第一章 ダンジョンと冒険者
第三話 エメは冒険者ギルドにやってきた
ダンジョンの
冒険者タグは身分証も兼ねているため、その発行には、いくつかの手順がある。
まずは、
そのあとに
冒険者タグが発行されたら、あとは自由にダンジョン探索することも可能だが、ギルドからバランスを見て最初のダンジョン探索のためのパーティを紹介してもらえる。すでにパーティのアテがある場合は別として、大抵の場合はギルドに紹介されたメンバーで初めてのダンジョン探索を行うことになる。
冒険者ギルドへの登録とタグの発行には、これら全てを引っくるめ、前払いで78銅貨が必要になる。つい去年まで75銅貨だったものが、今年から78銅貨に値上げしていた。
エメもフロランも、
その結果を数人で覗き込んで、ぼそぼそと何かを話し合っている。その中の一人が石に触れて数値を見て、みんなで頭を抱えてしまった。
「あ、あの……何か問題がありましたか……?」
エメがそっと尋ねると、全員慌てたように顔を上げた。エメは服の上から
「いや、問題ということではないんですが……念の為、もう一度測りたいので触ってください。お待たせしてすみません」
不安が晴れないまま、エメは言われた通りにまた手を触れる。みんながその結果を見て溜息をついた。ゆるく首を振っている人もいる。
「何か……いけなかったんでしょうか……?」
すっかり怯えるエメに、中の一人が戸惑いを隠さないままに答えた。
「すみません。問題がある訳ではないんです。その……計測した
「異常値……ですか?」
「ああ、異常値と言っても悪いものではないですよ。ええとですね、一般的には
係の人はそこで一度言葉を止めて、手元の測定結果を見る。そしてまだ信じられないと首を振った。
「あなたの場合、10,000を超えているんです。一番低い計測値でも
「
エメはぽかんと口を開けた。
「まあ、
「ええと……冒険者にはなれるんですね?」
「
「
「ええ、単に異常値というだけで悪いものではないと思います。冒険者になろうとしなければ見付からなかった特性ですし、ある意味、冒険者に向いているのかもしれません」
その言葉を聞いて、エメは顔を輝かせた。冒険者になりたかったエメにとって「冒険者に向いている」という言葉は、舞い上がるのにじゅうぶんな威力を持っていた。
「失礼ですが、体力などを見ると武器を振るうのにあまり向いてないように見えます。ただ、非常に
「本当ですか! 嬉しい! ずっと
「まあ、素敵ですね。ところで、すでにどちらかの
「え、いえ……弟子入りしていないと
担当職員はエメの言葉ににっこりと笑顔を返し、そっと受講計画表を差し出した。
「問題ありません。冒険者ギルドの
エメは差し出された受講計画表を見る。初心者講習で五つの魔法を習得し、その後も週に一つのペースで新しい魔法を習得する計画になっていた。そこに並ぶ魔法の名前を見て、エメはそれらが使えるようになった自分を想像した。たくさんの魔法を覚えて使いこなす自分は、まるで
「この通りにする必要はありませんが、参考までにどうぞ。エメさんの豊富な
「なるほど……! すごい!」
「この後の
「追加で……ですか?」
「はい。もちろん、ここで追加しなくても構いません。一度ダンジョンに潜ってから検討するのも良いかと思います。ただ、初心者講習とセットでない場合、一つの魔法につき20銅貨が必要になってしまいます。今ここで魔法二つ追加でしたら32銅貨で済むのですが、後からとなると二つの魔法で40銅貨の受講料が必要ですね。わたし個人としては、ここで32銅貨支払っておくのをお勧めしますが」
職員の人はそこで言葉を止めてエメを見た。エメは計画表を見て、頷いた。どのみち魔法を覚えるには講習が必要そうで、だったら今支払った方が良いと判断した。それに覚えないといけない魔法はたくさんある。
「はい、それでは追加お願いします!」
「承りました。では、
「ありがとうございます!」
そうやって、エメは
講習はすべて翌日に行われた。
最初に全員に『冒険者タグ
冒険者タグの扱いについてはいくつかの項目がさらっと説明されただけだった。身分証になること。ダンジョン探索をするためには冒険者タグの提示が必須になること。ギルドに口座を作ってお金を預けておけば、加盟店では硬貨を使わずに冒険者タグの提示で買い物ができること。冒険者タグの使用には
細かい部分については
何かトラブルがあった場合は、まずは冒険者ギルドに連絡を。最初の講習はそうやって締めくくられた。
ダンジョン探索についての講習は、ダンジョンの仕組みやその中での振る舞いについてだった。
ダンジョンの
レオノブルのダンジョンには、今は二つの初心者向けマップと五つの高レベルマップがある。
マップの内容は不定期に変わることがあるのでこの先どうなるかはわからないけれど、初心者向けマップである程度レベルを上げたら中級者向けマップがある街に拠点を移すと良いだろうと説明された。レオノブルから乗合馬車で一週間のところにペティラパンという街があり、そこのダンジョンは初心者向けと中級者向けなので、レオノブルで登録した後にそこに拠点を移す冒険者は多い。
一回の探索で同時にダンジョンに入れるのは六人まで。なので冒険者ギルドではパーティ編成を六人までとしている。
ダンジョン探索中にHPが0になると、その冒険者はダンジョンの
同時に探索に入れるパーティの数には
不思議なことに、同時に複数のパーティが入っても中でパーティ同士が出会うようなことにはならない。パーティ毎に独立したダンジョンができているかのようだ。
ダンジョン探索の順番については冒険者ギルドの管理なので、探索希望者はギルドへ申請する必要がある。別のパーティに順番を譲ったり譲られたりするのは、例え本人たちの合意の上であっても不正行為に当たるのでくれぐれも注意するようにと言われた。昔は合意の上であれば順番を譲るのを許可していたらしいが、ダンジョン探索の順番が売買されるようになってしまい、全面禁止になったのだそうだ。
お昼には、冒険者ギルドで販売している
「午後の講習が終わったら冒険者タグの発行だね、楽しみ」
サンドイッチをちまちまと食べながら、エメは機嫌良くフロランに話しかける。フロランはこの美味しいサンドイッチも五口くらいでたべてしまって、後はいつものようにつまらなさそうな顔で手持ち無沙汰にしていた。
エメはフロランの表情など目に入っていない様子で、浮かれてくふふっと笑う。
「テオドールやロラさんと同じ
「テオドールと同じったって、レベル100は無理だろ」
フロランの言葉に、エメは口を尖らせる。
「わかってるよそんなの。でも、レベル50くらいなら頑張ればなれるかもしれないでしょ。ロラさんみたいになれたら良いな」
エメはすぐに機嫌を取り戻して、またにやにやしながらサンドイッチにかぶりついた。フロランはそれ以上何も言わず、つまらなさそうな顔のまま、ふいと横を向いた。
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