第一章 ダンジョンと冒険者

第三話 エメは冒険者ギルドにやってきた

 ダンジョンの入り口エントランスは冒険者ギルドが管理している。冒険者ギルドは、個人によるダンジョンの占有や、ダンジョンから出てきた初心者を狙うような行為が発生しないように、ダンジョン周辺の警備を行い、ダンジョンに入る場合には冒険者タグの携帯を必須としている。

 冒険者タグは身分証も兼ねているため、その発行には、いくつかの手順がある。

 まずは、MP検査マナチェックMPマナの性質は一人一人違うと言われていて、冒険者ギルドでは過去の登録情報を全て保管している。例えば、過去に冒険者タグ剥奪の上登録禁止ブラックリストになった人が、見た目や名前を偽って登録することがないようにチェックしている。

 MP検査マナチェックで問題がなければ、次は身体検査ステータスチェックだ。各種ステータスや、病気などのダンジョン探索で問題になりそうなものがないかを確認する。

 身体検査ステータスチェックの結果と本人の希望を元に職業ジョブ適正面談が行われる。それから、冒険者タグについての講習、ダンジョン探索についての全体講習、基本スキルの講習、職業ジョブ毎の講習がある。

 そのあとにMPマナ登録を行って、ようやく冒険者タグが発行される。

 冒険者タグが発行されたら、あとは自由にダンジョン探索することも可能だが、ギルドからバランスを見て最初のダンジョン探索のためのパーティを紹介してもらえる。すでにパーティのアテがある場合は別として、大抵の場合はギルドに紹介されたメンバーで初めてのダンジョン探索を行うことになる。

 冒険者ギルドへの登録とタグの発行には、これら全てを引っくるめ、前払いで78銅貨が必要になる。つい去年まで75銅貨だったものが、今年から78銅貨に値上げしていた。




 エメもフロランも、MP検査マナチェックは問題なかった。その後の身体検査ステータスチェックで、エメは一人呼び出されて再検査になった。MPマナ量を測るための石を前に、もう一度と言われるまま、エメはその石に手を触れた。

 その結果を数人で覗き込んで、ぼそぼそと何かを話し合っている。その中の一人が石に触れて数値を見て、みんなで頭を抱えてしまった。


「あ、あの……何か問題がありましたか……?」


 エメがそっと尋ねると、全員慌てたように顔を上げた。エメは服の上からお守りアミュレットを握り締めた。


「いや、問題ということではないんですが……念の為、もう一度測りたいので触ってください。お待たせしてすみません」


 不安が晴れないまま、エメは言われた通りにまた手を触れる。みんながその結果を見て溜息をついた。ゆるく首を振っている人もいる。


「何か……いけなかったんでしょうか……?」


 すっかり怯えるエメに、中の一人が戸惑いを隠さないままに答えた。


「すみません。問題がある訳ではないんです。その……計測したMPマナ量が異常値に見えたので……ですが、計測器に問題はないし、何度測っても同じ結果なので、多分間違いはないと思います」

「異常値……ですか?」

「ああ、異常値と言っても悪いものではないですよ。ええとですね、一般的にはレベル1登録時MPマナ量は1,000もあれば多い方です。個人差もありますが1,100を超えているならなかなかです。人によっては900とか800ということもあります。そのMPマナが、あなたの場合……」


 係の人はそこで一度言葉を止めて、手元の測定結果を見る。そしてまだ信じられないと首を振った。


「あなたの場合、10,000を超えているんです。一番低い計測値でも10,634一万とんで六百三十四あります。レベルは間違いなく1ですし、他の数値は……こう申し上げてはナンですが一般的です。項目によっては平均より低い値もあるくらいですが、まあ全体的に平凡ですよ。とにかくMPマナだけが異常に多い」

MPマナが多い……」


 エメはぽかんと口を開けた。


「まあ、MPマナが多いということはスキルや魔法を使った時のMP不足マナ切れになりにくいということですから、問題はそうないと思います。何かあればギルドにご相談ください。我々もこれから、過去に似たような事例がないか確認はしてみます」

「ええと……冒険者にはなれるんですね?」

身体検査ステータスチェックの他の項目には問題はありませんでしたから。この後の講習で問題がなければ大丈夫でしょう」

MP不足マナ切れになりにくいというのは便利なことなんですよね。だったら、MPマナが多いのは悪いことではないように思うんですが」

「ええ、単に異常値というだけで悪いものではないと思います。冒険者になろうとしなければ見付からなかった特性ですし、ある意味、冒険者に向いているのかもしれません」


 その言葉を聞いて、エメは顔を輝かせた。冒険者になりたかったエメにとって「冒険者に向いている」という言葉は、舞い上がるのにじゅうぶんな威力を持っていた。

 職業ジョブ適正面談の待ち時間に聞いたフロランのステータスは、HPが1072でMPマナが896だった。それもまた、エメに異常に多いMPマナ量を自覚させ、エメはより一層舞い上がってしまったのだった。




 職業ジョブ適正面談で、エメは魔法使いソーサラーになりたいという希望を伝えた。対応してくれた担当職員の女性は、エメの身体検査ステータスチェックの結果を見てしばらく首を捻って、エメを待たせてどこかに何かを確認しに行った。しばらくして戻ってきた時には難しい顔をしていたけれど、やがてエメに笑顔を向けた。


「失礼ですが、体力などを見ると武器を振るうのにあまり向いてないように見えます。ただ、非常にMPマナが多いので、これを活かすなら魔法使いソーサラーは良い選択だと思いますよ」

「本当ですか! 嬉しい! ずっと魔法使いソーサラーに憧れていたんです!」

「まあ、素敵ですね。ところで、すでにどちらかの魔法使いソーサラーに弟子入りなどはしていますか?」

「え、いえ……弟子入りしていないと魔法使いソーサラーになるのは難しいでしょうか?」


 担当職員はエメの言葉ににっこりと笑顔を返し、そっと受講計画表を差し出した。


「問題ありません。冒険者ギルドの魔法使いソーサラー向け講習は、特定の師弟関係がなくてもどなたでも魔法を学ぶことができます。すでに特定の師弟関係を持っている場合はギルドの講習が不要であることが多いので、皆さんにその確認をしているだけですよ」


 エメは差し出された受講計画表を見る。初心者講習で五つの魔法を習得し、その後も週に一つのペースで新しい魔法を習得する計画になっていた。そこに並ぶ魔法の名前を見て、エメはそれらが使えるようになった自分を想像した。たくさんの魔法を覚えて使いこなす自分は、まるでレベル100伝説のテオドールみたいだ。


「この通りにする必要はありませんが、参考までにどうぞ。エメさんの豊富なMPマナを活かすなら、強化バフ弱体化デバフ、それから状態異常といったサポート系の魔法をたくさん習得して状況に応じて使い分けるような構築ビルドが良いのではと思います。攻撃魔法は使うタイミングを見計らってここぞというタイミングで使うものですが、強化バフ弱体化デバフなら常に使い続けることが大事です。残りMPマナを気にせず強化バフを重ねがけできるのはかなり有利になるかと思います」

「なるほど……! すごい!」

「この後の魔法使いソーサラーの講習では、状態異常の基本として睡眠スリープ、それから防御力上昇の強化バフと攻撃力低下の弱体化デバフを覚えるのが良いでしょう。どれも、ダンジョンでの生存率を上げるものです。追加で32銅貨お支払いいただけるなら、攻撃力上昇の強化バフと防御力低下の弱体化デバフもその場で講習できるようにしますが、いかがいたしますか?」

「追加で……ですか?」

「はい。もちろん、ここで追加しなくても構いません。一度ダンジョンに潜ってから検討するのも良いかと思います。ただ、初心者講習とセットでない場合、一つの魔法につき20銅貨が必要になってしまいます。今ここで魔法二つ追加でしたら32銅貨で済むのですが、後からとなると二つの魔法で40銅貨の受講料が必要ですね。わたし個人としては、ここで32銅貨支払っておくのをお勧めしますが」


 職員の人はそこで言葉を止めてエメを見た。エメは計画表を見て、頷いた。どのみち魔法を覚えるには講習が必要そうで、だったら今支払った方が良いと判断した。それに覚えないといけない魔法はたくさんある。


「はい、それでは追加お願いします!」

「承りました。では、職業ジョブ別の講習はそのように登録しておきますね。その他の魔法については初心者講習終了後に一魔法20銅貨で受け付けます。またお時間の良い時にいらしてくださいね。受講計画についての相談も受け付けてますよ」

「ありがとうございます!」


 そうやって、エメは職業ジョブ適正面談を終えた。受講計画表を眺めて、これから覚える魔法に想いを馳せて、服の上からお守りアミュレットをを握り締める。いつかあの金髪の魔法使いソーサラーにまた会えると良いなと考えていた。




 講習はすべて翌日に行われた。


 最初に全員に『冒険者タグ取扱説明書マニュアル』『良き冒険者になるために──冒険者のルールとマナー』『マップ情報ガイドブック レオノブル初心者マップ編』という冊子が配られた。

 冒険者タグの扱いについてはいくつかの項目がさらっと説明されただけだった。身分証になること。ダンジョン探索をするためには冒険者タグの提示が必須になること。ギルドに口座を作ってお金を預けておけば、加盟店では硬貨を使わずに冒険者タグの提示で買い物ができること。冒険者タグの使用にはMPマナ認証が必要になるので本人以外は使えないこと。

 細かい部分については取扱説明書マニュアルを読んでおいてくださいと言われ、残りの時間はルールとマナーの話が続いた。冒険者の評判を悪くするような行いはしないように、不正行為は行わないように。どのようなものが不正行為と判断されるか。場合によっては活動停止や剥奪もあり得る。そのような情報は、どの街の冒険者ギルドでもすぐに共有されるので、活動拠点を変えても無駄であること。そのような話が実例を交えながら説明される。

 何かトラブルがあった場合は、まずは冒険者ギルドに連絡を。最初の講習はそうやって締めくくられた。




 ダンジョン探索についての講習は、ダンジョンの仕組みやその中での振る舞いについてだった。

 ダンジョンの入り口エントランスには魔法陣があり、その魔法陣を起動してダンジョンに入る。魔法陣の前には、魔法陣を操作するための石コントローラーが置かれている。その操作石コントローラーの表面に触れると、触れた人間のマナに反応して、選択画面メニューが表示される。

 入り口エントランスは一つでも、中は複数のマップに分かれている。選択画面メニューには、それぞれのマップの難易度や出てくる可能性のあるモンスターやアイテムの説明があるので、自分たちのレベルに合ったマップを選択する。この時、高レベルのマップは、過去のダンジョン攻略クリア回数やレベルによって制限ロックされていることがある。高レベルのマップを探索したい場合は、それより低いレベルのマップを攻略クリアしたり自分のレベルを上げたりする必要がある。

 レオノブルのダンジョンには、今は二つの初心者向けマップと五つの高レベルマップがある。

 マップの内容は不定期に変わることがあるのでこの先どうなるかはわからないけれど、初心者向けマップである程度レベルを上げたら中級者向けマップがある街に拠点を移すと良いだろうと説明された。レオノブルから乗合馬車で一週間のところにペティラパンという街があり、そこのダンジョンは初心者向けと中級者向けなので、レオノブルで登録した後にそこに拠点を移す冒険者は多い。

 一回の探索で同時にダンジョンに入れるのは六人まで。なので冒険者ギルドではパーティ編成を六人までとしている。

 ダンジョン探索中にHPが0になると、その冒険者はダンジョンの入り口エントランスに戻されてしまう。そうなると、ダンジョン探索に戻ることはできない。それ以外のパーティは、メンバーが欠けた状態で探索を続けることになってしまう。HPが0にならないように気を付けないといけない。

 同時に探索に入れるパーティの数には限界リミットがあるらしい。限界リミットはレオノブルとペティラパンでも違うし、レオノブルの中でもどのマップを選ぶかでも変わってくる。その辺りの限界リミットに応じた探索制限は冒険者ギルドが行っている。

 不思議なことに、同時に複数のパーティが入っても中でパーティ同士が出会うようなことにはならない。パーティ毎に独立したダンジョンができているかのようだ。

 ダンジョン探索の順番については冒険者ギルドの管理なので、探索希望者はギルドへ申請する必要がある。別のパーティに順番を譲ったり譲られたりするのは、例え本人たちの合意の上であっても不正行為に当たるのでくれぐれも注意するようにと言われた。昔は合意の上であれば順番を譲るのを許可していたらしいが、ダンジョン探索の順番が売買されるようになってしまい、全面禁止になったのだそうだ。




 お昼には、冒険者ギルドで販売している携帯食お弁当試供品サンプルが配られた。厚手の紙のようにぺたんこのパッケージを破ると中身が一気に膨らんで、中からサンドイッチが出てきた。いくつかの魔法を組み合わせて応用した仕組みらしい。

 パッケージには「黄金獅子亭きんじしてい監修!」「高級レストランの味をダンジョンでも!」と書かれている。販売価格は一つ10銅貨だった。一般的な携帯食干し肉なら二食か、切り詰めれば三食分だ。その辺りの食べ物屋で食べても一食6銅貨くらいで10銅貨あればそれにお酒も飲める。エメは食べながら、この携帯食お弁当を探索の度に買えるような冒険者になろうと思った。ふかふかした白いパンに、甘じょっぱいソースが絡んだ肉を挟んだサンドイッチは、とても美味しかった。


「午後の講習が終わったら冒険者タグの発行だね、楽しみ」


 サンドイッチをちまちまと食べながら、エメは機嫌良くフロランに話しかける。フロランはこの美味しいサンドイッチも五口くらいでたべてしまって、後はいつものようにつまらなさそうな顔で手持ち無沙汰にしていた。

 エメはフロランの表情など目に入っていない様子で、浮かれてくふふっと笑う。


「テオドールやロラさんと同じ魔法使いソーサラーになるんだ。嬉しいな。早くダンジョン探索行きたいな」

「テオドールと同じったって、レベル100は無理だろ」


 フロランの言葉に、エメは口を尖らせる。


「わかってるよそんなの。でも、レベル50くらいなら頑張ればなれるかもしれないでしょ。ロラさんみたいになれたら良いな」


 エメはすぐに機嫌を取り戻して、またにやにやしながらサンドイッチにかぶりついた。フロランはそれ以上何も言わず、つまらなさそうな顔のまま、ふいと横を向いた。

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