらわれるほどに暗い。
足が竦んで、エメはその場に座り込んでしまった。その指先が無意識に
「
講師の声と共に、エメの周囲の暗闇がすっと晴れる。
「さっきの
講師はエメを見下ろしたまま、独り言を呟きながら何か考え込んでしまった。
呆然と座り込んだままのエメに、フロランが手を差し出した。
「大丈夫か?」
「あ、うん……ありがと」
素直にフロランの手を掴んで立ち上がる。何人かはエメに注目していたけれど、みんなすぐに自分のことに集中し始めた。
「フロランは? 調子はどう?」
「成功率は七割より下かな、体感だけど」
「そっか……さっきの
フロランと話しているうちに、エメはようやく落ち着いて、息を吐き出した。
「君、ええとエメさんだっけ。ちょっともう一回
「あ、はい」
講師に声をかけられて、エメは改めて姿勢を正す。深呼吸して緊張を抑えると、右手を出して声を上げる。
「
今度は
「あれ、君、その
「え、なんですか?」
講師の言葉に振り返ったエメの瞳は、もう元の通りの暗い緑色だ。
「ああ、いや、見間違いかな。ともかく、今度は失敗もしなかったね。おめでとう。
「はい……ありがとうございます」
エメは前向きにそう捉えて、その講習を終えた。
フロランはエメの瞳の色のことを気にしてはいた。幼い頃にも一度、その色を見たことがある。何かあるのかもしれない。そうは思っても、本人に何を言えば良いのかわからない。そのまま言うタイミングを逃したフロランは、結局また何も言わなかった。
「
眉尻を下げてしょんぼりと言うエメに、現役
「いやー……
エメはもう何も言えずに俯いた。自分に何か原因があるのだろうかと考えても特に心当たりはないし、エメとしては単純に魔法を使っているだけなので、これ以上気を付けるような何かにも心当たりがない。
「まあ、基本的に
「あ、はい……」
エメは弱気になる気持ちを抑え込むように首を振った。それから深呼吸をして、力強く
「
エメが使用した
「うん、やっぱり魔法に問題がある訳じゃないんだよねぇ。きっとたまたまそういう巡りだったってことかなぁ。
ほっと、エメは肩の力を抜いた。さっきまで何がいけないのかとひどく緊張していたけれど、講師の言葉にそれが解かれ、ほうっと長く息を吐いて安心した笑顔を見せた。
「はい……ありがとうございます!」
「杖とか装備するのも良いかもね。ダンジョン産ほどじゃなくても成功率に影響するんだよ。講習資料の中に、ギルド加盟ショップ一覧が入ってるはずだから、装備見に行ってみると良いんじゃないかなぁ」
エメの
エメはそれを首から提げると、自分の胸元を覗き込んで冒険者タグと
「おめでとうございます。早速ですが、ダンジョン探索の予定についてです。同じく本日登録のフロランさんから一緒のパーティでという希望を受け取っています。同郷の方ですし、お知り合いですよね。一緒で問題なければそのように手配しますが」
エメははっと顔を上げて、慌てて真面目な顔を作ろうとした。口元が緩んでいるので、うまくはいっていない。
「あ、フロランですか。はい、一緒でお願いします」
「わかりました。それでは……ええと、明後日の午後の登録です。
登録係が集合日時と注意事項などが書かれた紙をエメに差し出す。エメは満面の笑みで受け取った。
冒険者ギルド入り口の待合所でフロランが座って退屈そうにぼんやりしていた。
「フロラン、待ってなくても良かったのに」
エメが近付いて声をかけると、フロランは相変わらずつまらなそうな顔でちらとエメを見て立ち上がった。
「ドニさんとこに行くんだろ。俺も顔出しとく」
「ああ、うん……今日もう遅くなっちゃったから、明日でも良いかなって思ってたんだけど」
「もし帰ってても、伝言くらい残せるだろ。こういうのはちゃんとやっとけよ」
フロランが眉をしかめるので、エメは誤魔化すようにえへへと笑ってみせた。
二人で商人ギルドに向かって歩きながら、エメは時々自分の胸元を引っ張って中の冒険者タグと
「おまえ、それやめろよ。子供じゃないんだから。みっともないだろ」
「だって嬉しくって」
注意されてもエメはにやにやした顔をやめず、それでも胸元を引っ張るのはやめて、服の上から胸元をそっと押さえる。フロランはその手の動きを目で追って、それから胸元をじっと見詰めてしまっていたことに気付き、慌てて前を向く。
「フロランは、
「どうって言われてもなあ。いくつか武器を試して、スキルを覚えて、戦闘中の動き方習って……
エメは自分の講習を思い返して、そして
「
「そっか、俺も武器持たないとか」
エメのうきうきとした声と対照的に、フロランの声は沈んでいる。フロランはもともとレオノブルに修行に来ていて、修行が始まるまでの間、ほんの少しエメに付き合っているだけのつもりでいる。もうすぐに修行を始めないといけないから、ダンジョン探索も次が最初で最後になるだろう。だから装備にあまりお金をかけたくない。
そもそも、冒険者ギルドの受講料を知らずに、ちょっと付き合いくらいの気分でついていってしまったのだ。お金を払う段になって「ただの付き添いです」も「やっぱりやめます」も言えずに冒険者タグの発行までしてしまった。
「じゃあ、明日一緒に見に行こう!」
隣を歩くエメが、きらきらした大きな目でフロランを見上げる。フロランは仕方ないかと溜息をついて、頷いた。
「朝飯食ったら迎えに行くから」
「うん、楽しみ!」
そう言って、エメはまた自分の胸元に手を当てた。その指先で冒険者タグの形を確かめる。
そんなに嬉しいものなのかと、フロランも自分の冒険者タグに触れる。指先で摘んで
初めてのダンジョン探索が終わったら、フロランは鍛冶屋での修行を始める。何年か修行して、そしたら村に戻って父親の跡を継いで鍛冶屋になる。フロランはその未来が変わるとも変えたいとも思っていない。
今のうちに鍛治以外のことをやっておくのも良いかもしれないと思ってエメに付き合って講習を受けてはみたけれど、フロランにとってあまりしっくりくるものではなかった。村で鍛冶屋になっている自分はイメージできても、冒険者になる自分はイメージできない。ダンジョン探索をやってみても、それが変わるとはどうしても思えなかった。
中古の安い装備で良いやと考えているフロランの隣で、エメはどんな杖を買うのかに思いを馳せ、その杖を持ってダンジョン探索する自分をイメージして、そして何度も何度も「楽しみだな」と呟いていた。
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