第26話 対策委員会始動
その頃、同時刻。
ロスト・チャイルド現象対策委員会の第1回会合が開かれた視聴覚室にて、集合した全員の自己紹介が行われていた。
司会は松坂と美稀が行っており、教卓の前で指示出しや説明をしていた。
今日はオリエンテーションのみの実施となっており、内容は自己紹介と活動概要の説明のみとなっていた。
楠田は教壇の美稀に見惚れていた。
楠田は勿論、自分の身の潔白の証明も参加の理由だが、一番はやはり美稀に近づきたいからであった。
保健室に連れて行ってくれた対応で完全に心を奪われてしまったのだ。
楠田の他に、2年生は菅原という随分プライドの高そうな女子生徒だけ。
しかもお世辞にもルックスは良くない。
不細工の部類に十分入るだろう。
馬面に腫れぼったい唇。
ゴリラのような口周り。
しかし、自分をモテ女か何かと勘違いしているらしい。
所作が全て美人のそれだ。
端から見ると違和感しかないのだ。
それ以外は全て1年生であった。
長い黒髪を優雅にまとい、和風美人を思わせるが、芯の強そうな様子の井関。
そして、金髪を跳ねらかせてやる気のない表情でホワイトボードを見つめる湯浅。
この子もしっかり身支度を整えれば美人のはずだ。
そして、ガタイの良い色黒で爽やかそうな津田。
そして、文学少女という印象の大人しそうな黒髪ポニーテールの片岡の4人であった。
楠田としてはもう少し話しやすいメンバーであれば嬉しかった。
総理や大聖が参加してくれた方がもちろんやりやすかった。
自分が今度積極的に誘った方が良いのかな。
迷惑がられないかなと思った。
しかし、仲が良いはずの渡井さんがいるから大丈夫だとも思った。
楠田はしばし、てきぱきと松坂のアシスタントを務める美稀に見惚れていたが、すぐに頭をしっかりと振ってリセットした。
「それでは何か質問はありますか」
松坂の問いかけに菅原が即座にだらしなく手をあげた。
「これってえ、内申点にどれだけえ、反映されるんですかあ」
甘ったるい声で尋ねる菅原。
松坂は困惑した表情で答える。
美稀も目をしぱたたかせる。
「うーん、まあ一概にどれだけプラスされるかはわからないね。あくまでもボランティアの一環だから」
「ええーマジですかあ」
菅原は開けた大口に手を当てて言った。
もはや進行を妨げる邪魔者でしかなかった。
「でもでもお、今日のオブザーバーは大澤教頭先生ですよね。指定校推薦とかにプラスになりますよね?」
松坂はこれでもか、という菅原の問いに白旗を上げたい思いだった。
「うーんどうなんでしょう?教頭先生」
クラスの一番後ろにオブザーバーとして陣取っていた大澤に松坂は尋ねた。
菅原の甘ったるい問いかけは続く。
「大澤せんせーい、大好きーおねがーい」
大澤は手元の資料をめくる振りをしながら答えた。
大澤も困惑している様子だ。
「もちろん、学校としてプラスになることがあれば、それは前向きに検討させてもらうよ」
大澤の答えに、菅原が嬉々とした表情を見せる。
「わあーさっすが教頭先生。楽しみにしてまーす」
菅原が元気良く腰掛ける。
大澤と松坂はもはやたじたじであった。
と、そこに井関が割って入った。
「ちょっと待ってください菅原先輩。さっきから内申点だとか指定校推薦だとか。この場を何だと思ってるんですか」
しかめっ面の井関が立ち上がってウキウキとした表情の菅原を睨みつける。
湯浅が止めに入ろうとするも、井関は聞く耳を持たなかった。
教室内に不穏な空気が流れる。
井関は教室中の代弁者ではあったが、菅原の感情を逆撫でするような怒り方であった。
松坂、美稀もまた静止してしまっている。
「自分の成績のためじゃなければやれないって言うんだったら、即刻辞めてください。真剣にやろうとしているこちらが迷惑をこうむるんです」
と、菅原も頭の血管に青筋を浮かべた。
「はーあ?」
菅原も苛立ちを隠せないといった様子で立ち上がり、井関を振り返る。
「よくわからないけどアンタさあ、先輩に向かって嘗めた口利かないでくれるう?私がこういう価値観で物事を決めようがさあ、アンタには関係ないでしょお?」
菅原は不細工な顔をしかめっ面でさらに不細工にした。
井関もムスッとした表情を崩さない。
しばし、両者の無言のにらみ合いが続く。
楠田は意外だった。
清楚そうに見える井関がここまで威嚇する子だったなんて。
周囲は2人のやり合いを眺めていることしかできなかった。
「アンタだってどうせ内申点のためにやってんでしょお?いい子ぶりやがってさあ」
井関の中で何かがブチ切れた。
井関が殴り掛からんばかりに菅原に突進していった。
慌てて湯浅が井関を押さえつけに掛かる。
「聡美、1回落ち着いて―」
後ろからかじりつくようにして井関を止めに入る湯浅。
さほど焦ってはいないようだが、事の重大さを理解はしているらしい。
「はあ?マジむかつくんだけどー」
「それはこっちのセリフです」
井関と菅原のしばしの睨み合いが続く。
と、ここで魔法が解けたかのように、松坂が慌てて間に割って入った。
周囲も事の重大さに気付いて立ち上がって2人を制する。
「2人ともいったん落ち着いて。それでは他に質問がある人は挙手を」
チッと舌打ちをしながら席に再び腰かける菅原。
半ば無理矢理湯浅に座らせられる、膨れっ面の井関。
両者の間に言いようのないほど深い亀裂が走る。
ややあって教室内に落ち着きが舞い戻った。
「はい」
と、ここで津田が手を挙げて立ち上がる。
助かったという表情の松坂。
「ロスト・チャイルド現象に対する具体的な対策がいまいち浮かばないんですが。不安がっている生徒1人1人にメンタルケアでもするんですか?」
「それについては次回、明日以降の会合時に皆さんと話し合っていこうと思います。明日までの宿題とさせていただきますが、それについて皆さん1人1つ考えてきていただきたい。どれを採用するか、もしくは複数の場合もありますが、明日はそれを決めさせていただこうと思っています」
「なるほど、ありがとうございます」
津田は終始快活に答えた。
楠田はすっかり不貞腐れている菅原に視線を送る。
ぶつぶつと何やら文句を唱えている様子だ。
「ふざけんなよ、調子に乗んなよ、ブスが」
菅原は本気の声色で文句をこぼしていた。
これだから女性は怖い。
楠田は身震いした。
「他に何かありますか?」
松坂が尋ねるも、それ以降は質問が上がることはなかった。
「それではありがとうございます。先程申し上げた通り、ロスト・チャイルド現象に対する学校が取れる対策を1人1つ考えてきてください。場所はこの視聴覚室に午後5時です。明日も皆さん、宜しくお願いいたします。それでは、今日はこの辺でお開きとさせていただきます。くれぐれも下校途中は気を付けて帰宅してください」
松坂と美稀はペコリと綺麗にお辞儀をしてみせた。
どことなくピリピリとした空気が教室内を張り詰める。
楠田はおそるおそる菅原の様子を窺っていた。
菅原はわざとらしく鞄を机に叩きつけたり、足を踏み鳴らしたりしている。
一方の井関もまた、不満げに色白の顔を紅潮させていた。
女性同士の喧嘩は恐ろしいものだ。
全くもって手加減をしないのだな。楠田は戦慄を覚えた。
と、ここで松坂が楠田に近づいてきた。
ニコニコと無味簡素な笑みを浮かべている。
「やあ、楠田。参加ありがとう」
「いやいや、ぼ、僕は別にそんな」
楠田はボサボサの髪の毛を振り乱しながら、首を横に振る。
「いや、とても立派だよ。他の連中は面倒くさいだとかそういったつまらない理由で協力してくれないんだ。君の積極性をとても嬉しく思う」
「あ、いやそんな。僕は何かち、力になれることがあればと」
「助かるよ。またよろしく頼むよ」
松坂は楠田の肩をポンポンと叩くと、そのまま今度は津田の元へと向かう。
おそらく今回参加の全生徒へしっかりと声掛けをするということだろう。
一方で、美稀は菅原の愚痴を延々と聞かされている印象だ。
美稀の愛想笑いが切ない。
と、ここで井関と湯浅が鞄を背負いこんで教室をそそくさと飛び出そうとした。
「あ、井関さんと湯浅さん待って」
慌てた様子の美稀が2人の背中を追いかける。
このまままともそうな井関が委員会に来ず、菅原と共に仕事をしていくというのは楠田としては不快だった。
楠田も帰り支度を整え、家路につこうとした。
と、教室の前方を見ると、菅原が大澤教頭を捕まえて一生懸命によいしょしている。
楠田は呆れ顔で溜息をつく。そのまま家路についた。
廊下へ出ると、美稀と井関、湯浅が真剣な面持ちで話し込んでいた。
楠田はおそるおそる緊張しながら、美稀に声を掛けてみることにした。
「あ、わ、渡井さん。お疲れ様」
美稀は流し目に楠田を見ると、にっこり微笑んでうなずいてくれた。
しかし、すぐに井関と湯浅に向き直る。
声を掛けてもらえなかったのは残念だったが、にっこりと笑ってくれたのは嬉しかった。
楠田の心臓の鼓動は強く唸っていた。
これで明日からもがんばれる。
井関は苛立っていた。
あの菅原という女は何?
内申点とか指定校推薦だとか、自分のことしか考えていない。
私のように本気になって人を助けようとか探そうとか、考えていないからなのだ。
私のように家族を失っていないからそういった態度を取れるのだ。
美稀に宥めてもらったことで、井関は何とか怒りを抑えることができた。
次回の会合も参加することにはなっている。
しかし、菅原の出方が変わらなければそれこそまた喧嘩になってしまいかねない。
すっかり暮れてしまった家路である。
湯浅も気まずそうに後ろからついてくる。
井関は一度怒るとなかなか怒りが収まらないタイプだ。
湯浅はそれを熟知しており、ほっといているに過ぎない。
湯浅も湯浅で、菅原に対して思うことはあるはずだ。
湯浅は井関と違い、なかなか自分の感情を表に出そうとしない。
周りには何となく緩い印象を与えるだけだ。
と、ここで湯浅がとあるビルの裏の狭い路地裏に入っていった。
井関はそれに何気なく気が付き、慌てて取って返す。
そう、ここは湯浅のいつもの一服スポットであった。
狭いビルの隙間に灰皿がポツンと置かれているのだ。
おそらく周囲のビルに勤務する職員が吸いに来るスポットなのだろう。
今日は特に誰もおらず、のんびりと煙をくゆらせている湯浅がいるのみだった。
井関は変わらず、ムスッとした表情を崩さなかった。
まだ苛立っているようだ。
「明日も参加するのー聡美は」
湯浅が煙草を咥えて尋ねる。
「どうしようかまだ迷ってる」
「でも、あの委員会ってよくわからないよね。私たちに肝心な対策とやらは丸投げで。ほんと暇な人が集まってきた感じ」
湯浅が口から煙を吐き出す。
「そう、そこなの」
井関が力強く言い放った。
「私みたいな本当に困ってる人間が集まってこないの。別に被害者である必要はないと思うけどさ。本当に不安で仕方ないとか、そういう真面目な人が来てくれないのかなあって。ちょっとは面接くらいして選抜してくれたっていいのに」
井関は弱々しく嘆いた。
「確かにそうだねーあの連中の中にそういう人はいなかったね」
湯浅も俯く。
「ただ2人、左前のボサボサ頭の男子がすごく真面目そうに松坂さんの話を聞いてたかなあーじいっと前を見てたからさ。あとは一番後ろに座ってた黒髪ポニーテールの女の子。まだまともそう」
湯浅はここで煙草の吸殻を灰皿に落とす。
「その子たちはまだ真面目にやってくれそうだけどねー」
確かに井関の左前に座っていた、やや不潔そうな男子生徒がじいっと前を見つめていた気がした。
一番後ろの黒髪ポニーテールの女子生徒も終始安定していてきっちり仕事をこなしそうだった。
井関もまだ決意の灯は消えていなかった。
「そうか、まあ、まだがんばれるかな」
「そうこなくっちゃ」
湯浅がグッとガッツポーズをして見せた。
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