第27話 不自然

第2回目のロスト・チャイルド現象対策委員会が開催された。




メンバーは先日より津田が欠席。




参加メンバーは井関、湯浅、菅原、片岡、楠田の5人のみ。




ここから徐々に減っていってしまうのではないかと懸念された。




菅原は井関の斜め後ろにふんぞり返って座り、時折恨めしそうに睨みつけている。




片岡も携帯で漫画を開いて読んでいるだけ。




井関と湯浅は比較的真面目に取り組んでいるが、それ以外はバラバラという印象だった。




しかも、今日は松坂が学園祭実行委員会に参加しなければならず、仕切り役が美稀だけとなってしまった。




美稀だけでも通常の仕切りであれば問題なくできそうであるが、ここは問題児の菅原がいるためにそういったイレギュラー対応には骨が折れそうである。




本日のオブザーバー参加は大澤も参加できていない。




菅原の荒れたい放題になる可能性が高い。




「えー今日松坂さんいないの?」




菅原がさっそく美稀に不満をぶつけてきた。




どうもイケメンか男性教諭のような媚びることができる存在がいないとだめらしい。




周囲に不穏な空気が漂い始める。




「今日は学園祭実行委員会の方に参加しているから松坂は不参加です」




美稀が愛想笑いを見せる。




チッと舌打ちをこぼす菅原。




相変わらずの態度の悪さに美稀は嫌気が差していた。




と、ここで井関が厭味ったらしく口を開く。




どうやら舌打ちを自分にやられたものと勘違いしたようだ。




「そんなに松坂さんが好きなんでしたら、学園祭実行委員会に参加されたらいかがですか?」




「はーあ?」




再び教室中にピリピリとした空気が漂う。




菅原が井関をグッと睨む。




井関は口元だけを歪めながら、続けて悪態をつく。




「今日がんばったところで、教頭先生もいないから内申点上がらないですし、松坂さんも津田もいないから男性陣にもアピールはできないですよ」




その言葉に楠田は傷ついた。




一応、僕が男なのに。数に数えられていない気がしてならなかった。




「お前マジで調子に乗ってんじゃねえぞこのブス」




菅原の普段の甘ったるい喋り口調ではなく、怒り狂った凶漢の口調だった。




菅原は今にも井関に飛びかかりそうな迫力だった。




「ちょっと菅原さん落ち着いて」




美稀が宥めに菅原の元へと向かう。




楠田は恐怖のあまり自席から動けずにいた。




美稀が宥めているにも関わらず、菅原はヒートアップして止まらない。




「お前みたいな調子に乗ってる奴が足引っ張るんだよ。ああ?早く帰れよブスがよ」




菅原がいつの間にか井関の席の前に立ちはだかっており、今にも襲い掛からんばかりの勢いであった。




井関もまた怖気づくどころか、むしろ喧嘩を買ってやろうと言わんばかりの目つきだ。




「聡美落ち着いてってばー」




これまたさほど焦っていなさそうな湯浅が井関にしがみついている。




2つ後ろの席の片岡も変わらず携帯を出していじっている。




楠田は挙動不審で事の行く末をみているだけだ。




「やーめーて」




美稀が大きな声で威嚇する。




ここでようやく菅原と井関が我に返った。




美稀は緊張していたが、自分で止めるしかない。




誰も頼れない。




「席についてください、菅原さん。井関さんも睨まないで」




美稀は声を限りに叫んだ。舌打ちをしながら自席に戻る菅原。




井関も不服そうな表情で座っている。




「そのパワーは今日の話し合いで使ってください」




しーんと静まり返る教室内。美稀は肩で息をする。




我が強い人かマイペースな人しかいないため、今日のまとめ役はとても大変なようだ。




総理と大聖を操るのとはわけが違う。




「それでは始めます。今日は対策委員会の活動内容を皆さんに決めてもらいます。予算はあらかじめ決められておりますので、活動できる範囲はある程度限定されてしまいます。具体的には皆さんの安全を守るだとか、皆さんの不安を軽減するだとかそういったことに予算を割きます」




美稀はここまで話して一同を見回す。一同は大人しく美稀の話を聞いている。




「では昨日からの宿題として活動内容として考えてきてくださったと思います。まず、楠田君発表お願いします」




「え、あ、は、はい」




楠田はぶるぶると手元を震えさせながら立ち上がる。




極度に緊張している様子が伝わってくる。




「あ、あ、その、僕は、一斉下校が、良いと、お、思います」




「い、一斉下校ですか?」




美稀が呆れかえった表情で楠田を見つめる。




焦った楠田は女子生徒たちに視線で助けを求める。




「小学生ですか?楠田さんは?」




菅原が尋ねる。




井関も視線を向けることすらない。




湯浅もニヤニヤ笑っているだけだ。




「そしたら菅原さんお願いします」




「はい」




菅原がすっと立ち上がる。




「私は相談室の設置が良いと思います。不安に思っている人は間違いなくいます。委員会の中で相談者を出して対応できると思います」




「相談室の設置」




美稀はホワイトボードにマジックで丁寧に書いていく。




「次は井関さん。お願いします」




井関はゆっくりと立ち上がる。




「予算がどれくらいかはわかりませんが、下校時のスクールバス運行、下校時の監視員設置。これは外注でも良いと思います。下校時にロスト・チャイルド現象発生率が圧倒的に高いと思うので、下校時のバックアップこそが発生縮小に繋がると思います」




「害虫?意味わかんないんですけどお。自分のこと言ってるんですかあ?」




菅原がくすりと笑う。




しかし、井関はそれを聞き逃さなかった。




「菅原先輩は2年生にもなって言葉がわからないんですか?外部発注略して外注です。ちゃんと勉強してくださーい」




井関は表情を一切変えることなく、淀みなく言うと着席した。




「てめえマジで調子乗りやがって。マジで後で覚えとけよ」




「はいはい、やり合いしないでください」




美稀が2人を制する。ホワイトボードに2つの項目を書き込んでいく。




「それじゃあ片岡さんどうでしょう?」




片岡がこれまたゆっくりと立ち上がる。




「私は無難に防犯ブザーの購入と携帯が良いかと思います」




「うーん、学校全員分は微妙に厳しいかもですね」




「大量購入とかでコストを抑えられないですか?」




「ちょっとわからないので、検討します」




美稀がホワイトボードに再び丁寧に書き込んでいく。




「湯浅さんは?」




「何も思いつきませんでしたー」




湯浅は元気良く手を挙げる。




「他に何かある方はいらっしゃいませんか?」




美稀は教室中を見渡す。




ここで再び恐る恐る楠田が手を挙げる。




「え、えっとー、子供110番の、い、家がいい」




「楠田さんって本当何歳ですか?」




呆れ顔で笑う菅原。




他の女性陣も溜息をこぼす者、全く見向きもしない者とが現れ、いかに楠田の意見が受け入れられないかを示していた。




 楠田はそれにショックを受けてそのまま力なく着席した。




「はい、楠田君ありがとうございます」




美稀は愛想笑いを浮かべる。




「それでは他にないようであればこの中から決選投票と言いますか、絞り込みの作業をしていきます」




ここで井関がパッと手を挙げる。




「その中からいくつ実行に移せるんでしょうか?」




「それは採用された数や内容によってしまいます。コストがかかりそうな、例えば防犯ブザーの全生徒所持などは採用となればこれだけの実施しかできなくなります。予算内に抑えることができなければ、実施すら見送りとなります」




「なるほど。ありがとうございます」




井関は頷いて着席した。




「そういうことですので、どれを1つ選択するかというよりは、採用の順位をつけたいと思います。そうすれば予算をキッチリ使い切った上で対策を実施することが可能になると思います。今から紙を配りますので、皆さん各自それに順位付けをお願いします」




各自、沈黙の中ボールペンを紙の上で走らせる。




「1位は4点、2位は3点、3位は2点、4位は1点で計算します。最後に私が皆さん分を集計して最終結果としたいと思います」




一番自身のなさそうな楠田は終始おろおろとしていたが、一番最後にボールペンを置いた。




「はい、では回収します。集計しますので、一度休憩をしてください。10分後に再開します」




各自思い思いの休憩を取る。




井関と湯浅は連れ立ってトイレに行くことにした。




洗面台の前で、井関は終始菅原の愚痴をこぼしていた。




「あいつにブスって言われる筋合いはないわ」




可愛らしいウサギのハンカチを片手にグッと力強く握り締める。湯浅も苦笑いするしかなかった。




「あいつやたら聡美のこと目の敵にしてるよねー」




湯浅も菅原の態度には目に余るものがあるようだった。




「男か教師がいたら猫なで声になるんだから見え見えだよね。本当にああいう奴無理だ」




「私らは誰に対しても態度変わらないのにねー」




「確かに。逆に猫被った方がいいのかな」




「世渡りには大事って言うよねー」




湯浅もぽつりとこぼす。




井関は心の中で思っていた。




世渡りねえ。そういう意味では井関の兄も世渡りはうまくないのかもしれない。




結果的にクラスメイトからいじめられて孤立してしまい、ロスト・チャイルド現象に巻き込まれた。




ということは、世渡り下手な人がターゲットにされているのか?




「聡美どしたのー?」




気が付くと、目の前に湯浅が立っていた。




井関は驚いて湯浅を振り返る。




「いや、何でもないよ。いこ」




「バス1番にしたよねー?」




「手筈通りね」




視聴覚室に戻ると、残っていたメンツが静かに各々の携帯電話をいじっているだけであった。




その中で美稀はせっせと集計作業をしている。




その様子を見て、井関は美稀に声を掛けた。




「渡井先輩、集計手伝いましょうか」




美稀は突然の井関の提案にびっくりした。




美稀は笑ってごまかす。




「大丈夫だよ。もう終わるから。ありがとう」




なるほど。こういうのが世渡りに影響してくるわけか。




おそらく美稀は世渡りが上手という部類に分類されるのだろう。




よって、この人がロスト・チャイルド現象に巻き込まれることはないのではないだろうか。




と、美稀が集計完了したようで、書類を全て整理し始めた。




そして、提出された書類を全てその場でシュレッダーにかけた。




「それでは集計終わりました。発表しますね」




美稀が選ばれた項目を読み上げていく。




「1位相談室設置、2位警備員設置、3位防犯ブザーの配布・携帯、4位スクールバス運行、5位一斉下校となりました」




井関はその結果を聞いて訝しく思った。




「ですので、相談室設置、下校時の警備員設置を優先的に実施します。ただしこちらは明日の委員会までに教頭先生の承認を得て、実際の活動を実施していきます」




終了後、井関は信じられないといった様子であった。




「渡井先輩」




「はーい」




「一斉下校って勿論ダントツの最下位ですよね?」




「え、え、僕は1番にしたんだけども」




楠田が涙を浮かべながら言う。




「そうだね。最下位だったね」




「スクールバスだめだったんですね?私、上位だと思いましたよ」




井関が言うと、菅原もそれには同調した。




「私も上位に入れたんだけど意外ね」




その言葉に井関は確信を持った。




「おかしくないですか?渡井先輩、だって1位が少なくとも2人、菅原さんも少なくても2位以上、片岡さんも少なくても3位以上なのに、スクールバスが4位になりますか?」




「はいはい、今日はもう終了だから帰って帰って」




美稀が視聴覚室の鍵をぶんぶんと振り回す。井関は何とも納得がいかないまま帰り支度を整えた。

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