第6話 失踪者発生

「キャ」

美稀は小さく悲鳴を上げたが、すぐにそれがクラスメイトの楠田であることに気が付いた。

「え、楠田君?どうしたの?その傷」

美稀はすぐさま楠田の元へと駆け寄る。

楠田は両目に涙を溜め込み、血塗れの手でそれを拭った。両頬はやや腫れ上がり、鼻血がどくどくと止まらない。

 

 美稀は制服のポケットからティッシュを取り出し、楠田の鼻に入れる。楠田は驚きのあまり顔を赤らめた。そして、美稀が優しく口を開く。

「保健室行こう。私も職員室に用事あるから一緒に行くよ」

美稀は優しく微笑むと、楠田はおいおいと泣き始めた。

美稀は思った。クラスメイトがこんなひどい目に遭うなんて、一体何があったんだろう。詳細についてはもう少し楠田が落ち着きを取り戻してからにするとして、まずは保健室で手当てを受けなければ。美稀は右手で楠田の血まみれの手を取って、左手には学級日誌を持って廊下を早歩きで抜けていった。階段をどかどかと下りて、正面の扉まで向かう。保健室だ。その扉には、保健医の林山湖雪が在室中か外出中かが一目でわかるよう、自作の札がぶら下がっていた。


「在室中」

美稀は扉を蹴破るようにして開けた。

「こんばんは。林山先生」

林山はベッドの手前の事務机でパソコンを叩いていた。白衣をきっちりと身にまとい、黒の長髪を蓄えた、生徒よりも小柄な女性。林山はビクッと驚くが、すぐにその非常事態に気付いた。


「ど、どうしたの?大丈夫」

冷静さを欠いたように大きな声で驚く林山。

「先生、ともかく治療をお願いします」

美稀が頼み込み、ペコリと頭を下げる。林山は頷き、慌てて救急道具を取り出した。

治療を一通り終え、包帯や湿布まみれになった楠田は、それから程なくして落ち着きを取り戻した。


事務机を前に腰かけた林山と相向かいに力なく座る楠田。そして、それを扉のすぐ前から立って見守るのが美稀と橋本だ。橋本は珍しく怒りを露わにしていた。橋本の握った右拳がわなわなと震えていた。

「楠田君、いったい何があったの?」

橋本のすごい剣幕に、美稀も緊張を隠せずにいた。林山も不安そうな瞳で橋本と楠田を見比べる。不穏な空気が保健室を包み込む。外は既に漆黒の闇に包まれていた。

 

 橋本は美稀の知る限り、それはそれは熱い先生だ。橋本はたとえ生徒から自身をいじられてもにこやかに対応する器の大きさがあったが、他の生徒、特に自身の担任クラスの生徒を攻撃されると怒りを露わにすることが多かった。美稀はその橋本の姿勢をとても尊敬していた。将来、自分が社会に出た時にこういった強くて優しい女性に自分もなりたいんだと思っていた。

 

 楠田はしばらく押し黙っていた。喋らないのか、それとも喋れないのか。焦らされることを鬱陶しく思う時間が流れる。壁に掛かったピンク色の可愛らしい掛け時計の時を刻む音だけが響く。と、楠田の腿の上に力なく乗っていた手が突如ぶるぶると震え始めた。うなだれる楠田。楠田の両目から熱い涙がその膝の上にボタボタと降り注ぐ。


「う、う、ずみま、せん」

嗚咽を交えながら、無理矢理に言葉を発する楠田。そして、真実がゆっくりと語られ出した。放課後、和田に校舎の屋上に来るよう指示されたこと。そして、突然の暴行に遭ったこと。和田はそのままどこかへ行ってしまったこと。

 

 美稀は虫唾が走る思いだった。林山も信じられないと言った表情。橋本は憤慨した。握った右手がミシミシと音を立てている。

「そんなことがあったなんて。和田君の家に今から電話するわ。許されない」

扉を力強く開け放つ橋本。そして、立ち止まる。


「あとあなたの家にも電話するからね。今、親御さんはご在宅かしら」

すると、楠田はまごついた様子で顔を上げた。頬を伝う涙。そして口元を縦断する鼻水。

「あ、いや、あの、家に連絡するのは、か、勘弁してください」

楠田が力なく橋本に手を伸ばそうとする。橋本は呆気に取られた表情を見せる。

「駄目よ。さすがにこれはご家族にも知らせないと。大問題よ?警察も介入する次元の話よ」

橋本は楠田に浴びせかけるように言う。しかし、頑なに楠田は家への連絡を拒んだ。楠田は首を縦に振らなかった。


「どうしてなの?どうしてそんなに家に電話するのが嫌なの?」

橋本はやや呆れたような表情でまくし立てる。楠田の謎の拒絶に苛立ちさえ覚えているようだ。美稀は呆然と指をくわえて眺めていることしかできなかった。林山もまた、目のやり場に困ったような表情でいる。

「い、いえ、あの、心配かけたくないので」

楠田がくううと涙をぬぐう。鼻をすする音が再び保健室内に響き渡る。

「心配かけたくないとかじゃなくて。これはれっきとした暴行よ。いいから職員室についてきなさい」

楠田の手を無理矢理引っ張るようにして、橋本は保健室から楠田を連れ出す。そして、橋本は美稀に笑顔で向き直った。


「渡井さんありがとう。あとは私が武蔵大宮駅までは送るから今日はもう帰りましょう。楠田君は職員室で待っていてね」

「あ、はい」

楠田はそのまま扉の外に姿を消していった。

林山もしばしポカンとした表情を崩さなかったが、やがて我に返ったのか、パソコンでの事務作業に戻った。美稀も一礼して、保健室を後にした。


 美稀はすっかり闇に包まれた駐車場に出てきた。橋本の白の軽自動車の脇に立ち、車の中を覗き込む。車は可愛らしいキャラクターのクッションが各席に設置してあり、サイドブレーキのドリンクホルダーには消臭剤が設置されていた。意外と橋本は少女趣味なんだなと感じた。少し微笑ましかった。

 

 橋本がコートを羽織って現れる。鍵を解除し、美稀を助手席に座るよう促す。自らは運転席の扉を開けて腰かける。エンジンを掛け、ライトで暗闇を照らす。

「お願いします」

美稀がペコリと頭を下げる。橋本も頭を下げる。

「ううん、これくらいはね。こちらこそありがとうね、渡井さん」

車はゆっくりと発進した。

「いえ、クラスメイトが傷ついていたので、当然のことをしたまでです」

車はほどなくして校門を通り抜け、一般道に飛び出した。


「和田君はなかなかどうしようもないのね」

「ええ、残念です」

橋本は悲しげな表情を浮かべている。美稀も膝の上に置いた鞄に視線を落とす。

「私の力不足が原因ね」

橋本が溜息をこぼす。

「いえ、そんなことないですよ。どう考えても和田君自身の問題ですよ」

美稀が顔を上げて橋本を見つめる。橋本は強張った表情からようやく柔らかい笑顔を見せた。

「ありがとう。渡井さんは本当に優しいのね」

「いえ。先生には負けますよ」

「そう?」

橋本が冗談気に笑う。

「総理はともかく、大聖みたいなお馬鹿の面倒もしっかり見てくださいますし」

「横山君と赤嶺君ねー幼馴染なんだっけ?」

「そうなんです。腐れ縁ですね」

苦笑いを浮かべる美稀。

「横山君も成績は普通なんだけど、洞察力はずば抜けてるというか不思議な子よね。赤嶺君はお馬鹿でお調子者だけど素直な子だから憎めないのよね」

「おお、先生わかってくれててすごく嬉しいです」

「でしょう?」

2人で笑い合う。

「渡井さん含めあなたたちは個性があって面白いわ」

「うふふ、誉め言葉ですかそれ?」

「誉め言葉よーこれからもよろしくね渡井さん」

「あ、はい」


美稀は急に元気がなくなったようにか細い声でうなずいた。

橋本はさほど気にも留めなかった。武蔵大宮駅の喧騒が近づいてきた。

「ありがとうございました」

「こちらこそ。気を付けて帰ってね」

美稀は橋本の車が立ち去るまで手を振り続けた。橋本の車もゆっくりと学校へと元来た道を戻っていった。


 楠田はすっかり静かになった職員室で、ポツンと力なく職員用の椅子に腰かけていた。傍らでは、担任教師の橋本が電話でしきりに楠田の家族に状況報告している。時折、不明点は楠田に事情を聴きながら、丁寧に対応していく。

 

 楠田は呆然としたまま、その様子を見つめていた。すっかり痛みはおさまってきたが、心の中は荒れ放題であった。少し離れたところで、和田の家族へも教頭の大澤が連絡をしてくれている。こちらはなかなか厳しい報告となっているため、ベテラン教師の大澤が電話を掛けて事態の収拾を図るようだ。

「それでは失礼致します」

ここで、橋本が電話を切った。

「お父様がこれから車で迎えに来てくださるよ」

「……」

こくりと力なくうなずく楠田。橋本は困惑した表情で楠田を見つめる。

「これが初めてなの」

橋本はたちまち寄り添うような表情に戻り、楠田の顔を覗き込む。

楠田は目頭が熱くなるのを感じた。決して急かすわけではなく、楠田の話す心の準備を待つ姿勢でいてくれている。


「いいえ」

楠田がそう答えた瞬間、どっと両目から熱い涙がとめどなく零れ落ちてきた。

 そして、楠田は話した。以前から飯尾と和田に執拗にいじめられていたことを。ある時は物を盗られ、ある時は罵声を浴びせられ、ある時は殴られる。その状態が2年生に進級して間もなく始まったという事実を、包み隠さず話した。これは、そのいじめが始まった時からずっと誰にも話せずにいたことだった。家族にさえも。

 橋本は怒りを堪えながら、それを聞いていた。机の上に置かれた手がみるみるうちに力強く握られていく。

「今まで、黙っていてすみませんでした」

楠田はぺこりと力なく頭を下げた。橋本は苦虫を噛みつぶしたような顔だったが、すぐに冷静な表情に戻った。


「あなたのせいじゃないわよ」

橋本はというと、自身の無力さにやるせなさを感じていた。何故、自分はこのいじめに気付くことができなかったのか。何故、このいじめを防げなかったのかと。

 と、ここで教頭の大澤が電話を終えたのか、つかつかと2人の元へ歩み寄ってきた。

「橋本先生」

大澤の声に、橋本は緊張の面持ちで大澤に向き直る。大澤の低い声が重々しく心に響く。

「和田君なんだが、まだ今日は帰宅していないようだ」

「そうですか」

橋本もこの事態を予想はしていたが、おそらくまた繁華街に出て遊んでいるのだろうか。


「明日、ご家族の方が橋本先生にお会いしてくださるそうだ。私も同席しようと思う。そこで、今後の流れについて説明していこう」

「はい、ありがとうございます」

橋本はぺこりと頭を下げた。

「そして楠田君、よく心を開いて私たちに相談してくれたね。今後は何かあったら遠慮しなくていい。橋本先生にすぐ相談するんだ」

「…はい」

再び力なく楠田が頭を下げる。

 大澤が職員室の奥に引っ込むと、橋本が安堵の溜息をこぼす。

 

 楠田はまるで椅子に縛り付けられたように、全く動く気配がなかった。先程の電話完了から既に30分以上の時間が過ぎた。時計は既に午後8時を指そうとしていた。張り詰めた空気の職員室内。時計の針の音がより鮮明に聞こえてくる。

 そのまま、長い長い時間が過ぎた感覚があった。しかし、実際にはそこから20分程度の時間が過ぎたところだった。窓の外に2つの黄色いライトが踊った。橋本がふと顔を上げる。


「いらっしゃった」

奥で作業をしていた大澤も声を上げる。橋本もうなずき、すぐさま昇降口へと歩を進めた。橋本も緊張した面持ちで校舎の外へと出た。やや肌寒い漆黒の闇。先程の職員室の重苦しい空気から解放されたが、初めて会う楠田の父に何と言われてしまうのか、少し不安な表情で玄関口に立った。すると、目の前の駐車場に高級そうな漆黒の日本車が停まっていた。そこから、1人のこざっぱりとした中年男性が現れた。年齢は50歳近いだろうか。決して息子のように弱々しい印象は全くなく、しわこそ隠せずにいたが全体的にこざっぱりとした顔立ちで、溌溂とした表情が印象の男性であった。


 橋本は深々と男性に向かってお辞儀する。

「橋本先生ですか?いつも息子がお世話になっております」

楠田の父は快活そうに声を掛ける。

「いえ、こちらこそ遠いところをご足労くださいましてありがとうございます。京くんは職員室にいますので、ご案内致します」

橋本が手を差し出して昇降口を指し示す。楠田の父にスリッパに履き替えさせ、職員室へ案内する。橋本は緊張の面持ちをまだ隠し切れずにいた。

 職員室の扉を開くと、まず大澤が頭を下げてあいさつする。

 そして、楠田の父に楠田の座っている場所を指し示す。楠田は変わらず、抜け殻のように椅子に腰かけてへばりついていた。


「京」

にわかに楠田の父の声色が変わったことに、橋本は気が付いた。緊張が走る。大澤もやや不安の色を窺わせている。

「……」

楠田は眉1つ動かさずにいた。

「何故、いじめられたことを隠していたんだ」

先程までの溌溂とし感じはどこへ行ったのか、厳粛な雰囲気に包まれた楠田の父。しかし、一切それに対して何の反応も示さない楠田。

 ピリピリと張り詰めた空気が再び職員室内を支配する。

 楠田の父も業を煮やしたのか、ぎりぎりと拳を握る。


「おい。何か言ったらどうなんだ。京」

楠田の父が飛びかからんばかりの勢いで、楠田の肩を揺すった。慌てて大澤と橋本も止めに入る。

「お父さん、落ち着いてください」

しばらくの軽い揉み合いの後に、楠田の父も息を切らして肩を上下させる。楠田は相変わらず眉1つ動かさない。大澤も橋本も肩を上下させている。


「帰るぞ」

楠田の父は力強く言い放つと、職員室の扉を力強く開けて飛び出していった。

 ようやく、楠田もすっと立ち上がり、荷物を全て背負い終えると、静かに職員室を後にした。

 大澤と橋本は事の一部始終を黙って見つめていたが、再びしーんと静まり返った職員室内でしばし呆然としていた。


 翌朝、物々しい雰囲気が学校内には漂っていた。

 

 橋本は職員室の朝の全体ミーティングが終わるまで、緊張と疲労の色を隠せずにいた。そう、今日は和田の両親が学校に来る日だ。これだけの騒動を起こしてしまったからには、それなりの処分が下されることは間違いない。初犯であるからいきなりの退学ではないだろうが、停学数か月は免れないだろう。橋本の心臓の鼓動は高鳴っていた。


全体ミーティング終了後、橋本は校長と教頭に校長室に呼ばれた。橋本が一礼して室内に入る。校長は自身の机の前に立っており、そのすぐ横に教頭も立って何やら話していた。校長は普段蚊も殺さなそうなくらい優しい眼差しの人間だったが、今回ばかりは眉間にしわを寄せてピリピリとした雰囲気を醸し出している。教頭の大澤もやや顔が引きつっていた。


「打ち合わせを簡単に実施しよう」

校長は椅子に腰掛ける。橋本と教頭は起立した状態で様子をうかがう。

「大筋の話は教頭から聞いている。2年B組和田遼平が同じクラスの楠田京を放課後の屋上に呼び出し、暴行を加えた。それにより、楠田は顔面に軽傷を負った。これは重大な傷害事件の案件だ。学校側としては処分を下すことなしとはならない。しっかりと反省してもらうためにも、停学処分を言い渡すことを前向きに検討している」

校長は目の前に今回の顛末書を広げ、時折目を細めながら言った。


「異論はございません」

橋本は深々と頭を下げた。当然の処置だ。

「橋本君は普段しっかりしているが、こういった特殊な問題児のフォローに関してはやはり経験が少なく大変だとは思う。橋本君次第にはなるが、和田のクラスコースを進学コースから総合コースに落とすことも検討している。いかがかな」

校長は真剣な眼差しで橋本を見つめる。


「クラス階級の変更ですか」

橋本は想定もしていなかった質問に面食らった。それは自分が未熟だと思われているからなのか。少し残念な気持ちだ。

「うむ。和田の素行の悪さは学校の中でも特に目立って宜しくない。停学処分が解除されてからにはなるが、総合コースを受け持っている福田君のクラスに在籍を変更し、人間教育を実施できる状態を確保しなければならないと私は思う。進学コースは受験特化型のコースだ。基本的には大学受験に向けた受験生養成のためのコースだ。その中で人間教育を事細かに実施していくのはなかなか難しい」

校長はここで頬杖をついた。


「このまま和田を橋本君のクラスに置いておくのは危険すぎる。周りの生徒たちも受験勉強に集中できる環境が好ましいだろうし、何より学校の名前に傷がつく」

「承知しました」

橋本はがっくりとうなだれるように一礼した。何よりもそれは悔しかった。が、他の生徒たちのことや楠田のことを思うと当然の処置だと思った。

と、ここで校長室の扉をノックする者があった。どうぞ、と校長が声を掛けると、慌てた様子の田村優という若い女性の教師が飛び込んできた。


「大変なんです。2年B組の和田さんのお母様から連絡が入りまして、和田くんが昨夜から家に帰ってこないとおっしゃるのです」

校長、教頭、橋本に衝撃が走った。


「な、なんだって」

校長が机をバンと力強く叩いて立ち上がった。

「それで面談はまた後日にしてほしいとのことでして。何かの事件に巻き込まれたのでしょうか?それとも例の」

 田村の顔が見る見るうちに青ざめていくのがわかった。と同時に橋本も自身の頭から血の気が引いていくのを感じ取った。

「そんなことがまさか」

校長はがっくりと肩を落とす。

「警察に捜索願は出されたとのことですが、まだ本格的な捜索はされていないとのことです」

田村は力なく言う。


「校長、どういたしましょう」

教頭が校長を振り返る。校長はうーんと苦しそうに悩む。

「登校完了後に生徒たちを体育館に集めてくれ。緊急集会だ」

と、橋本が校長に尋ね返す。

「校長、それはどういったご意図で」

「もちろんロスト・チャイルド現象が当校で発生してしまったことを生徒たちにも、その保護者にもわかっていただかなければならない」

校長の言葉に、橋本は珍しく反論した。


「しかし校長、お言葉ですが、まだ生徒たちには開示しなくても宜しいのではないでしょうか。今朝のこの段階でロスト・チャイルド現象発生を生徒たちに知らしめてしまったら、きっと生徒たちは混乱でこの後の授業や部活動にも支障をきたすと思われます」

橋本は力強く言った。

しかし、校長の意見は変わらなかった。

「メディア報道がされていない今の段階から、教師、生徒、保護者がこの事実を理解しておくことによって、報道加熱があってからでもある程度の心の準備ができていた方が対応しやすい。メディアによって知らされることの方が生徒や保護者たちは不安がるのではないだろうか。また、教師らによる事実隠蔽と報道されかねない」


「ですが」

橋本は言いかけて口をつぐんだ。そして、観念したかのように、

「承知致しました」

橋本は俯いたままの状態だった。自分の勤務する学校から、しかも自身のクラスから、出してはいけないロスト・チャイルド現象による失踪者が出てしまった。

かくして、ロスト・チャイルド現象発生に向けた対策準備に追われることとなった。

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