第14話 失踪者2人目

翌朝、いつもの横山家の朝がやってきた。


新聞とにらめっこする父そして洗い物とにらめっこする母。


総理はニュース番組を見つめる。


鏡とにらめっこする愛理の姿はなかった。母


に聞くと、二日酔いでまだ寝ているとのことだ。無理もない。


リビングに転がっている空き缶はゆうに10本はあった。普段の愛理からは想像できないくらい乱れていたのでびっくりである。


酔っ払っていてもいなくても結局うるさいので、是非1日と言わずしばらくの間寝ていていただきたい。


総理はそう思っていた。


「行ってきます」

「いってらっしゃい。気をつけるのよー」


母の心配そうな声が響く。


今日は昨日と違い、天気が良い。


カラッとした晴れやかな朝。


総理は住宅街の森を駆け抜ける。駅前ロータリーに辿り着く。


珍しく一番乗りのようだ。


多くの場合、美稀が一番乗りで待っているのだが、今日は美稀の姿がない。おかしい。


昨夜結局ちゃんと家に辿り着けたのだろうか。


美稀からの電話をもらったきりで安心してしまったが、それが良くなかったか。


ちゃんと帰宅の確認までしておくべきだったか。


総理は不安が募っていた。


「おーい遅くなってすまねえ」


我に返ると、大聖が遅れて到着した。


「遅いぞ大聖」

「悪い悪いー靴の紐が切れちまって取り換えてたんだ」


大聖がぺろりと舌を突き出す。総理が尋ねる。


「美稀は?」

「え?まだ来てないのか?」


大聖が意外な表情を見せる。


「連絡もないか?」

「連絡も来てない」


総理の顔の血の気がさっと引いた。


「マジかよ。携帯に電話だ」


つながらない。


しばらく呼出音が鳴っていると、留守電になってしまった。


「おいまさか昨日ちゃんと帰ってないんじゃないか?」

「わからない。そしたら家に電話するか」


総理はすぐさま美稀の自宅電話番号を画面に表示した。


すぐにコール音が鳴り、ほどなくして美稀の母親が電話に出た。


「あ、もしもしおばさん?総理です」

「あら総ちゃん。どうしたの?」


落ち着き払った様子で美稀の母親は尋ねる。どうやら美稀は一大事ではないらしい。


「美稀がまだ駅に来ないんです。家出てますか?」

「あっ。連絡いってない?美稀は昨夜から熱が出ちゃって今日学校お休みするのよ。ごめんね」


その言葉に総理はホッと胸を撫でおろした。


どうやらロスト・チャイルド現象に巻き込まれたとかその程度のトラブルには巻き込まれていないらしい。


「わかりました。お大事にと伝えておいて」

「ありがとう。学校頑張ってね」


母は快活にそう言うと、電話が切れた。総理は大聖に事情を説明した。


「熱か。珍しいなあいつが病気するなんて」

「ああ、小学校と中学校は皆勤賞だったのにな。高校では2回目くらいか」


総理はなんとなく感じた違和感を口にした。


「美稀のお母さんやたら落ち着き過ぎな気がするんだが」

「ん?ああ、おばさんマイペースだもんなあ」


大聖が腕時計にふと目を落とすと叫んだ。


「おい、そろそろ行かねえと遅刻するぜ」


大慌てで総理と大聖は改札口に飛び込んだ。いつもとやはりテイストは違うが、日常がまた始まる。


 教室に辿り着くと、いつものお迎えの人数が減っていた。宮葉と大槻のみだった。


田部井も今日休みなのか。


田部井の机はまだ空席で鞄も見当たらなかった。珍しい。


不良とは言え、友達に会うために学校には真面目に来る田部井がまだ来ていない。


昨日の教育委員会の親父と会って何かあったのだろうか。


「美稀は?」


宮葉が開口一番に尋ねる。


「美稀は今日熱出して休みだ」


大聖が答える。宮葉と大槻はがっかりした表情になる。


「今日史織もまだ来てないの」


不安そうな表情を浮かべる宮葉。


「連絡はしてないの?」


大聖が尋ねる。


「ライン送ったんだけどまだ既読がつかないんだ」


大槻もまた不安そう表情で携帯画面を見せてくる。確かに今朝7時くらいに送ったラインがまだ読まれていない。


「私も何回か電話してるんだけどまだ繋がらなくて」

「病気か?」


大聖がつぶやく。全員が困惑した表情を浮かべる。


「も、もしかして、ロスト・チャイルド現象じゃない?」


突如、背後で声がした。振り返ると、扉に手を掛けた、不気味な表情で微笑む小柄で不潔な少年が突っ立っていた。


「楠田。縁起でもねえこと言うなよ」


大聖が真面目な表情で突っ込む。楠田はどぎまぎした表情を見せながら、謝った。


「ご、ごめん」


そのまま楠田は間を縫って教卓正面の自席へと足を運んだ。宮葉と大槻がぶつくさと文句を垂れ始める。


「何あいつ。本当デリカシーないよね」

「本当。史織なんて消えてもいいみたいな言い草だよね」

「あ、そうだ真優。横山君にあのこと」


大槻がぼそりと宮葉に耳打ちをした。宮葉は閃いた時のように手を叩いた。


「ちょっと横山君借りるわね」


総理は宮葉に手を引かれて廊下に連れ出される。


大槻も背後からついてくる。


総理は壁を背面に追いやられ、宮葉と大槻がニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。


「な、何だ急に」


不気味な空気を悟り、総理は困惑する。宮葉がまず口を開いた。


「昨夜、美稀が誰とどこにいたか知ってる?」

「昨夜?」


確かに総理が夜遅くに自宅に電話を掛けた際にいなかったし、しばらく携帯電話からの折り返しもなかった。


それは学園祭実行委員会に出席していたからなのでは?


「学校だろ?」


総理の答えに宮葉と大槻が顔を見合わせてクスクスと笑い出す。


「なんだ」


苛立ちを見せる総理。すると、宮葉が再び口を開いた。


「いやね、美稀が松坂君と一緒に南銀座通りを歩いてたんだって」

「え」


総理の目が点になった。宮葉と大槻がクスクスと嬉しそうな表情を浮かべる。


「なんかさー横山君は知ってるかな?女子の間では有名になった話なんだけどさ、松坂君と美稀がデキてるって話」

「え」

「知らない?昨日、雅が予備校から帰る時に見たらしいよ?だから私は確信したね。昨夜あの2人はやることやりましたよきっと」

「ほらほら松坂君って確かOLの彼女がいるんでしょ?それなのに1年生の女の子と夏祭り行ったりさあ。ちょっとあの人チャラすぎじゃない?」

「真面目でイケメンだけどちょっとチャラいよね。まあ美稀となら美男美女でいいんじゃない?昨夜はしゃぎすぎちゃって休んでるんだよ美稀は」

「キャー」


宮葉と大槻が薄情なまでに楽しそうにはしゃぎ出す。


総理は地獄に突き落とされたかのように落ち込んだ。


表情にはあまり出さないが、冷や汗が滲み出ている。心の中は荒み切っていた。


この時に総理は直感した。自分と姉はやはり似ている、と。


「横山君元気出してこー」


大槻がバアンと総理の背中を力強く叩いた。


総理は大いによろける。


宮葉と大槻は達成感に満ちた明るい表情で教室に戻っていく。総理はしばし、そのまま廊下の窓からたそがれていようと思ったが、それもすぐにできなくなった。


「総理、おはよう」


そこに現れたのは件の松坂だった。松坂はいつも笑顔である。清潔感のある茶髪で、学校では真面目。成績優秀で運動神経も万能。学級委員も2年連続で務めており、爽やか系なイケメン。


「おお」


空気の抜けるような力のない返事をする総理。


「どうしたんだい?全然元気ないじゃないか」


松坂は心配そうな表情で総理の顔色を窺う。


「いや、ちょっとな」


総理は表情には全く出さず、心の中でメラメラと敵愾心を燃やしていた。まだ事実確認が取れたわけではないので怒りのやり場として、松坂は適切ではなかった。


「まあ無理はしないことだよ。あ、先生来たよ」


松坂がスッと教室の中に消えていった。総理も慌てて教室内に戻る。総理もお酒が欲しくなった。


教壇前にはいつものように橋本の姿があった。どことなく、しんみりとしたような元気の無い表情がそこにあった。


総理も通夜があった時のようにしんみりとしていた。


「起立、礼、着席」


いつも通りの明朗な松坂の号令が室内に響き渡った。


 と、橋本がしばらく俯いたまま、何事も喋らない。


 教室中ににわかに緊張感が走る。


 ややあってようやく橋本が口を開いた。


「昨日、田部井さんが失踪したとのことをご両親から連絡をもらいました」


 ふいにざわつき始める室内。


 総理は何気なく宮葉と大槻にそれぞれ視線を送った。2人とも目を見開いて、橋本の言葉を飲み込めない様子で大口を開けている。


 騒ぎ出す教室内を宥めるように制する橋本。橋本が落ち着かせた教室内に再び声を掛ける。


「今後、登下校時におかしなことがあったらすぐに学校へ連絡してください。今、埼玉県内ではロスト・チャイルド現象による失踪者が日に日に増えていっています。ニュースで報道がされなくなってくるくらい、追いつかないスピードみたいです。本当に急に起こっています。くれぐれも油断することなく、何か異変を感じたら、すぐに学校に知らせるようにしてください」


橋本はそそくさと教室を後にした。呆然とする生徒、騒ぎ出す生徒と多種多様だった。


総理は大聖に視線を送る。大聖が総理の視線に気づき、総理の席へとやってきた。


「おい、美稀の奴も。本当に大丈夫か」


朝に欠席を伝える連絡すらなかった美稀。


結果的に美稀の家に電話して、美稀の母親から状況を教わっただけである。


大聖が珍しく慌てた様子で、美稀に電話を掛ける。


総理も緊張を隠せなかった。何回かの呼び出し音の後、機械的な声が聞こえた。


「只今、電話に出ることができません。ピーッという発信音」

「くそっ、また留守電か」


珍しく本気で苛立った様子の大聖。大聖は乱暴に携帯の電話を切った。


 と、ここで総理は松坂の席へ歩を進めた。


「おい総理、どこ行くんだ?」


大聖も後から総理を追う。


「松坂」


総理が声を掛けると、おやっと驚いた表情で松坂が振り返る。大聖も総理のすぐ後ろについている。


「おお、どうしたんだい総理に大聖」


「昨日、学園祭実行委員とやらは何時頃に終わったんだ?」


総理の唐突な質問に松坂はうーんと考え込む。


「昨日は確か全体で7時30分には締めて、その後、一部の先生方と学級委員たち、生徒会で30分弱のミーティングをやって、それから解散した感じだよ」


「なるほど、渡井美稀は何か変わった様子はなかったか?」


総理が尋ねる。


「渡井くんかい?いや、特には。まあ、長丁場だったから多少疲れていたとは思うけど。今日お休みみたいだしね」

「お前と美稀を10時頃に南銀座通りで見たって言う奴がいるんだ。何か知ってるんじゃないのか?」


総理が食って掛からんばかりに前のめりになる。松坂は冷静沈着に述べる。


「なに、ただ2人で簡単に食事をしていただけさ。それ以上のことは何もないさ」


その冷静さが総理の癪に障った。こっちは遊びで近づいているお前とは違う。


総理は松坂の胸倉を掴んでいた。教室内が騒然とする。それにハッと我に返る総理。


「なんだよ総理。落ち着けよ」


表情を寸分たりとも変えずに、松坂が総理の手を払いのけた。


大聖は一体何が起こったのか理解が追い付いていなかった。


総理がここまで冷静さを失うのは珍しい。


もちろん、女性として好きな美稀のことがかかっているからなのだろうが。


総理は自己嫌悪の念に駆られていた。これじゃまるで嫉妬しているだけみたいじゃないか。


「悪い」


総理はそうつぶやくと、俯いたまま自席へと戻っていった。大聖も慌てて総理のあとを追った。


「おい総理、どうしたんだよお前」




 昼休みになり、宮葉と大槻が総理の席へとやってきた。そして、深々と頭を下げた。


「ごめんね横山君。私たち、そんなつもりなかったんだ」

「ちょっとした出来心で」


2人は何度も何度も深々と頭を下げた。総理もまたようやく冷静さを取り戻した。


「いや、俺がアホたれだっただけだ」


総理は頬杖をついて窓の外を眺めていた。ボーっとしながらもまだ美稀のことが頭から離れない。


「おーい飯行こうぜー」


大聖がいつもの天真爛漫な様子でやってきた。


「今日は4人だけどいいのか?」

「私たちは別に」


宮葉も大槻も力なくうなずく。


総理もゆっくりと立ち上がる。


 カフェテリアに4人で向かう。大聖以外はもはやお通夜の状態である。


大聖は昼食で何を買うか迷っている。残りの3人、総理と宮葉、大槻は俯いたままそれぞれの思いが何かしらある様子だ。


 既にいつものお気に入りの窓際のテーブルは他のグループに占領されてしまっていた。


仕方なく、中央やや窓寄りのテーブルに落ち着く。教室で話していた時間もあったため、到着がいつもより遅れてしまったのが良くなかった。


 大聖はそそくさと購買スペースまで買い物に行ってしまった。


いつも弁当を持ち込んでいる3人は席について食事を取り出した。


総理も両手を合わせてから箸を動かす。


「田部井は教育委員会の関係者にやられたのか」


総理が誰ともなしにつぶやく。宮葉は思案している様子だったが、口を開いた。


「でも、その人とは付き合い長かったと思うんだよね」


いつもわんぱくな宮葉が今日は声のトーンがいつもより一段二段と低かった。


「未だに信じられない」


大槻も箸を止めてガタガタと震え出す。


「でも、教育委員会の人が誘拐やってるほど暇かなあ?」


宮葉が尋ねる。


「まあ全員が全員とは言わないが、そいつは女子高生と遊ぶ時間はあるんだろ」

「今日、教育委員行ってきてやろうかな」


宮葉が怒りを露わにした。総理と大槻は驚きのあまり箸を止めた。


「市役所行くのか?」

「うん、だってまだ信じられないもん。史織がいなくなったなんて」


宮葉の訴えに大槻もうなずく。


 と、そこに大聖も買い出しを終えてテーブルに戻ってきた。空気を察してか深刻そうな表情で席につく。宮葉が総理と大聖を見つめた。


「横山君と赤嶺君も来てよ放課後」

「え?」


大聖がサンドイッチを頬張りながら聞き返す。


「教育委員会行くの。史織の件を聞きにさ」

「県庁前の市役所行くのか?」


大聖が尋ねる。


「そう。史織と付き合ってる人にあって直接聞いてやるのよ」


確かに、田部井は教育委員会のパパと思しき人物と昨日の夜8時くらいに武蔵大宮の街を歩いていた。


そこからの足取りは間違いなくその人物にしかわからない。


仮にその男が犯人でなかったとしても、それ以降の足取りは正確に掴めるだろう。


「わかった」


総理と大聖はうなずいた。


「その後、美稀の家にもお見舞いに寄らせてもらえないかなあ?」

「あ、そうだね。美稀も少し心配」


宮葉と大槻がまたしても要求をしてくる。


「あらかじめ連絡しとけば平気じゃないか」


総理がつぶやく。


「だよね。美稀ん家に行きたいと思ってたからさ。今日この後みんなで行こ行こ」


すると、宮葉と大槻が嬉々としてラインを打ち込み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る