第25話 姉妹

湯浅は、井関の兄に対する愛情の深さを痛いほど感じていた。


自らSNSでの情報収集をしたり、実際にロスト・チャイルド現象に関する講演会に参加したりして自ら情報をかき集めていた。


その勤勉ぶりは目を見張るものがあった。


湯浅はと言えば、まだやりたいことの1つも見つかっておらず、心の中は荒れ果てているだけだった。


井関を見るたびに、自分の不摂生さと情けなさが浮き彫りになる。


「聡美」


教室に戻る廊下の途中で、湯浅は先を歩く井関を呼び止めた。


井関は背を向けたまま、立ち止まる。その背中に問いかけた。


「聡美。私さ、ちゃんと役に立ってる?」


湯浅の率直な感想であった。


何故、優等生である井関は、私みたいな劣等生と仲良くしてくれるのだろう。


心の中にずっと抱いてきた疑問。


井関が振り返る。


えっと呆気に取られたような表情だった。


「何言ってるの?」


井関は不思議そうな顔をしてつぶやいた。


「裕子はさ、私の思いもしない発想ができるから本当に羨ましいよ。私にはそんな柔軟な発想ができない。それにさ、裕子は私の傍にいてくれるだけで、私の力になってくれてるんだよ。それは役とか誰とかじゃなくてさ、私にとっては裕子しかいないんだよね」


湯浅は心を揺さぶられた気持ちになった。


この子は本当にすごい。


ただの優等生ってだけじゃない。


こんな私みたいな役立たずにもちゃんとした役割を与えてくれる。


そして、それを凄く感謝してくれる。


「これからも一緒にいてくれるよね?1人にしないでね」


湯浅は口を突いて出た言葉に自身でも驚いた。


不安に思っていたことが勝手に口を突いて出てしまう。


井関は笑った。


「なに馬鹿なこと言ってんの」


井関もまた感じ取っていた。


湯浅を振り回してしまっていて、本当に申し訳ないと。


「それはこっちのセリフよ」


井関はささっと教室の扉まで移動して手を掛けた。


「さ、授業始まるから戻ろ」


井関は教室の中に姿を消した。


湯浅もすぐに背中を追った。笑顔で。







同日の放課前のホームルームとなった。


長い1日がようやく終了し、脱力した生徒たちで溢れかえる教室内。


橋本が1枚の紙をちらつかせながら、生徒たちに言った。


「このままでは学校の運営にも関わるということで、ロスト・チャイルド現象の対策委員会を設けることに決まりました。生徒・教師問わず有志を募って、ロスト・チャイルド現象と共に戦ってくれる人たちを募集します。ぜひ、学校のためにも時間のある方は参加をお願いします」


そこにはロスト・チャイルド現象対策委員会急募と書かれていた。


「先生、何それ?」


大聖が手を挙げて尋ねた。


「この対策委員会は、皆さんが安全な学校生活を送るために、皆さんで知恵を絞って安全な仕組み作りをするための集まりです。学校側も資金を用意して、より安全な学校生活を送れるように意見を交わして実行までしてもらいます。興味のある方は本日の放課後、視聴覚室へと集合してください」


 橋本は淡々と通達事項を読み上げ、それが終わるとすぐに退席していった。


生徒たちはポカンとした表情を浮かべていた。


ザワザワと沸き立っていたが、しばらくして我に返った生徒たちが家路につき始めた。


橙色の空に見守られながら、生徒たちはそれぞれの家路につく。


部活動へ向かう生徒らも、足早にそれぞれの活動場所へと向かっていく。


 美稀は松坂に連れられてロスト・チャイルド現象対策委員会に向かった。


教室内は帰り支度をする生徒で溢れ返り、帰宅前に談笑する生徒らも見られる。


総理は大聖や、宮葉と大槻らとともに教室に残って談笑していた。


「そうそうこの間、武蔵大宮のスイーツ食べ放題のお店でさあ」


今時の女子高生は何でも美味しい食べ物だので盛り上がることができるらしい。


どこそこのクレープが美味しいとか、あのドラマが泣けるとか他愛の無い話で時は過ぎ去っていく。


 総理は和那とラインをしていた。


玲奈の近況についての話であった。


最良なのは玲奈が自宅に戻って、母やその男と和解することなのだろうが、現状では難しいだろう。


玲奈の話が本当であれば、母としてだらしない。


今は中学校への復帰が一番の目標となるだろうか。


 と、そこに学級委員の松坂が4人の前に現れた。


「やあ、君たち。まだ残っていたんだね」


相変わらずのきざな振る舞い。


成績優秀。


そして、お金持ちの息子。


絵に描いたような嫌われ男子だが、女子生徒と教師陣からの信頼はとても厚かった。


宮葉たちも姿勢を崩していたが、松坂の登場でシャキッと背筋を伸ばす。


「もしお暇だったらこれから対策委員会に参加してみないか?」


松坂が4人の顔を1人ずつ見つめる。


やはりそんなことか。総理は退屈そうな表情を見せる。どうやら人が集まらなかったようである。


そこで慌てて勧誘に来たというところだろう。


「あ、私たちはこれから用事あるからこれで失礼しまーす」


宮葉と大槻は鞄を引っ掴んで、そそくさと教室を後にした。


教室に取り残された総理と大聖は、未だに動かずに立ち尽くしていた。


「おお、総理に大聖は来てくれるのかい?嬉しいね」


松坂は感心したような口ぶりで言う。大聖はそれに対して苦い顔を見せる。


「いやー俺たちにはさすがに荷が重いぜ」


大聖も慌てて帰り支度を整える。総理もまた鞄を手にして退却を試みる。


松坂がしぶとく交渉を試みる。


「ふーん、でもね、うちのクラスから1人だけ委員会に参加してくれている人がいるんだよ」


「へえ?誰?」


大聖がさほど興味なさそうに尋ねる。


大聖が鞄を背負い上げたところで松坂が口を開く。


「楠田さ」


大聖も動きを止める。


総理も意外だと思った。


思わず、教室の出入口のところで足を止めてしまう。


松坂は何故か教壇へとゆっくり歩み寄る。


「どうせ君たちは楠田を怪しんでいるんだろう?ロスト・チャイルド現象に何かしら関与しているんじゃないかと。和田と田部井がいなくなったからね。でも、彼は自分の身の潔白を晴らすためと言って今回参加してくれたんだ。君たちが彼を疑っているせいでね」


松坂は教壇に両手をついて熱弁する。


しかし、大聖もまた真面目な表情で反論する。


「そんなことねえぜ。俺は楠田じゃそんな大それたことできると思ってねえもん」


「そりゃあそうだ。僕も楠田にそんなことができると思ってない」


松坂も同調する。


「これは単独犯でできることじゃないんだ。確実に組織的犯罪なんだ。だからいろいろな地域で同時多発的に失踪事件が起きている。警察組織も手が回らず、1件1件相手にしていられないんだ。それを1人の人間が、ましてや楠田ができると思わないだろう」


松坂の熱弁が止まらない。


大聖は松坂に向き直っているが、総理は背を向けたまま、扉に手を掛けて聞き入っている。


鬱陶しさはあるが、理屈は通っている。


「でも、関与している可能性はある。それなら楠田に限らず、全生徒いや、全国民が関与している可能性はあるだろう」


松坂はバンと教卓を叩いてみせた。


「興味は沸かないのか?総理に大聖。この恐ろしい現象をどこの誰が裏で操っているのか」


シーンと静まり返る教室内。


 総理には見当がつかないわけではなかった。


この間の武蔵大宮の雑居ビルでの出来事だ。


そして、大宮警察署で見聞きしたこと。


もしかしたらロスト・チャイルド現象に絡んでいるのはあの怪人ホタルイカなのではないか。


玲奈が辿り着きたいという、連続殺人犯ホタルイカ。


そう考えると迂闊には対策委員会に参加したいと思わない。


命の危険も出てくるからだ。


 しかし、総理は実は迷っていた。


確かにロスト・チャイルド現象の元凶や動機については心理的に興味がある。


だが、深入りすることは家族が許さない。


ただ、このまま野放しにしておくことも危険だ。


明らかにうちのクラスも狙われているのだ。


その牙がいつ総理や大聖、美稀に向けられるとも限らない。


そう考えたら参加の価値はあるのかもしれない。


ただし、総理が興味あるのはロスト・チャイルド現象の真相であって、それをどう学校として防ぐかを考えることではなかった。


「俺は別に。普段の生活さえ侵害されなけりゃそれでいいぜ」


大聖が総理の肩をポンと叩いて、帰宅を促す。


「総理、帰ろうぜ」


半ば、残念そうな表情の松坂が見えた。


 総理も鞄を背負って教室を後にした。


 総理と大聖が沈黙を保ったまま、校門の外へと吐き出された。


 なんだかスッキリしないまま、モヤモヤとした感情を抱いたまま、総理は駅への道を歩いていた。


大聖もいつもなら鼻歌を歌っているが、今日はいつになく黙りこくっていた。


大聖でさえも何かしら思うところがあるのだろう。


「何か嫌な世の中の流れになってきたよな」


大聖が突如、ぼそりとつぶやいた。


大聖は空を見上げて言う。


「俺たちは確かに大した夢もないし、あらかじめ親に用意されたレールの上を走ってるだけの人生だもんな。この年にしてある程度人生を見限って挑戦しなくなって。何かつまんねえよな」


大聖が側道に唾を吐き捨てた。


「それに対する罰なのかな、このロスト・チャイルド現象とやらは」


大聖の言葉に総理は沈黙した。


挑戦しなくなった人生。


あらかじめ親に用意されたレール。


総理は耳が痛かった。


すっかりと元気を失った下校。


もはや何が正しいのか総理もよくわかっていなかった。


そういえばある学者がテレビの特番でこう言っていた。


「失礼を承知で言えば、ロスト・チャイルド現象によって必死に生きようとする高校生も出てきた。ただ断片的に物事を見て、ロスト・チャイルド現象は絶対に悪だという決めつけだけは良くない」


この学者の物言いに関しては、ネット上でも物議を醸しだす結果になったが、言いたいことは非常によくわかる。


 ロスト・チャイルド現象の発生によって、危機感を持って勉学や部活動により熱心に取り組もうとする生徒たちも増えたということだ。


それは発生前の状況とは少し違う。ただ時間を消費するだけの人生になりつつあった学生たちにとっては大きな変化に違いない。


 でも、誘拐という側面だけを考えれば確実に悪のはずだ。


ロスト・チャイルド現象はこのまま発生し続けて良いということでは決してない。


ただ、このちっぽけな高校生にそれを食い止めることなどできるのだろうか。


さらに、自分がこの途方もない現象に深入りすることを、体が拒否していることもわかっている。


この安全牌を選択する意識は明らかに横山家の遺伝子だろう。


ちょっとでも冒険をする姿勢を見せようとすると、脳味噌がブレーキを掛けてしまうのだ。


そうでなくても、家族たちに盛大に止められてしまうのだ。


その辺りが、何が正しいのか総理自身もよくわかっていなかった。


 と、ここで総理の携帯電話に着信があった。


浅倉和那だった。


「もしもし」


総理が電話に出ると、和那が嬉々とした様子で電話に出た。


「総理さん、今お電話大丈夫でしょうか」


「ああ、大丈夫」


「あのう、玲奈ちゃんの件でご相談がございまして。総理さん今日うちに来ていただけませんか?」


無性に気になった。


「あれ?総理お前、和那さんから電話もらえるなんてずるいじゃねえか」


大聖がムキになって怒り出す。


大聖は冗談のつもりで言ってるのかと思っていたが、本気で和那のことは好きらしい。


なるほど、だから美稀には見向きもしないのか。


総理は確信した。


「大聖もいるんだが、大丈夫か?」


総理が尋ねると、またも大聖はムキになって怒り出す。


「何だよその言い方は。失礼だなあーいいよー俺はまっすぐ帰るからよ。せいぜいイチャついてろよ。明日学校で広めてやるからな」


大聖がいじけてしまい、武蔵大宮駅へとせかせか行ってしまった。


ああ、面倒くさいことになった。


また後で電話を掛けて宥めないと。


大聖は除け者にされると子供のようにいじけてしまう。


この間の美稀と和那の家に泊まった時もそうだった。


「あ、大聖さんもぜひ」


和那の声が優しく弾んだ。総理は懸命に大聖を追いかけた。


目の前の困っている人くらいは助けようぜ。総理は自分にそう言い聞かせた。







 和那の洋館に辿り着くと、総理と大聖はいそいそとリビングルームに入っていった。


大聖は洋館の大きさにしばらく驚嘆していた。


当然の反応だ。


以前、電話で大聖には事の次第を全て話したため、ホタルイカや玲奈のことについてはスッと頭で理解できるだろう。


リビングルームに玲奈は到着していたようで、ソファに行儀よく背筋を伸ばして腰かけていた。


その変貌ぶりに総理は驚いた。


髪色が赤髪から暗めの茶髪に変化していた。


しかし、キツイ目つきと服はそのままのようだった。


服はところどころ擦り切れて、垢で袖口が黒ずんでしまっていた。


どうやら和那から拝借したお金で身だしなみを整えたのだろうか。


雰囲気からして、まだ拝借した物を返しに来たわけではなさそうだ。


「総理さんも大聖さんも、こちらにどうぞお掛けください」


和那は自身の腰かけていたソファの隣を指し示した。


玲奈は珍しく緊張したような面持ちで、背筋をピンと伸ばして腰かけている。


モジモジとした様子が年相応の女の子といった感じで、初々しさを感じる。


「あ、相内玲奈ちゃんです。玲奈ちゃん、こちらの方が赤嶺大聖さんです」


「よろしくー玲奈ちゃん可愛いね」


大聖がニコニコ笑顔で手を振る。


相変わらずの女好きだ。


大聖は可愛ければ誰でもいいのかと総理は考えた。


玲奈はこくりと黙ってお辞儀した。


「それで話ってのは?」


総理が和那に尋ねる。


和那はやや神妙な面持ちで言った。


「玲奈ちゃんが学校に行くのは嫌だから、働きたいって言うんです」


「中学生だろお前」


総理は呆れた口調で言った。


「でも、学校なんか行ったって無駄だし。やりたいこともないし」


「やりたいことを探すのも学校ではできるんだよ玲奈ちゃん」


大聖が口を開いた。


玲奈はやや感心したような表情を見せた。


「やりたいことを探す」


「そう、玲奈ちゃんはまだまだこれからなんだからいくらでも人生変えられるよ。お兄さんと一緒にがんばろう」


大聖がガッツポーズを見せる。


結局、自分が関わりたいだけかこの男は。


総理は溜息をこぼす。


「そうですよね、大聖さん。そうなんですよ玲奈ちゃん。ぜひ一緒にやりたいことを見つけていきましょう」


和那もにっこりと笑顔でダメ押しする。


玲奈は考える素振りを見せていたが、やがて


「うん」


にっこりと微笑んでうなずいた。


「決まりだな」


大聖もにっこりと笑顔で微笑む。


しかし、総理は未だに完全に玲奈を信用したわけではなかった。


「ただし、途中で投げ出して逃げたり、和那を悲しませたりしたらただじゃすまさないからな」


総理は念のため釘を刺しておいた。


「はい、ありがとうございます」


玲奈の両頬を大粒の涙が伝っては床に落ちた。


「念書でも書かせるか」


総理がぼそりとつぶやく。3人はピタリと動きを止めた。


「いや、さすがにそれはいいんじゃねえか?総理」


大聖が苦笑いする。


和那も陽気な笑顔を見せる。


「そういえば中学はどこに通ってるの?」


大聖が尋ねる。


確かに中学校がここから通いづらい位置では大変である。


玲奈が思い出したように言う。


「桶川」


「桶川?」


桶川市はさいたま市を北西に進んだ町である。


電車ともなれば武蔵大宮駅から20分くらい掛かるだろう。


この与野駅からだと乗り換えも含めて25分は掛かるだろう。


「こっちに転入するって言っても親が手続きしないといけないんだろうしなあ」


大聖が言う。


「しばらくは通いですね」


和那が玲奈の方にそっと手を置く。


「本当、玲奈ちゃんが来てくれて妹ができたみたいでうれしいです」


「そうですね。和那さんと玲奈ちゃんって本当の姉妹みたいだ。良いお姉ちゃんを持てて羨ましいなあ」


調子よく大聖が言う。


と、ここで総理の携帯電話が再び鳴った。


姉の愛理からであった。


総理はリビングの扉を出て廊下へと歩く。


廊下に出て電話を取る。


「なんだ」


総理はぶっきらぼうに電話に出た。


「あ、総理。学校終わったの?」


「終わったよ」


「県庁前駅まで迎えに行こうか?」


愛理が心配そうに尋ねる。


この家族の過保護さたるや、本当に神経が擦り減っていく。


総理は溜息をこぼす。


「今、友達の家に来てるからいい」


総理がそう言って切ろうとすると、


「え?どこの?大聖君の家?何時になるの?ご飯は?」


と怒涛の質問攻めを受けた。


「あとでまた連絡する」


総理が電話を無理矢理ぷつりと切った。


再び静かになる廊下。


階段もひっそりと静まり返り、真っ暗である。


淡い月の光のみが差し込む。


さすがにこの空間に1人で暮らすのはしんどそうだ。


総理は欠伸を1つこぼした。


 総理がリビングに戻ると、和那と玲奈はそれぞれ夕食の準備に取り掛かっていた。


玲奈の表情は真剣そのものだった。


和那が逐一丁寧に指示出しをしながら、玲奈は包丁を使ったり、食材を混ぜたりしている。


総理がソファにもたれかかって、大聖もソファに腰かけてその微笑ましい様子を見つめていた。


「愛理さんか?」


大聖がソファの上で大きく体を伸ばした。


「ああ」


総理がつぶやく。大聖は転げていた鞄を拾い上げた。


「そろそろ帰ろうぜ」


「そうだな」


2人の邪魔したくないというのが本音だった。


総理も鞄を拾い上げる。


2人の行動に気が付いた和那がエプロン姿でリビングにやってきた。


「あれ?もうお帰りになるんですか?」


「ああ、邪魔しちゃ悪いしな」


総理と大聖はそのままリビングの扉を開いて廊下へと向かう。


和那もそのまま廊下へと出てきた。


「一応、あの子には気を付けろよ」


靴を履きながら総理は和那に告げた。


「ええ、ご安心ください」


和那は笑顔で答える。


大聖も笑顔で手を振る。


「じゃあねー和那さん」


 これから2人でしっかり会話をして、お互いのためになる生活をしてくれればそれで良いだろう。


総理もそう思った。


 重厚な門がガチャンときつく閉まった。


総理と大聖はすっかり真っ暗になった住宅街を歩いた。


与野駅前に辿り着いたところで、しぶしぶではあるが、姉に電話連絡を入れる。


総理は和那と玲奈の様子を思い出しながら、少しは姉を大切にしようと考えた。


「もしもし」


「あれ、総理。今どこにいるの?夕飯は?いつ県庁前駅に着くの?」


繋がるや否や、質問ラッシュである。


総理は怪訝な顔をしたが、1つ1つ丁寧に答えた。


「今、与野駅。夕飯は食べてない。あと10分後に駅に迎えに来てくれ」


たまには姉に甘えてみるか。


良さげな姉妹を見てきたせいか、総理はそう思った。


愛理は嬉しそうな笑い声を上げた。久しぶりに甘えてくる弟が可愛いのだろう。


「ようし、お姉ちゃんが迎えに行ってあげるからね」


愛理は張り切った声を響かせて電話を切る。


「愛理さんかー俺も姉ちゃん欲しかったなあ」


大聖が羨ましそうに言う。


総理も電話をポケットにしまい込んだ。


静かなプラットホームに降り立ち、上り電車が来るのを待ちぼうけしていた。


全く持ってこのポジションは大変だ。


総理は電車に乗り込み、席に腰かけた。電車はゆっくりと夜の闇へと吸い込まれていった。


少しだけ、玲奈の今の心が見えた様な気がした。

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