第12話 ゴシップ

「美稀、あんた横山君と外泊してたって本当?」


宮葉が鼻息荒く、興奮した様子で尋ねる。


意気揚々と2人で教室へ入り、美稀の仲間である女子陣に囲まれたその瞬間であった。


毎度おなじみの美稀の友人である宮葉、大槻、田部井だった。


心なしかおちゃらけたような雰囲気を3人が醸し出している。


これは何かちょっかいを出される前触れであろう。総理は固唾を飲んだ。


「は?」


総理と美稀は呆れた表情で硬直した。


犯人は一瞬で判明した。


大聖の仕業であろう。


総理はにぎわっている教室内を眺め回すと、大聖が既に着席していて、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべているではないか。


なんてわかりやすい男だろうか。ここまで小細工をしない男はなかなかいないだろう。

 

宮葉はまだ興奮冷めやらぬ様子である。大槻、田部井も鼻をフガフガ言わせている。


「赤嶺君から聞いて、2人して3年生の凄い美人の先輩の家で寝たって話を聞いたよ」

「寝た、だけにネタは上がってんのよ」


大槻と田部井も総理と美稀を問い詰める。総理と美稀は3人の圧力に押されてしまい、困惑した。


と、美稀が怒りの口調で大聖を呼び寄せた。


「たいせーい」

「何だよ」


大聖が薄ら笑いを浮かべながら、こちらに歩み寄ってくる。


宮葉ら3人は興奮絶頂で熱愛報道の取材をするマスコミさながらの状態だ。


総理にもふつふつと怒りが込み上げてきた。右の拳を握り締める。


「なに変な事言いふらしてんの」


すかさず、美稀が大聖の額にチョップする。大聖はそれを華麗に受け止める。


「いやいや、2人して和那さんの家に泊まるとか羨ましいことしやがってなんて思ってないぜ俺は」

「ああ、それか」


美稀は大聖の手を振りほどきながら、遠い目で大聖を見つめる。大聖はどうやら本気で和那に惚れているらしい。


嫉妬が犯行理由とは情けない、総理は思った。


「それは仕方ないじゃん。あそこまで怖い思いさせておいて、1人にさせるのもあれだったし」


と美稀が事の次第をオーディエンスに簡単に話した。


しかし、このオーディエンスの興味は和那という謎の少女の正体に他ならないようであった。


事件概要には一切触れることなく、興奮が未だ冷めない宮葉記者がインタビューする。


「それよりもその和那さんって人?凄く美人でおっとりしているって本当?」


美稀はうなずく。


「そうだよ。和那ちゃん凄く可愛いしおしとやかだよ。ねえ総理?」


美稀が何故か満面の笑みで、総理に振る。総理はその意図が何となくわかった。


おそらく美稀は総理と和那をくっつけたいのだろう。大聖をとられないようにするために。


「ああ、まあまあだな」


またしても女子3人組は色めきだっていた。教室の後ろでチンパンジーがはしゃいでいるような状況だ。


周囲にいた生徒たちが何事かと振り返る。3人組はそれに気づいて、ようやく声のトーンを下げた。


大槻がまだ興奮気味に口を開く。


「横山君も否定しないってことは、やっぱり本当に美人なんじゃない?」

「見たい見たい。ねえ写真無いの?」


女子3人組のエンジンが再び掛かり始めたところで、総理は背後にべっとりとした視線を感じた。


振り返ると、そこには顔に包帯や湿布をつけたままの楠田が力なく突っ立っていた。


何か不服そうな表情ではあったが、総理たちには一切目を合わせることなく、間を縫って教室の奥へ進む。


相変わらずの不幸オーラを放ちながら、教室の最前列の自席にゆっくりと腰かけた。

 

その間、総理たち6人の時間は楠田に視線を注いだまま、完全にピタリと止まっていた。


そして、まるで魔法が解けたかのように誰ともなしに動き出した。

 

田部井がコソコソとつぶやく。


「相変わらず気持ち悪いよねあいつ。いい加減にどこか失踪しないかなあ」


とんでもないことを言い出す女だ。しかし、これに宮葉と大槻も同調する。


「ほんとほんと。あいつ、飯尾君も和田君と自分を虐めてたメンバーがいなくなってから、態度がでかくなってない?」

「女の子とか子供とか家族とかにはすごく当たり強そうだよね」


3人のざわつきが収まらなかったので、美稀が落ち着かせようと試みる。


美稀だけは知っていた。楠田が父親に非常に怯えていたことを。橋本に縋るような目で呼ばないでくれと連呼していたことを。


「まあまあ。怪我もしてることだし、こっち側が気遣ってあげないとさ」


美稀が口を開くや否や、3人は再び色めき出した。


こいつらの電源を切るボタンはないのだろうか。


総理は怒りを通り越して嫌気が差してきた。田部井がニヤニヤと笑いながら美稀につぶやく。


「そういえば、楠田って美稀のことが好きらしいよ」


その場にいた全員が驚嘆の声を上げた。さすがゴシップ田部井。そんなコアな情報まで入手しているとは。


美稀が顔を赤らめて否定する。


「そんなことないでしょ」


田部井が真っ赤な唇を突き出し、得意げになって言う。


「いやーあるんだなあこれが。ねー?和田に怪我させられた楠田をがんばって介抱してくれた美稀ちゃん」

「クラスメイトが怪我してて助けるのは当然でしょ」


美稀はムキになって反論した。田部井が薄ら笑いを浮かべている。総理と大聖は、美稀が怪我をした楠田を介抱していたことを知らなかった。


「モテモテだねえ、美稀は。優しいもんねー」


田部井が肘で美稀の頬をつつく。美稀は頬を膨らませて怒った。


「あ、そういえばみんな。都市伝説の件なんだけどさ、またネタ仕入れてきたよ」


得意げに田部井が言う。


宮葉が尋ねる。


「え?まさか教育委員会のパパ?」


「それ、大きい声で言わないで。そうよ。ロスト・チャイルド現象のこと」


「えーすごいじゃん史織。聞かせてよ」


と、ここで颯爽と橋本が扉を開けて現れた。橋本が教卓につくや否や、生徒たちはそそくさと自席へ腰かけていく。


総理は席につきながら、空席状況を目で追った。


またしても、飯尾と和田の席だけが主を待っていた。和田はまだしも、飯尾がまだ怪我なのか病気なのか不明だが、不気味である。


「さて、じゃあ今日もホームルームを始めますよ」


橋本のシャキッとした声を浴び、総理は我に返った。クラスがこの状況にも関わらず、この人はいつでも元気だ。尊敬する。


それにしても、自分の担当クラスの生徒がロスト・チャイルド現象に巻き込まれているというのに、何故橋本はここまで元気を保っていられるのだろうか。


橋本の性格を何となく理解している総理にはにわかに信じがたかった。


担当生徒が傷ついた際は、橋本は意外と落ち込んでしまうことがある。から元気というのも違いそうだ。


「起立、礼、着席」


これまた松坂の溌溂とした号令に、冷水を浴びせられたような思いで体が勝手に動く。

 

今朝もロスト・チャイルド現象に関するニュースは特になかった。いつも通り、特に何の変哲もない通達が流れていく。

 

総理は何気なく窓の外に視線を流した。

 

窓の外では体育の授業の生徒たちがのんびりと準備を開始している。特に今までと異変は全く感じられない。


肌寒さも徐々に出てくる季節となるにあたり、長袖ジャージを着用する生徒たちも徐々に出てきている。

 

今後、果たしてこの学校がロスト・チャイルド現象に混乱させられてしまう時が来るのだろうか。


「横山君、わかった?」


と、突如頭の上に橋本の声が降り注いできた。


総理がハッと我に返ると、鬼の形相の橋本が目の前に立っているではないか。


「あー先生、総理の奴、女子の体育着姿を見てにやけています」


大聖が手を挙げて、ろくでもない嘘をつく。その嘘を真に受けてクラス中がどっと沸いた。


総理は顔を真っ赤にして否定する。そして、思った。このクラスに心配は無用か。


 


昼休み。得意げな表情の田部井を前にして、総理と大聖、美稀、宮葉、大槻がカフェテリアのテーブルの一画を陣取っていた。

 

各々の弁当をつまみながら、田部井の入手した情報とやらを聞いている。


美稀だけはあまり食いつきが良くなく、黙ってご飯を口に運んでいた。


総理はいつも通りのテンションとして、残りの3人は胸をワクワクさせながら田部井の話に耳を傾けていた。


「日本政府の陰謀説って話をしたんだよねー?」


田部井が尋ねる。


「日本政府のお偉いさんが、誰かを雇って高校生たちを誘拐させてるって話だな」

大聖がうなずくと、田部井がニッコリと笑う。


「そう。で、その雇われてる人たちってのがね、警察官だっていう噂があるの」

「え?警察官?」


一同が驚きの声を上げる。


「どういうことだよ?それ?警察官が主導してんのか?」


大聖が立ち上がって食い気味に田部井に尋ねる。田部井が色気たっぷりにうなずく。


「そうらしいの。そう考えるといろいろ論理的につながるというかー」

「警察官が捜査したがらないって話か?」


総理が言うと、田部井は力強くうなずいた。


「そうそれ。警察官ってやたらロスト・チャイルド現象について捜査したがらないでしょ?それは警察内部に関係者がいるんじゃないかっていう噂があるのよ。それに警察官ならば道を歩いている高校生に声掛けしても不自然じゃないでしょー?」


一同は納得した表情で拍手した。田部井はコンサート終了時の歌手のごとく、オーディエンスに深々と何度も頭を下げる。


「でもそれは」


総理が横槍を入れる。


「警察官が行方不明者を捜査しない理由は別だろう?」


「え?そうなのー?横山くん」


田部井がムッとした表情で聞き返す。


「だって年間の日本での行方不明者って80万人って言われるんだぜ。その1つ1つを詳細に捜査できるわけない。しないんじゃなくてできないんだ」

「えーそんなにいるんだ」


宮葉があっけらかんとした顔を見せる。


「じゃあ田部井ちゃん、調べ直しだ」


大聖がニヤニヤと笑って言う。田部井は頭を抱え込んだ。


「えーわかったよ。もっと説得力あるように調べてくるー」


田部井は残念そうに溜息をこぼした。美稀はしれっとした表情でおにぎりを口に運んでいる。


田部井が再びニヤリと不敵な笑みをこぼした。


「でもね、実はもう1つ調査中のがあるのー」

「えーなになに?」


宮葉が聞き耳を立てる。ふふんとこれまた得意げに田部井が披露する。


「ロスト・チャイルド現象は学校関係者が起こしている説」


これで再びオーディエンスが湧きたった。しかし、またしても美稀だけがつまらなそうな表情を見せている。


「でもこれはまだ裏が取れてないからダメ―。今日の放課後にパパと会う予定だからさ、そん時に詳しく聞いてみるから」


「なんだー早くしてー」


大聖ががっくりとうなだれる。と、ここまで沈黙を貫いていた美稀が遠慮がちに口を開いた。


「ねえ史織。あんまり素人が深入りしない方がいいよ。危険だよ」

「美稀、あんたそんなことばっかり言って。怖いんでしょ?」


田部井が意地悪そうに笑う。


「それもあるけど、絶対危ないよ。そんな公務員が絡んでる可能性がある秘密を探ろうとしたら、国を敵に回してるのと一緒だよ」


「でも美稀。ここは確かに首都圏だけど所詮埼玉だよー?東京ならまだしも、埼玉を掻きまわしたくらいで、国のお偉いさんがお怒りになると思う?」


「そうだけどさー」


美稀は不服そうだが、それ以上の論争は避けられた。


「じゃあまあそういうことで。続きはまた明日ねー」


田部井が軽快にお開きとした。ちょうど校内に昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る